『後編』
♪次の日の放課後・音楽準備室
唯「うわー相変わらず澪ちゃんのファンクラブは人がいっぱいだね」
梓「前より増えてる気がするんですけど……」
紬「以前と全く同じ状態だけど……」
唯「ていうか今回は私たちは、本当になにもしないんだね」
梓「ずっと舞台裏にいるんなら私たち別にここにいなくてもいいんじゃ……」
紬「ダメよ。澪ちゃんはまだ私の沢庵の効果が残ってるから」
梓「……詳しくは聞きませんけど、いったいムギ先輩の眉毛ってなんなんですか?」
紬「知りたかったら唯ちゃんとイチャイチャして」
梓「意味がわかりませんからっ」テレテレ
唯「あれれー?あずにゃんの顔が赤くなってるよー?」
梓「ち、ちがいますから」
和「唯たち、そろそろ始まるわよ」
唯「あ、和ちゃん」
和「あ、じゃないわよ。もう澪のほうは準備万端よ」
和「それにしても澪はどうしちゃったの?澪が自分から進んで人前に立とうなんて……なにかあったの?」
唯「和ちゃんもそう思うよね。なんだか今朝から澪ちゃんの様子が普段と違うしね」
和「なんか妙に堂々としてたり、言動がいちいちおかしかったわね」
梓「想像がつかないですね、そんな澪先輩」
紬「澪ちゃんに安易に沢庵を食べさせるんじゃなかったわ」
唯「まあまあ最終的にもとの性格に戻るんでしょ?」
紬「ええ。早ければ今日中にでも」
紬(……たぶん)
梓「そういえば律先輩はどこにいるんですか?」
紬「りっちゃんなら先生に進路のことで相談があるから遅れてくると思うわ」
和「そろそろ始まるわよ」
唯『それじゃみなさんお待ちかねの
秋山澪ちゃんの登場でーす』
ガチャ
澪「…………」スタスタスタ
梓「本当に前回とは別人のように堂々としてますね」
唯「澪ちゃんカッコイイ!」
紬「でもいったいどうやってりっちゃんの誤解を解くのかしら?」
和「そうよね。澪はあんまり口が上手いわけじゃないしね」
澪「本日はわざわざ集まってくれてありがとう」キラ-ン
佐々木「秋山さん、今日は一段とカッコ可愛いわね……」
少女A「素敵……」
少女S「抱かれたい……」
澪「さて、今日はあらぬ誤解を受けた、幼なじみでもあり同時に親友でもある
田井中律の誤解を解くために私はこうして今みんなの前に立っているわけだ」
澪「しかし、生憎私はとても口下手だ。万が一私の律が誤解されるのは困る」
澪「そこで、私の律への思いを綴った詩を書いてきた。聞いてくれ!」ドンッ☆
澪「『ニンニクにくにくにっこにこー』」
『ニンニクにくにくにっこにこー』
ふたりっきりでたべる焼肉 会話はないけどあたたかい
きっとこのあたたかさは焼肉のせいだけじゃない
あなたとわたしがふたりでいるから ああ あたたかい
にんにくをすりつぶしましょう
にんにくを焼肉のタレにいれましょう
きっと口 臭くなるけど
それがふたりで食べた焼肉のあかしなの
ニンニクが生み出すあたたかさ
ニンニクのかおりのするふたりだけの空間
ニンニクが誘いだすふたりのえがお
ニンニクにくにくにっこにこー
作・秋山澪
澪「みんな、この私の詩をどう思う?」キリッ
ちーん
和「す、すごいわね……」
梓「みんな黙ってしまいましたね」
唯「えーすごく素敵な詩だと思うんだけどなあ」キラキラ
紬「でも……」
一同「」ポカ-ン
梓「タチの悪い魔法にでもかけられたみたいにファンクラブのみなさん固まってますね」
和「仕方ないわ。あの詩を聞いた後じゃ誰だってああなるわよ」
澪「どうだろうか?私の律に対する思いが少しはわかってもらえたと思うが」
澪「まあ、私と律の間についてきちんと説明しようと思うと、それはそれは時間がかかるからあえて説明はしない」
澪「それに説明する必要もない。私と律を見ていればお互いに愛し合っているということがよくわかるはずだからな」
唯「ねえねえムギちゃん」
紬「なあに?」
唯「仮にムギちゃんの沢庵の効果が消えたら、澪ちゃんはどうなるの?」
紬「普通にもとに戻るはずだけど」
唯「記憶はどうなっちゃうの?」
紬「それは沢庵の効果が効いているとき記憶も、そのまま残るはず」
唯「なあんだ。じゃあ澪ちゃんは記憶のことで困ったりしないんだね」
紬「ええ」
唯「よかったよかった」
紬「うふふそうね」
唯「あははははは」
紬「うふふうふふ」
和「……澪にとっては不幸ね」
梓「澪先輩、お気の毒様です」
澪「……」
澪「…………」
唯「澪ちゃんいつまで黙ってるんだろうね」
梓「そういえばずっと沈黙してますね」
紬「もしかして……」
和「この状況で記憶が戻ったのかも」
澪「………………」フルフル
佐々木「秋山さん、どうしたんだろ?」ヒソヒソ
少女A「ずっと黙ってますね」
少女S「あっ……」
澪「アワワワワワワワワワワワワワ」ガタガタ
澪「いやあああああああああああああああああああああ」ピュ-ン
唯「澪ちゃんが全力で部屋から出てちゃった!」
和「記憶が戻ったのね」
唯「なるへそ~」
紬「それで澪ちゃん恥ずかしくなって逃げ出したのね」
梓「なにはともあれ澪先輩がもとに戻ってよかったですね」
和「……って、よくないわよ!」ツッコミ!
