澪「は?」
紬「まあ!」
部室の空気が一変した。あたしの質問も大概だとは思ったが、なんなんだ唯のこの軽さは?
律「お前、そんな簡単に・・・ってあたしが言うのもなんだが」
唯「だって、りっちゃんなら憂を幸せにしてくれるでしょ?」
澪「ちょ・・・幸せって!」
紬「キマシタワー」
まあ、確かに幸せにできる自信はあるが・・・違うだろ、その軽さはないだろ!
律「もっとこう、『お前には妹はやらん!』とかないの?」
唯「・・・ひょっとして冗談だったの?」
律「いや、マジだが・・・」
紬「」バタリ
そう、実はあたしこと
田井中律は、親友である唯の妹、憂ちゃんに好意を持っている
最初は妹として欲しいなー、とか思っていたのだが、いつしか一人の女の子として見るようになっていた
あれは中間テストの時だったか、唯が補習になって、みんなで唯の家に勉強という名目で初めてお邪魔した時だ
憂『姉がいつもお世話になってまーす』
憂『スリッパをどうぞ』
憂『律さん一人でどうしたんですか?』
憂『あ、それじゃゲームでもやります?』
よくできた妹だった。うちの生意気な聡とか比べ物にならないほどに。
隣の芝は青いというけど、この芝と比べるとうちの芝はさしずめ焼け野原か・・・
あたしは妹が欲しかったんだ、とこの時に理解した
弟とは仲が良いと自負してはいるが、一緒に服を見たり食事したり、女の子らしいことができないんだよ
あたしにだって、女の子らしいところがあるんだからな!
律『なあ憂ちゃん』ピコピコ
憂『なんです律さん?』ピコピコ
律『なんでもなーい・・・ってまた負けたー!』
憂『ふふふ、お姉ちゃんと鍛えてますから』
今日が初対面なのにさ、言えるわけないじゃないか。「私の妹になってくれない?」だなんて
憂ちゃんと姉である唯は似ているようで似てない。勤勉さとか、唯にはないものだからな。まああたしにもないが
容姿と持っている雰囲気はそっくりと言っていい、どっちもふわふわしててどこか危なっかしい
ただ、真面目で献身的な憂ちゃんに対して、唯は唯我独尊って感じだ。まああたしも似たようなもんだが・・・
律『憂ちゃんはさ』
憂『はい?』
律『なんつーか、妹!って感じだよなー』
憂『な、なんです突然』
律『いやさ、唯と見た目は似てるけど中身は全然違うなーって』
憂『あー・・・よく言われます』
律『唯も保護欲は誘うんだけど・・・妹ってのとは違うんだよなぁ』
憂『ダラダラしてるお姉ちゃん可愛いですよね!』
律『憂ちゃんは本当にお姉ちゃんっ子だよな』
憂『はいっ!私、お姉ちゃん大好きですから!』
この笑顔を自分に向けさせたい・・・そんな欲望を持つまでに時間はかからなかった
澪「なあ律、最近なんか悩んでないか?」
律「な、なんのことですかしらー?」
澪「隠したってバレバレだ、ストレスで前髪が後退してるぞ」
律「な、何ぃ!?って後退してねーし!上げてるだけだし!」
澪「冗談だって。でも心配なんだよ。お前最近食欲ないだろ?」
律「ダ、ダイエtt・・・」
澪「ストップ。私やムギならともかく、お前にその必要はないはずだ・・・言ってて悲しくなってきた」
澪に励まされる日が来るとは・・・正直一人で抱え込むのも限界だったし、相談してみるか?
律「なあ澪、驚かないで聞いてくれるか?」
澪「なんだー?好きな人でもできたか?」
律「ああ、そうなんだ」
澪「ちょ、正解か!・・・で、告白するかどうかで迷ってる・・・でいいのか?」
律「ああ」
澪「なんだ、そんなこと。律なら大丈夫だよ、幼馴染の私が保証する!」
律「・・・相手が女の子でも?」
澪「え?」
腰を抜かしてしまった澪を介抱して、近くのベンチに運ぶのにはいささか骨が折れた
澪「憂ちゃん、か・・・正直意外だな」
澪「最初聞いたとき唯の顔が浮かんだんだけど」
律「まあ、当たらずとも遠からず、だったな」
そう言ってナハハと笑う。あれ、これ私が澪に相談してるんだったよな?
