こんばんは、みんなのあずにゃんこと、中野梓です。

この春、私はめでたく桜ケ丘女子高校に入学することができました。
ぴかぴかの一年生です。

さて、今日は体育館で新入生歓迎の出しものとして、各部活が発表を行う催しがあるようです。
文化部や運動部の人たちが次々に舞台に上がり、自分達の部活のアピールをするのですが、何となく退屈です。


『続いては軽音楽部によるバンド演奏です』

ところが生徒会のナレーションがそう告げると、私は思わず舞台にくぎ付けになってしまいました。

純粋にバンド演奏に興味があったからです。

何を隠そう私も小さい頃からジャズミュージシャンだった父親の影響で、ギターを嗜んでいたからです。
これでも『ちびっ子ジョン・マクラフリン』なんて言われて、地元では有名なギタリストだったんですよ?
まぁ、ちびっ子っていうのは余計なんですけど。

おっと、話がそれました。

舞台の上にはいつのまにか、4人の女子生徒が現れて、それぞれの持ち場についていました。

ギター、ベース、キーボード、ドラムという楽器編成から見るに、どうやら一応はロックバンドのようです。

憂「わぁ~……すごい……お姉ちゃんボーカルなんだ」

私の隣にいる女の子(確か同じクラスの平沢さんだったっけ?)が、感激の混じった溜息を漏らしています。
どうやらギターボーカルのあの先輩は、この平沢さんのお姉さんのようです。

よく見るとあの人は本物のギブソン・レスポールを抱えています。
普通に買えば30万円は下らない代物です。とても高校生の女子が持つギターとは思えません。


でもどんなに楽器が良くても、演奏が良くなければ意味はありません。

見たところ、ベースボーカルのあの先輩なんかは凛々しい雰囲気ですが、
ドラムの先輩やギターのあの先輩もいかにもミーハーな感じですし、
どうせこれから演奏する曲もJ-POP(笑)かなんかのコピーなんでしょう。

正直私は見下していました。期待するほどでもないと、甘く見ていました。

どんな演奏をするのか、いっちょ値踏みしてやろうと、そんな視線で見ていたのです。

そんなことだから、見落としていたのです。
その軽音部バンドを囲んでいるのが、山のようなマーシャルアンプの壁であることを。
ギターボーカルの先輩の足元には、これ見よがしにたくさんのエフェクターが置いてあったことを。

唯「それじゃ、演奏しま~す。『私の恋はホッチキス』」

ゆるゆるとした気の抜けるギターボーカルの先輩のMC。
いかにもこれから繰り広げられる演奏の質を物語っている感じがして、私は軽く失笑すら漏らしてしまいました。


しかし、次の瞬間――。

梓「……え?」

――ゴオォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!!!!

一瞬、私は体育館の屋根が崩れてきたのかと思ってしまいました。

しかし、それがギターの轟音による震動だと気付くのに、そんなに時間はかかりませんでした。

ゴオォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!!!!

ギュギュギュググググワワワーーーーン!!!!!!!!!!

ガガガガガ……ゴワーーーーーーーーン!!!!!!!!!!

掻き毟られる六本の弦から捻りだされる悲鳴のような轟音――。

あまりに衝撃的な、ギターによる音の洪水、洪水、洪水――。

とにかくおっきい音――。

耳を劈くようなその轟音に、見れば周囲の新入生たちは皆こぞって耳をふさぎ出していました。

こんな音の洪水、私も初めての経験でした。



轟音に負けず、ステージに目を凝らしてみます。
演奏の方、技術的な観点から見れば、お世辞にも素晴らしいとは言えませんでした。

手数は多いものの、せわしなく、走っているようにも聴こえるドラムス。

音を歪ませ過ぎで何を弾いているのかよくわからないベース。

延々と不穏なムードの不協和音(コード)を奏でるキーボード。

そしてひたすらに轟音を放出し続けるギター。

それぞれのパートの演奏はあまりにお粗末でしたが、それらが合わさった瞬間、ただのノイズが極上のハーモニーに変わったんです!

