「あら?これって……」
首輪を観察して紬は気付いた。内側の喉の辺りに小さな穴がいくつか開いている事に。
(盗聴器、かしら……だとしたらこれで会話は筒抜けね)
となれば下手に作戦を立てればすぐに反逆とみなされ爆破となる。
(とりあえず収穫はこれくらいかしら……やっぱり機械はさっぱりだわ)

とりあえず盗聴が行われていることが分かった事で首輪の調査は終了とした。
紬は本屋から拝借したアウトドアの本を見ながら家の周りにトラップを仕掛け始めた。
人が来たことを知らせる程度の罠だが早めに警戒できるに越したことはない。

仕掛け終わると机に座り本を読み始める。内容は電子工学、爆発物の取り扱い、医学本などである。
生き残るため、脱出するため、打倒本部のため、いずれにしろ役に立ちそうな知識を頭に詰め込む事に専念する。

仲間思いの勤勉家の驚異的な知識力が、このゲームをどう左右するのかはまだわからない。


和は島の中央にある住宅街を目指していた。建物が多いところに人は集まるはずだと踏んでの行動だ。
あのメンバーでは恐らく進んで殺し合いをする人はいないだろう。だから自分で減らさなければならない。
敵が多数でも建物を上手く使えば戦える。物が揃っているなど、その他にもメリットは沢山ある。
周囲を警戒しながら歩いて行くと程なくして住宅地が見えてきた。
家の物陰、曲がり角、家の窓など一層警戒を強めながら手ごろな建物に入った。
リビングのソファーに座ると深く深呼吸をした。
(まずは武器と医療品ね……銃だけじゃバランスが悪いわ)
銃は確かに強力だがまだ扱いには不慣れである。その隙を突かれ近寄られればなす術もないだろう。
その対策に小回りの利く武器、刃物があればいい。和はまず台所で包丁を手に入れた。
次に医療品。箪笥や押入れを探し救急箱を見つけた。その中から必要なものだけを自分のバッグに入れた。
一通り揃うと支給品の水を一口、二口と飲み一息つく。

どうしてこんなことになってしまったのだろう?楽しいはずの旅行が友達と殺し合いになるなんて思いもよらなかった。
合宿に誘われたあの時断っていれば。軽音部に深く関わらなければ。唯と出会わなければ。

(やめよう……こんなの考えるだけ無駄だわ。余計な事は考えちゃだめ。考え事は命取りになる)

残弾を確認し弾を装填すると銃を腰のベルトに挿し手に包丁を持って外へと出た。

(私は生きたい。ただそれだけ。そのためなら……そのためなら、唯だって……)

唯の事を考えた一瞬いつもの優しく穏やかな表情に戻ったがすぐに表情を無くし冷たい目となった。
だがその無表情も無理して作っているように思える。

「あれ?もしかしてのどかちゃん……?」

ハッとして振り向くと唯がいた。自分とは違いこの状況に似つかわしくないほど普段の朗らかな顔だった。
そして今、和が一番出会いたくない人物だった。

「唯……」
「やっぱり和ちゃんだ!!よかった~」
近づいて抱きつこうとする唯に和は包丁を突きつけた。突然の事で唯は思わず立ち止まった。
「のどか……ちゃん?」
「来ないで……」
「どうして……?私何もしないよ?」
どうしてだろう?生き残ると決めたのに。唯を含め全員を殺して生き残ると決心したのに。
いざ目の前に唯が現れたら何もできない自分がいる。
(殺さなきゃ……)
そう思えば思うほど体は硬直し次第に振るえが止まらなくなる。
「大丈夫だから、のどかちゃん。私誰かを殺そうとか……」
「消えて……」
「え?」
「消えてよ……私の前から消えてって言ってるの!!」
和は精一杯吼えた。自分の中の葛藤を打ち消そうと。
今にも落としてしまいそうな包丁を両手で握りなおし必死に虚勢を張る。
「のどかちゃん……」
「早くしてよ!本当に殺すわよ!!」
和の有無を言わさない態度に唯は涙を浮かべながらその場を立ち去った。
唯が去った後、和はその場にへたり込んでしまった。
そして改めて自分の弱さを知った。殺すのがとても怖いという事を。
昨日まで笑っていた人間のこれから先の人生を閉ざすという行為が恐ろしかったのだ。
さわ子も殺せたはずなのに殺せなかったのはきっと無意識のうちに外してたからだろう。
(そんなんじゃだめよ!こ、ころ……殺さなきゃ、殺さなきゃ帰れない)
そうだ。これはゲームだ。最後まで生き残るゲームだ。
ゲームをクリアするのに罪悪感など感じてる暇などない。
(次は殺す次は殺す次は殺す次は殺す次は殺す次は殺す次は殺す次は殺す次は殺す……)
余計な事を考えないようただ同じ事をブツブツと呟きながら住宅地を進んで行った。