澪「で、どうして憂ちゃんが・・・その・・・す、好きになったんだ?」
律「なんて言うのかな・・・憂ちゃんが唯の話をする時の幸せそうな顔。あれにやられたって言えばいいのか」
澪「唯が食べ物を前にした時みたいな?」
律「そうそう、可愛いんだあれがー」
今自分がまさにそんな顔をしているんだが、この時は気づく余地もなかった・・・
澪「でもそれで何で憂ちゃんなんだよ。唯も同じような顔するって今自分でも同意しただろ」
律「わかってないなー澪は」
澪「?」
律「あのしっかりした子がふと見せる隙間がいいんじゃないか」
律「唯なんて隙間だらけで新鮮さがないだろ」
澪「唯だってダラけてるだけで可愛・・・いや何でもない」
律「え、何だって?」
澪「な ん で も な い」
律「わ、わかったから落ち着けって!で、あたしはどうしたらいいと思う?」
澪「同性な上にシスコン・・・正直手強い相手だな」
律「やっぱそうだよな・・・」
澪「とりあえず今以上に仲良くしていくか・・・あるいは」
律「あるいは?」
澪「姉離れ・妹離れを促進させ、その隙を突くか」
律「?」
話はこうだ。まずは唯が憂ちゃんに頼らなくても生きていけるというのを示す
すると憂ちゃんはそういうものだと割り切ることはできても、寂しさは隠せないだろう
その寂しさを狙い撃つのだ
つまり、あたしが唯の代わりに一緒にいることで憂ちゃんはあたしに懐くだろう・・・ということらしい
律「でもそれって、依存の対象が唯からあたしに変わるだけじゃね?」
澪「う・・・でも、昔からこういうのは恋愛の王道の一つだし・・・」
律「相変わらず少女漫画基準か澪」
澪「なんだよ!だったら他に代案はあるのか!?」
律「ないから相談したんだけど・・・」
澪「なら黙ってなさい」
律「はい・・・」
そんなこんなで計画は詰められ、翌日―つまり今日決行の運びとなったのだ
律(よし、まずは唯を憂ちゃんから引き剥がす!)
律「憂ちゃんくれ」
律(ここで「駄目だよ!」と来たら澪が唯を再教育する流れに乗せるんだったな)
唯「いいよ」
律(ちょ!事情とか聞いてくれよ!)
~冒頭へ~
澪「な、なあ唯・・・明らかにおかしいだろ、今の律の唐突な言葉」
唯「んー?確かに唐突だけど、私はりっちゃんも憂も大好きだから別にいいかなーって」
紬「」ブクブクブク
律(おいどうするんだ澪)
澪(くそ、こうなればやぶれかぶれだ)
澪「り、律は憂ちゃん大好きかもしれないけど、憂ちゃんはどうなんだ?」
唯「憂もりっちゃんは大好きだと思うけど・・・」
律「唯ほど思われてるとは思えないな」
唯「だ、だって私たちは家族だし・・・」
澪「そう、家族だ。だから甘やかすのも分かるけど、限度があるんじゃないか?(私はもっと甘やかしたいけどな)」
唯「どういうこと?」
律「唯が憂ちゃんにべったりなせいで、憂ちゃんが姉離れできてないと思うんだ」
律「あたしも憂ちゃんとベタベタしたいけど、今のままだと唯の方が優先されるに違いない」
律「だから他でもない、唯に協力して欲しいんだ」
唯「つまり、憂に私はもう一人で大丈夫、そう思わせろ・・・と」
律「理解が早くて助かる」
唯「でもそれってどうしたら・・・」
澪「そこで私の出番だ」
唯「澪ちゃんの?」
澪「ああ、私がしっかり唯を一人前にしてやるからな」
唯「わーい、澪ちゃんありがとー!」
澪「ちょ、唯こんなところで駄目だってああーっ!」
唯「」
紬「REC」
律「まずお前をどうにかする必要がありそうな気が・・・」
まあ、ともあれこれで第一段階クリアーだ!
