――食堂――

唯「私ラーメン!」

和「それじゃあ、私は何にしようかな」

唯「ラーメンにしないの?」

和「夫婦で同じもの食べてどうするのよ。お互い違うものにして、分けたり
すればいいじゃない」

唯「それもそうだね」

和「……うん。コロッケ定食にしよう」

食券機「ういーん」

おばちゃん「ラーメン一丁!」

唯(そういえば、高校のときにあずにゃんと行ったラーメン屋さん。変な
ところだったなあ)

唯(あずにゃん。どうしてるんだろ)




――そのころ、梓は――

店主「ニンニク入れますか?」

梓「全増しで」

店主「はーい」

梓「……」

梓(唯先輩……)

店主「大豚W全増しー」

梓「……」もぐもぐ

男(この子がネットで話題の美女ジロリーヌ。ジロにゃんか)

男(暗い顔してるな。悩みでもあるのか?)

梓(美味しくない……)

梓(久しぶりの二郎なのに、ノれない)

梓(……唯、先輩)

梓「ござっす」ゴト

梓「……また、したいな」


梓「ばっかじゃないの」

梓「結局、性欲じゃない」

梓「唯先輩とのえっちが気持ちよかったから」

梓「唯先輩の手が、本当に暖かかったから」

梓「それに甘えて」

梓「それを欲しがって」

梓「それが手に入らないから」

梓「身体の『関係』だけを求めて」

梓「結果」

梓「残ったのは後悔と――こびりついたような要求」

梓「もう一度、したい」

梓「なんだそれ」

梓「唯先輩のこと、何だと思ってるんだ。私は」

梓「……」



――公園――

梓「日本の土」

梓「故郷の空気」

梓「いいものだと思った」

梓「でも、今となっては悲しいことを思い出す」

梓「つまんないよ」

紬「あれ?」

梓「え?」

紬「そのツインテール。小さな体。もしかして、中野梓さん?」

梓「その柔らかい物腰。ふわふわの金髪。もしかして、琴吹紬さん?」

紬「やっぱり!」

梓「ムギ先輩!」

紬「梓ちゃん。日本に帰ってきてたんだね」

梓「はい。一昨日に帰ってきて、昨日はぶらぶらしてました」

紬「そうなんだ」

梓「ムギ先輩も、どうですか? 最近」

紬「んー。たまーに大変だけど、大丈夫。世間知らずの箱入り娘なんかじゃ
ないんだから」

梓「強いんですね。本当に」

紬「そんなことないわよ。家に帰って、一人で考え事すると、涙が出てくる
こともあるわ」

梓「そうなんですか?」

紬「忙しい時は平気だけど、時間が空くと楽しかった学生時代が思い出さ
れるの。HTTのキーボード担当として過ごした7年。本当に充実してて、
楽しくて、あのころに戻りたいって思うことも一度や二度じゃない」

梓「……」

紬「喉、渇いちゃった。ジュース買ってくるね」

梓(ムギ先輩も、あんなに寂しそうな顔するんだ……)


紬「はい。オレンジジュースよかった?」

梓「ごちそうさまです」

紬「……そうね。高校生になるまで、私は自動販売機でジュースを買う方法
も、缶ジュースの開け方も知らなかった」

梓「……」

紬「嘘だと思うでしょう? でも、ホントの話よ。私は、絵に描いたような箱入
り娘だったの」

梓「でも――」

紬「そう。でも、りっちゃんや澪ちゃん、唯ちゃんや梓ちゃん。それにさわ子
先生に出会ってからは毎日が新鮮で、知らないことがいっぱいで。明日は
きっと、今日よりもいい日になるだろうって考えて眠っていたわ」

紬「私が生きている今日は、昨日死んだ人がどうしても生きたかった今日
なんだって」

紬「それを、実感してた。だから、毎日が楽しかったんだと思う」

梓「……はい」

紬「でも、最近になって思うの」

紬「かなりサイテーなことよ。世間知らずの私が、社会の波に揉まれたとき、
あることを考えたの」

紬「私が生きている今日は、昨日自殺した人が死んででも避けたかった
今日なんだって」

梓「!」

紬「ちょっと色々あってね。父の助けなしで頑張ろうとしたの」

梓「知らなかったです」

紬「誰にも言わなかったの。だって、HTTの皆だったら、きっと私を心配
すると思ったから」

梓「当然です」

紬「特に、先輩思いの梓ちゃんは人一倍。だから、誰にも言わなかったの」

紬「――甘かったのよ。なにも知らなかった小娘が、学生時代の小さな
コミュ二ティを知って、いい気になっていたということだった」

紬「かなり危ない橋を渡ったわ。汗をかく間も、涙を流す時間もなかった」

紬「恋人なんて、作ってる余裕もなかったの」

梓(ムギ先輩、まだ独身なんだ)

