いつも通りの朝。

憂「お姉ちゃーん!そろそろ起きないと、遅刻するよー!」

唯「ん、ふぁ…う~ん」

普段と何も違わない、平凡で平和な一日が今日もまた始まる。
授業をうけて、放課後は軽音部のみんなとお茶して、ギー太もいっぱい弾いて――いつもと変わらない、だけど楽しい一日が始まる。

唯「いい天気だなぁ~」

憂「お姉ちゃーん?」

唯「今行くよー!」

あんな光景を目にするまでは、そう思っていた。

憂「明日からはもう少し早く起きようね、お姉ちゃん」

唯「申し訳ございません」

憂「うふふ――あ、梓ちゃん」

憂が前方を見て声を上げ、唯もその視線を追う。名前を呼ばれてちょうど振り返った梓と目が合い、唯はにっこりと笑った。

梓「おはよう憂。おはようございます、唯先輩」

唯「おはよーあずにゃん♪」ダキッ

梓「わっ!朝からやめてくださいよ先輩!」

憂「梓ちゃんも一緒に行こっか」

梓「うん」


他愛もない会話をしつつ、三人は校門をくぐる。

と、生徒たちが次々玄関へと向かう中、一人立ち止まってきょろきょろしている律の姿が目に入った。

梓「何してるんでしょうね、律先輩」

唯「さぁ…?聞いてみるのが一番だよっ」

唯「おーい!りっちゃーん!」

律「ん…?あっ唯!やっと見つけたぞ!」

唯「あれ?もしかして私に用だったの?」

律「用も何も、お前が急に走り出すから…って、あれ――もう大丈夫になったのか?」

唯「…え?」

律「いや、なんか様子がいつもと全然違ってたからさ」


律の言葉の意味がわからず固まる唯。憂と梓も駆け寄ってくる。

憂「おはようございます、律さん」

律「おはよ、憂ちゃん。ってあれ…その格好――」

梓「律先輩、おはようございます」

口を開きかけていた律に、梓が挨拶する。その彼女の顔を見た律の顔に、困惑の表情が浮かんだ。

律「ん?あ、あぁ、おはよう。えーっと…」

そして、耳を疑う言葉を口にした。

律「憂ちゃんのお友達?」


梓「え――な、何言ってるんですか?私ですよ、梓です」

律「梓ちゃんっていうのか。えっと、どこかで会ったかな?ってか、先輩って?私まだ高一だけど」

唯「り、りっちゃん、さっきから何言ってるの?なんか変だよ、今日のりっちゃん」

律「そ、そうか?んー、やっぱ私変なのかな」

梓「認めちゃうあたり余計に変ですよ」

律「うはっ、案外きついな梓ちゃん」

梓「…やっぱりおかしいです。まるで私のこと…知らないみたいに…」

律「ご、ごめんな。私、おかしいみたいだからさ」

憂「一体どうしたんですか?」

律「うーん、なんていうか…昨日までは普通だったんだけどさ。朝目が覚めたら、学校近くの公園に倒れてた」

一同「えぇ!?」


梓「あの…それ、本当ですか?」

律「あぁ。自分でもびっくりしたよ。恰好もパジャマじゃなくて制服だし」

唯「え、えー…」

周りの生徒の数が少なくなってきた。唯はちらりと時計を見た。まだ予鈴までには少し時間がある。

律「混乱してとりあえずベンチに座って落ち着こうとしてたら――」

律「お前がニコニコしながらやって来た」

唯「…わ、私…?」

憂「あの、お姉ちゃんなら朝は私とずっと一緒でしたよ?」

律「マジで?いやでもあれは絶対に唯だったぜ?…ちょっと変わってたけど」

唯「変わってた?」

次から次へと出てくる意味不明な律の言葉に唯が眉をひそめた、その時だった。

律「ひゃー、危ない危ない。遅刻するところだったぜ!」

梓「律、先輩…?」

律「よう梓!…なんだよそのお化けでも見たような目」

梓だけじゃない。唯と憂も同じような顔をしていた。無理もない。

律が二人いる。異常な光景だ。

