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「ま、まって和ちゃん!」

わたしはかけあしで追いつくと和ちゃんをつかまえた。

「ねえ、どうして逃げるの?わたしのこと嫌いになっちゃったの?」




和ちゃんはわたしの手を振り払う。

「…別に嫌いになったわけじゃないわ」

「じゃあどうして…?」




短い沈黙が流れた後、ようやく和ちゃんが口を開いた。


「どうしてもこうしてもないわ…。全部…全部あなたが悪いのよ!」

そう言って和ちゃんは激昂する。こんな彼女は初めて見た。

わたしは思わずひるんでしまい、ぱっと手を離す。

それでも彼女は続ける。

「あなた、自分が何をしてるかわかってるの!?あのこは…あのこはもう…!」


そこでようやくわたしは、和ちゃんがわたしを避けている理由に思いあたった。

彼女は、事故のあとも一人のうのうと生きているわたしがゆるせなかったのだ。

たしかに、憂はわたしだけでなく、和ちゃんにとっても妹のような存在だった。

和ちゃんも、憂を失ったことを、わたしと同じかそれ以上に悲しく思っていたのだろう。



「ごめんね…。わたしがもっとしっかりしてれば、憂のことを守ってあげれたのに…」




わたしは素直にわびた。だがその言葉は、たいした意味をなさなかったようだ。

和ちゃんは、わたしをにらみつけると、踵をかえしてどこかへ去ってしまった。



結局、仲直りをするどころか、彼女をさらに怒らせてしまった。

その事実に心が締め付けられる。わたしは暗い顔をして、家にはいっていった。

しかしそこには、さらにわたしの心に追いうちをかけるものがあった。




あの白い封筒だ。ふたたびリビングのテーブルにあらわれたそれに、わたしは愕然とする。

顔をひきつらせて、すぐに封を切る。そこには以前と同じ汚い字でこう書かれていた。





『思い出せ、お前の罪を

 おまえは生きていてはならない』



わたしはリビングのソファに体をうずめてその手紙を読んだ。強い寒気を覚える。

いったい、わたしの罪って何なんだろう…。

そこでわたしはふいに、和ちゃんの言葉を思い出した。



『全部あなたが悪いのよ!』



わたしの罪…。それはもしかして、あの事故のことではないのだろうか。

わたしがもっと普段からしっかりしていれば、あんな事故にあわずにすんだのではないか。

憂のことを失わずにすんだのではないか。




そこまで考えてわたしは、急にめまいをおぼえた。


ふらつく足取りで、二階へとあがってゆく。

とにかく今は何も考えたくない。

荷物を置くため、わたしは自分の部屋のドアを開けた。バッグをベッドに放り投げ、ギー太を壁に立てかける。

早く憂の部屋に行こう。

そう思って部屋を出ようとしたとき、わたしはあることが気になった。


机の引き出しがわずかにあいている。どうしてこんなことが今さら気になったのだろう。

わたしは引き出しを閉めるため、机に歩みよった。そこでわたしは、引き出しの中からのぞくそれに気づいた。



カセットテープだ。



何のラベルも貼り付けられていない無地のまま。これはいったいなんだろう。

記憶にない。もしやこれも手紙の主の…。


すこし不気味な気もしたが、とりあえずそれを制服のポケットにしまった。明日、みんなに訊いてみよう。



次の日は雨だった。

雨粒が地面に降り注ぎ、勢いよく音を立てる。

わたしは事故の日のことを思い出して、気が滅入った。玄関から出る際に、薄いエメラルドグリーンの傘を手にとる。

赤い傘は、事故のときに壊れてしまっていた。






その日の放課後、わたしは再びさわちゃんに呼び出された。

最近さわちゃんは忙しくて、ずっと部室に来れなかったから、ちゃんと話すのはひさしぶりだった。

今回はいったい何の用だろう。




そういえば、あの手紙のこと、さわちゃんに相談してみようかな…。




「それでさわちゃん、今日はなんの用?」

パイプいすに座って、机ごしにさわちゃんに尋ねる。

今日は職員室ではなく、生徒指導室だった。

わたしとさわちゃんの二人きり。雨はいまだに止まず、部屋の窓を冷たく濡らしている。




「ええ。今日は平沢さんに大事な用があってね…。そのまえに、最近の調子はどう?何か変わったことはあったかしら?」

「え~かわったこと~?特にないよー?あ!そういえば最近、軽音部のみんなの家に泊めてもらったんだ~。すっごい楽しかったよ~」


わたしは笑顔で答える。


「そう。それはよかったわ。…ところで、本当になにか変わったことはないの?なにか体調に異変とか…」

「も~、またその話~?ほんとにだいじょぶだよ~」

わたしは手をふって否定する。

「なにかないの?忘れてしまったこととか。思い出せないこととか…」

さわちゃんの言葉に、わたしははっとした。手紙に書かれていた言葉を思い出す。




『思い出せ、おまえの罪を』




わたしは急に言葉をなくして、うつむいてしまう。

もしかしてさわちゃんはあの手紙のことを知ってる?さわちゃんは、わたしの罪を知ってるのかな…。