紬「今となっては、こうやって空を見ながら話せることだけど、あの頃は、いつだって二つのことを考えてた」

梓「ふたつのこと?」

紬「私が死ぬか。それとも、誰かの人生を終わらせて金を得るか」

紬「お金を儲けるってことが、どういうことなのか」

紬「裕福な暮らしをするということが、何を意味するのか」

紬「どうして、何も疑問に持たなかったのか」

紬「今思えば不思議ね」

梓「大人に、なったんですよ……」

紬「そうかしら? ただ単に、汚れちゃっただけかもしれないけど」

梓「そんな……」

紬「ああ、もうこんな時間。ごめんね梓ちゃん。今度はきちんと時間をとって
話しましょう。梓ちゃんの話も聞きたいから」

梓「はい。それじゃあ、また」




――そのころ真鍋夫婦は――

唯「とーちゃーく!!」

和「よかった。いい天気で」

唯「うぇーい!!」

和「ほら、唯!」

唯「さあさ! 行こうよ!」

和「わかったから。少し落ち着きなさい」

唯「むー」

唯「プイっ」

和「ほら」

唯「?」

和「手、繋いで行きましょ」

唯「うん!」ぎゅっ

和「唯の手、あったかいわよね」

唯「和ちゃんの手はひんやりしてて気持ちいい!」




――館内――

唯「ふおおおおおおおおおお!!!」

和「……」

唯「和ちゃん和ちゃん! この魚透明だよ!!」

和「聞こえてるわよ。そんなに大声出さなくても」

唯「……あ」

和「どうしたの?」

唯「そうだよね。私、大人の女性になるんだもん。しっかりお淑やかにな
る!」

和「はいはい」

唯「あら、このお魚。透明でいらっしゃることですわよ」

和「馬鹿丸出しだからやめなさい」

唯「ちぇー」

和「まったく、可愛いんだから」

唯「あ! アシカのショーだって! 行こう行こう!」

和「ちょっと、ひっぱらないで!」


お姉さん「アシカのあーくん! このフラフープを――」

和「……」

唯「ほわあ……」

和(あの頃とちっとも変わってない。子供みたいな目をしてる)

和(初めてデートしたときも、こんな目をしてショーを見てたわね)

和(色気もなくて、要領悪くて、頭も悪い)

和(そんなこの子を、一生面倒見てあげられるのは自分だって思った)

和(小学生のころに、そう思ってから、唯のことをずっと見てたのよね)

和(その気持ちが、恋愛感情になるのに時間はいらなかった)

和(恋愛感情になって、それからが長かったけど)

和(同性愛がノーマルではないことは、小学生の私だってわかってた)

和(だから、私が唯のことを好いているって事実を誰かに伝えることも
できないで高校生になって、大学生になった)

和(違う学校に通ってから、離れてから、ようやく気がついた)

和(唯に私が必要なんじゃない。私が唯を必要としてるんだって)



――そして――

唯「あーっ! 楽しかったー!」

和「憂へのお土産も買ったし、そろそろ帰ろうか」

唯「うん。このイルカのぬいぐるみ、なんて名前にしよっかなー」

和「イルカ、ドルフィン。ドル子ってのはどう?」

唯「!?」

和「……気に入らなかった?」

唯「いい! 和ちゃん! ありがとう!!」

和「喜んでもらえてうれしいわ」

唯「嬉しいよー。ところで、帰りも和ちゃんの運転?」

和「当然そうよ。私が旦那さんなんだから、少しはそれっぽいことしなきゃ」

唯「旦那さん……。いい響きだよねえ」

和「そうね。じゃあ、出発するわよ」

唯「うん!」


和「もう寝てる……」

唯「すぴー」

和「よっぽど楽しかったのね。嬉しいことよ」

和「……」

和「でも、起きてほしいな」

和「唯と話したいもの」

唯「くー」

和「唯の声、聞いてると落ち着く」

和「それがたとえ、寝言でも。寝息でも」

唯「和……ちゃん」

和「……」

和(昨日のことは、もう思い出さないようにしよう)

和(唯が他の人と関係を持った。これは事実だけれど、私は受け止めたく
なんて、ない)

和(私は、弱い人間ね。受け入れず、拒絶して)

和(それで救われるのは、自分だけだというのに)


唯「ふぇ?」

和「あ。起きたのね。まだ半分くらいよ。高速道路」

唯「そっか。……ねえ、和ちゃん」

和「なあに?」

唯「ちょっぴり眠いけど、お話ししようよ」

和「もちろん。いいわよ」

唯「……えへへー」

和「唯は、子供欲しくないの?」

唯「子供は好きだよ。でも、欲しくない」

和「……気、使ってる?」

唯「違うよ。ホントのホントに要らない。和ちゃんのこと、独り占めしたい」

和「憂がいるわよ?」

唯「憂は別なのー」

和「……ありがと」

唯「普通の道に降りたってことは、もうすぐだね」

和「そうね」

唯「いっぱいお話しできて、本当に楽しかったー!」ニコニコ

和「うっ!」

和(か、可愛い!)

唯「……あれぇ?」

和「……」

唯「今、和ちゃんってばあそこのホテルに入りそうになったでしょ?」

和「な!?」

唯「昨日もしたのに、和ちゃんのえっち!」

和「なに言ってるのよ! もう!」

唯「でもね……いいよ。和ちゃんがしたいときは、私もしたいときだから」

和「……」

和「駄目。我慢するの」

和(唯はお嫁さんなの。性欲の捌け口なんかじゃない!)


……

唯「ただいまー」

和「ただいま」

憂「おかえりなさい! お姉ちゃん二人!」

和「変わった出迎え方ね」

憂「どちらもお姉ちゃんなので!」

唯「さっすが憂!」

憂「今日一日、このことを考えてたんだよー」

和「すごい時間の浪費の仕方ね」

憂「そうかな?」


唯「憂、今日のご飯はー?」

憂「今日はお姉ちゃんたちが大好きなハンバーグだよっ」

和「いいわね。あ、今日は久しぶりに呑む?」

唯「わーい! お酒ー!」

憂「それじゃあ、お姉ちゃんたちはお風呂入っちゃってね」

和「憂も一緒に入りましょう」

憂「はい!」


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最終更新:2010年06月02日 22:23