え、どうしたんだって?
実は憂を怒らせてしまいました。
なぜかというと憂のアイスを食べてしまったからです。
そりゃもちろん憂は自分のアイスを食べられたぐらいで怒りません。
だけど今回私が食べたアイスは、本来私と一緒に食べるはずだったアイスなのです。
憂は今日の朝からずっと「お姉ちゃんとアイス♪お姉ちゃんとアイス♪」と笑顔でつぶやいてました。
それほど楽しみにしてた憂のアイスを食べてしまいました。
だってしょうがないんです。
今日はムギちゃんがお休みでティータイムがなかったから糖分が足りなかったんです。
家に帰ってきた私は無我夢中で二つのアイスをペロリと平らげてしまいました。
でもこんなことになるなら……と私は少しの前の自分を思いっきりひっぱたいてやりたいほど後悔しています。
誰か、助けてください。
ガチャリとドアが開きます。
憂「……」
出ました、悪魔です。
見た目はなでなでペロペロしたいほどの超かわいい女の子ですが、今の私から見れば悪魔そのものです。
私は布団から顔だけ出して生まれたての子牛のようにガクガクと震えながら悪魔のほうを弱く睨みます。
憂「お姉ちゃん、ご飯だよ」
その言葉を聞いた瞬間私は泣きそうになりました。
いつもなら「お姉ちゃ~んご飯だよぉ♪今日はお姉ちゃんが大好きなのいっぱい作ったからね♪早く降りておいで♪」と言ってくれるはずです。
それが「お姉ちゃん、ご飯だよ」ですよ?
いつ食われてもおかしくない。
そんな不安が私の頭をよぎりました。
唯「う……うん」
私は精一杯の勇気をだし小さな、小さな声で返事をしました。
憂「ん」
憂はそう憎しみのオーラ満々の応答をし、階段を下りていきました。
心なしかいつもの十倍は階段の音が大きく聞こえます。
憂に会いたくない。
だけどご飯は食べたい。
命と食欲、一体どちらを優先すれば良いのでしょうか。
……。
唯「行こっと……」
食欲でした。
部屋を出ると目の前には階段がありました。
十年以上上り下りしている馴染みの階段。
しかし今の私には絞首台へと続く十三階段より絶望的に見えました。
ギッ……ギッ……ギッ……。
一段下りるごとに寿命が五年は縮んでいる気がします。
半分ぐらい下りた頃でしょうか。
下からはとても良い匂いがしてきました。
間違いありません、今夜は肉じゃがです。
あのホクホクとしたじゃがいもと柔らかいお肉がかもし出すハーモニー。
私は食欲を優先するあまり、死への十三階段を勢い良く下りてしまいました。
それが悪魔の手招きとも知らずに。
階段を下りきると、見なれた光景が目の前に広がりました。
いつものテーブル。
イス。
食器。
そして、妹の憂。
いえ、今は悪魔と言うべきでしょうか。
憂「お姉ちゃん、早く座って?」
まるで取調室で恐い恐い刑事さんが殺人犯に言うような威圧感で憂は私にイスへ座るよう命令しました。
唯「……うん」
私が座るとイスはギシリと音を立てます。
これはただのイスではなく、電気イスではないのだろうか。
そんな気さえしてくる絶望感。
犯罪を犯していないただの女子高生である私がなぜこう何度も死刑の体験をしなくてはならないのでしょうか。
ああ神様、お願いです。
私を死刑因からただの女子高生に戻してください。
憂「じゃあ食べよっか」
唯「そ、だね」
憂「いただきます」
唯「いただきます……」
テーブルの上に広がるのは宝石のようにキラキラとしたおかずの数々。
いつもの私ならなりふり構わず口にかっこむことでしょう。
だけど今は目の前に悪魔がいます。
私は目を合わせないように伏せ、口にかっこんでいきます。
ああこれが最後の晩餐というものか。
いくら美味しい物でも、美味しく感じない。
……ごめんなさいすごく美味しいです。
憂「お姉ちゃん、美味しい?」
唯「美味しい……よ」
憂「そっか」
もはや憂がどのような表情で私に質問をしてるのかさえわかりませんし、わかりたくもありません。
そして私はツヤツヤと光る白米を食べようとした時気づいてしまったのです。
ご飯が……並盛り。
憂は料理ができるようになってからずっと私のご飯は大盛りにしてくれました。
それが、並盛り。
どこからともなく汗が出てきます。
