「迷惑だって思うことはあったかも知れません。それでも澪先輩は律先輩の事好きだったと思います」
「……でも」
「先輩は言いました。澪先輩が死ぬ瞬間笑ってたって」
「……!!」
「結果的には死んでしまいましたが最後まで一緒にいれて澪先輩も嬉しかったんじゃないですか?」
「澪……」
「律先輩は守ろうとした。悪いのは撃った奴らです。だから気に病まないでください」

普段強気で天真爛漫な彼女は初めて後輩の胸で咽び泣いた。梓は黙って頭を撫でて律を優しく包み込んだ。
今だけは一人のか弱い女子高生となってただひたすら涙を流した。
そんな彼女を見て梓は全力で彼女をサポートすることを誓った。
自分がしてあげられることを最大限してあげようと。


空が明るくなってきた。6時の放送が間もなく始まる。


皆さんおはようございます。6時の放送です。それでは禁止エリアを発表します。
9時からA-3、12時にA-1です。もう一度いいます。9時からA-3、12時にA-1です。
次に死亡者の発表を行います。今回は琴吹紬さんです。残念でしたね。
それでは12時に会いましょう。健闘を祈ります。


ただ淡々と述べられる放送に怒りを覚えつつ律と梓は下山していく。
たっぷり泣いたので目は赤く腫れぼったいが元気は出たようだ。
紬の死を悲しむがそれに勝って主催者に対する怒りで二人はその場に蹲ることなく歩いた。

ようやく着いた島の中心にある商店街。誰かいないか一軒一軒探していく。
どうやら薬局に入った時、誰かがいた痕跡を見つけた。
包帯や消毒液などが不自然なほどごっそりなくなっていたのだ。つまり誰かが来て持っていったことになる。
こんな事をやりそうなのはしっかり者の憂か真面目で頭の良い和、そして同じく頭がよくて世話焼きの紬。
二人は探索のスピードを上げた。もしかすると紬がいるかも知れない。
さわ子も紬の死も放送でしか聞かされていない。いまいち信用しきれないのだ。この目で見るまでは。
商店街を抜け住宅街に入った。一軒一軒調べてくが特に何もない。
そろそろ住宅街を抜け森に入るという所でバタンと扉が閉まる音がした。
二人は急いでその音がした民家へ向かった。

胸騒ぎがした。

そこの角を曲がれば音がした民家の入り口がある。
だが心の一部ではそれを拒否している。それでも止まるわけにはいかない。確かめなければならない。


紬がいた。

うつ伏せで寝ている。
酸化して少し黒っぽくなった血の海に寝ていた。
初めて見る死体に梓は胃液を逆流させてしまった。そんな梓の背中を優しく撫でて介抱した。

梓が落ち着いたのを見計らって紬の身体を仰向けにしてあげた。
何かを成し遂げようとする必死な表情だった。律はそっと目を閉じさせ、水で濡らしたタオルで顔を拭いてあげた。

「辛かったよなぁむぎ。辛かったんだよなぁ……」

律は手を合わせる。梓もしゃくり上げながら一緒に手を合わせた。
思い出すのは楽しかったことばかり。二人はしばらく手を合わせ続けた。


「埋葬……しませんか?このまま野晒しなんて可哀想です……」
梓の提案に律は二つ返事で了承した。二人が紬を地面がある所まで移動させようとした時、紬の手から何かが落ちた。
二人は落ちたものを拾い上げた。見ると何かを書いた紙だ。所々血で汚れ、字も震えている。
それでも読めないほどではなかったので読んで見る。読んでいくにつれて二人の顔が驚愕に変わっていた。
「むぎ先輩は……みんなのために、これを……」
「死ぬ間際までほんとお節介で優しかったな……ありがとう、むぎ」

二人は涙を流しながらむぎの遺体を埋めた。

次なる敵を捜し求め、和は町の北側をうろついていた。
自分が殺した紬しか死んでいなかった事に焦りを感じる。
殺し合いをしているのは自分だけなのか?自分が異常者なのか?
いや、少なくともさわ子を殺した奴がいる。それでも二人しかいない。

それともこの人数に対してこの島が広すぎるからか?
そのお陰で遭遇率が低下しているのか?
ならば人が集まりそうな町を離れる訳にはいかない。

「あらかた探したし今度は西に行ってみようかな……」



一方唯は和を探しに町の南を探索していた。北は住宅街が多いがこちらは畑や田んぼが多く見通しが良い。
「疲れた~アイス食べた~い」
数時間前のシリアスが嘘のように緊張感のない声を出しながらだらだらと歩く唯であった。
(そういえばうぃはどうしてるかな……のどかちゃんを助けたら探しにいかないと)
自分よりしっかりものの憂なら簡単には死ぬことはないだろう。
それに進んで人殺しをするような人間なんていないはずだ。和だって本当は殺したくないはずだ。
紬やさわ子だってもしかしたら事故死かもしれない。