律「今の声、まさか――」

律「…ん?」

律達「ええええええええええええええええぇ!!?」

律「な、なん、な…えええええええええええぇ!?」

律?「どういうことなんだ…!?――やっぱり、私がおかしい…?」

憂「」

唯「りっちゃんが…二人!?」

あいた口がふさがらない一同。だが、そこに追い打ちをかけるかのごとく、彼女はやってきた。


「あ!えへ!りちゃあああああああああああ!」


梓「!?」

憂「」

唯「…嘘…」

「あはっwwりちゃ!あははwwwwいたぁ!!」

唯「――わ、たし…?」

奇声に近い笑い声をあげながら律に駆け寄る彼女は、唯そのものだった。
しかし、雰囲気は全くことなるもので、どこか異常さが垣間見える。

律?「こいつだ…公園にいた私を見つけたの」

唯「…ふぇ?」

律「あ、あわわわわ…私だけじゃなくて、ゆ、唯まで…」

唯?「がっこ!りちゃ!がっこ!」

律?「あぁ、学校だよ。そうか、お前早くここに来たくて走り出したんだな」


皆が呆然とする中、どうも様子がおかしい方の律は、はしゃぐ唯にやさしく尋ねた。

律?「なぁ唯。お前、今日朝なんで公園に来たんだ?」

唯?「りっちゃ、いた」

律?「あぁそうだな。でも、お前の家から遠いだろ?」

唯?「ああぁ!いえ!りっちゃ!ゆい、ぽいされた!?」

先ほどのはしゃぎ様が嘘だったかのように、唯はボロボロ泣き始めた。

律?「ぽい…?」

唯?「おきたらういいないの。川なの」

首をかしげる律。だが、唯には何となく理解できた。

唯「――りっちゃんと同じように、朝起きたら家じゃなかったんじゃないかな?川岸にいたんじゃない?」

唯?「ああああぁ!えへ!そっくり!!」

唯「そうだね~(確かに変わってるなこの私」


予鈴のチャイムが鳴り響く。ポカンとしていた梓たちは、ハッと正気に戻った。

梓「え、えと、とりあえず…どうしますか?」

律?「私とこの唯は授業が終わるまでどこかに隠れてるよ。同じヤツが二人もいちゃ、みんなパニックだろ」

律「あ、あぁ、そうだな。何がどうなってんのかさっぱりだけど、とりあえず放課後もう一度話し合おう。音楽準備室、来てくれるか?」

律?「わかった。唯、私が一緒にいるから、しばらく大人しくしてような?」

唯?「りっちゃ!いっしょ!あはっ!」

唯「それじゃ、また後で。――憂!しっかり!もう予鈴なっちゃったよ!」

憂「はっ!あ、え、うん!そうだね!お姉ちゃんが二人で幸せだね!」

唯「憂、しっかり!!」



授業中

唯(私がもう一人…。まだ寝ぼけてるのかな、私)

律「」

唯(りっちゃんもずっとあんな調子だしなぁ…)

ため息をつきながら、窓の外へと目をやる唯。と、

唯「――ん…?」

校庭に佇む、見慣れない女性の姿が目に入り、唯は目を疑った。

薄汚れた作業服を身にまとい、深くかぶった帽子がその顔を隠している。長い黒髪と豊満な胸が、その人が女性だという唯一の手がかりだった。

唯(何してるんだろ、あの人。不審者かな…)

先生「こら、平沢。授業中だぞ。よそ見するな」

唯「は、はい!」



校舎裏

律?「暇だなぁ、唯」

唯?「あいす!おいし!」

律?「そっか、そりゃよかった。金があって助かったよ」

唯?「りっちゃ、どーぞ」

律?「いいのか?――ん、おいしい」

唯?「おいしwwwおいしwwww」

律?(しっかし…一体何がどうなってるんだ?私がもう一人。私のことを先輩と呼ぶ梓ちゃんの存在。知らないうちに外にいた。もうめちゃくちゃだ)

律?(どうやら唯も知らないうちに、変な場所にいたみたいだし)

律?(――ここは本当に、私の知ってる町なのか…?)

