私の名前は秋山澪
怖いのがちょっぴり苦手な普通の女の子。
幼なじみの律とはいつも一緒。
ケンカもしたり、すれ違ったりもしたけれど、それでも私たちはずっと一緒だった。
それはもちろんこれからも。
それが二人の約束だから。
遠い昔に交わした約束だから。


ガチャ

あっ。誰か来た。

「…」

梓、遅かったじゃないか。

「…」

このツインテールで艶やかな黒髪の持ち主は中野梓
私たちの一個下でギターの腕前はピカ一。
真面目過ぎるのがたまに傷だがとっても優しい素直な子だ。

「梓ちゃん、来てたのね」

次に現れたのは琴吹紬
クリーム色したロングヘアーが特徴のおっとりした女の子だ。
何でもそつなくこなす万能な子で笑顔がとっても可愛らしい。


「ムギに梓。やっぱりここにいたのか」

「…えへへ、やっぱりみんなここにいたんだね」

最後に現れたのは平沢唯田井中律
二人ともことあるごとに練習をサボろうとするちょっぴり困った奴等だ。

さぁ今日こそはちゃんと練習するぞ。
ほら、みんな突っ立ってないで早く。

「…」

どうしたんだ?
みんなそんなに暗い顔して…


「…りっちゃん」

「…あぁ。今日の練習は休みだ。各自家に帰ってゆっくりと休んでくれ」

おい!!
またお前らはそうやってサボろうとする。
ライブまでもうあまり時間が無いんだぞ。
梓からも言ってやってくれ。

「…わかりました」

梓まで何を言ってるんだ。

「…みんな待って」

「ムギ?」

「練習…やりましょう」

おっ。流石ムギ。
もっと言ってやってくれ。

「でもな…」

「りっちゃん。りっちゃんの気持ちは十分に理解しているつもりだわ。でも澪ちゃんのことを本当に思うなら…」

「言うな!!」

お、おい。急にどうしたんだよ。


「…りっちゃん」

「…わかんねえよ」

「…ムギにはわかんねえよ。勿論梓や唯にだって」

「だって…澪は…」

私?
私がどうかしたのか?

「…くっ!!」

あっ、おい!!待てよ!!

「りっちゃん待って!!」

「ムギちゃん」ギュッ

「唯ちゃん離して!!追いかけなきゃ!!」

「…今はそっとしておこ…。ね?」

「…唯ちゃん」

一体どうしたっていうんだよ。つくづく手のかかるやつだな。
よし、私に任せてくれ。直ぐに連れてくるよ。


「…」

あっ、いたいた。

「…澪」

何だ?

「…ごめんな」

いきなりなんだ?律が謝るなんて気味が悪いな。

「…私のせいで」


さっきから何を言ってるんだよ。とにかく戻ろう。みんな心配してるぞ。
部長なんだからもっとしっかりしてくれよな。

「…」

ぽつりぽつり

雨…か。
ほら、律、行くぞ。早くしないと風邪ひくぞ。



「…」

…律?

「…グスッ」

泣いてるのか?

「…澪」

どうした?
何があったんだ?

「…」

黙ってちゃわかんないぞ。

「…」

…はぁ、相変わらず頑固なやつだな。
わかったよ。訊かないでおくよ。
でも堪えきれなくなったらいつでも私に言うんだぞ。
私が何とかしてやるから。
律が昔の私にしてくれたようにさ。


りっちゃーん

ほらみんなも探しにきてくれたぞ。

「…みんな」

「傘、持ってないと思って…。それに…あんまりにも遅かったから心配で…。やっぱり迷惑だったかしら」

「いや…ありがとう。…あと心配かけてごめん」

「りっちゃんが謝ることじゃないわ。謝るのは私の方。本当にごめんなさい」

いや、良いんだよ。たまにはガツンと言った方がこいつのためでもあるからさ。

「じゃあ仲直りの握手」

「何でそこで唯が仕切るんだよ」

「えへへ」


「唯先輩、えへへじゃないですよ」

「良いじゃん。あずにゃ~ん」ダキッ

「ちょっ!!傘持ってるんだから抱き着かないで下さいよ!!」

「そう固いこと言わずに~」

「あらあら」

「あはは」

全く…。
でも思ったよりも大丈夫そうで本当に良かった。
律が落ち込んでる姿は見たくないからな。
…ふわぁ。
…何だろう。突然眠く…なってきたな
…みんな、ちょっと私…疲れたから先に部室に…戻ってるから…



私の名前は秋山澪
怖いのがちょっぴり苦手な普通の女の子
幼なじみの律とはいつも一緒
ケンカもしたり、すれ違ったりもしたけれど、それでも私たちはずっと一緒だった
それはもちろんこれからも…

昨日は結局練習出来なかったからな。今日こそは絶対練習やるんだ。
それにしてもみんな遅いな…。
…そうだ。呼びにいけばいいじゃないか。
まずは律の教室にでも行ってみよう。
もしかしたらみんな居るかも知れないしな。
まずは階段を下りて…っと。
…あれ?
次はどっちに行けば良いんだっけ?
…駄目だ。全然思い出せない。
何で思い出せないんだ?私はこの学校に一年も通っているはずなのに。
こんなこと今まで無かった。と言うよりも忘れるなんてことが有りり得るのだろうか。

…疲れてるんだ、きっとそうだ。
不安で押し潰されそうな気持ちを抑えるために私は何度もそう唱えた。
…戻ろう、部室へ。
みんなも直に部室に顔を出してくるだろうしな。
待てばいいんだ、ただ私は待っていればいいんだ。

ガチャ

…ふぅ。
何だろう、この不安感は。
もしかして私は…。
いや、それは無いだろう。
だって私は今まで大きな病気を患ったこともないし、健康診断で引っかかったこともないんだ。
そんな急に病気になるなんて…。


…うん。
深く考えるのはやめよう。
少し休めばきっと良くなるさ。
だから心配することなんて何もないんだ。
そうだ…そうなんだ…。
心配なんて…。

ガチャ

律!?