そう半ば思い込むようにして納得させると丁度自転車が目に入った。
「らっきー!これで移動が楽になるよぉ~」
颯爽と跨ると乗り心地を確かめるように周囲をグルグルと回る。
次は西を探そう。そう思いペダルを勢いよく漕いだ。


奇しくも二人の向かう場所は同じ場所であった。



「斉藤、紬の行方は分かったか?」
「申し訳ありません。今しばらくお待ちを……」
「そうか……」
特徴的な眉毛をハの字にして溜息をつくのは紬の父親である。

琴吹家はパニックになる寸前だった。最愛の娘からの連絡が途絶えたのだ。
最初に気付いたのは別荘に到着していないという報告を受けた時だ。
当日、あの付近の海は荒れていたと聞くのでその影響で遅れているのかと始めは思っていた。
しかし、用意した船にも乗っていないとう報告を受け流石におかしいと思い調査をした。
近隣住民の口コミでは駅で見たのが最後だという。

そして現在琴吹家のネットワークを総動員して全力で紬の行方を追っている。

紅茶を一口飲む。プロが淹れたのだろう。上品な香りで旨みがしっかり味わえる。
なのに美味しいと感じない。思い出す味は娘の淹れた紅茶の味。
ガタンと何かが落ちた。振り向くと一家を描いた絵が落ちた。
拾い上げると丁度紬の所だけガラスにヒビが入っていた。
「無事でいてくれ……紬」


「斉藤さん、ちょっといいですか?」
廊下を歩いていると使用人の一人が斉藤の下にやってきた。
使用人は耳打ちをすると斉藤の表情が険しいものとなった。
「わかりました。念のため徹底的に調べてください」
「はい。それともう一つ、紬様のSOS信号をほんの一瞬、僅かですが感知されたと」
「場所の特定は?」
「それが本当に一瞬で微弱だったので……」
「一刻の猶予もありません。そちらを優先で急いで特定してください」
「はい。失礼します」

使用人がいなくなった後、斉藤は廊下の窓を開けた。

「紬様、それに御学友の皆様。どうか御無事で」

斉藤の呟きは夏の暑い風にかき消された。


自転車であっという間に町の西に到着した唯は支給されたパンを食べていた。
昨日から何も食べていなかったので空腹も限界だったのだ。
味気ないパンを放り込み唯は思いを馳せる。

紬が死んでしまった。

経緯はどうあれもうこの世にはいないのだ。
お金持ちのお嬢様でおしとやかでとても気が利く、一番軽音部の仲間を大事にしていた人だった。
もう彼女が淹れたお茶が飲めない。お菓子を囲んで話に花を咲かせる事もできない。

泣きたかった。でも泣けなかった。今は使命があるから。
和を元にもどして梓を守って憂を守って律と一緒に脱出する。
それを果たすまで紬のための涙は取っておこうと思った。

「よし、行こっか」

唯は最後の一口を放り込み水で流すと自転車に跨った。

ガキン!と金属と金属がぶつかる音がした。鉛弾が自転車のタイヤに当たったのだ。
バランスを崩した自転車と共に唯は横転した。

立ち上がろうとした時、今度は左の太ももに銃弾が当たった。あまりの激痛に唯は悲鳴をあげた。
蹲る唯に撃った本人、真鍋和が近付いた。
「はぁ、はぁ……のど、かちゃん……」
「言ったでしょう?二度と現れないでって」
以前会った時とは違う。感情というものが抜け落ちてるような雰囲気だった。
機械のように淡々と喋り殺そうとする和に唯は恐怖を覚えた。
(でも……ここで怖がってちゃのどかちゃんは……!)
傷口を押さえながら唯は何とか立ち上がる。
「のどかちゃん……もう止めよ、こんな事……悲しいだけだよ」
痛みで顔が引き攣りそうになるのをなんとか堪え、いつもの笑顔で優しく語りかけるように言葉を続ける。
「死ぬのは怖いよ。でも、みんなを殺して一人ぼっちになるのはもっと怖いと思うんだ……」
足を引き摺りながら唯は和に近寄る。
「それ以上……近付くと撃つわよ」
「本当は分かってると思うんだ。こんなの間違ってるって。優しいのどかちゃんは気付いてるはずだよ」
和の色のない瞳が僅かに揺れた。それを見た唯はさらに続ける。
「お願いのどかちゃん、もう止めようよ……私もう誰かが傷つくのを見たくないよぅ……」
涙を流しながら訴える唯に和の銃はカタカタと震える。
「……無理よ、そんなの。もう後戻りはできないのよ。私が紬さんを殺したのよ!もう殺人者なの!!」
紬を殺したと聞き唯は動揺した。
「憎いでしょ?もう昔の私じゃないの。だから……さよなら」
狙いは頭。和は引き金にを引いた。