唯は物置の中で泣いていた。澪の死になんとか立ち上がろうとした所で幼馴染の和の裏切りである。
どうしていいのかわからなくなっていた。仲間とは、友達とはなんなのか?唯は分からなくなっていた。
そんな唯に追い討ちを掛けるかのように放送が始まった。

『あーあー聞こえるか?0時になったので放送を始める。まずは禁止エリアの発表だメモはいいか?』

唯は急いで鞄から地図と鉛筆を出し禁止エリアをマークした。幸い自分とは関係ない場所だった。

『次に死亡者の発表だ』

死亡者と聞いて澪を思い出しまた涙が溢れそうになったがなんとか堪える。
誰も死んでないことを祈りながら放送を聞いた。

『まず出発前に棄権した秋山澪、そして山中さわ子。以上の二人だ。では健闘を祈る』

「……さわちゃん先生が…………死んだ?」

時々暴走するけど優しくて部員思いのあの先生が死んだ?
誰が殺した?
和が殺した?
それとも別の人?

唯の中で何かが崩れそうになった。
軽音部とはなんだったのか?所詮表面だけのお付き合いだったのか?


それでも出発前、自分を頼る梓の姿を思い出しなんとか崩壊を防ぐ。
まだ信頼されている。その思いが今にも粉々になりそうな精神を繋ぎとめている。

(それに……和ちゃんも震えてた。本当は殺し合いなんてしたくないんだ)

唯は物置から出ると先ほど和と対峙した場所に向けて走り出した。
きっと分かってくれると信じて。唯は和の下へ向かった。

信じよう。たとえ結果的に裏切られたとしても最後まで信じよう。


だって私はみんなが大好きだから――。


【深夜0時時点 残り6人】


「大丈夫か、梓?」
先頭を歩く律は梓の様子を伺う。徐々にだが歩く距離が離れ始めているのを見かねて尋ねた。
だが梓は大丈夫と言って首を振る。明らかに無理をしている。
澪やさわ子の死、周囲への警戒、勾配のきつい山道と精神的にも肉体的にも限界と言っていいだろう。
体力には自信があるほうの律でもかなり疲労しているのだ。身体の小さい梓は相当だろう。
「無理はすんな。急いだってしょうがないし。それに私も疲れたし一先ず休もうぜ。な?」
律がそう説得すると梓もYESと言わざるを得ない。二人はその場に腰を下ろし休憩を取ることにした。
二人が水を飲みながら休んでると律が梓に尋ねる。
「そういえば梓の支給品はなんだった?」
「…………私のは、これです」
梓はデイバッグから妙な形の物を取り出した。よく見るとそれが銃器だと分かった。
「変な銃だな……おもちゃじゃね?」
「違います!説明書によるとP-90っていうマシンガンみたいですよ」
渡された説明書に色々書かれていたが知識に乏しい二人にはさっぱりだった。
唯一射撃の安定がいいとか何発まで撃てるかぐらいしかわからない。
「でもまあ、何でこんな当たり武器を鞄に入れっぱなしだったんだよ?」
「……怖かったんです。何かの拍子で人を撃ってしまうかもって思うと手に持ちたくなかったんです」
「そっか……」
(自分が襲われるよりも人を襲うことが怖いなんて優しいというかお人好しというか……)
普段しっかり者なのに本当は怖がりで……。どこか重ねてしまう。

「……そっくりだな」
「何がですか?」
「いや、何でもない。よし、梓は寝ていいよ。3時間たったら交代でいいか?」
「はい、ごめんなさい。それじゃ……おやすみ、なさい…………」
余程疲れていたのか、横になると数分で寝息が聞こえ始めた。
律は鞄からジャケットを取り出すとそれをそっと掛けてやった。


「仇を討つ。梓を守る。両方やらなくちゃあいけないのが部長の辛い所だ……覚悟は出来てるか?私は出来てる」
髪を下ろし険しい顔つきでどこぞのギャングの台詞を言う。
(一度言って見たかったんだよなぁ~!)
妙な満足感を味わうと一つ咳払いし髪を戻す。
(冗談ともかく……この子を守んなきゃ。澪に似ているこの子を、今度こそ守らなきゃな)
そう固く決心した律だった。


