――浴室――

唯「お酒はもうこりごりだよー」

憂「そんなこと言って、明日には飲むんでしょ?」

唯「私の意志は石より硬い。医師にも負けないそんな気持ち」

憂「ラップ?」

唯「DISってんのかメーン?」

憂「足広げてそんなこと言っても仕方ないよ」

唯「きゃ!」

憂「……」

唯「み、見たなー!」

憂「……」

唯「……申し訳ない」

憂「はい」

唯「和ちゃんの晩御飯、楽しみだね」

憂「そうだね」

唯「そういえば、憂は私たちと一緒にいて大丈夫?」

憂「なんで?」

唯「お姉ちゃんたちの幸せだけじゃなくてさ。憂の幸せも――」

憂「今のこの場所が、私の幸せなんだよ」

唯「……いいの? それで」

憂「いいの。というか、それを望んでるの。お姉ちゃんと和ちゃんの側で、
ご飯を作ってあげたい」

唯「……ごめんね」

憂「謝ることなんて、なにもないよ」

唯「……でもね。憂」

憂「?」

唯「もし、憂に大切な人が見つかったら、私たちに構わないでいいからね。私
も、頑張って和ちゃんのお嫁さんらしくするから」

憂「……うん」

唯「大好きだよ。憂」

憂「私もだよ。お姉ちゃん」


唯「和ちゃん。出たよー」

和「はい。着替え」

憂「今日のご飯は?」

和「今日はエビフライとメンチカツよ」

憂「おいしそー」

唯「わーい! 早く食べよう食べよう!」

和「じゃあ、準備手伝ってくれる?」

憂「はーい」

唯「わ、私もやるー!」

和「唯はお皿出しておいてちょうだい。憂は大皿ね」

憂「和ちゃんのお料理ー」

唯(和ちゃんの中では私よりも憂なのー?)しくしく

和「大丈夫よ。安心しなさい」

唯「心を読んだ!」



――夫婦の寝室――

唯「今日はありがとね。和ちゃん」

和「いいのよ。これくらい」

唯「ううん。それでも、ありがとう」

和「じゃあ、どういたしまして」

唯「昔から、私たちは和ちゃんに甘えっぱなしだね」

和「まったくよ。……でも、悪い気はしないからいいわ」

唯「えへへ。愛されてるなー」

和「愛してるわよ」

唯「……なーんか、ムラムラしてこない?」

和「サルじゃないんだから、これくらいじゃあしないわよ」

唯「私お猿さん!?」

和「明日はお仕事だから、寝るわ。おやすみ」

照明「パチン」

唯「ぶー。おやすみ」



――翌日――

和「いってきます」

憂「いってらっしゃーい」

唯「くかー」

憂「お姉ちゃん。和ちゃんが行っちゃうよ」

唯「うう~」

憂「まったくもう。でも、可愛いからいいかな」

唯「おやすみなさい」

憂「おやすみ。お姉ちゃん」

ドア「ニコ」

憂「さて、今日は天気もいいからお散歩でもしようかなー」

憂「……ふわぁ」

憂「私も一眠りしよう。それから、お散歩に出かけることにしよう」



――そのころ、梓は――

梓「ふわぁ~」

梓「結局、昨日は澪先輩と別れてからはパソコンして寝ちゃったんだっけ」

梓「……」

梓「ひどい、顔」

梓「昨晩観た映画の所為だよね」

梓「……そうだよ。映画の所為だ」

カーテン「ザァァ」

梓「今日もいい天気だなぁ」

梓「よし、散歩しよう」

梓「シャワー浴びて、着替えてから散歩しよう」

梓「明日にはアメリカに戻らなきゃいけないし、故郷巡りも悪くないよね」

ドア「ニコ」

梓「それじゃあ、行こうかな」

梓「まずはどこに行こう」

梓「まだ昼間の11時だし、お店に入るのは散歩とは違うしね」

梓「桜高まで、行ってみようかな」

梓「うちから遠くもないし、行ってみよう」

梓「後輩たちが頑張ってる姿を見てこよう。うん」

梓「後輩、か」

梓「軽音部。なくなっちゃったんだよね」

梓「仕方ないか。だって、部員がいないんだもん」

梓「しょうがないよね」

梓「――着いた」

梓「授業中なのかな? ずいぶん静か」

梓「……ここを卒業して、もう6年か」

梓「楽しかったなぁ」

梓「朝学校に来ると、憂がいて、純がいて、部活に行けばムギ先輩のおい
しいお菓子とお茶を食べさせてもらって、唯先輩が私に抱きついてきて、
うっとおしいけど、気持ちよくって。律先輩と澪先輩がふざけあって――和
先輩が書類を取りに来て、さわ子先生が服持ってきて――」

