唯「う…ここは…音楽室…?」
唯「そうだ、私…音楽室に忘れ物取りに来て…みんなには先に帰ってもらって…」
唯「あれ…?どうして寝ちゃってたんだろう…」
唯「もう外暗くなってきてるし…」
唯「まあいっか。とにかく帰らなきゃ。」
ノロノロと起き上がり、音楽室のドアに向かおうとしたその時だった。
知ってはいるが聞きなれない、しかしなぜか人の心の奥底から焦燥と恐怖を駆り立てる、奇妙な音が鳴り響く
―――まるで何か獣の鳴き声のような
唯「ひっ!」
唯「何…これ…」
音楽室を出て階段を下りる。
夏休み中のためかほかに残っている生徒はいないようで、校舎内は静まり返っている。
気味の悪さを感じながらも廊下を進むと、前方にポツリと立つ見知った後姿を見つけた。
唯「さわちゃん先生?おーい!」
声に気づいた教師は振り返る。心なしか顔に生気が無いように見える。
唯「休みなのにお仕事大変だね!」
無表情のままさわ子は応えない。
唯「あ、私?デヘヘ、なんだかいつのまにか音楽室で眠り込んじゃっててさ」
さわ子は応えない。
唯「どうしたの?なんだか顔色悪いよ?」
応えない。
しかし代わりにその顔に変化が見られた。
異常なほどに見開かれた、さわ子のその瞳から一筋の涙が―――紅い涙が流れ始めた。
唯「え!?さわちゃんどうしたの?大丈夫?病気?」
あわてて駆け寄ろうとする唯を見て、ようやくさわ子は口を開いた。
さわ子「フ…ヒヒヒ…ゆいちゃん…」
さわ子「こんな時間に学校にいて…ダメじゃない…おしおき…しなきゃね…」
そういってノロノロとこちらに歩き始める。
唯「えっ…?おしおき…そんなことよりその目、大丈夫なの?」
普段と違う様子に戸惑う唯。
その時少しずつ近づいてくるさわ子の手に握られているものをはじめて視界が捕らえた。
赤黒い染みのついた、金属製のバットだった。
さわ子「悪い子ね…ゆいちゃん…ヒッ、ヒヒヒッ」
唯「へ、ヘンだよ先生…冗談でしょ…」
さわ子は後ずさる唯との距離をジリジリと詰め
―――そして奇声を上げるとともにそれを振り上げた。
唯「キャアアァァァッッ!!!」
終了条件:校舎内からの脱出
間一髪だった。
振り下ろされたバットをかろうじてかわした唯は下駄箱に向かって走り出した。
わけがわからない。
しかしさわ子の振る舞いが冗談ではないことは本能でわかった。
そして、後ろを振り返らなくても、その足音と常軌を逸した笑い声から未だに追いかけてきていることが感じられる。
殺される―――
廊下を全力で駆け抜け、やっとの思いで玄関口にたどり着く。
しかしドアには鍵がかかっていた。
唯「どうしてっ!?なんで開かないの!?」
廊下の向こうからはあの声が近づいてきている
唯「どうしよう…そうだ、非常口!」
必死に場所を思い出す。
唯「えっとぉ、たしか少し戻った廊下の先…」
今来た廊下の奥を見ると非常口の青いランプが見える。
しかし、そこにたどり着くにはバットを持ったさわ子のそばを通り抜けなければならない。
唯「どうしよう…」
時間は無い。悩む唯の視界の端に、あるものが映る。
唯「コレ…しかないよね…」
唯はそれを掴んで近づくさわ子を待ち構え、そして―――
唯「さわちゃん、ゴメン!」
勢いよく消火器の栓を抜いた。
突然視界を奪われとまどった様子をみせるさわ子。
その脇をすばやく駆け抜け、非常口を開けて外に飛び出した。
唯「はぁっはぁっ…」
唯「うぅ…さわちゃん先生…どうしちゃったの…?」
唯「…帰ろう…」
外は雨が降っていた。
傘がないので仕方が無く濡れながら歩くことにする。
雨水が妙に甘く感じられた気がした。
―――終了条件達成
08月09日/18時49分12秒 平沢唯
家路を歩く唯。
先ほどの異常な出来事を思い返してみる。
唯「やっぱり普通じゃなかったよね…」
唯「何かの病気だったのかな…」
唯「勢いで逃げ出してきちゃったけど…放っておいたらやっぱりまずいよね…」
唯「そうだ!救急車を呼んであげよう!学校に病人がいますって言えば来てくれるよね」
唯「あれ、圏外だ。どうして…?」
唯「うぅ…困ったなあ」
唯「それにしてもずいぶん濡れちゃったな…つぅっ!」
不意に頭痛に似た眩暈を感じ、おもわず目を閉じる。
唯「へ?何コレ…?」
唯「目をつむってるのに…何か見える…」
唯「なんだろう、この風景…誰か別の人になっちゃったみたい…」
唯「映ってるこの道って…今私がいるとこ…」
唯「あ、私だ!」
“誰か”の視界に映る自分の後姿。
唯「え?じゃあひょっとして…」
目を開き、振り返る。
思ったとおり、視界の主はそこに、いた。
知らない男だった。
しかし、手に持たれた凶器、そして何より、流れる紅い涙が先ほどの悪夢のようなできごとを嫌でも彷彿させた。
唯「ウソ…」
脚がすくむ。
唯「なんなの…」
頭では危険を感知している。
しかし動けない。
「何やってるんですかー!」
唯「へっ?」
目を閉じて意識を集中する。
知らない誰かの視界が見えてくる。
梓「うーん…この先の道は…いるなぁ…」
梓「この息遣い、普通の人じゃないよね…」
梓「迂回していこう…」
梓「こっちの道は…うわ、2人も…」
