澪に手を握られ、頭の下には澪の太もも、BGMは澪の鼻歌で、おまけになんだかいい匂い…。

律(…でも、いい加減目を覚まさないと、練習もあるし…)

余りにも唐突に、そして急に思考が現実味を帯びる。

律(だけど、目覚める前に…)

私は優しく握られた手にほんの少しだけ力を込めて握り返し、そしてうっすらと目を開け、澪を見つめた。

澪「目、覚めたか?」

律「… … … …」

澪「どうした?」

律「…澪、好き…」


時が固まった…。


澪「…えっと…、寝ぼけてる…のか?」

律「… … … …」

私はあえて無言で澪を見つめたままだ。澪の顔がだんだんと赤くなって来たのが分かる。

澪「えっと、あの…その…」

立ち上がろうにも私に手を握られ、そして太ももには私の頭…。無理に立ち上がったら私は椅子から転げ落ちる体勢なので動く事が出来ない澪。

澪「…冗談…だよな…?」

赤くなりながらも、何て答えを返したらいいのか分からないような困った表情になる澪。

律「… … …っ」

『冗談…だよな…?』澪の困り顔でのその台詞に、私はこれ以上無いぐらいの現実に引き戻された。

律「…うん、冗談…。だから気にしないで澪…」

私は笑う事無く、そっと澪から視線を外す。

律「…冗談…だから」



……

澪「… … …律…」

太ももに頭を乗せたまま目を逸らした律。

澪「…どうしたんだ?らしくないぞ?」

再び、そっと律のおでこに手を乗せた。…あれ?