翌日から、唯は澪の部屋に泊まり込みで花嫁修業・・・のようなものを行うこととなった
唯の貞操が心配だが・・・まあ澪にそこまでの度胸はないと信じたい
そしてあたしは憂ちゃんのもとを訪ね、一人では心配だからという名目で泊まり込む運びとなっている
これが本番の前の仕込み・・・第二段階だ
律「こんちわー」
憂「あ、ようこそ律さん。自分の家だと思ってゆっくりしていって下さいね」
律「よーし、お姉ちゃんくつろいじゃうぞー」
憂「ニコニコ」
律(ツッコミ無しか・・・これも姉妹の大きな違いだな。しかし可愛い)
憂「あ、お茶淹れますね」
律「あたしも手伝うー」
憂「いいえ、律さんはお客さんなんですから・・・」
律「なーに言ってんの、唯がいない間はあたしをお姉ちゃんだと思っていいから」
憂「でも・・・」
律「いいからいいから。さ、お茶お茶~♪」
憂「・・・もう、それじゃ戸棚のお茶菓子をお願いします」
律「よしきた!」
よし、掴みはOKだ!まずは疑似姉妹としての関係を・・・だったな
澪『いいか律、まずはお姉ちゃんっぽく振る舞うんだ』
律『えー、隙間を狙い撃つんじゃなかったのかよー』
澪『そのための前準備だ。足場が固まってないと狙うものも狙えないからな』
律『なるほど』
澪『第二のお姉ちゃんとしての立場を確保した後、それを利用する時を待つんだ』
澪『唯が本当に離れた後を・・・な』
律『ゴクリ・・・』
一休みした後、とりあえず夕食を作ることにした
ここはあたしが!と言いたいところだが、残念ながら人並み程度にしか料理はできない・・・
というわけで憂ちゃんの補助に回ることに
憂「それじゃ律さんはサラダをお願いします」
律「ほいきた」
手分けして作業を始める。やっぱり見事な手並みだなー、あたしがいない方が早いんじゃないか?
なんて思っていると、
憂「ふふっ」
律「どうしたの憂ちゃん?」
憂「いえ、ただ楽しいなぁ、って。実は私、こうやってお姉ちゃんと一緒に料理するのに憧れてたんですよ」
律「・・・・・」
もちろんお姉ちゃんに作ってあげるのも好きですけど、なんて言って再び笑う
あたしも同じだ・・・澪となら一緒に料理したこともあったけど。あいつは妹どころか姉みたいなものだからな
憂ちゃんと同じことを考えてた―たったそれだけのことで、小躍りしたくなる自分がいた
律憂「ごちそうさまでしたー」
- 二人でつくった夕食は、これまで食べたことのない味がした
憂「律さん、お風呂沸きましたよー」
律「おー!んじゃ一緒に入るか!」
憂「えーっと・・・」
律「冗談だよ冗談♪それじゃ先にもらうよー」
憂「は、はい!」
律「ふう・・・」
さすがに一緒に風呂はハードルが高すぎたか・・・
というか、初日から何やってんだか・・・
いくら料理でいい感じだったからって、調子にのりすg
憂「あ、あの律さん?」
律「ひ、ひゃい!?」
憂「一緒には入れませんけど・・・お背中、流しましょうか」
律「」
ゴソゴシ・・・ゴシゴシ・・・
小気味良い音が風呂場に響く。これは夢かと見紛う光景だった
まさかこんな日がくるなんて・・・いやいや、この程度で満足してちゃ駄目だろ
律「あーもう!」
憂「あっ・・・ど、どこか痛かったですか」
律「ああ、いや違う違う、さっき憂ちゃん言ってたじゃん」
憂「?」
律「お姉ちゃんとこんなことしたかった・・・ってさ」
憂「ああ・・・確かに言いました」
律「あたしもそう思ってたんだ」
憂「え・・・?」
律「つまり、妹と一緒に色んな事したかったんだよ」
律「で、これもその一つなわけ」
律「妹に背中流してもらって、お返しに流してやって・・・二人で一緒に浴槽につかるんだ」
