今はお仕事のために友達と待ち合わせをしています。
唯(ぼー……)
紬「ごめんね唯ちゃん、待たせちゃったかしら」
唯「あームギちゃん、全然だよー」
待ち合わせ場所に現れたのは
琴吹紬ちゃん、通称ムギちゃん。
おっとりぽわぽわ、かわいい天使さんです。
唯「ムギちゃんはまさに紬という名の天使だね」
紬「え? うん、そうね。それじゃ行きましょうか、今日は神様の祝福を受けたケーキと聖水で淹れた紅茶を持ってきたの」
唯「わーい、休憩時間に食べようね!」
ムギちゃんのお菓子はちょっと舌がピリピリするけどいつも絶品です。
さて、なんで悪魔の私と天使のムギちゃんが仲良くお仕事に出かけるかというと……
もちろん私達悪魔とムギちゃん達天使はライバル同士です。
特に昔はそれはもう大変な争いを起こしていたみたいです。
天使は人間達の信仰心や道徳的な心、悪魔は逆に背徳的な心によってそれぞれ力を得ていました。
それは今も同じです。
だけれど現代では科学の発達によって、人間達は神様も悪魔もあんまり信じなくなってしまいました。
こうなると神様も魔王様も力が全然なくなってしまいます。
そこで神様は天使を、魔王様は悪魔を遣わして必死に人間達を自分達の方へ引き寄せようとしました。
しかし、力が弱くなっているうえに以前よりも激しい争い、そして人間の科学万能主義に阻まれて思うような成果は挙げられず、人々の心はドライになるばかり。
このままでは共倒れになる、そう思った神様と魔王様の間で約束事が交わされました。
天使と悪魔をコンビにして公平に人間達に囁かせるのです!
これで縄張り争いのようなことは無くなって、どちらも効率的に力を蓄えられるという狙いでした。
唯「そして私達はなりたてほやほやの新米悪魔と天使さんなのでした!」
紬「一分の隙も矛盾も無い完璧なシステム! そして無駄の無い説明ね!」
唯「もぐもぐ」
紬「あらあら、もうティータイム?」
唯「えへへ、軽く腹ごしらえ。ムギちゃんのお菓子おいしいんだもん」
紬「うふふ、でもあんまりたくさん食べるとまた天国アレルギーで喉がかゆくなっちゃうから気をつけてね? あ、あの娘が今日の最初のターゲットじゃないかしら」
唯「お! えーと名前は……
田井中律さん! 通称りっちゃんだね」
律「あー寒いなぁ……、はあ……」
紬「プロフィールには元気一杯の明るい女の子、趣味はドラム、チャームポイントはおでこ、って書いてあるわね」
唯「でもあんまり元気なさそうだね……寒いからかな?」
律「はあ……ん? 何か落ちてる、財布だ。……うわ、6万円も入ってる」
唯「おおう、なんだか典型的なお仕事だよムギちゃん! レッツゴー!」
紬「どんとこいでーす!」
私達の姿は人には見えません、だから人の心の中に入ってお話しをします。
―――――――――
唯紬「りっちゃん!」
律「うわ! なんだお前ら! ああ、天使と悪魔か、って、え? ……いや、まあいいか」
私達と話したことは、直接は人々の記憶に残りません。
でも今話しかけている心の無意識の部分では天使や悪魔のことを覚えているので、大抵の人は私達が話しかけても慣れたものです。
唯「ふふふ~りっちゃんラッキーだね。ねぇこのお金を持って帰っちゃおうよ~」
律「いや、でもやっぱマズいだろ」
唯「え~。ねえ、りっちゃん周りを見てよ。誰もいないよ? これで新しいスネアが買えるよ? 欲しかったんでしょ? ソナーもカノウプスも思いのままだよ~?」
律「う、そうかな……貰っちゃっても……」
紬「いけないわりっちゃん!」
紬「それを落とした人はきっと困っているはずよ!」
律「そ、そうだよな、大金だしな!」
紬「それにね、それを貰ってしまったらりっちゃん自身がずっと苦しむことになるわ」
律「私自身が? ……良心の呵責ってやつか」
紬「そうよ、だから今すぐ交番に届けましょ? いいことをすると気持ちがいいものなのよ?」
律「そうだよなあ……」
唯「6万円使う方が気持ちいいよ~」
紬「人から感謝される方が素敵だと思うわ」
律「うーん……」
唯「ねぇりっちゃん~」
紬「りっちゃん!」
律「むむむ……」
―――――――――
ポイッ
律「まあ別に欲しいもんも無いし、どうでもいいや。誰か拾うだろ。あー寒ぃ……」
律「ままにならねえなぁ……」
唯「行っちゃった」
紬「面倒になったのね……」
唯「最近こういう人多いらしいね……」
紬「無気力で面倒なことを嫌う現代の若者ね」