「…」

…あっ、さわ子先生ですか。どうしたんですか?

「…」

お菓子なら有りませんよ。まだみんなも来てないですし。

ガチャ

「先生…」

律、遅いぞ!!
お前は部長なんだからちゃんと部長らしい振る舞いをだな…。
…聞いてるのか?


「…活動を休止するって本当?」

「…はい」

え!?
何を言ってるんだよ馬鹿律!!

「…そう。あなたたちがそう決めたなら私は何も言わないわ。」

「…すみません」

「…」

何を言ってるんだよ二人とも!!

「…他のみんなは?」

「病院です」

病院?

「…あなたは行かないの?」

「…行けません」



何でだろう。

その続きは…聞きたくない。

「…行けるわけありません」

止めろ、律。
聞きたくないんだ。

「だって…私をかばって…澪は…」

聞きたくない!!
聞きたくない!!
聞きたくない!!
止めろ!!

「車に…っ!!」


私の名前は秋山澪
怖いのがちょっぴり苦手な普通の女の子
幼なじみの律とはいつも…



……

昨日は結局練習出来なかったからな。今日こそは絶対練習やるんだ。
それにしてもみんな遅いな…。

ガチャ

「…」

律。
…遅いじゃないか。みんなは?…みんな?
みんなっ…て…誰?

「…」

律、知らないか?
みんなって誰だ?

「…」

黙ってないで何とか言ってくれ!!

コンコン

「…どうぞ」

「律、よね?」

「あぁ」


誰だろう。この真面目そうな女の子。
見たことあるような…。
…駄目だ。わからない。

「…大丈夫?唯が凄い心配してたわ…。勿論私も」

ゆい?

「ははっ。和にまで心配かけちゃったか」

のどか?

「…落ち着いて聞いてね」

「…何だ?」

「澪の容態についてなんだけど…」

…私?
私は…秋山…澪?
目の前にいるのは…幼馴染みの律と…わからない。わからないよ
何で私はここにいるの?


「…らしいの。だから早く行ってあげて」

「…」

「律!!」

「…」

止めろ。律を虐めるな。
律は…りつは…がさつにみえるかも知れないけど…とっても繊細で…傷付きやすくて…


「…なぁ、和。私は一体どんな顔して澪に会えばいいんだ?」

「…」

「…私のせいで澪はあんなになってしまったんだ。怖かった、だから私は今の今まで逃げ続けてきたんだ」

り…つ?
何を言っているの?
もう何もわかんないや


「間違ってる。そんなの間違ってるわ」

「…わかってるさ。でも…」

「…今のあなたを見たら澪はどう思うかしら」

り…
私は…

「…」

「わかっているなら変えられるはずよ。それともあなたは本当にこのままで良いの?大切な友達じゃなかったの?小さい頃からずっと一緒だったんじゃないの?」

「…」


「…今ならまだ間に合うわ。お願い、澪に会ってあげて。あの子はきっと待ってる。あなたが来てくれることを」

「…」

「…律」

バタン

「りっちゃん!!」

「…唯?どうした?」

「澪ちゃんが…っ!!」

ブツンッ。
そこで私の意識は途絶えた。



ここは…どこだ?
何も聞こえず、何も見えない。
どこまでも暗闇は続いていてどこに行けばいいのか、自分がどこにいるのかさえわからない。
そんなどこまでも冷たい空間に私は一人で居た。
…とりあえず歩いてみよう。そうすれば何かわかるかもしれない。私のことも、この真っ暗な世界のことも。
何となくだけどそう思った。



…ふぅ。
私はあれから暗闇の中をひたすらに歩き続けた。
どれくらい歩いただろう。
目印となるものが何もないから詳しくはわからないけど、感覚的には結構な距離を歩いたような気がする。
…疲れた。
ぺたっ、と無気力にその場に腰を下ろす。
何を考える訳でも、する訳でもなく私はそうやって遠くを眺め続けた。
…ん?
ふいに何かが遠くで揺らめくのが見えた。
あれは…光?
私は立ち上がるとそれを確認するべく再び歩き始めた。


………

たどり着いた先は飾り気のない真っ白な部屋だった。
光の正体はどうやらこの部屋の蛍光灯だったらしい。
部屋の片隅にくたびれたベッドが備え付けられているこの部屋で一人の女の子が眠っている。
女の子には様々なチャーブが取り付けられていてどこか痛々しい。
その傍らにもう一人、違う女の子。
あなたは誰?
私は誰?

「澪…。遅くなってごめん」

みお、それがその女の子の名前?

「…」

…みお。何だろう。
凄い不思議な感じ。
初めて聞いたはずなのに…どこか懐かしい。


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最終更新:2010年06月13日 21:36