【PM5:02】
「よし、ウ……」
「あ、澪~。今日ご飯あげた?」
「え?今週は唯が当ば……」
「ウノチェーーック!!んで私はこれであがりーっと。ほら早くカード引けよ澪」
「んなっ…!ず、ずるいぞ律!」
「あっ、私ウノあがり~」
「私もこれであがりです」
「ほほーう?て事は罰ゲームは澪とムギか~!」
「澪ちゃん、よろしくね」
「や、やり直し!もっかいやり直そうよぉ~…」
唯「あ、できた」
弾けるようになる時って、なんでかわからないけど、突然、それでいて一瞬なんだよね。
やるじゃん私。
唯「おぉー!なんかいい感じだぁ!」
すごいすごい!私の指、動きまくり! ちょーっと頑張りすぎたせいか、指が痛むけど、気にしない気にしない。
さっそくあずにゃんに報告しないと!
唯「ケータイケータイっと」
ケータイの電話帳の一番上には澪ちゃんの名前。
あずにゃんは一番下。
澪ちゃんの名前を見た私の頭によぎるのは、今日の部活中の出来事。
あ~……そういえば今日、澪ちゃんとムギちゃん、楽しそうだったなぁ。
唯「ふふふ~……」
……あれ? 私、今日お菓子食べ損ねてるじゃん。
そっか。だから私は今、こんなにお腹が空いてるんだ。
ご飯まではもう少しかかりそうだし……あ、買い置きのお菓子の中にポッキーなかったっけ。
……ていうか!
唯「私もあれやりたいなぁ」
こんばんは。平沢憂です。
今日も晩御飯の支度をしています。
冷蔵庫を開けると、思いの外ガラガラでした。
食材あんまりないなぁ。昨日頑張って作りすぎたかも。
とりあえず鯛のポワレと……昨日の残りものと……エノキとお豆腐があるからお味噌汁はこれで……。
憂「うん!いけるかな」
今夜のお姉ちゃんのお夕飯が決まりました。
今日は梓ちゃんが家に来るって約束だから、3人分です。
私はカチカチに凍った鯛の切り身をキッチンの端に置き、まな板の上に豆腐を乗せて、腕をまくり、包丁を手にとりました。
明日買い出しに行かないと。 えっと、明日は……○丁目のスーパーのお肉が安くなるから、そこにしよう。
唯「ういー!」
私が豆腐に包丁を入れようとした瞬間、お姉ちゃんがドアを勢いよく開けて入ってきました。
憂「どうしたの?」
唯「ご飯まだー?」
憂「今から作るから、あと30分くらいしたら出来るよ。それまでちょっと待っててね」
私がそう言うと、お姉ちゃんは台所の棚を物色し始めました。
憂「なに探してるの?」
唯「んー……ポッキーってなかったっけ?」
ポッキー……?あったようななかったような。
憂「もう~、お姉ちゃん、もうすぐご飯だからお菓子は我慢して?」
お姉ちゃんは首を横に振りながら答えました。
唯「そうじゃなくて、ゲームだよゲーム」
憂「ゲーム?」
お姉ちゃんは時々変な事を言います。
もう17年も私はお姉ちゃんの妹をやってるから、ちょっとやそっとじゃ驚きません。
でもこの時ばかりは、私は素っ頓狂な声をあげてしまいました。
唯「ポッキーゲームしようよ憂」
憂「ご飯食べてか…………へぇっ?!」
和「あっ……お肉は明日○丁目のスーパーで買ったほうがお得ね……」
近所の大型スーパーで夕飯の食材を選んでいた私は、豚肉のパックをカートから置き場に戻した。
和(そうだ、せっかくだしお菓子も買っていこうかしら)
今日はいつもより宿題の量が多い。
お夜食に何かないと、さすがの私も集中力を切らしてしまうかもしれない。
和「えーと……イチゴイチゴ……っと」
昔から我が家のお菓子は、大抵唯の胃に入ってしまう。
そのせいか、無意識の内に私は唯の好みに合わせたお菓子選びをしていた。
和「あら?これ最後の一個かしら」
陳列されたお菓子群の中でも、これは特に人気なのだろう。
横に置かれたスタンダードなチョコ味は大量に残っているのに、イチゴ味のそれはもう一個しかない。
人気に煽られて物を買うのはちょっと嫌だ。
でも、私から見てもこのお菓子はおいしそうだ。
ていうか私もこれは好きだ。
そう言えば、久しくこれを口にしていない。
うん。買おう。買うしかない。
和「イチゴ味のポッキーか……。久しぶりに見た気がする」
私はそのポッキーを手にとり、カートの中へポンと入れた。
唯に食べられる前に、これは私が食べないと。
レジに並びながら、珍しくお菓子に執着する自分に気づき、それを恥じた。
……やっぱり唯が遊びに来た時のために、これはとっておこう。ああ、でもそれだと勉強中に口が寂しくなる。
どうしたものかな……。
【PM6:53 平沢唯】
なんでこんなに憂は驚いてるんだろう?