唯「へ?どうして?」
和「澪が繊細な娘だってのは知ってるでしょ?」
唯「うん」
和「想像してみなさい。もとの性格に戻った澪が今の今までの自分の行動を思いだしたら」
和「間違いなく羞恥心と後悔で枕を濡らすわ」
和「それだけじゃないわ。もしかしたら学校にもう来なくなるかも」
和「いいえ!最悪自殺するかもしれないわ!」ドンッ
唯「そ、そんな……」ガクブル
紬「まさか私の沢庵が澪ちゃんを……」
梓「ちょっと、ていうかだいぶオーバーな気がするんですけど」
唯「あずにゃん!」ダキッ
梓「ここで抱き着く意味がわかりませんけど、なんですか?」
唯「澪ちゃんはね、とっても繊細な女の子なんだよ。だから和ちゃんが言ってることは全然オーバーじゃないよ!」フンス
梓「はあ……そうですか」
紬「とにかくなんとかしないといけないわね」
ガチャ
律「よっす。澪の様子はどうだ?」
唯「おおりっちゃん!ちょうどいいとこに」
律「どしたの?」
紬「実はというと……」
♪街中
澪「……」トボトボ
澪(ああ……久々に死にたいと思ったかも)
澪(なんで今まであんな恥ずかしいことをしてたんだろう?)
澪(詩をみんなの前で発表するのはともかく、その後、律についてあんな風に……///)
澪(思いだしただけで死にたくなるな)
澪(いや、それだけじゃない)
澪(この右のほっぺも律にやられたものとはいえ、もとはと言えば私のせいだし……)
澪(はあ……)
♪一日前・女子便所
澪「さて、律。どうして私が一緒に花摘みに行こうって言ったかわかるか?」
律「いやさっぱり」
澪「だろうな」
澪「しかしこの場合たとえ律がまったく私の考えを汲み取ってなくても、私は行動に移るけどな」
律「はい?」
澪「今、私と律は互いに便所の個室にいる」
律「そうだな」
澪「この瞬間はつまり用を足しているがゆえにお互いに無防備」
律「……ええと、言いたいことがよくわからない」
澪「まあ、じっとしてろ」
澪「今からそっちに行くからな」ビシッ
律「なんでだよ!?」
澪「私と律は愛し合っているんだ」スレタイ!
律「意味がわかんねえよ!!」
澪「私の愛が私をこんな行動に駆り立てるんだ。恨むなら私を惚れさせたお前自身を恨むんだな」フフフ
律「責任転嫁も甚だしいわ!」
澪「今の私には何を言っても無駄だ……今会いに行きます!」
律「こっちくんなああっ!」
澪「便所のフタを閉じてそこに乗って、仕切に手をかけてケンスイの要領で……」
澪「こんにちはー」ヒョコリ
律「の、のぞくなあああぁぁ」
澪「後は仕切をまたいで……」ヨッコラッショ
律「パンツ丸見えだぞ」パンツマルミエ-
澪「問題ない。今の私に羞恥心はない」
律「また縞パンか?」ホホウ
澪「さて、律」シュタッ
律「まさか本当にこっちに来るとは……」アゼン
澪「もはや私と律の距離はほとんどゼロ」
律「なにする気だ!?」
澪「決まってるだろ……想い人の両の頬を優しく包み込んで顔を近づけてやることと言ったら……」ムチュ-
律「頭突き!」ドスッ!
