そんな律をこんな形で裏切ることになるなんて…。
私、最低だ。最低すぎる。
あまりにも自分が情けなくなって、涙が自然と流れてくる。
今の私には声を出して泣く気力もなく、静かに泣いた。
私の問いに対する答えを懸命に考えているのだろう、
俯いている律は、私が泣いていることに気づいていない。
…もういっそのこと、このまま消えてしまいたい。
「うん、見たよ…ってうおっ!?」
律はようやく私が泣いていることに気づいたようだ。
また私はこうやって律を困らせる。律は律でいっぱいいっぱいだろうに。
「ごめん……気持ち悪いよな。親友が自分の机でオナニーしてるなんて。
その上親友をおかずにしているなんて」
何でこんな言葉がスラスラ出てくるんだろう。
いつもの私なら絶対にオナニーなんて言えないのに。
それほどまでに私は必死だった。
「今回のことを許してとは言わない……けど、けど!!」
律に嫌われたくない。
こんなことをしておいてずいぶんと自分勝手だとは重々理解している。
けど私、律に嫌われたら生きていけないよ…!!
律…、律…お願い…!!
「澪、とりあえず家来いよ。今誰もいないから」
嫌いにならないでと続けようとしたその時、律は口を開いた。
え…何でそうなるんだ?
私はたぶん今凄く気の抜けた顔をしているだろう。
さっきまでの勢いが一気に消えていく。
私は何も言い返すことが出来ずにあやふやに頷いた。
「澪、先に言っておくけど暗い話は家に着いてからにしよう」
私達は学校を後にしていつもの通学路を歩いている。律の言い付け通り、私はさっきのことについて何も言わなかった。
律は私を元気付けようとしてくれてるのか、
いつも以上に饒舌になっている。
私のためにそこまでしなくていいよ、律。
悪いのは全部私なんだから。
そういえば律、今家には誰も居ないって言ってたよな。
律の家の前までくると私は急に不安になってきた。
もし、抑えが効かなくなって律に手を出してしまったら、どうしよう。
「ほら、どうした?入れよ」
なかなか中へ入ろうとしない私を不思議に思ったんだろう。
律は私に早く入るように促した。
だけど私は…
「澪?入りたくないのか?」
再度律が聞いてきた。こいつ、どこまで無防備なんだ。
ああもう、あんまり口に出して言いたくなかったけどこの際仕方がない。
「律こそ…いいのか?私がさっきまで何してたか覚えているだろ」
言葉に出すと、思った以上に堪えた。
これはさすがにドン引きされるだろうな─。
「そんなことはどうでもいいよ。澪、約束破んなよな。
家に着くまで暗い話しは禁止だぞ」
それでも律は私の予想をいい意味で裏切ってくれた。
「…もう家着いたじゃないか」
私はポツリと屁理屈をはいたが、律に無視されてしまった。
律に無理やり?上がらされて、律の部屋へと向かう。
…どうしよう、何から話せばいいんだろう。
とりあえず座ろうと、いつもの定位置に座ろうとした。
が、
ぐちゃ
下着の中から何やら嫌な効果音。……この感触…。
あーそうだ。私下着着けたままシちゃったんだ。
やばい、律に聞こえてないよね?
不安になって律を見たけどどうやら気づいた風ではなさそうだった。
うう、気持ち悪い。私は気持ち悪さを紛らわすために
辺りをキョロキョロみまわしす。
「あのさ、」
さっきとは逆に、律から話を切り出してきた。
「いろいろ、聞いていいか?」
ああ、遂にこのときが来てしまった…。
「うん…」
私は力無く答えて、律の質問を待った。
じゃあ、と一呼吸おいて律が話始める。
「なあ澪、すっげー率直に聞くけど何で私の机で
オ……オナニー、してたんだ?」
へえ、律って結構ウブなんだ。
オナニーって言おうとしただけであんなにキョドってる。
よく見ると顔も心なしか赤くなっているようだ。
こんなこと考えてる場合じゃないんだけど。
律…かわいい。
…!ヤバい。ますます下着が濡れそうだ。
私は足を動かし、腰をひねった。
うう…だめだ。また濡れてきた。
私は必死に止めようとしたけどこれは生理現象であって、
自分の意思で止まるものじゃない。
それどころか私の秘所からはどんどん蜜が溢れてくる。
「答えずらい質問してごめんな。澪、寒くないか?」
私が自分自身と葛藤していると、律の口から余りにもタイムリーな言葉が聞こえてきた。
うん、寒い。出来れば風呂に入りたい。
「でも、私着替えとか持ってないよ」
律は寒くないかとしか言わなかったけど、私にはわかった。
律は遠回しに風呂に入ってこいといったのだ。
「よし、じゃあシャワー浴びてこいよ。話し合いは後からでいいからさ」
「でも…」
さっきもいった通り、私は着替えをもってない。
「下着なら私のを貸すから。上は無理だけど下なら大丈夫だろ」
……いやいやいや!!