憂「・・・・・」
律「あっ、でも今はまだこれで十分だからね!?」
憂「ッ!」
慌てて後ろを振り返ると、憂ちゃんが走り去っていくところだった。あちゃー、今度こそやっちまったか・・・
一人になったあたしは、再び浴槽に体を沈めて思案に耽るのだった
憂(逃げてきちゃったけどどうしよう・・・)
憂「なんで?なんで律さんはこうも・・・」
――お姉ちゃんなんだろう
分かってる、律さんは律さん。私のお姉ちゃんは別にいる。でも・・・
――お姉ちゃんでいてほしい
私は昔からしっかりした子だね、と言われて育ってきた
逆にお姉ちゃんはどこか抜けてて、放っておけない子と言われてきた
私から見てもその通りで、私がしっかりしなくちゃ・・・ずっとそう考えてきた
もちろん私を頼ってくるお姉ちゃんは大好きだけど、その反面私の本当の願いは置き去りにされてきたのだ
――私のしたいことを一緒にやってほしい
そして今、私の願いを叶えてくれる・・・なんでも一緒にやってくれるお姉ちゃんが、すぐ側にいる
憂「お姉ちゃん・・・私どうしたらいいの・・・」
prrrrrrrrr
憂「メール?お姉ちゃんからだ」
憂「なになに・・・」
唯『じゃーん!今澪ちゃんに勉強見てもらってるんだ!』
澪『勉強終わるまでアイスは無しって言ったら凄いやる気だったぞ』
憂「澪さん・・・」
私には、そんな風にアメとムチみたいな真似はできなかった
駄目なお姉ちゃんも好きであるが故に、だ
でも、それじゃ二人とも駄目になってしまうんだとこの時初めて気がついた
憂「お姉ちゃんには、甘やかしてくれる人じゃなくて引っ張っていってくれる人が必要だったのかな」
それなら私には・・・
律「あー、危うくのぼせるとこだった」
あてがわれた客間で一人ごちる。ずいぶん長く考え事をしてしまったらしく、まだ全身が熱い・・・
律「明日からどうすりゃいいんだ・・・気まずすぎる」
律「いや、明日に延ばすのはよくないか。今のうちに謝るしかないな」
そう決めて部屋から出ようとした刹那、
憂「あの・・・律さん?」
律「う、憂ちゃん!?どどど、どうしたのさ」
憂「実はお願いがありまして・・・」
憂「一緒に勉強しましょう!」
律「何ぃ!?」
まあ確かに、ここから通学することになっている以上、教科書類も全てカバンに入っているが。しかし・・・
律「憂ちゃん、唐突にどうしたの」
憂「さっきの律さんの言葉を思い出しまして」
律「あたしの?」
憂「元を辿れば私の言葉なんですが・・・やりたかったこと、です」
律「勉強がそうだっていうの?」
憂「はい!」
律「でも唯はよく勉強みてもらってたって言ってたよ?」
憂「はい、よくありました」
律「ならなんで今?」
憂「私の意思で、こうやって一緒に勉強するのは初めてなんですよ」
憂「というか、勉強に限ったことじゃないですね・・・どんなことでも、まずお姉ちゃんの意思で、でした」
憂ちゃんが少し悲しそうに言う。この子はこんなにも唯が好きで・・・でも、だからこそ・・・
憂「それでもよかったんです、お姉ちゃんが大好きだったから」
憂「でも・・・」
律「自分の本当の願いに気づいてしまった?」
憂「はい・・・私、お姉ちゃんの横を歩きたかったんです」
憂「お姉ちゃんの後ろを付いていくばかりじゃなくて、私自身の意思で歩きたかった」
憂「だって・・・このままじゃ私、お姉ちゃんがいないと・・・!」
―生きていけなくなっちゃう!
涙を零しながら告白する憂ちゃんを、あたしは―
律「もう我慢しなくていいんだ」
―力いっぱい抱きしめた
最終更新:2010年12月12日 16:52