そして、

――きらきら ひかる なやみごとも ぐちゃぐちゃ へたる なやみごとも♪

――そうだ ホッチキスで とじちゃおう♪

ギターノイズの間隙を漂うように囁かれる不安定なボーカル。

辛うじて聞きとれた歌詞は、何とも力の抜ける内容で。



技術的に見れば全然ダメな演奏なのに……

それでもどうしてこんなに心が惹かれるんだろう……っ!!

憂「ぐへへ……お姉ちゃんのフィードバックノイズ……すてき……」

ふと隣を見ると、平沢さんがヨダレを垂らして光悦の表情で、ギターノイズの洪水に浸っていました。

頭の中がとろとろに溶けて、完全にイッちゃってる人の目をしています。

確かに……聴いていると徐々に頭の中がとろとろに溶けるような感覚が……。


この演奏を聴いて、私は何としてでも軽音部に入ると決めました。

――ゴオォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!!!!

そして、舞台の上でじっと自分の靴を見ながら、ギターを弾き、ノイズに自らの身を漂わせるように佇み、
そして偶に思い出すように歌っている、あの平沢先輩のようになりたいと、心からそう思いました。

あのギターノイズを生成に加担するギタリストの一人になりたい。

そう、心から思ったのです。



数日後――。

友人「ねぇ、梓……本当に軽音部にいくの?」

梓「うん、もう決めたんだ」

友人「軽音部って……この前の新入生歓迎会で出てた、あのすごくうるさい音楽を演奏する人たちでしょ? 
    あの人たち、評判悪いみたいだよ?
    この前の演奏を聞いて、鼓膜が破れちゃった新入生の子もいたみたいだし……」

友人の忠告も気にせず、私は迷うことなく軽音部の門を叩きました。

律「うそっ!? 新入部員!?」

澪「まさか私たちの部に入ってくれる人がいるなんて……」

紬「歓迎するわ~」

唯「ちっちゃくてかわいい子だね~」

思いのほか、私は歓迎されたようです。

なんでも必死の勧誘を行ったにもかかわらず、これまで一人の入部希望者も来てくれなかったとか。

新入生歓迎会であれだけの衝撃的な演奏をしてしまったのですから、それも当然ですよね。



紬「梓ちゃんはギターが弾けるのね~」

梓「はい。一応、小学生のころからやっていました」

唯「それならこれからは私が教えてあげるよ!」

澪「お、早速先輩風吹かせてるな?」

律「まー、そしたらとりあえず試しに何か弾いて見せてよ」

律先輩のその言葉は、私にとって待ち望んだものでした。

これまでに培ったギターの技術をここで見せれば、私もあのバンドの一員になれる!

そう思った私は、愛機のフェンダー・ムスタングを取り出すと、これでもかと弾きまくりました。

梓「……ど、どうでしたか?」

律「うん、巧いな」

澪「確かに巧いね」

紬「高校1年生でそれだけ弾ける子ってなかなかいないと思うわ」

梓「(……にんまり)」


良い反応です。

思わず笑みがこぼれそうになりました。

しかし、

唯「うん、巧いけど……『巧いだけ』だね」

唯先輩のその言葉が、私の抱えている弱点をズバリそのもの言い当てて見せたのです。

律「ちょ……唯! おまえせっかくの新入部員になんてことを……!」

梓「いいんです。わかっていたことですから。私のギターは小手先の技術ばかりだということは……。
  それをわかった上であえて唯先輩に聞きたいのですが……」

唯「ん~? なぁに~?」

梓「どうやったら……あんなギターを弾けるんですか?」

唯「あんなって、新入生歓迎会の演奏みたいな?」

梓「はい」



唯「あれはね~、マーシャルを壁みたいにどどん!と置いて、このギー太にファズとディレイとワウと……
  とにかく一杯エフェクターをつなげれば……こんな感じで40個くらい」