唯「だからポッキー探してるんだけどさぁ、ないかな~?」
憂「あ……お、お姉ちゃん、ポッ……ポッキーゲーム?」
唯「うん」
憂「わ……私と?」
唯「うん!」
あれはきっとスリル満点の、ドッキドキなゲームだよ。
唯「私だけ今日ポッキーゲームできなかったんだよ~。だからやろうよ憂」
部屋で宿題をしようとノートを開いた私の頭に、またしてもあの光景が湯気の様にモヤモヤと浮かんできた。
律のしたり顔が私を苛立たせる。
もしババ抜きだったら、律が私のカードを引く癖を見抜いてしまうから勝負にならない。
だからウノにしてもらったけど……結局律の思う壺だったな……。
で、ドベ二人、私とムギの罰ゲームはポッキーゲーム。
そして私とムギがポッキーの両端をくわえて、食べ始めた瞬間、律は「どーん!」とかなんとか言って私の背中を押した。
そして私は勢い余ってムギとキ、キ……
澪「うわーっ!恥ずかしい恥ずかしい!」
私は頭の上あたりにふわふわ浮かんだ記憶をかき消そうと、両手をぶんぶんさせた。
別にムギが嫌なんじゃなくて、というかムギの事は普通に好きだし、ああそれはもちろん友達としてで、とにかくそうじゃなくて、私はみんなの前でキ、キス……をした事が恥ずかしくて死にそうだった。
というか死にたい。
澪「うぅ……最悪だ……。もうお嫁にいけない……」
あの時、追い討ちをかけるように律は私とムギを冷やかした。
なにがヒューヒューだ。
古いんだよバカ律アホ律デコ律!
唯は目をキラキラさせながら私とムギを見て、
「ねえねえどうだった!?どんな感じなの!?」
としつこく聞いてきた。知るか!
あぁ、いや知ってるけど!そりゃ柔らかかったけどさ!
梓は私の視界の端で顔を赤くしながらもじもじしていた。
何も言わないというのも、それはそれで羞恥心を煽る。
ムギは照れくさそうに、ただ、うふふと笑っていた。
ぐっ……頬を赤らめるな!余計恥ずかしくなるだろ!
で、私は感情飽和の容量オーバーでエンジン爆発、顔面火山で涙目になりながら、口に残ったポッキーを伏し目でモグモグするだけだった。
穴があったら入りたい。
自分で掘ってでも入りたい。
そしてモグラみたいにずっとその中で生きてやる。
澪「っあーーーっ!ダメだ!宿題なんてできない!」
私は立ち上がり、ジャージに着替え、財布とケータイ、それからiPodをひっつかんで部屋を出た。
澪母「あら?澪ちゃんどこ行くの?」
私が玄関でスニーカーを履いていると、ママが尋ねてきた。
澪「ちょっとランニングしてくる」
邪念を吹き飛ばすにはそれが一番だ。
ついでにダイエットにもなるし。
澪母「もう外暗いから気をつけてね」
ムギの唇の感触と、律のニヤケ面と、唯のキラキラ目と、梓の赤面と、私の恥と脂肪を消し去るべく、私は街灯の灯る住宅街を走り始めた。
【PM6:54 平沢憂】
こんばんは。平沢憂です。
高校生ってなんだかすごい。
私も高校生だけど。
唯「ね、面白いと思うんだ~」
無垢。無邪気な笑顔。
お姉ちゃん可愛い。
ポッキーゲーム……?