梓「さわ子先生……」

梓「今も、いるのかな?」

憂「いるよ」

梓「え?」

憂「お姉ちゃんから聞いたんだ。さわ子先生は、まだこの学校の先生だって」

梓「う、うい?」

憂「えへへ。ういだよー」

梓「ひさ、しぶり――」

憂「うん。久しぶりだね。梓ちゃんっ」

梓「どうして、ここに?」

憂「んー。天気がいいから、お散歩かな。梓ちゃんも奇遇だよね。帰ってき
てたんだ」

梓(唯先輩、憂に話してないんだ……)

梓「うん。ちょっと前に、ね」

憂「連絡してくれればよかったのにー。お姉ちゃんも喜ぶよっ」

梓「ごめんね。私、あっちにいることが殆どだから、ケータイ持ってないんだ
よ。憂は元気してた?」

憂「もちろん。梓ちゃんは、ちょっと元気なさそうだね」

梓「そう見える? ――まあ、見えても仕方ないか」

憂「?」

梓「ねえ、憂」

憂「なぁに?」

梓「学校、忍びこんじゃおうか」

憂「……うん。いいよ」



――桜高校内――

憂「バレたりしないかな?」

梓「どうだろ。でもまあ、卒業生って言えば平気でしょ」

憂「それもそうだね。さわ子先生もいるし」

梓「さわ子先生かぁ。会ってみたいかも」

憂「私もー。お姉ちゃんは会ったみたいだけど、私は会ってないんだよ」

梓「うーん。どこにいるんだろ」

憂「やっぱり職員室かな?」

梓「いや……。憂、今の時刻は?」

憂「11時45分だよ」

梓「じゃあ、多分あそこだろうね」

憂「?」

梓「ついてきて。憂」

憂「う、うん」


憂「ここ?」

梓「多分ね。自身はないけど」

ドア「ニコ」

梓「――!」

唯『あ、あずにゃん! ぎゅー!!』

律『遅いぞー!』

澪『今日は練習するぞ。梓』

紬『今日はブルーベリータルトよ』

梓(――あれ?)

さわ子「あ、あなたたち――?」

憂「さわ子先生、ですよね?」

さわ子「……憂ちゃん。梓ちゃん。どうしてここに?」

梓「そりゃあ、恩師に会いに。ですよ」

さわ子「恩師、ねえ。そんなガラじゃないと思うけど?」

梓「そんなことないです。さわ子先生がいなかったら、楽しくなかったと思う
んです」

さわ子「唯ちゃんたちがいたじゃない。それじゃあ足りなかった?」

梓「全然足りませんよ。先生が持ってきた猫耳があったから、唯先輩
は私をあずにゃんって呼んだんですから」

さわ子「それもそうね。……もう、8年前になるのね」

梓「はい。先生は、なんだか落ち着きましたね」

さわ子「そりゃあそうよ。私だって、もう三十路越えよ?」

梓「そうは見えませんよ。あの時と全く変わってません」

さわ子「おせじ? 梓ちゃんも大人になったわね」

梓「いえいえ。そんな気がきく人間に見えます?」

さわ子「ハハ。見えないわね。正直」

憂「でも、先生がまだこの学校にいてくれてよかったです」

さわ子「なんか、居心地いいのよ。出身もここだしね。特に、この音楽準備室
は特に、ね」

梓「……机と椅子の配置。変わってませんね」

さわ子「片付けるのが面倒なだけよ」

梓「そういうことにしておきます。憂も座れば?」

憂「うん。じゃあ、私はお姉ちゃんの席に」

さわ子「……唯ちゃんは、元気?」

憂「はい! 毎日ごろごろしてます!」

さわ子「でしょうね。まったく。あの子ったら、私よりも先に結婚するなんて」

梓「先生は?」

さわ子「……ただいま絶賛婚活中よ。私のなにがいけないのかしら」

梓(ホントに、昔から不思議だよ。先生、美人なのに)

憂「澪さんも律さんも元気みたいですよ」

梓「ムギ先輩も、色々あったけど元気にしてるみたいです」

さわ子「そう。……そう」


梓「あの、先輩たちは来ないんですか?」

さわ子「来るわけないでしょ。あの子たちは、それでいいの」

憂「でも、お姉ちゃんも和さんも先生に会いたいって――」

さわ子「なら伝えておきなさい。あなたたちにとって、私という存在は通過点
なのって。本来なら、憂ちゃんたちにとってもそうなのよ?」

梓「そんな……。悲しすぎます」

さわ子「教師っていうのは得てしてそうなのよ。自分という存在は、振りか
えるものじゃあない。たまーに思い出して、ベッドの中で笑う。それくらいの
存在でちょうどいいのよ」

