セイバー「貴女の名前は?」
セイバー「それではユイ。ここに私がいるのは何故かを問いたいのですが」
唯「なに言ってるの? ウイ、泣いてるんだよ?」
セイバー「そんなことに興味はありません。今、私はそれ以上に焦燥して
いる」
唯「わけわかんないよ! どうしちゃったの!?」
セイバー「どうしたもなにもないのです。私の問いに答えてください」
憂「うう……」
唯「大丈夫だよ、憂。きっと、セイバーちゃんは寝ぼけてるだけなんだよ」
セイバー「私が寝ぼけている? 無礼な言動は慎みなさい!」
唯「だったらなんなの!? 憂を泣かせて、わけわからないこと言って、
今日はギルガメッシュと決戦なんだよ!?」
セイバー「ギルガメッシュ? 一体誰です、それは」
セイバー「……話がかみ合わないな。お互いに落ち着きましょう」
唯「……澪ちゃん、呼んでくる」
…
澪「――それで、セイバーはなにも覚えてないのか?」
唯「うん……。私のことも、憂のことも忘れちゃったみたいなの」
澪「今までは何の問題もなかったのに……」
唯「それに――」
澪「ん?」
唯「なんだか、今のセイバーちゃん、怖いよ。昨日までのセイバーちゃんと
は全然違う。まるで、怒ってるみたい」
澪「……セイバーと話してみよう。いずれにせよ、今日はギルガメッシュと
戦わなきゃいけないんだ」
唯「そうだね……。行かなきゃ、この街が危ない」
澪「令呪は残ってるんだろ? 最悪の場合、それを二つ使ってでも言うこと
を聞かせよう」
唯「――」
澪「仕方ないんだ。もはや、時間をゆっくりとってやる場合でもないんだから」
ドア「ガチャ」
唯「セイバーちゃん、おまたせ」
セイバー「――」
澪「おはよう、セイバー」
セイバー「貴女も、私を知っているのですね」
澪「一緒に戦ったんだから、当たり前だろ」
セイバー「解せませんね。私が最後に戦った記憶は、あの黒いアサシンとの
戦いだ」
唯「黒いアサシン? アサシンって、侍じゃないの?」
セイバー「アサシンは固定サーヴァントです。未だかつて、ハサン・サッ
バーハ以外にはありえません」
唯「で、でも――」
セイバー「それもどうでもいい。私にとって、貴女方は未知の人なのだから」
唯「う……」
澪「そ、そんな言い方はないだろう!」
セイバー「ですが、事実です」
澪「私たちは一緒に戦った仲間だろ! なのに……どうしてそんなふうに
言えるんだ……」
セイバー「……」
唯「セイバーちゃん……」
セイバー「夢を、見ました」
憂「?」
セイバー「サーヴァントは、基本的に夢を見ません。しかし、私はある夢を
見ました」
澪「……」
セイバー「その夢の中で、私は一人の少年と一人の女性と戦っていまし
た。やめたい、戦いたくない。それでも、私の手は剣を振るい、少年たち
は立ち向かってきたのです」
唯「――」
セイバー「それがシロウであり、ライダー。そして、私は――」
セイバー「――私は……あれ? 駄目だ、記憶が混濁している……」
唯「……わかったよ」
唯「――セイバーちゃんは、記憶喪失なんだね」
セイバー「……そのようです」
唯「その夢には、きっと意味があるんだよ。私たちに出会う前の記憶かも
しれないし、その夢が、セイバーちゃんの記憶を混乱させてるのかもしれ
ない」
セイバー「――はい」
唯「でもね、セイバーちゃん」
唯「私たちと戦っていたのは本当だよ。ある日突然、セイバーちゃんが私
の隣で寝てて、それからはずっと一緒だったんだよ」
唯「信じてもらえないかもしれないけど、私がセイバーちゃんのマスターで、
澪ちゃんは、アーチャーのマスターだったんだよ」
セイバー「そ、それでは令呪が!」
唯「はい」スッ