ポッキーゲーム!?
お姉ちゃんと私が!?
どうしよう、嬉しい、恥ずかしい、嬉しい嬉しい、あぁ、もうなにがなんだか。
憂「う……うん。いいよ。やろう……私頑張る!」
OKしちゃった。
ポッキーゲーム。
お姉ちゃんとポッキーゲーム!
ご飯なんて作ってる場合じゃない。ていうか無理。今包丁なんて使ったら、手が震えて指がスパッていっちゃいそう。
唯「さっすが憂!……で、ポッキーってあるの?」
憂「えっと……たしかあそこの棚に……あっ!」
そうだ、思い出した。私はお姉ちゃんが修学旅行に行ってる間、棚に買い置きしておいたポッキーを食べちゃっていたんだった……。
お姉ちゃんのバッグに入りきらなかったぶんでした。
……私の馬鹿!
なんであの時、全部食べちゃうかなぁ!
せっかくお姉ちゃんとポッ、ポッキーゲームできるのに!
憂「ご、ごめんお姉ちゃん……。私が食べちゃった……」
唯「ええ~?そっかぁ……。じゃあポッキーゲームできないね~」
そんな!まだ諦めないでお姉ちゃん!
憂「私、今から買ってくるよ!」
【PM6:55 平沢唯】
唯「えっ?今から?」
憂「うん!すぐ買ってくるからちょっと待っててね!あ、お姉ちゃんも一緒に行く?行こう!」
いつになく真に迫った憂の顔。
唯「あぅ……しゅ、しゅくだい!宿題があるからお留守番してる!」
あ……とっさに断っちゃった……。
憂「わかった!じゃあ行ってくるね!」
言い出しっぺの私が言うのもどうかと思うけど……張り切ってるなぁ。
憂ですらこんな感じになっちゃうって事は、やっぱりポッキーゲームって楽しいんだ!
あ、そうだ。せっかくなら澪ちゃん達と同じのにしてもらおう。
唯「うい~、イチゴ味でお願い」
憂「イチゴ味だね。わかった!」
今日もロクに練習できなかった。
なんで私はこう……押しに弱いのかな……。
もうすぐ試験だから部活できなくなるし、今の内にちゃんと練習しておきたいんだけどな。
唯先輩なんてテスト終わる頃には全部忘れてそうだし。
梓「はぁ……。」
あ……もうすぐ憂との約束の時間だ。
私が宿題教えて!って頼んだのに、遅れたら悪いよね。
お夕飯もごちそうしてくれるって言ってたし。
そろそろ準備しないと。
ぶるっ。
梓「う……ん……。」
……と、その前にちょっとお手洗い……。
我ながら素晴らしい作戦だった。
ムギとチューしちゃった時の澪の顔を思い出しただけでも……
律「ぶふっ……!」
ダメだ。笑える。
マジで笑える。
写真に撮っておけばよかったぜ。
……とはいえ、私もうら若い乙女。目の前でキスシーンを見せられたとあってはさすがに多少の動揺もするわけで。
律「あー、もったいなかったなー。写真撮れれば澪をからかうには最高のネタになったのに」
よし、とりあえず澪にメールして追い討ちをかけてやろう。
律「えーっと……『ムギとの結婚式の仲人は私に任せろ♪』っと。メールそーぅしん!ポチッと」
ふっふっふ。
【PM7:04 秋山澪】
澪「はっ、はっ、はっ……。ん?なんだ?メール?」
夜の街を駆ける私のポケットの中で、ケータイが振動した。
澪「律から?なんだ?……ムギとの結……」
……。
澪「うわあああああああ!うるさいうるさいうるさーいっ!!」
憎い!