憂「先生……」

さわ子「あなたたちは大人になってくる。でも、私はどんどんおばさんに
なってくる。自慢じゃないけど、校内一の美人教師だった山中さわ子は、
今となっては中堅の音楽教師になりつつあるの。思い出は、思い起こす
ので十分。壊したり、カタチを変えたりするものではないわ」

梓「今も、先生は綺麗ですよ」

さわ子「……梓ちゃんは優しいのね」


梓「いいえ」

さわ子「でも、まあ。私もこうして此処にいるってコトは、『そういうこと』なの
かもね。一番パワーがあって、一番楽しい子たちに囲まれたアノ時間に、
想いを寄せているだけなのかもしれないそれだって、決して悪いことではな
いんだから、ね」

憂「……大人になるって、そういうことなんですか?」

さわ子「?」

憂「昔にあったことを、まるで映画のように思い出す。それが、大人なんですか?」

さわ子「もちろん、それだけじゃあないわよ。30過ぎたって、新しいものは
新鮮よ。ただ、そういうものが少ないだけ」


憂「……」

さわ子「つまらない大人。きっと、私はあなたたちにはそう映るのかもしれな
い。でもね、私があなたたちと同じ年の時――そう、唯ちゃんやりっちゃん。
澪ちゃんにムギちゃん。軽音部の子たちに出会ったときは、それはもう、
新鮮だったわ」

梓「――」

さわ子「この子たちは新しいことをしている。その一端を、私は担っている。
そう思うと、胸がドキドキして、毎日のようにベッドの中で笑ってたわ」

憂「私たちと、同じ年のとき……」

さわ子「だから、人生はつまらないものじゃない。二人も、毎日ベッドの中で
思い出して、笑っちゃうくらいに楽しいことを見つけなさい」

梓憂「――はい」

さわ子「説教くさくなっちゃったけど、私の、あなたたちに対する最後の授業
よ。つまらない大人になってもいい。でも、新しいものを見つける心を忘れ
ないで」

梓「失礼、します」

ドア「ニコ」

梓(ありがとうございます。きっと、私の中であなたは、いつまでも恩師で
い続けるでしょう。また、会えたら)



――夕方――

憂「日、落ちてきたね」

梓「うん」

憂「……私、先生みたいな大人になりたい」

梓「私も……」

憂「――」

梓(そうだよね。きっと、私は憂に隠し事をしたくないんだ)

梓(先生のような大人になるために、過去の決算をしなくちゃ――)

梓「あのさ、憂」

憂「なぁに? 梓ちゃん」

梓「話したいことが、あるの」

憂「……」

梓「だから、今からうちに来てほしい。いい?」

憂「――」

憂「うん。梓ちゃんの話。聞かせて」



――中野宅・梓の部屋――

梓「……」

憂「……」

梓「憂」

憂「?」

梓「一昨日、唯先輩に会ったの」

憂「!?」

梓「スーパーの前に、唯先輩がいて、一緒に喫茶店に入ってお話しした」

梓「私、そこで初めて唯先輩が和先輩と結婚してることを知ったの」

梓「笑っちゃうよね。それを聞いて、私はどうしようもないくらい嫉妬したの」

梓「頭の中、ぐちゃぐちゃになっちゃってね。ここに誘ったの」

梓「ゆっくりお話ししましょうって言ってさ」

梓「ここで少し話して、唯先輩を見ると――悔しくて、悔しくて」

梓「どうして、私の隣にこの人はいないんだろうって。どうして私はこの人の
側にいられないのだろうって」

梓「気がついたら、ベッドに押し倒してた」

憂「――それって」

梓「そうだよ。憂の思ってる通り。私、唯先輩と――」

憂「馬鹿……」

梓「馬鹿だよ。私」

憂「どうして……」

梓「唯先輩が、欲しかったから……」

憂「どうして……どうして」

梓「ごめんね。憂」

憂「!」パンッ

梓「……叩かれても文句言えないよ。私は、それでも足りないことをしたんだ
から」

憂「馬鹿……梓ちゃんの、馬鹿っ……」ぎゅ

梓「……え?」


憂「私を……選んでよ」

梓「え?」

憂「私を、平沢憂を選んでよ!」


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最終更新:2010年06月02日 22:27