澪「律、何だか熱いぞ?」

部室内の室温を考慮しても、微妙に熱い。

澪「ひょっとして、熱あるんじゃないか?」

律「あー、かも…、昨日湯当たりで寝込んでたし…」

澪「何してたんだよ…、えっと、とりあえず濡れたハンカチで冷やすか」

律「私の鞄の中にヒエピタ入ってる…」

澪「分かった」

私の鞄を開けてヒエピタを取り出した澪。そして私の額に張ろうと…。


律「ちょっと待って…」

だが私はそれを制止。

澪「何だよ、貼らないと」

律「…貼る前に、デコチューしてくれたら嬉しいな」

澪「… … …」

あ、澪の目が急に冷ややかに…。

澪「…馬鹿」

チューの代わりにデコピンされる。

律「あはは、ゴメン澪」

澪「… … …」

澪「一回だけだからな」

額にキスされた…。

律「… … … …」

澪「って!言った本人が放心するんじゃない!」

その直後に、その額に叩きつけるようにヒエピタが貼られた。


律「あう~、酷いよ澪~、結構痛かったぞ~」

私は起き上がり涙目で抗議する。

澪「うるさいっ!律が悪いからだっ!」

怒った表情、だが照れつつそっぽを向く澪。と、そこに…。

唯「やっほー!あれ?りっちゃんと澪ちゃん、早いねー?」

律&澪「!?」

トンちゃんの世話当番だった唯が部室に入ってきた。そして私達二人の顔を見て…。

唯「…あれ?何かあった…?」


やがて、梓とムギも来て練習が始まった…。


……

やがて今日の練習も終わり、帰り支度をしていると…。

唯「あ、そうだあずにゃん」

唯が梓に。

唯「この前のケーキのお礼に憂がウチにご飯食べにきなよ~って」

梓「…え?」

唯「歓迎するよ~?おいでよあずにゃん」

どうやら梓が唯の家にケーキを持って行ったらしい。そして唯はこちらにも振り向くと…。

唯「皆もどう?ウチでご飯」

しっかりと誘われた。

憂ちゃんの作るご飯の美味しさは知っているが、だけど、これでも一応は病み上がり(?)である。

律「あ~、悪い唯。今日はパスだ」

非常に残念だが、他の皆と楽しんでくれ。だが、その澪とムギも…。

澪「すまん、私もちょっと都合が悪くて…」

紬「ごめんね唯ちゃん、行きたいんだけどどうしても外せない用事が…」

それぞれ何かしらの理由で都合が悪いようであった…。


唯「あ~、それじゃあ仕方ないよね…」

残念そうな唯の笑顔。あちゃ、これは無理してでも行くべきかな?と思ったその時。

梓「わ、私は行きますよ?死んでも行っちゃいますから」

唯に抱きつかれながら梓はそう答えてくれる。

唯「そう?それじゃ、あずにゃん一名様ご案内~」

まぁ、梓の作ったケーキのお礼っていうぐらいだから、梓が行けるなら別にいいか。

澪「じゃあ、今日はこのまま解散だな。皆おつかれ」

澪の合図と共に、今日の練習は終了した。


律「…ふぅ…」

皆が部室を出て行くと共に私は一人部室に残って椅子に座り込む。結構疲れた。

律(あ~、だるい…)

デコに貼り付けたヒエピタも温くなってきたので張り替えようとしたその時、部室の扉が開く。

律「あれ?澪?どったの?用事は?」

テーブルの上でへタりながらそう聞く私に、澪は自販機で買ってきたらしいスポーツドリンクを私の額に引っ付けた。

律「うひゃあ、冷たくて気持ちいい~」

澪「律、お前結構無理してただろ?」

苦笑交じりでそう聞いてくる澪…。ありゃ、バレてたか。

澪「私の用事ってのは律を家に送る為だからな…。ほら、立てるか?」


律「…あ~、もうちょい待って…」

澪の買ってきてくれたドリンクを飲み、空調の効いた部室で暫く休憩する。その間、澪は黙って私が回復するのを待ってくれた…。

律「…なー、澪ー」

澪「何?」

律「…好きな人って…、居るか?」

澪「何?突然」

私の突拍子も無い質問に、澪は意外と冷静に聞き返してきた。何時もの具体性の無い事だと思われたらしい。

律「…私は居るぞー」

澪「…え?本当か律!?」

そこで初めて澪は何時もの反応を返してくれた。やっぱこうでないと。

律「…うん、澪だぞー」

一瞬、顔を真っ赤にする澪…。そして冷静さを装った態度になって…。

澪「…馬鹿」

と、一言だけ返してきた。



夕方…。

私は澪に付き添われて自宅に帰り着く。最初は一人で帰れると断ったのだが、澪は私の事を心配したのか頑なに送ると言って聞かなかった…。

澪「えっと、おばさんは居ないのか…?」

律「この時間帯だと買い物か、町内会の寄り合いと言う名の井戸端会議だなぁ。聡も友達の所だろうし」

誰も居ない家の鍵を開けて自室へと向かう。

澪「まだ気分優れない?」

律「いや、そこまでは…。多分寝たら治るだろうし」

心配してくれるのが何だか嬉しい…。

律「うん、ちょっと汗かいたから着替えて来る…」

私はタンスから着替えを取り出すと、鞄と制服のタイを適当にベッドの上に放り投げて洗面所へと向かった。



そして、律の部屋に澪が一人残される。

澪「まったく…、ベッドの隙間にタイが落ちて…」




澪のコマンド

 拾う

 そのまま





※拾う



律「…はぁ…」

洗面所で着替え終わり、顔を洗って少しスッキリとする。

律「澪に冷たいお茶でも持って行ってやるか」

送ってもらったにしてはささやかすぎるが、暑い中付き合ってくれたのだ。このぐらい当たり前だろう。

台所に行って冷蔵庫を開ける。そして冷えた麦茶を取り出して氷の入れたグラスに注いだ…。

律「澪ー、お茶しかないけど飲…」

部屋の扉を開けた途端、澪は驚いたように私を見る。

律「…どしたの?澪?」

何だか、澪の私を見る目がおかしい…。

澪「… … … …」


私は部屋のテーブルの上にお茶を置く。

律「澪…?」

だが、澪は後ずさるようにして私から距離を取る…。

澪「…何でもないよ、律…」

明らかにおかしい。

律「何でもない…って、どう見てもおかしいぞ?」

澪のその手には、私の放置した制服のタイが握られていた。どうして…?