その頃、紬は勉強中だった。応急処置や止血などは簡単に分かったが首輪爆弾に関しては難航をしめしている。
機械や爆弾とは無縁だったのだから当然である。それに機械に強いからと言って首輪解除は別である。
それでも何かをしなければならない。自分にできる事をするしかないのだ。
既に誰かの手によってさわ子が殺された。自殺の可能性もあるが死んだ事には変わりない。一刻の猶予もないのだ。
(ダメだわ……下手に分解すれば爆発するし……)
もう一度地図を見てどうにか抜け道はない物かと見てみる。

「あら?」

と違和感を感じた。それが何だかわからないがもしかすると脱出のヒントになるかもしれない。
地図を色々な角度から見て必死に考える。そしてそれに気付いた時には紬は外に駆け出した。
程なくして紬は辿り着いた。そこは先ほど発表された禁止エリア付近だった。
紬はゆっくり慎重に禁止エリアに向かって歩き始めた。
一歩、二歩と進めていくと首輪から警告音が鳴った。そこで紬はストップしその場に印を付ける。
そのまま真横に移動していく。横に横に……そして音が止んだ。
(やはり……)
そのまま先ほどと同様に前進するとまた音が鳴り始めた。同じ様に印を付けまた横に。
それを繰り返して紬の予想は確信に変わった。
(地図の禁止エリアは正方形だけど実際の範囲は円形だわ)
首輪に爆破の信号を送る電波は円形に発せられてる。
大よその円の大きさが分かったので更に地図と照らし合わせてみると。
(隙間ができる……!)
これで退避場所が確保できた。それだけでもかなり前進したと言えよう。
更に紬の推理は止まらない。
(ピンポイントに電波を出すのは中々高度な技術がいるはず……もしかすれば各エリアに送信機みたいなものが……)
すぐさま他のエリアに行きその中心地点の調査を始めた。が、そう簡単に見つかる程甘くはなかった。
それでも紬は諦めなかった。少しでも可能性があるのだから。
(どこにもないわ……まさか地下かしら?)

農場からスコップを持ってくると中心部を掘り始める。見つからなければまた別の場所を掘り出す。
掘っては場所を変え、掘っては場所を変えとしていく内に紬の両手は血豆だらけになっていた。
痛みを必死に堪えただただ掘り続ける。こんなもの澪が撃たれた痛みに比べれば屁のようなものだ。
そう言い聞かせて掘る。掘る。掘る。そして……

(あった……)

小さな箱の中にアンテナがついた機械が入っていた。機械にはコードが着いておりそれはさらに地中深くに伸びていた。
恐らくこのコードの先に本部があるのだろう。上手くすればこのコードから何かができるかもしれない。
取りあえずアンテナは元に戻し荷物を取りに行く。当分はここで機械を調べることになるだろう。
急いで民家に向かい荷物を纏めると休むことなく走り出した。

胸が高鳴った。何とかなるかもしれない。自分が役に立てる。そう思うと笑みが浮かぶ。

もう一度あの部室に帰る。
澪ちゃんとさわ子先生はいなくなってしまったけれどそれでもあのメンバーなら大丈夫。
またお茶を囲んでお話しして演奏をするあの日常へ……。


人は勝利を確信した時、もっとも隙が生まれる。
このゲームから脱出するという勝利に見入られ現状を疎かにしてしまう。

「う、あ…………」

勝利後の姿を思い浮かべ満足し、現在の状況を忘れていた代償は余りにも大きかった。

「殺す殺すコロスころす……」

派手な行動、音。誰かに見つかるのは必然だったのかもしれない。


その見つかった相手が運悪く和だった。機会を伺ってた和に尾行されていたのだ。
家を出る瞬間を狙って包丁で心臓を一突きだった。

「の、どかちゃん……どう、して……?」
「生きたい、死にたくない、だから殺すの……そういうルールでしょ?」
光のない目をしている和を見て紬は残念そうに呟いた。
「みんなで……一緒に…………いたかったわ………………」



どうしてどいつもこいつも口を開けば“みんなで”とか言うのよ。
こんな状況で……どうして他人の事を気にするのよ。

「私が、オカシイみたいじゃない……」

和は紬から包丁を抜き取ろうとした。しかし肋骨に引っかかっているのか、なかなか抜けなかった。
仕方なく和は包丁を諦め紬の支給品のグロック27を取りその場を立ち去る。