私は律の顔が見れずに俯いてしまった。
ばか…こいつ絶対狙って言ってるだろ。
「新品はさすがに持ってないけど、洗濯してるからきたなくないぞ!」
「そうじゃないよ…」
そういう問題じゃないんだよ。
お前本当にさっきまでのこと覚えてないのか?
いくら今は綺麗だとしても私が汚してしまうかも知れないんだぞ?
「じゃあ何が不満なんだよ?」
「……」
そんなこと聞かないでくれ。
ばか正直に律にその事を言えるわけもなく、私は律に
促されるまま、シャワーを浴びることにした。
後で後悔しても遅いんだぞ、律。
律視点
はあ…これからどうすりゃいいんだか。
私は今、澪がシャワーを浴び終わるのを待っている。
…なんだかこの言い方だと妙に意味深になってしまうな。
「それにしても、」
ベッドの近くに置いてある時計に目をやり、ため息をつく。
「母さんたち、いつ頃帰って来るんだろう」
澪には今誰も居ないといって家に誘ったが、それはあくまで今であって。
もし今母さんたちが帰って来たら、何も話し合えずに、グダグタになるかもしれない。
「うーん…それだけは避けたいよな」
高校生になって前より幾分強くなった澪だけど、
このまま帰してしまったら何をしでかすか、わかったもんじゃない。
「はあ…私の悩みの種はいつも澪だな」
そうだ、2年生のときの学祭ライブの前、私より和を
優先した澪に突っかかっちゃったんだよな。
まあ今となってはいい思い出だけど。
そして忘れもしないラブレター事件。
あれにはまんまと騙された。まったく、あのときほど澪に振り回されたときはなかったな。
でもあれは絶対勘違いしてしまうだろ。
前髪~のくだりなんかは特に。
…よく考えたらその種に水をやってるのは私自身なんだろうけど。
だって原因は澪でもそれをかってに解釈したのは私だ。
おっといけない、思い出に耽っていたら結構な時間がたっていた。
「澪に着替え持ってってやらないとな」
タンスから澪でも入りそうな大きめのシャツと
パンツを取り出して、風呂場へ急いだ。
「澪ー、着替えここに置いとくから」
澪はまだシャワーを浴びていた。
どうやら私の言葉は聞こえなかったんだろう。
水が地面に跳ねる音でかき消されたようだ。
まあいいや、ここに置いときゃわかるだろ。
そう思って脱衣所を出ようとした。
が、それが実現することはなかった。
私には聞こえてしまったのだ。
シャワーの水音に混じる、澪の泣き声を。
「うっ…えっ、ぐす」
教室のときとは違い、今度は声をあげて泣いている。
どうしよう、このまま何も声をかけずに出ていった方が良いんだろうか…。
でも…
「澪を泣かせるのはいつも私だし、泣き止ませるのも私の役目だよな」
これは私だけに与えられている特権…
まあさわちゃんとかにも泣かされてるけど。
そうとなればやることは一つ。
「澪!」
私はさっきよりも大きな声で澪に話しかけた。
「ふぇ…?」
ピタッと澪の泣き声が止まる。私が居ることに気づいたようだ。
「り、つぅ…なんでここに…?」
澪は鼻をくずらせながらも答えてくれた。
「着替え、持ってきたんだ」
私はさっきよりもずっと優しい声色で澪に言う。
私が風邪をひいて寝込んでいたあの日、澪がしてくれたように。
「どうしたんだ澪、また泣いているのか?」
「そんなこと、ないもん…」
ぷっ、そんなバレバレな嘘つくなよな。
昔からそういう所だけ強情なんだから。
「嘘つけ、泣いてるくせに」
「だから、泣いてなんかない!」
本当に、素直じゃないなあ。
「…澪、私別に怒ってなんかないんだぞ?」
やっぱり私が気楽に考え過ぎてたんだな。
親友にオナニーを見られるなんて、私だったら死んでしまいたい程だ。
「そりゃあまあ、驚きはしたけどな。澪が教室で…オナニーしてるの見たときは」
「あう…」
薄い扉の向こうから、澪の鼻をすする音がする。
ああまずい、墓穴を掘ってしまった。
「でもそれが原因で泣いているなら安心しろよ」
うわー、私フォローこんなに下手だったっけ。
「…ゃあ、……になっ…ない?」
私が自己嫌悪に陥ってる中、澪の声が途切れ途切れに聞こえてきた。
小さい上に涙声なのでよく聞こえない。
「澪?今なんていった?」
「……」
「みーお?」
おいおい~まただんまりか?