澪「…ううん、やっぱり思春期の真っ只中だからな…、そんな事もある…よな」

私と目を合わさずに、澪は一人納得させるようにそう呟いた。その姿に、私は体調が悪いのも合わさってほんの少しだけイラッとして。

律「だから、何なんだよ澪!」

語気を強めるつもりは無かった…。だけど、気が付いたらそうなっていた。

澪「…律」

そこで初めて澪は、怒ってるような、悲しんでるような目線を私に向ける。


私の苛ついたその口調に、澪も思わず火が付いたのだろう…。

澪「…ベッドの下…」

静かにそう呟いた澪の台詞に私はあの存在を思い出した。そう、部室で拾ったアレの事だ。

律「…え?…まさ…か…」

澪「…私も、アレがどういったモノとかは分かるよ…」

律「あ、あの…、澪…?あれは…」

澪「そりゃあ、そんな気分になる事もあるだろうけど…」

私はそこで今更ながら澪の性格を思い出す…。生真面目で、恥ずかしがりで、純情すぎるのだ。

澪「でもまさか、律がこんなのを買って使ってるなんて、信じたく無かったな…」

耐性が低い故の、嫌悪感…。


律「あの…、澪…、これはね…別に私のじゃ」

私は必死で良い言い訳を探す…。だけど咄嗟に澪を納得させるような言い訳は浮かんでこなかった。

澪「… … …」

そして…。

澪「…馬鹿律…」

たった一言…、そう呟いて澪は部屋から出て行った…。

律「…澪…」


ひょっとして…、嫌われた…?

私は部屋で一人、立ち尽くす。

律「…そう…だよな、あんなモノ持ってるようじゃ、嫌われる…よな」

ベッドにそのまま倒れこむ。もう、シーツ被るのさえ面倒だ…。



空調の効いた部屋で、二つのグラスに入った氷が『カラン』と音を立てた…。





三日後、次の練習日…。

唯「…りっちゃん来ないね…」

梓「はい、どうしたんでしょうか?」

もう既に他のメンバーは全員集まってるのに、律だけが部室に現れなかった…。

紬「澪さん、何かありました?」

澪「知らない、どうせ遊びすぎて寝坊でもしてるんだろっ!」

一人不機嫌な澪…。

唯(ねー、あずにゃん…。澪ちゃん何か機嫌悪いね…)

梓(そうですね、ひょっとして律先輩と何かあったんでしょうか…?)

唯(あずにゃん、ここは前みたいに猫耳付けて場を和ませちゃう?)

梓(ええ、嫌ですよ!… …でも唯先輩が見たいなら…)

部室の隅でやたらと仲の良い二人のヒソヒソ話が聞えてくる。

澪「… … …」

紬「っと…、律さんの携帯にメールを入れときましたから、お茶でも飲んで待っておきましょう皆」


しかし、待てども暮らせど律からの返信は来なかった…。

澪「… … …」(イライライラ…)

一人苛々とする私と、それを不安げに見守る他の三人。

唯(絶対何かあったんだよー、あずにゃん、澪ちゃんに聞いてみてよ~)

梓(嫌ですよ…、何だか怖くて近寄りがたいですし…)

しっかりと聞えてるよ、唯に梓…。


紬「澪さん」

そこに、ムギが私にそっと話しかけてくれる。

澪「何?」

紬「今日はもう無理っぽいですし、お開きにしましょう?」

と、ニッコリと何時もの柔らかい笑顔。

澪「で、でも!…そうだよな、律が居なければ音もペースも合わせられないし…」

そう、ドラムの律が居なければ練習にならないのだ…。ホント、何やってんだよ律…。

紬「私達はこのまま帰りますけど…」

尚も苛々とする私に…。

紬「澪さんは帰りに律さんのお家に行って様子を見に行ってくれないかしら?」

澪「え?」


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最終更新:2010年07月05日 03:20