憂を守れなかった、わたしの罪…。



黙り込んでしまったわたしに、さわちゃんは言いづらそうに口を開いた。

「ねえ平沢さん?さっき私、大事な話があるって言ったわよね?」

その言葉に、わたしは少しだけ顔をあげる。


「私最近、ずっとあの事故のことを調べてたの。いろんな人に話を聞いたわ。

まわりで事故を目撃した人たち、刑事さん、憂さんをはねてしまったひと…。

わたしも最初は半信半疑だったわ、その事実にね。でも、こればかりは疑いようがないの…」


そこでさわちゃんは溜息をついた。

「ねえさわちゃん、まわりくどいよ。いったいどういうことなの…?」

わたしはじれったくなって口を開く。それには答えず、さわちゃんは一つせきをする。


「…ところで平沢さん。ひとつ尋ねたいのだけど、あなた、あの赤い傘はどうしたの?

事故のあった日にあなた、まわりの人たちに見せてまわってたわよね」

「傘?傘はあの事故の時に壊れちゃって…」

傘がなんだというのだろう。

「どうしてあなたの傘が壊れるの?あなた言ってたわよね。憂さんがあなたを突き飛ばして、助けてくれたって。それなのに、どうしてあなたの傘が壊れるの?」

さわちゃんがじっとわたしの目を覗き込む。

「ねえさわちゃん…。わたしにはさわちゃんが何を言いたいのかわからないよ…」

わたしは思わず目をそらした。



「しかたないわね…。本当は自分で思い出してほしかったのだけど…。

よく事故のことを思い出して。どうして赤い傘が壊れてしまったの?平沢唯さん…。



          いえ―         平沢……憂さん」




あの事故の日…。



雨の降りしきる中、わたしは呆然としてその場に座りこんでいた。

人々のざわめき、その中に混じる誰かの悲鳴。クラクションを鳴らす車の音。

近くには、壊れてばらばらになった赤い傘が、無残な姿をさらしている。



そしてわたしのすぐそばには、頭から血を流してよこたわる女の子の姿があった。





わたしによく似たその少女は、平沢唯…。わたしの、お姉ちゃんだった…。


「あの雨の日、一台の車があなたたちにむかって来た。そして唯さん…、

お姉さんはあなたをかばって車にはねられたの…。

目撃した人たちに訊いたら、みんなこう答えてくれたわ。

『赤い傘をさした女の子がもう一人を助けた』って。

私も始めは気づかなかった。あなたが憂さんであることにね。

事故があって、私も気が動転していたし…、教師失格ね」






山中先生はそう言って窓の外をみた。雨はまだ止まない。


「そしてここからが重要なのだけど…。

憂さん、あなたはどうしてもお姉さんの死が受け入れられなかった。

認めたくなかったのね、あんなに仲のいい姉妹だったわけだし。

そしてあなたはこう強く思い込むことにした―平沢唯は死んでいない、死んだのは平沢憂だ、と」



わたしはうつむいたまま、話を聞く。



「それであなたは事故の日から今まで、平沢唯として生きてきた。

本当に信じがたいことだわ…。憂さん、あなたは本当に唯さんのことが大好きだったのね…」



山中先生がこちらをふりむいた。

「ねえ憂さん?こんなことはもう、終わりにしましょう?あなたのためにもならないし、

それに…。唯さんだってそんなこと望んでいないわ」

先生がわたしの肩にやさしく手をおいた。しかし、わたしはそれを振り払う。



「やめてください!」

いきおいよく立ち上がったわたしは、先生を強くにらみつけた。

「お姉ちゃんは…!平沢唯は死んでなんかいません!そんなのわたしは信じない!」

そう言ってわたしは、生徒指導室を飛び出した。

山中先生の呼び止める声が後ろから響いたが、それを振り切って走り出す。雨が降るのもかまわず、わたしは学校の外へと飛び出した。




信じるもんか……!!わたしは平沢唯で、あの日死んだのは憂なんだ…!平沢唯は死んでなんかいない。死んでないんだ…!


無我夢中で走っていると、いつのまにかわたしは自分の家の近くに来ていた。

そのことに気づいて、ようやく足を止める。

傘もささずにここまで来たので、体中びしょ濡れだ。

あまりの寒さに思わず肩を抱く。白い吐息が雨に打ち消された。




家の前まで来るとそこには、和ちゃん―いや、和さんがいた。

わたしを見つけて、驚きの声をあげる。

「ちょっと!あなたどうしたの!?ずぶぬれじゃない!」

駆け寄ってきて、傘をさしだしてくれる。

「とにかく早く中へ…」


「和さん…」

わたしの言葉に、和さんは目をむいて驚いた。



「憂!?あなたもしかして…」

和さんの言葉をさえぎって、わたしは言った。

「…ごめんなさい。お姉ちゃんを守れなくて、ごめんなさい…!」



それだけ言って、わたしは家の中へと駆け込んだ。

和さんが声をあげて引き止めるが、それも気にしない。



ドアを閉める音が、降り止まぬ雨の音に消えていった。


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最終更新:2010年06月01日 21:29