こういうどっちつかずの行動は力にならないので、天使も悪魔もがっかりです。
唯「仕方ないね、次行こう次!」
紬「
秋山澪ちゃん、趣味はベースと作詞、背が高くてかっこいいけど少し繊細な子だそうよ」
唯「ここが澪ちゃんのハウスだね!」
紬「机に向かって……あら、詩を書いてるみたいね」
澪「うーん、なんかイメージが沸かないなぁ」
唯「ムギちゃん仕事だー!」
紬「今度こそがんばろうね」
―――――――――
唯「たのもう!」
澪「ん、天使と悪魔か。え? その格好……」
唯「澪ちゃん! ロックなんだし思い切って冒涜的な歌詞を書いちゃおうよ~。悪魔崇拝とか血塗れみたいな感じのさ」
澪「え? あ、ああそうだな。血とか悪魔とかは怖いからいやだけどちょっとくらいなら冒険しても……」
紬「ダメよ澪ちゃん! あなたはまだ高校生の女の子なのよ、もっと教育的で道徳的な歌詞を書くべきだわ」
澪「うーん、確かにあんまり不良っぽい歌詞は私には合わないかもな」
唯「『ばらばら救世主(メシア)』とか『私の恋はチェーンソー』とか!」
紬「『アラーのちブッダ』とか『イエスん ~あまてらすん~』とか!」
澪「もう天使の方無茶苦茶じゃないか」
紬「神様は本来唯一無二のものなの。形は変われど人々の信仰心は等しく神の御力となるのよ」
澪「へー……いや、だからって混ぜなくていいだろ」
唯「さあさあ澪ちゃん!」
澪「えーっと……」
―――――――――
澪「……」
澪「……敬虔なキリスト教徒の少女が世に絶望して悪魔崇拝に堕ち、親友の助けによって立ち直り、神も悪魔もない自立した人間としての強さを得るまでを詠った壮大な叙事詩ができてしまった……」
唯「……どんな曲がつくのかな?」
紬「シンフォニックメタルかしら……」
唯「ムギちゃん、これはどっちの勝ち?」
紬「人間の勝ち、つまり私達はまたどっちも負けじゃないかしら」
唯「なんか作品はすごく極端なのに結果は微妙だね」
紬「次に行きましょうか……」
澪「はあ……詩なんて書いてもなあ……」
後に『輝け! 実存』と題されたその詩は小説として出版されとある新人賞を受賞しました。
唯「
中野梓ちゃん、趣味はギター。あだ名は、うーん……あずにゃんかな」
紬「あずにゃん? 変わったあだ名を付けるのね」
唯「うん、なんか頭に浮かんだんだー」
紬「うふふ、猫みたいで可愛いわね」
唯「あはは、猫っぽい顔だしねー」
梓「はあ……イライラするなあ」
唯「うお、これは悪魔有利な予感! 今回はもらったよ、ムギちゃん!」
紬「まぁ、頑張らないと」
―――――――――
梓「!? ……ああなんだ、天使さんと悪魔さんですか。何か御用ですか?」
唯「むーそっけないぞ、あずにゃん。イライラしてるんでしょ? 悪いことしてみようよ~夜遊びしたりタバコ吸っちゃったり!」
梓「興味ないですよ」
紬「偉いわ梓ちゃん。じゃあその鬱屈した気持ちを勉強やギターにぶつけてみましょう!」
梓「……それもどうでもいいです」
梓「帰ってもらえますか。今は特に何もしたくないんです」
唯「ふっふっふ……だらだらと怠惰な日々を送るのもまたよいものだよ~」
梓「いいから帰って!!」
唯「ぬっへぇ!」
―――――――――
梓「……ぐすっ」
唯「不貞寝しちゃったね」
紬「無意識レベルまでご機嫌斜めだったのかしらね」
唯「仕方ないね、次行こ! お、今日の最後のお仕事だ! 名前は」
唯「んん……?」
紬「どうかしたの? え、この顔は……」
唯「んーわかんないや、とりあえず行ってみよー」
憂「うぅ、ぐすっ、お姉ちゃん……」
唯「泣いてるね」
紬「ねえ唯ちゃん、この娘、やっぱり……」
唯「うん、まあ考えてもしかたないよ! さあ仕事だ仕事だ~」
紬「唯ちゃん……」
―――――――――
憂「あ、天使さんと悪魔さん……え!?」
唯「うい~何か悲しいことがあったのかい? いいじゃんいいじゃん、何もかもを破壊してしまいたい衝動に身を任せてみようよ~」
憂「あ、あ……」
唯「うい?」
憂「うぅ……うわああああん!」
唯「ちょ、ちょっと泣かないでようい~。おーよしよし」
憂「あ……うぅ……ひっく」
唯「うい~……」
紬「……唯ちゃん、行きましょう」
唯「え、でもお仕事が」
紬「きっと今のこの娘には何を言っても泣いちゃうと思うわ」
唯「……そうだね」
―――――――――
憂「ぐす……」
最終更新:2010年07月03日 17:05