セイバー「……本当に、令呪が」
唯「これを使うことは絶対にしたくない。だから――」
セイバー「だから?」
唯「これから、私はセイバーちゃんに一対一で戦うよ」
澪「な、なに言ってるんだ!」
憂「そうだよ! お姉ちゃん!」
唯「もちろん、殺し合いじゃないよ。でも、真剣勝負には違いなく」
セイバー「……貴女が私のマスターなのであれば、私の力は知っている
筈では?」
唯「それももちろん。セイバーちゃんの強さは、私が一番よく知ってる。
だから、お父さんが昔使ってた竹刀で戦うの」
セイバー「論点がずれていると感じませんか?」
唯「全然そうは思わないよ」
セイバー「――いいでしょう。どちらにせよ、私はシロウのもとに帰らなけれ
ばならない。その方法を見つけるには、貴女の頑固さを知っておく必要が
あるようだ」
唯「憂、竹刀持ってきて」
憂「……」
唯「近くの公園でいいよね。セイバーちゃん」
セイバー「異存はありません」
――公園――
セイバー「ここですか」
唯「うん」
憂「お姉ちゃん、セイバーさん。今からでも止められるよ。だから――」
唯「駄目だよ。もう止められないし、止めたくない。セイバーちゃんと私
の問題だもん」
澪「唯、頭に血がのぼってるんじゃないか? 落ちつけってば」
唯「私は至って冷静。私たちのこと忘れちゃったセイバーちゃんにおしおき
してあげるんだから」
セイバー「困りましたね。そのようなことを言われても仕方がない」
唯「……はい、セイバーちゃん」ポイッ
セイバー「――本当に、やるのですね」パシッ
唯「ルールはたった一つ。ギブアップするまで戦うってことだけ」
セイバー「……そうですか。いきます」
唯「――うん」
セイバー「――!」バシッ
セイバー「ていッ!」ビシッ!
セイバー「――――!!」ドシッ!
唯「――ん!」
澪「まずいぞ、憂ちゃん!」
憂「はい! お姉ちゃん!!」
唯「止めないで!」
澪「でもな唯!」
唯「一回だけでも、一回だけでも引っ叩かなきゃ。私は、『マスター』なんだから!!」
セイバー「その心意気はいいですが、認められない」バシッ
唯「いた!!」
澪「――あまりにも一方的だ。唯、剣道なんてやったことないだろ!」
唯「ん!」ブン!
セイバー「腰も入っていないし、全く評価できません。シロウは、その程度
ではなかった!!」
唯「他の――他のマスター(ひと)の話なんてしないでよ!!」
セイバー「!?」
唯「セイバーちゃんのマスターは、私なの!」ブン!
唯「力になりたいって、伝えたときから――」ブン!
唯「ずっと、一緒に戦ってきたんだから!」ブン!
唯「――その私に――」
唯「昔の人の話なんて、聞かせないでよ!!」ブン!!
セイバー「……」
澪「うそ、だろ?」
憂「セイバーさんが、汗をかいてる……」
唯「ハァ……ハァ……」
セイバー「――ですが、私のマスターはエミヤシロウなのです。それは、決して変わらない」
唯「わから……ずや……」
セイバー「女性ゆえに、顔への攻撃は一切していませんが、それではわか
りにくいですか? 私の意思がどういうものなのかが」
唯「わからない。わかりたくもないよ」
唯「セイバーちゃんが、どうして聖杯を欲しがっているのかはわからない」
セイバー「教える気などない」
唯「いつか話してくれると思ったの!」
セイバー「話すことは、ない」
唯「――」
セイバー「ユイ、降参しなさい。このまま続ければ、どうなるかはわからない
わけがないでしょう?」
唯「……知らないもん!」バッ!
セイバー「砂かけ!? ――うっ!」
唯「セイバーちゃんの――馬鹿ああああああああああああああああ!!!!」スパン!!