もうすぐ澪ちゃん達と会える。

でも、その前にやらなくちゃいけない。
今まで私がしてきた事、発見した事。
それを伝えなくちゃいけない。

既に死んでもおかしくない状況で紬は目を覚ました。
這いずる様にバッグに近付き、中から紙と鉛筆を取り出し自分が見つけたことを書けるだけ書いた。
手が震える。それでも書いた。誰かに伝えるため。段々と自分でも何を書いているのかも分からなくなっていった。
最後の一文字を書き終えると糸が切れたように動かなくなった。


【琴吹紬 死亡 残り5人】


「午前3時42分。琴吹紬、C-2で死亡確認しました」
「ご苦労」
兵士の報告にタカハシは満足気に頷いた。
本部は騒がしかった。走り回って情報を整理する兵もいれば隅で優勝者トトカルチョをしてる兵もいる。
死亡者の報告が来るたびにトトカルチョ軍団は騒がしかった。
「タカハシ様、お電話です」
「ああ、今行こう」
騒がしい教室から出て行き別の教室で受話器を受け取る。他の者は部屋から出て行き教室にはタカハシ一人だけだ。

『どうかねタカハシ君、進行のほうは?』
「滞りなく進んでます」
『そうかそうか。それはよかった』
えらく機嫌のいい声だった。電話の向こうから数人の笑い声も聞こえる。
『で、あのお嬢さんはどうだ?』
「丁度今死んだとの報告があります」
『はははは!これはいい!あの男がどんな顔をするのだろうなぁ!』
「…………下衆が」
『ん?何か言ったか?』
「いえ、何でも。それでは私はまだ仕事が山ほどありますのでこれで失礼致します」

電話を切るとタカハシは深い溜息を吐いた。
(金は好きだが金持ちはどうしても好きになれないなぁ)
ポケットからタバコを取り出すとそれを吹かした。
(まあ、報酬さえ貰えればこんな所すぐオサラバだからな。それまでの辛抱だ)


「ここは……?」
見覚えのある風景だった。椅子に机、ティーセット、楽器。
「部室……?」
自分は殺し合いをしているはずだった。それが急に部室にいる。
混乱している律の後ろから肩を叩かれた。誰かと思い振り向いた。
「澪……?どうして!?」
「なんだよ律……私何か変か?」
「だって澪は……!」
見てみると至って普通の澪だった。いつもの制服に白くて血色のいい肌。全てが普通だった。
夢だったのだろうか?夢なのかもしれない。殺し合いなんて非現実的すぎる。
夢から覚めたのだ。これが現実なんだ。なんら変わらない日常がこれからも続くんだ。
「なんでもないよ、澪」
「変な奴。ああ、梓は今日遅れるらしい」
「そっか、なあ澪」
「何?」
「私の事好きか?」
澪をからかって私が怒られみんながやってきて盛り上がる。
そんな日々がこれからもずっと……。
「……ぃ」
「え?」
「大嫌い」
突然澪が律の肩を掴んだ。肉が千切れる程の力で握られ律はうめき声を上げた。

「律のせいだ!全部律のせいだ!!」
「み、澪」
「律が余計な事するから撃たれたんだ!!いつも私の事を掻き乱してしわ寄せは全部私に来るんだ」
律はただ泣きながら澪の叫びを聞くことしかできなかった。
「血が止まらないよ!!助けてよ律!!どんどん血が溢れてくるんだ!!」
いつの間にかあの教室に戻っていた。澪は夥しい量の血に塗れながら律の身体を掴んでた。
「ごめん……ごめん、なさい……!!澪ごめんな……!!」
「謝ったって私はもう死んでんだよ!」
ひたすら謝る律の身体が急に軽くなった。誰かに手を引っ張られてるようだった。
眩しくて分からなかったがその手は小さいものだった。


「……い!……輩!!律先輩!!」
「あず、さ……?」
目を覚ますと森の中だった。目の前には心配そうな表情の梓がいた。
先ほどのは夢だったのだ。
「ずっと魘されてたので心配しました。すごい汗ですし……」
「ああ……」
「あの、お水どうぞ。……大丈夫ですか先輩?」
渡された水をゴクゴクと飲むとしばらく律は俯いていた。
沈黙。木々が風で揺れる音だけが辺りに響き渡る。
「私、余計だったのかなぁ……」
ポツリポツリと呟く。
「もしあの時余計な事言わずに澪を行かせておけば……」
肩が震えポタポタと雫が垂れた。
「いつも私出しゃばっててさぁ、澪迷惑だったのかなぁ……」
「……『私のせいだ』なんて言わせませんよ」
律は何も言わない。


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最終更新:2010年01月28日 22:52