「こんなところで何やってるんですか、唯先輩に律先輩」


律?「!?」

唯?「あああぁ!あずにゃ!」

梓「授業サボってアイス食べてるんですか?…そんな人たちだとは思いませんでした」

律?「あ、梓ちゃん!?何でここに…そっちこそ授業はどうしたんだよ!」

梓「梓、ちゃん?何ですか気持ち悪い。――私は気づいたらここにいたんです。意味わかんなくて迷ってたら、先輩方がこんなところでサボってるのが見えたから――」

律?「気づいたらここに…?まさか…。梓ちゃん、私たち朝校庭で出会ったよな?」

梓「だからなんでちゃん付けなんですか?それに、今日律先輩に出会ったのは今が初めてですよ」

律?「…やっぱり」

梓?「今日の律先輩はどうも変ですね。とにかく、私は授業に出てきますので。先輩方も早く戻った方がいいですよ」

律?「駄目だ、梓ちゃん。――ここにいるんだ」

梓?「な、何言って――」

律?「いいから」



放課後

紬「二人とも何かあったの?元気ないみたいだけど…」

律「あぁ、うん。何ていうか、ドッペルさんに出会っちゃったっていうか…」

紬「…え?」

律「いや、何でもない。実際に見てもらった方がわかるだろ」

唯「説明しても信じてもらえないだろうしね」

紬「え、えーと…」

律「あぁ、澪掃除当番だから遅れるってさ」

唯「澪ちゃんびっくりするだろうね~」

律「気絶するんじゃないか?現に私だって気が遠くなったし」

紬「…?」

律「とにかく、早く準備室に入ろう。いろいろと厄介なことになると面倒だし」

そう言いつつ、律は鞄から準備室の鍵を取り出すと、小走りで階段を駆け上がっていく。

唯「あ、待ってよりっちゃん」

紬「厄介…?面倒…?」

ちんぷんかんぷんな様子の紬の背を押しつつ、唯も後を追って駆ける。と、

律「うわああああああああああああぁ!!」

上から律の悲鳴が聞こえてきて、二人は仰天した。慌てて駆け上がると、準備室の前で腰を抜かしている律の姿が目に入った。

唯「どうしたの、りっちゃん!」

紬「何があったの!?」

律「ム、ムムム…」

律の視線を追って、二人は声を失った。

律「ムギが…もう一人…!」

紬?「ご、ごめんなさい!ビックリさせちゃった?」

愕然とする唯。抜け殻のようになっている紬。

それもそうだろう。そこにいたのは、関取のように体格のよい、今にも制服が張り裂けそうな状態の紬だった。

律「ふ、二人とも、とにかく中に入ろう。運良く今の悲鳴は誰も聞いてなかったみたいだ。騒ぎを起こしちゃややこしいからさ、な?」

唯「う、うん」

紬「」

紬?「本当にごめんなさい。驚かすつもりはなかったの…って、わ、私…!?」

律「私と唯に続いてムギまでか…。ホント、何がどうなってるんだ?」

唯「ムギちゃん、いつからここにいたの?」

紬?「それが、よく覚えてないの。気が付いたらそこのソファで横になってて…」


唯「二人と一緒だね…」

律「ってか、その、随分体格いいな、このムギは」

紬?「そうかしら?」

唯「正直かなりすごいね…」

紬?「確かに立ってるのつらいわ。よいしょ」ギシッ

グシャバキドーン!!