澪「その機材も全部、ムギに買ってもらったやつだけどな」

紬「いえいえ。唯ちゃんが喜んでくれるならこれくらい♪」

唯「とにかく、そうすれば出るよ~?」

梓「機材を揃えれば『あの』音が出るのはわかっています! でもそういうことじゃないんです!
   唯先輩はあの時、そのギターから発される洪水のような轟音を完璧にコントロールして、
   それをタダのノイズから極上のハーモニーに変えていました!
   ああやって自由に轟音を支配できるようなギタリストに、私もなりたいんです!」

興奮して思わず大きな声をあげてしまいました……。

律先輩も澪先輩も紬先輩も、キョトンとした顔で私のことを見ています。

梓「す、すいません……」

律「梓は唯みたいなギタリストになりたいのか?」

梓「あ、は、はい! あの新入生歓迎会での演奏を見た時、私のギタリストとしての目指す場所が決まりました!」


澪「ははは……『目指す場所』だって。なんかすごいな……」

紬「唯ちゃんったら、まるでアイドルね」

唯「そっか~。そこまで言われるなんて、ちょっと恥ずかしいな~」

すると唯先輩は、照れながらもカバンをごそごそと漁り始めた。

唯「それならさ、このCDを聴くといいよ。わたしもこれを聴いて、今の『ぎたーすたいる』をあみだしたんだ~」

そう言って借りたCDは、The Velvet Undergroundというバンドの『White Light White Heat』というアルバムでした。

唯「これのね、最後の曲だっけ、『しすたー・れい』っていう曲が最高にかっこいいんだ! あとは日本のバンドもあったっけなぁ……」

http://www.youtube.com/watch?v=2EfSapCA5ls&feature=related
(The Velvet Underground 『Sister Ray』)

そうして渡されたもう1枚は、『裸のラリーズ』というバンドの……タイトルがよくわからないCDでした。

http://www.youtube.com/watch?v=ZN5v-yWVXU4&feature=related
(裸のラリーズ 『The Last One』)

澪「おい、唯。ヴェルヴェッツはともかく、ラリーズのそれは海賊盤だろう? 新入部員にいきなり海賊盤ってのはどうなんだ?」

唯「だってこの『らりーず』ってバンド、正規盤は全部廃盤で、中古でも高くて手に入らないんだもん」




その後、澪先輩にはイギリスの『RIDE』というバンドのCDを借りました。

澪「アンディ・ベルはオアシスに行って日和っちゃったのが残念だよなぁ」

http://www.youtube.com/watch?v=E5zTuVhNs5c
(RIDE 『Dreams Burn Down』)

律先輩には『CHAPTERHOUSE』という同じくイギリスのバンドのCDを借りました。

律「最近再結成して日本に来たんだよなぁ。見に行きたかったなぁ」


紬先輩には『COALTAR OF THE DEEPERS』という日本のバンドのCDを借りました。

紬「このバンドのリーダーの人、幼稚園児ばかり出てくるロリコンアニメの音楽なんかもやっているのよ~? 多才な人って、素晴らしいわよね」

http://www.youtube.com/watch?v=pADYaKph7Uo
(COALTAR OF THE DEEPERS 『C/O/T/D』)

それからというもの、家での私は借りたCDを聴きこむ日々を送りました。

どのバンドの音楽も、轟音ギターが印象的で、ともすればノイズにも聴こえてしまうようなサウンドでありながら、とても美しいメロディを併せ持っていました。
先輩達から借りたCDから自力で同系統のアーティストを辿って行き、
Jesus and Mary Chain、Slowdive、Swervedriver、Dinosaur Jr、Sonic Youth、Cruyff In The Bedroom、Luminous Orange、
といった新たなバンドの音もとにかく進んで自分の血肉として行きました。



それからの私のギター練習は、それすなわち『今まで培ってきた技術を捨てていくこと』と同義でした。

一方、肝心の部活動は言うと・・・

紬「今日のケーキはとびきりのレアチーズよ♪」

唯「わーい! レアチーズ!」

律「ただのチーズじゃないぞ! レアなチーズだ!」

唯「どれくらいレアかというと、裸のラリーズのレコード盤くらいレアだよっ」

澪「別にそういう意味じゃないだろう……」

あの壮絶なステージでの演奏がまるで嘘のように、まったりと、ダラダラとした毎日でした。

梓「もう、唯先輩! ダラダラばかりしてないでちゃんと練習しましょう!」

唯「え~、あずにゃんのケチ~」

そうして、首根っこを掴ませて演奏をさせてみると、唯先輩は本当に素晴らしいギターを弾くのです。

ギュギュギュギュワワワワ……ゴオォォォォォォォォォォッ!!!!!!