梓「うん…?この人って…ゆ、唯先輩!?」
梓「唯先輩が、お、襲われちゃう!」
盗んだ視界をたよりにして走り出す。
梓「こっちの道…いた!」
梓「何やってるんですかー!」
駆け寄って、唯の手をつかむ。
唯「へっ?あ、あずにゃん!?」
梓「はやく、こっちです!」
―――
梓「はぁっ…はぁっ…」
梓「どうやら…うまくまいたようですね…」
唯「うひー…さっきから走ってばっかりだよぅ…」
梓「でもよかった。先輩、無事だったんですね。」
唯「あずにゃーん!こわかったよぉー!」
梓「ちょ、ちょっと!こんな時に抱きつかないでください!」
唯「…あずにゃんは、さっきのがどういうことなのか知ってるの?」
梓「…知りませんよ。」
梓「ただ判ったのは、あの紅い涙を流している人達は私たちを襲ってくること。」
梓「もう、どこもかしこもおかしくなった人ばかりですよ。」
唯(さわちゃん…)
梓「それから、目を閉じて意識を向けるとそこにいる誰かの視界を盗み見ることができるようになったこと。」
唯「それじゃあ、さっきのはやっぱり…」
梓「やっぱり先輩もできるんですね…このわけわかんない状況と関係あるんでしょうか。」
唯「うん…あずにゃんはどうしてここに?」
梓「私、部活の帰りに商店街に寄ってたんです。」
梓「だから、今から家に帰ろうと思うんですけど…その途中で先輩を見つけて」
唯「そっか…じゃあ家の様子を見に行くんだ。心配だもんね。」
唯(あ、そうか、私も…)
梓「はい…先輩はどうするんですか?」
唯「本当はあずにゃんに着いていってあげたいんだけど…」
唯「ごめんね、私も家に戻るよ。」
梓「そうですね…憂が心配ですもんね。」
梓「でも、大丈夫ですか?ひとりで。」
唯「うん!さっき聞いたやりかたで、みつからないように帰るから大丈夫だよ!」
梓「わかりました。それじゃあ私は行きますね。」
梓「唯先輩…お気をつけて」
唯「うん、あずにゃんもね!」
自分の部屋でうたたねをしていた澪は鳴り響くサイレンの音で目を覚ました。
澪「ひっ!」
澪「何…この音…?」
澪「こわい…何かの鳴き声みたい」
澪「つう…頭が…」
澪「え…なにこれ…うちの前の道?」
澪「なんだ…?誰かの視線…走って…まっすぐこっちに来る…」
澪「うそっ、入ってきちゃう!玄関の鍵、閉めてなかった…!」
足音が聞こえる。
澪「やだ…私の部屋に来る!」
足音が近づく。
視界は部屋の扉にたどり着く。
澪「いや…いや…!」
そして勢いよくドアが開かれた。
律「クソっ、なんだってんだよ!」
どうやら、今この町はおかしいらしい。
近所の自販機へ買出しに出たときに、見知らぬ女に襲われた。
あわてて助けを求めた男も、振り返ると紅い涙を流していた。
逃げる途中遠めに男をふたり見つけたが、一人は鋏を、もう一人は金槌を手に握っていた。
律「町中あんなやつらばっかりなのかよ…!」
そうなるとやはり心配になるのは幼馴染の安否だ。
気の弱い彼女はこんな状況に耐えられないだろう。
律「澪…頼む、無事でいてくれ…!」
終了条件:秋山家に到達
律「さっきの連中はなんとかまいたものの」
律「あんなのがウジャウジャいるんじゃあ澪ん家まで骨が折れるぞ…」
律「えっとぉ…」
目を閉じる。
律「お、そこの角にひとりいるな」
律「むこう向いてる隙に、ササッとね」
この他者の視界を盗む能力は随分と役に立つ。
こうして隙を見てやり過ごすことができなければ、今頃は人の心配などできる状況ではなかっただろう。
しかし気になるのはこの能力がいったい何によってもたらされているのかということ。
ひょっとしたら自らも人ではないものに少しずつ近づきつつあるのかもしれない…
そんな不安を振り払うように、律は走った。
律「げぇ、澪ん家の前ウロウロしてるやつがいる…」
律「うーむ」
律「!」
律「これをこうして…2分後に…」
律「私はこっちに隠れて、と」
―――二分後
携帯『トゥララートゥララートラーイアングルー♪』
「ウィ?」
癪に障る声を上げて、音を聞きつけた屍人が放置された携帯電話に引き寄せられる。
律「もったいないけど背に腹は代えられない、か」
楽しそうに携帯電話を拾い上げる屍人の後ろを足音を忍ばせながら通り抜け、澪の家へと駆け込む。
鍵を閉めてから一気に階段を駆け上がり部屋のドアを開けた。
律「澪!無事かっ!?」
澪「律!?今見えてたのはじゃあ…」
律「よ、よかったぁ…」
澪「ど、どうしたんだよ律。無事か、っていったいどういうことだ…?」
澪(今律の視界が見えた…これってまさか愛の力!?)
―――終了条件達成
唯「りんくなびげーたー!」
17時[律 澪宅へ ]
18時[澪 律と合流 ]
[唯 学校から脱出 ]
[梓 唯と遭遇、その後自宅へ ]
[唯 梓に救われる その後自宅へ]
身を案じる友人の家へ向かうため町を歩く紬。
その手には女子高生の外見には不釣合いな鉄の塊が鈍い光を放っていた。
先ほど受けた左腕の傷は不思議なことにすでに癒えている。
紬「…!」
何かの気配を感じてとっさに身を隠す。
視線の先を一人の少女がかけていった。
紬「あれは…」
最終更新:2010年06月15日 01:23