唯「ソファアアアアアアアアアアアア!!」

紬?「さっきまで横になってたからかしら…。ごめんなさい」

紬「」

律「ムギの反応が新鮮に感じてきたよ…」

唯「一気に非現実的なことを目にしたから、早速感覚が麻痺してきたね私たち」


律?「なんか今すごい落としたぞ?」ガチャ

唯?「えへwwwどーん!!!あは!!」

ずっと待機していた二人が、ようやく部室へとやってきた。

律「おぉ、来たか」

唯「入って入って」

紬?「え、えぇえ!!?唯ちゃんに、りっちゃんまで二人…!!」

紬「」フラッ

律?「おっと」ガシッ

律「これが普通の反応なんだろうな」

唯「この出来事に慣れちゃってる自分が怖いよ」

梓?「お邪魔しまーす」

唯「あぁ、あずにゃん聞いてよ。もう一人のムギちゃんまで現れたよ。気が付いたらここにいたんだってさ」

梓?「こっちの律先輩から話は聞きました。どうやら私ももう一人いるそうですね。…というか、この場合は私が“もう一人の梓”なんでしょうね」

唯「へ?」

律「ま、まさか…」

律?「そのまさかだよ。知らないうちに校舎裏に倒れてたんだってさ。この梓ちゃん」

唯「あずにゃんまで…」

紬?「え?え?話が読めないんだけど…」

梓?「私たちもあなたと一緒で、気が付いたら家じゃない場所で寝てたんですよ」

唯?「むぎちゃ!おきて!むぎちゃ!えへっww」

紬「う、う~ん…。今のは夢…?」

唯?「おごwwwむぎちゃ、おきたwww」

律?「お、よかった。気が付いたか」

紬?「大丈夫?」

紬「…さぁ、練習を飲みましょう。お掃除ちゃん澪してるっていうから、キーボードでも食べて待ってましょうね」

唯「ムギちゃあああああああああん!!」

律「ムギがここまで混乱してるのは初めて見るな…」

梓?「そのうち感覚が麻痺して、何でも受け入れるようになりますよ」

律「私らはもうそうなっちまったよ」

梓「唯先輩、律先輩、二人は来ましたk――」ガチャ

梓「なんか増えとる!!!」

梓?「どうもです」

紬?「お邪魔してま~す」

梓(えっなにあの関取)

唯「なんだか厄介な感じになってきたね…」

律「もう一人の私が出てきた時点で十分厄介だよ」

紬?「とりあえず、お茶でも飲んで落ち着かない?私が用意するわ」

紬「いえ、大丈夫よ…。ちょっと落ち着いてきたから。私が用意するから、みんなとりあえず座って」

律?「椅子足りるか?」

律「ソファを移動させよう。壊れてないヤツな」

紬?「私は椅子に座るわ。またソファ壊しちゃいけないし…」

唯「え、ちょ、ちょっと待ってムギちゃ――」

紬?「んっ、あら?肘掛けがつっかえて…ふんっふんっ」

梓「む、無理しないで…」

紬?「よいしょっ」バキベキボキ

紬の腹の肉に耐えきれなくなった肘掛けがへし折れる。

唯「いすうううううううううううううう!!!」

唯?「いwwwすwwwwww」

紬?「うん。これでよし」

紬「」

律「さて、ムギも落ち着いたところで、もう一回状況を整理してみるか」

唯「四人とも、気が付いたら全然訳がわからない所で寝ていたと」

梓「ワープ?する前の生活の記憶があるということは、四人とも何らかの超現象で突然生まれたとか、私たちから分裂したとかいう訳ではないですよね」

紬?「凄く現実味がない話ね、それ」

梓「すでに十分現実味がない状況なんで、突拍子もないことを考えるしかないんですよ」

梓?「やっぱり分裂って、突拍子もない話だよね…」

梓「え?」

梓?「や、何でもない」

律?「となると考えられるのは…平行世界ってヤツか?」

唯「へーこーせかい?」

梓「パラレルワールドってやつですよ。今私たちが生きているこの世界に並行して、別次元にも同じような世界がたくさん存在しているっていうお話、聞いたことないですか?」

唯「へぇ~…知らなかった」


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最終更新:2010年06月22日 02:18