セイバー「――――!!」
澪「当たった!」タタタ
憂「お姉ちゃん!!」タタタ
唯「セイバーちゃんの、馬鹿……」
憂「そんな場合じゃないよ! 痛いでしょ!?」
唯「平気だもん。セイバーちゃんは、まだギブアップしてないんだから、離れてて」
セイバー「……砂かけとは、思いもよらぬ攻撃でした」
唯「卑怯だっていう?」
セイバー「いいえ。ルール無用なのですから、警戒しなかった私の落ち度だ」
セイバー「――しかし、そのあとの一撃。あれは評価したい」
唯「!!」
セイバー「――ああ。そうだ」
セイバー「その姿は、誰もが元気になる。諦めたくないと、そう思いたくなる」
セイバー「故に――私は貴女をマスターに選んだのだ。ユイ」
唯「セイバー、ちゃん?」
セイバー「はい。セイバーです」
唯「……記憶、戻ったの?」
セイバー「あれだけの力で叩かれれば、いくらサーヴァントでも、なにかが
起こりますよ」
唯「本当に、戻ったの?」
セイバー「ご心配をおかけしました。ギルガメッシュとの決戦に備えなくて
はならなかったのに――」
唯「セイバーちゃああああああああああん!!!!」だきっ
セイバー「!?」
唯「よかったよぉおおおおおおおお!!!」ぎゅー
セイバー「……よしよし。あなたの直向きな強さを忘れるだなんて、どうか
していました」なでなで
唯「ううう……」
澪「よかったな。憂ちゃん」
憂「はい!」
セイバー「……お腹が、すいてしまいました」
――平沢宅――
セイバー「――そういうわけで、私はここにいるようです」
唯「へー」
澪「黒い影に呑みこまれて、それが最後の記憶かー」
セイバー「夢のことは、どうやら関係のないことのようです」
唯「でもでも、夢の中でセイバーちゃんはシロウって人に殺されちゃったん
でしょ?」
セイバー「はい。短剣で胸を刺されました」
澪「ひゃわ!」
セイバー「?」
澪「そういう痛い話はいやなんだー!」
セイバー「今更何を言ってるのですか……。アーチャーは、かなり戦闘面
では苦労していたのですね」
澪「うう……」
セイバー「アーチャーといえば――私が知っているアーチャーと、こちらに来
て出会ったアーチャーは、まるで違っていたのですが……」
唯「アサシンも違ってたんだよね?」もぐもぐ
セイバー「ですが、アレの場合はキャスターが使役していたイレギュラー
な存在です。サーヴァントが、正規のサーヴァントを召喚できる筈が
ありません。しかし、アーチャーは――」
澪「朝起きたら、椅子に座って漫画読んでたんだ。それがアーチャーとの
出会い」
セイバー「……私と唯の出会いと、少し似ていますね。私は向こうから来た
ので、当然、正規の召喚はされないでしょう。しかし、なぜアーチャーま
で……」
唯「向こうのアーチャーはどんな感じの人なの?」
セイバー「口を開けば皮肉ですね。人格的に優れているかというと、首を
かしげてしまいます」
唯「へー。それじゃあ、あのアーチャーに似てるね」もきゅきゅ
セイバー「本当に唯はアーチャーが苦手ですね」
唯「ふんだ」
澪「確かにアイツは、唯には特に厳しかったもんな。唯が苦手になるのも
わかるよ」
唯「憂ー、カレー美味しいよー」
セイバー「そうですね。昨日は緊張状態にいたからか、味がよくわかりません
でしたからね」
唯「憂のカレーは世界一!」
憂「ありがと。お姉ちゃんっ」
唯「――今日で聖杯戦争が終わるんだよね」
セイバー「はい。今度こそはきちんと終わらせます」
澪「……ってことは、セイバーは――」
セイバー「――今日で、あなた達の前から消えることになります」
唯「そ、そんなの嫌だ!」
セイバー「私には、救うべき民がいる。唯たちには、わかってもらいたい」
澪「――」
唯「――聖杯を使って、ここにいてもらうのは出来る?」
セイバー「ギルガメッシュが出来たのですから、私にも可能でしょう。しかし、
先刻も申した通り、私には救わなければならない人たちがいます。その人
たちを、裏切るわけにはいかない」
セイバー「それが、王の責務なのです」
…
唯「あのさ、セイバーちゃん」
セイバー「なんでしょう?」
唯「学校に、行かない?」
セイバー「?」
唯「今日で最後なんでしょ? だったら、セイバーちゃんには学校に来て
ほしい。いいよね、澪ちゃん」
澪「拒む理由がないよ。それと、私からも提案というかセイバーにプレゼン
トがあるんだ」
セイバー「プレゼント、ですか?」
唯「……なーる」
澪「わかったか? 唯」
唯「うん! それじゃあ、準備しなきゃね!」テキパキ!
セイバー「わ、私はまだ行くとは――」
唯「行くよねー?」だきっ
セイバー「……行きます」
最終更新:2010年06月25日 21:34