澪「ぐはっ!」
律「な、なにしようとしてんだ!?女どうしなんだぞ!?」
澪「問題ない。愛は国境をまたぐから」ムチュ-
律「ますます意味がわからないぞっ!つうかお前がまたいだのはトイレの仕切だ!」
澪「ちなみに律がまたいでるのは便座だけど。とりあえず、私とキスしっほっおお!」ビンタキマッタ-
律「なにがあったのか知らないけどいいから落ち着け!」
澪「私は普段となんら変わりないが?」
律「ウソつけ!」
澪「どうでもいいがウソつけと言うのは
それはウソだ、という意味だが、ついつい私はそう言われるとウソをつきたくなるな」
律「本当にどうでもいいな」
澪「まあいい。放課後の学校は事に及ぶのに非常に都合のいい時間だ」
律「さっきからお前、ただの変態としか思えない発言しかしてないな」
澪「そうか?女どうしだからって遠慮する必要はないだろ?」
律「いやもうお前秋山澪じゃねえよ。澪の皮被った別人だろ?
澪「ああ。私は進化したからな。今の私は秋山澪Vだからな」
律「なんだよそのVは?」
澪「ヴァージンのVだ!」フンス
律「進化してないじゃん!」
澪「言われてみると確かにな。だがこれには深い意味があってだな」
律「なんだよ?」
澪「私と律は女どうしで愛し合っているが
女どうしであるがゆえに、たとえ愛し合っていても一生ヴァージンという深い」ウンタラカンタラ
律「もういい口を開くな」
澪「そうだな。私と律の間に言葉は不要だ」
律「そういう意味で言ったんじゃねえよ」
澪「今日という一日を心に刻ませてやるからな」
律「トラウマとしてか?私に一生もんのトラウマを背負わせる気か?」
澪「さあレッツゴおおいいぶはっあああああああああああ!!」ドガシャン!
律「またビンタしちゃったわけだけど……つうか説明してないから伝わるわけないんだろうけどさ」
律「私は今の今までずっと便座に腰掛けてんだよ。
お前とのアホなコントで痔になったらどうすんだ」
澪「そのときは私が律の肛門をやさしく(以下略)」ヘンタ-イ
律「もういい。私は音楽準備室に戻るから」プン
澪「ひとりじゃ寂しいだろ?エスケープする」キリリッ
律「おう。私の前から逃げろ」
♪回想終了
澪(私って最低だ……)
澪(自分でなにもしようとしないでムギに頼ってそのあげく……)
澪(律にひどいことして……はあ~)
澪(もういいや。今日は帰ろう。帰って寝ちゃおう……!?)
キキキキキキキー!!!
澪「トラッ…………きゃああああああああ!!!」
男はハンドルを切ると、目の酷使と先天的なドライアイから、目を何度かしばたたかせた。
ここ最近の過労は、四十路を終えようとしている身体に容赦無く負担をかけていた。
少しコンビニかどこかで休憩しないと事故でも起こすかもしれない。
佐●急便に勤めて、今年で二十三年になる男はため息を漏らした。
なぜこの仕事に就いたのだろう。アクセルを踏む足に僅かに力が入った。
大学を中退したのが原因なのだろうか。
大学時代、学校に馴染めなかった男はバイトにのめり込んで、気づいたら講義をサボりがちになっていた。
最終的に大学を中退してしまったがその頃の彼にとっては
大学をやめたことに対する不安よりも、馴染めない大学に通わなくても済むことに対する安堵のほうが遥かに大きかった。
そうして大学を中退した彼は昔から憧れていた劇団に入団した。
小さな劇団であるがゆえに給料はまさに雀の涙だったため、他の仕事と掛け持ちしなければとても生活などできなかった。
大変だったし辛かったが決して辞めようとは思わなかった。
彼は演技の魅力に引かれていた。
いつかは自分も主役として舞台に立つ。
その遠大な目標のために彼はひたすら自らの演技を磨きつつ、がむしゃらに働いた。
しかし、神様は男に対して意地悪だった。
男は劇団の同僚に騙されて借金の保証人になってしまった。
どうしてあんなに安易に印鑑を押したのかわからない。
過去に戻れるなら……何度そう考えたことだろうか。
もっとも過去を悔やんでいる暇などはなかった。
借金の返済のために男は劇団を辞めざるをえなかった。
必死に仕事を探して、ようやく佐●急便に就職することが決まった。
それまでよりも更に忙しくなって辛かったが、それでも給料は劇団のそれとは比べものにならなかった。
数年かけてやっとのことで借金を返済した。
そうして気づけば彼は妻帯者になっていた。
子宝にも恵まれて息子を二人、娘を一人授かった。
子供を授かったとき、幸せというものが、どういうものか初めてわかった気がした。
さらにその五年後には出世して主任になることができた。
順風満帆――このまま自分の人生はうまくいき続ける。そう信じて疑わなかった。
しかし、一つの電話が彼の人生の歯車を再び狂わせた。
最終更新:2010年05月25日 21:46