私は今にもでそうな涙を必死にこらえてご飯を三杯おかわりし、足早に自分の部屋へ戻りました。
唯「どうしようどうしようどうしよう!?」
部屋のドアを閉めると私はやっとお腹から声を出すことができました。
唯「そうだ、電話!」
幼馴染の和ちゃんに電話をしよう。
幸い、憂も私同様和ちゃんのことは大好きだ。
和ちゃんと一緒に土下座をすればきっと憂だって許してくれるはず。
他人に頼る自分に情けなさを感じながらも、私は携帯電話を探しました。
唯「あ……」
携帯は、下の階のリビング。
つまり、悪魔城の中でした。
唯「あぁ……」
私はもう何も考えられなくなり、地面にペタリと座り込んでしまいました。
それから何分たったでしょうか。
私が布団の上で自分の今までの愚行を思い出していると、ドアがゆっくり開きました。
憂「お姉ちゃん、お風呂沸いたよ」
悪魔、再来。
いつもの憂なら「お姉ちゃんお風呂わいたよ♪それでね……洗いっこしたいな、なんて。えへへ♪」とか言ってくれるはずなのに。
唯「はい……」
もはや私は奴隷のように素直に応答することしかできませんでした。
お母さん、お父さん。
今まで私を育ててくれてありがとうございました。
私、平沢唯は今日この世を去ると思います。
お墓参りの際はアイスを持ってきてくださいね。
私はゾンビのような足取りで、絞首台の階段を下りてお風呂場へ行きました。
脱衣所の鏡に映る私がいつもより小さく見えます。
おそらく自分の姿を見るのもこれが最後。
私は衣類を脱ぎ、改めて自分の裸体をまじまじと見ました。
唯「一度でいいから、おっぱいで谷間……作りたかったなぁ」
私は自分の体に不満をぶつけ、湯船に入りました。
唯「あちっ!」
お風呂の温度を見ると四十三度。
いつもなら四十二度なのに……。
悪魔は私を煮てやろうと企んでいるのでしょうか。
唯「うっ……」
熱くて入りたくない。
けどせめて綺麗な体で死にたい。
私はぐっとこらえ、火傷してしまうほどのお湯へと肩まで入りました。
唯「ふぃー」
唯「んー、気持ちいい」
私が鼻歌交じりで人生最後の快楽へ身を委ねていると風呂場のドア越しに人影が見えました。
悪魔、再再来。
憂「お姉ちゃん、着替え置いておくね」
唯「ん……ありがと」
モザイクがかかってわからないけど、きっと憂は恐ろしい形相をしてることでしょう。
そのまま無言で憂はリビングの方へ戻っていきました。
いつもの憂なら三十秒置きに「お姉ちゃん湯加減はどう?」「背中流してあげよっか?」「私も入っちゃおっかな……」と言ってくれるはず。
そしてその優しかった憂はいまごろリビングで風呂場から出た無防備な私をどうやって痛めつけてやろうか、と考えているはずです。
もうこのまま湯船で一生を過ごして生きたいと心から思いました。
しかし風呂上りの牛乳を飲みたいので私をさっさと体を洗い、湯船からあがりました。
私はお風呂から上がり、憂の用意してくれたパジャマと言う名の死衣装を着てリビングへ向かいました。
そして冷蔵庫を開けて牛乳をコップに注ぎ、それをいっきに飲みます。
唯「ぷはー!」
生きていてよかったと思える瞬間です。
そして同時に、最後の生きた実感がした時でした。
牛乳の美味しさのあまり気づかなかったのです。
憂「……お姉ちゃん」
悪魔が、私の背後にいたことを。
お母さん、お父さん。
いろいろ馬鹿する私をこんなに大きく育ててくれてありがとう。
和ちゃん。
小さい頃から迷惑かけてばっかりでごめんね。
りっちゃん。
りっちゃんのおかげで私、ギー太に出会うことができたんだよ。
澪ちゃん。
丁寧にギターのこと色々教えてくれて、ありがとうね。
ムギちゃん。
いつも笑顔でやさしくて接してくれて、そして美味しいお菓子を食べさせてくれてありがとう。
あずにゃん。
私、初めての後輩があずにゃんみたいなすごく可愛い子で本当によかった。
さわちゃん。
そろそろ結婚を考えたほうがいいと思うよ。
憂「……お姉ちゃん」
唯「……はい」
憂「ごめんなさい、は?」
唯「……二人で食べようって言ったのに……一人で全部食べちゃって……」
唯「ほ゛ん゛どうに゛……ごべんな゛ざい゛!」
憂「……いいよ♪」
その夜私は、憂と一緒に寝ました。
終わり。
最終更新:2010年06月08日 21:36