唯は眼を閉じた。次いで発砲音が聞こえた。
痛みはなかった。あまりに一瞬すぎて感じないのか?
それにしても意識はある。倒れる気配もない。
不審に思い目を開けてみる。目の前にあったはずの銃口が別の方向に向いている。
更によく見ると和の手には矢が刺さっていた。和は苦痛に顔を歪めている。




「和さん、今お姉ちゃんを殺そうとしたでしょ?」



【1日目10時現在 残り 5名】


「憂ちゃん……!」
苦虫を噛み潰したような表情で和は憂を睨み付けた。
それに全く動じることなく、憂はさわ子の支給品だったボウガンの矢を装填する。
「うぃ!無事だっ……うぃ……?」
妹との再会に喜びたい。だが喜べない。何故か?
彼女の発する禍々しいオーラを本能が感じ取ったからだ。

産毛が逆立つ。鳥肌がが立つ。寒気が走る。冷や汗が垂れる。恐怖に埋め尽くされる。
唯以上に和は感じた。頭の中の警報機がやかましい程鳴っている。

自分とは別次元だ。殺される。本当の死の恐怖が目前に現れた。
「う……うわああああああああああ!!!!」
矢が刺さった方とは別の手で銃を構えるがまたしてもボウガンで射抜かれた。
両手が殆ど使えなくなった和にいよいよ死が直前に迫った。
憂はボウガンをしまうと鉈を取り出した。太陽光に反射してギラギラと輝いていた。
「う、うい……」
「もう大丈夫だよお姉ちゃん。私が全部守ってあげるから」
「うい!!」
「こんな事本当はしたくないけど、大好きなお姉ちゃんのためだからね。でも……」
「う、うあ……」
和は歯をガチガチと揺らしながら尻餅をついてしまった。スカートの下には水溜りが出来ていた。
「優しくていい人だと思ってたのに……あなたはお姉ちゃんを傷つけ、殺そうとした」
殺意の篭った目で見下ろす。
「あなたを殺しても悲しみも同情もしない。私は絶対に許さない」
大きく鉈を斜めに振り上げると和の首目掛け一気に下ろした。
「死んじゃえ」


肉が潰れる音が聞こえた。

誰かが自分の前に立っている。

この場にいる人間でこんなことできるのは彼女しかいない。

唯はこっちを振り返るとニッコリと笑い、そしてそのまま倒れた。


「ゆいいいいいいいいいいいい!!!!」

和は倒れた唯の傍に寄ると薬局で手に入れたガーゼで必死に止血した。
憂の一撃は脇腹から中心まで深く食い込んだ。恐らくは助からないだろう。
それでも必死に手当てをする。

「なんで……なんで助けたのよ!!私はあなたを殺そうとしたのよ!?おかしいじゃない!!」
和の叫びに唯は血を咳き込みながら答えた。
「大切な友達だから……傷付けるのも付けられるのも、もう見たくないよ……」

『みんな』『友達』死んでいった2人もそんな事を言っていた。

友達ってなんだろう?唯は言った。私が友達だと。
自分の命よりも友達を優先する。馬鹿げてる。
なのに何でだろう。胸が苦しいのは?涙が止まらないのは?

「ごめん……なさい……ごめんなさい!唯!ごめんなさい!!」
「いいよ……でも、よかった……の、のどかちゃんが、も、元にもどって……」
また咳き込む。吐き出す血が鮮やかな赤からどす黒い血に変わっている。


「うい……もうこんな、ことしちゃだめだよ……」
憂は茫然自失といった感じだった。唯の言葉は聞こえたのかはわからない。
「じゃあね、のどかちゃん……ういをよろしくね……」
「待って唯!!お願いだから行かないでよ!!私……私……!」