まさにフィードバック・マエストロ……唯先輩の指とギー太にかかれば、ノイズという言葉は『雑音』でなく『極上の美しい音』を表す意味に早変わりです。

梓「…………」

そんな唯先輩の隣に立ち、小手先の技術に長けただけのつまらないギターを弾く私にとって、
バンドの練習の時間はいかに自分がダメなギタリストであるかを思い知らされる時でもあるのです。


唯「それじゃお疲れー」

律「おう、また明日ー」

紬「お疲れさま~」

その日の部活が終わり、それぞれが帰路につこうとした時、

澪「梓、せっかくだし途中まで一緒に帰ろうか」

澪先輩に誘われた私は、途中まで一緒に帰るだけという野暮なことはせず、二人でとある喫茶店に入りました。

澪先輩は色々な話をしてくれました。

特に印象深かったのが、バンドの話。

何と桜高軽音部は、先輩達4人が集まった当初は今のような音楽性ではなかったというのです。

澪「前はもっと早くてビートの利いたパンクっぽいのとか、綺麗なバラードも演ってたんだ。
  曲は昔からあってさ、梓が新歓で聴いた『私の恋はホッチキス』も『ふわふわ時間』も昔は今と違うアレンジで演奏していたんだ」

梓「それがどうして今のような轟音ギターロックになってしまったんですか?」

澪「ひとえに唯の影響だよ。唯って、軽音部に入部した時はギターを触ったこともない初心者だったんだ」

梓「そんな! 俄かには信じられない話ですね……」

澪「そのせいかな……どういう経緯かわからないけど、唯は普通の演奏スタイルからは逸脱した、あんな変なギターを覚えてしまったんだ」



梓「それでバンドの方向性も変わったということですか?」

澪「まぁそんなところかな。元々、律はバンドでドラムが叩ければ何でもいいってやつだし。
 ムギは耳触りのいい音楽しか聴いてこなかったような温室育ちのお嬢様だったから、
 今まで聴いたこともないような新しい音楽に興奮して、すぐにバンドの方向性は変わったよ」

梓「そうだったんですか……」

そこで、会話は一度止まり、澪先輩はゆっくりと紅茶に口をつけた。

梓「そ、それでっ……!!」

澪「わかってる。梓は唯に憧れて軽音部に入ったんだろ?」

梓「そうです……」

澪「でも実際に唯を見てしまうと、とてもあの域には追いつけないと思い知らされ、悩んでいる。違うか?」

梓「その通りなんです……」

すると、澪先輩はもう一度紅茶に口をつけると、数秒間何も言わず押し黙った。

梓「……あの」

澪「唯は天才なんだよ」


梓「えっ」

澪「いや、天才という言葉は些か正確じゃないかな。
  創造性に長けてると言うか、発想が突飛もないというか……。
  梓も普段の唯を見ていればわかるだろ?」

梓「まぁ……何となくは……」

澪「まぁ天然ボケっていう方が正確かもしれないけどね」

そう言って澪先輩は小さく笑いましたが、私はちっとも笑う気にはなれません。

梓「でもそれじゃ私はいつまで経っても唯先輩の域に達せないということですか!?
  唯先輩のあれが生まれ持った才能だと言うなら……もはや努力でカバーできる域を超えています!
  それじゃ……どうあがいたって追いつけないじゃないですか!」

澪「…………」

梓「あ……すいません」

澪「焦ることはないさ。私は梓には才能があると思うよ。
  今はまだそれが開花していないだけだ。
  梓が唯のようなギタリストを目指すと言うならそれもいいけど、今はまだ早すぎる」

焦り過ぎ――澪先輩の言うことは確かに事実かもしれません。


2
最終更新:2010年05月23日 00:01