「……じゃあ、嫌いに…なってない?」
…なんだか胸がキュンとなった。これが世にいうMMQってやつか。
私もバカだけど澪はもっとバカだと言うことが今、判明した。
だって、そうだもん。
「私がこんなことで澪を嫌いになるわけないだろー。あんまり私を見くびるな!」
そういうやいなや、目の前の扉が開き、澪が私目掛けて飛び込んできた。
「りつぅ…りつぅー!!」
「うおっ!?澪!??」
あまりの勢いで私はしりもちをついてしまい、2人で床にダイブ。
痛たた…澪のやつ勢い強すぎ!!
澪に文句の一つや二つ言ってやろうと起き上がろうとした。
あれ…?なんだこの柔らかい感触は?
鎖骨に柔らかい何かを感じ下に目をやる。
……ってうおおい!そういえば澪裸じゃん!!
「ばかっ離れろ!お前今裸だろ!!」
そう言って澪を体から引きはなそうとしたけど、
澪は私にギュッとしがみついて離れない。
「りつ!りつー!」
それどころか私にすりすり擦りよってくる。
うはあ、当たってる…当たっちゃってますよ澪しゃん!!
いい加減にやめてもらはないといろいろまずい。
「はーなーせー!」
「やだ!」
即答かよ!!
まったく、うちの澪ちゃんはいつからこんなにわがままになったのかしら。
あーあ、服濡れちゃったよ。
「澪、そろそろ離れろ。風邪ひいちゃうぞ」
せめてタオルぐらいはしろ、と未だに抱きついている澪ごと抱えて起き上がった。
「お前なあ~ときと場合って言うもんがあるだろ」
澪がようやく体を解放してくれたので、ここでいっちょ説教タイム。
「ん…、ごめん。律に嫌われてないってわかって、つい…」
やっと目線が同じになり、澪の顔を見てみれば、
そこには泣きはらした真っ赤な目があった。
その上、申し訳なさそうに伏し目がちに話すもんだ
から、怒る気にもなれなくなって。
今度は私から、ギュッと澪を抱きしめた。
「…律?」
突然のことで、驚いたのだろう。一瞬、澪の肩がピクッと動いた。
澪の身体…さっきより冷えてる。
私はそんな澪をあたためたくて、より強い力でだきしめた。
「澪、何度も言うけど私は澪を嫌ったりしない、絶対にだ」
「律…」
澪の腕が、私の背中に回る。
そして私に負けないくらいの力で抱きしめ返してきた。
「本当はさ…」
澪の声がすぐ近くできこえる。
こんな風に澪と抱きしめあったことは、今まで何回あっただろう。
「律に嫌われたんじゃないかって、すっごく不安だった」
「うん」
「律に嫌われるくらいだったら消えちゃいたいって思う程に」
「うん」
そんなことを考えてたのか。私、澪から愛されてんだなあ。
「私さ、律、」
そこまで言って言葉が止まった。言おうか言うまいか迷っているのだろうか。
澪の体温がほんの僅かに上昇した。
うわっ澪、すごいドキドキしてる。
密着した肌から直接伝わる心音は私よりもずっと早い。
澪は大きく息をはき、深呼吸をしている。
それを終えると澪は少し身体を離して、私と向き合う体勢となった。
私を見つめる澪の目はやけに熱っぽくって、私の心拍数は一気に上昇した。
澪は、何を言うつもりなんだろう。
「律、私さ律のことが好きなんだ。友達としては勿論、1人の人間としても」
そこまで言い終わると澪は恥ずかしがって私の胸に顔を埋める。
ってか今私告白された…?澪に…?
そりゃあまったく澪の気持ちに気付いてなかったと言えば嘘になるけどさ。
私だって澪のこと好きだけどさ。
世界中の誰よりも大切に思ってるけどさ。
……うわあああ!!何て返せばいいんだよ!!!!
私が何も言えずにいると、私の胸に顔を埋めていた澪が上目遣いで見つめてくる。
「りつ…」
ああもう、そんな目で私を見るなよ。そんな声で私を呼ぶなよ。
何で澪ってこんなにかわいいんだよ。
頭は凄い勢いで回転しているのに、それをうまく言葉に出せない。
「ごめん、いきなりこんなこと言って」
忘れて!と、澪は続けて私の胸から離れようとした。
が、それは私によって阻止される。
私は無意識の内に澪を抱きしめて、引き留めていた。
考える前に身体が動くなんてなんというデシャヴ。
そういえば澪が教室で転んだときも身体が勝手に動いてた。
「律…?」
澪が私の腕のなかで小さく動く。
私はたぶん、自分で思ってるよりもずっと澪のことが好きなんだろうな。
さっきの力を込めるだけの抱擁とはうって代わり、
私は出来るだけ優しく澪を抱きしめる。
「澪、言い逃げは卑怯だぞ」
本能に従順忠実。どこかで聞いたことのある言葉だ。
これは今の私を的確に表していると思う。
「澪、私だって澪のことが好きだぞ」
「……本当に?」
最終更新:2010年01月15日 03:50