目を閉じる。そこはあの講堂でみんながいた。
みんな笑顔だった。
舞台にいるみんなも舞台袖にいるさわ子や和も、客席の憂も。
みんな笑顔だった。

「みんな……大、好き……」


叫び声が響く。

悲しみと後悔が入り混じった声だった。

和はただひたすら泣き叫んだ。


「お姉ちゃん……?」
ふらふらと覚束ない足取りで姉の傍に行く。目の焦点は合っていない。
「もう、お姉ちゃんったら……学校遅刻しちゃうよ」
唯の身体を揺さぶる。
「ほら、起きて。お姉ちゃん起きて。朝ごはん冷めちゃうよ」
「憂ちゃん……」
「起きないと今晩アイスなしにするよ?ねえ起きて」
「もうやめて……」
「後10分って、さっきもそう言ってたでしょ?さあ、起きて」
和は後ろから憂を羽交い絞めにした
「憂ちゃんもうやめて!もう、もう唯は……」
「離してください!お姉ちゃんが起きないんです!お姉ちゃん和さんも迎えに来てるよ!起きて!」
「もう死んだのよ!唯は……唯はもう……死んだの」
「お姉ちゃんお姉ちゃんおねちゃんおねえちゃんおねえちゃんおねちゃんおねえちゃんおねえちゃん」
「憂ちゃん!!」
壊れたスピーカのように繰り返す憂の頬に和は平手打ちをした。
「あなたを攻める気はないわ。私のせいでこうなったんだから。でも、ちゃんと現実と向き合って。唯のためにも」
「お姉ちゃん……」


自分が殺した。この手で最愛の姉を殺した。
手に殺した時の感触が残っている。鉈が肉に食い込み、繊維を断ち切り、骨に到達する。
感触が生々しく残っていた。
お姉ちゃんを守るつもりだった。
どこで間違えたのだろう?
どうして殺してしまったのだろう。
和さんのせい?

違う。

自分の身勝手な行動のせいで死んだんだ。

「ごめんなさい……お姉ちゃん……」


憂は自分のバックからボウガンの矢を取り出すと一気に喉に突き刺した。
あまりの突然の行動に和はただ見ることしかできなかった。
矢を強引に引き抜くと血が溢れ出した。大量出血と血で気管が詰まることによる酸欠であっという間に意識がなくなる。

ごめんねお姉ちゃん、さわ子先生。今そっちに行きます。
許してくれるかわからないけど、なんでもする覚悟です。


「じゃあうぃ~あいす~」
「お姉……ちゃん?」
「取りあえずコレ着てくれるかな?そしたら許してあげるわよ」
「さわ子先生……」
二人が目の前にいた。いつもの姉に妙な服を手にしたさわ子先生がいた。
「もう、勝手に死んじゃだめだよ~お姉ちゃんの分まで生きてほしかったのになぁ」
「ごめん……だって、お姉ちゃんに謝りたかったんだもん。離れたく……なかったんだもん」
泣き出す憂をそっと唯は抱きしめる。
「おお~よしよし。憂はかわいいね~」
「さて、ムギちゃん達がお茶とお菓子を用意してるわ。憂ちゃんも行きましょ?」
「でも私……」
「気にしなくて大丈夫よ。みんな優しいから許してくれるわよ」
「殺された本人がこう言ってるんだし、ね?」
渋る憂の唯は手を引っ張る。さわ子も促すように後ろから押す。
仕方なく歩き出す憂だが、その表情に笑顔が戻っていた。


「お……ねえちゃ……ん……」

二人は寄り添うように横たわった。最期まで仲の良い姉妹であった。


【平沢唯、平沢憂 死亡 残り3名】



「こっちの方角から銃声が聞こえたんだけどな……」
「先輩、誰かいます!!」

銃声を聞きつけ急いで駆けつけたが到着した頃には全て終わっていた。

「唯……?」
「唯先輩……と憂……?」

駆け寄ったが既に事切れた状態だった。
二人は膝をついて涙を流した。

「和……何があったんだ……?」
律の問いに和は答えない。
「答えろよ!何が起きたんだよ!!」
「落ち着いてください先輩!」
横でへたり込んでる和の胸倉を掴み、激しく揺さぶる律を必死に梓は宥めた。
律が手を離すと和は俯いたまま何事かを呟いた。
「……して」
「ああ?」
「殺して……私を、殺して」

和は今までの経緯をすべて話した。
紬を殺した事。唯を死なせてしまった事。唯に憂の事を頼まれた直後自殺を許してしまった事。

「最低よ……私は。だから殺してほしいの」
和の懇願に律はただ黙ってるいるだけだ。
長い沈黙の中、律は傍に落ちてた和の銃を拾い上げ構えた。


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最終更新:2010年01月28日 22:53