ポッキーゲームが憎い!
澪「ふざけんなバカ律!」
私は声に出した事をそのまま律に送信してやった。
よし、走ろう。
吹き飛べ邪念。消え去れ懊悩。
教科書を開いても、なかなか宿題がはかどりません。
紬「はぁ……ドキドキして落ち着かない……」
あ、私がドキドキしてるのは、澪ちゃんとキスしちゃったからじゃないですよ?
もちろんあれもドキドキだったけど、それ以上にみんながポッキーゲームであわや……?!な所を見れたのが、私の心臓をとくとくと鳴らしているんです。
紬「楽しかったなぁ……うふふ……」
明日もあれやりたい……。
唯ちゃんは今回、ウノでずっと勝ってたからポッキーゲームするところを見れなかったし。
……でも澪ちゃんはちょっと可哀想だったかも……。
紬「うーん……」
私は携帯を開き、澪ちゃんに電話する事にしました。
【PM7:10 秋山澪】
澪「はぁ、はぁ、はぁ……またケータイが……。」
どうせまた律だ。
無視無視!
ていうか何で私こんな事してるんだ?
夜中にジャージ着て走るなんて全然可愛くない……。
短距離走は得意だけど、長距離は苦手だし。
澪「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……」
そうだ。
ポッキーゲームのせいだ。
ポッキーゲームさえなければ!
ポッキーさえなければ!
私は今頃!宿題をして!それからゆっくり詩を書けたんだ!
澪「……ポッキーなんて……ポッキーなんて……!」
ポッキーなんてこの世界から消してやる!
唯には悪いけど、やっぱりこのイチゴポッキーは私が食べよう。
最近、甘いもの食べてなかったし、糖分は頭脳労働に良いって聞いた事があるし。
とりあえず早く帰ってご飯作らないと。
私は足早に弟達が待つ家に向かった。
ちょうど、最後の曲がり角に差し掛かったあたりで、私のよく知っている子が、エプロン姿でこちらに向かって走ってくるのが見えた。
和「……あら?あれは……」
【PM7:15 平沢憂】
こんばんは。平沢憂です。
私は今、脇目も振らず、スーパーへと駆けています。
元々足は速いほうだけど、今日はいつになく視界を流れる景色が早く見えます。
ポッキー、早くポッキー買ってこないと!
憂「えへへ……」
……いつ以来かなぁ……。
確か幼稚園くらいの頃のクリスマスにお姉ちゃんが私のほっぺにチューしてくれたのが最後だったはず。
憂「はぁ、はぁ……!」
念のため言っておきますが、私が息を切らしてるのは単に走ってるからです。
憂「お姉ちゃんとチューできる……お姉ちゃんと……!」
間違えました。チューじゃなくてあくまでもポッキーゲームでした。
憂「ポッキーゲーム……ポッキーゲーム……!」
どうしよう、我慢しようとしても顔がほころんじゃう。
和「憂?どうしたの?そんなに急いで」
【PM7:15 真鍋和】
私に呼び止められた憂は、立ち止まって……いや、その場で足踏みしながら返事をした。
憂「あ、和ちゃ……和さん!」
呼び方が素になるなんて、そんなに慌ててるのかしら?
和「別にさん付けじゃなくてもいいわよ。どうしたの?急いでるみたいだけど」
急いでる人を呼び止める私もどうかと思うけど。
憂「イチゴのポッキー買いに行くところなんです!それじゃあまた!」
和「えっ?ポッ……?あ、ちょっと憂?」
……行っちゃった。引き止めちゃって悪い事したかな。
和「あんなに急いでまで欲しいのなら、このポッキーあげればよかったな」
私は右手に持った買い物袋を見ながら呟いた。
……あれ?ていうかイチゴのポッキー、これが最後の一個だったような……。
最終更新:2010年05月27日 00:42