唯「あずにゃん♪」

梓「はい?」スッ

唯「…」チュッ

梓「な、何するんですか!///」カアッ

唯「ほっぺたのキスは外国じゃ挨拶だよ~」

梓「ここは外国じゃないです!」

唯「私は将来世界を股にかけるから今のうちに勉強しとかないといけないのです!」フンス

梓「…無理ですよ」クスクス

唯「むぅ~、言ったなあずにゃん!」

 「ってもうこんな時間だ!憂が心配しちゃうよ!私帰るね!」パタパタ

梓「気を付けてくださいね~!」フリフリ

唯「うん!バイバイ!」フリフリ

唯先輩が見えなくなるまで私は外にいた。
そっと、ほっぺたをさする。
…唯先輩はズルい。
きっと、私の考えを見透かしての事だったんだろうな。



人間は環境の変化に適応しやすい動物だって聞いた事がある。
本当かどうかはわからないけど、私は今それを体験している。
お姉ちゃんが自分の事を自分でし始めてどれくらい経っただろう。
私は案外すぐに今の生活に適応できた。
適応と言っても、暇な時間が増えただけなんだけど。
新しい日常を、私はある程度は満喫していたとは思う。
まさか、また壊れるなんて思わなかったけど。
…思いたくなかった。




憂「お姉ちゃん、もうそろそろ行こっか」

唯「そうだね」ガチャッ

唯憂「行ってきま~す!」スタスタ

憂「涼しくなってきたね~」テクテク

唯「ほんと、過ごしやすいから最高だよ~♪」テクテク

 「あ、あずにゃん!」タタタッ

黒猫「…」ペロペロ

憂「お姉ちゃん、それ黒猫じゃん」

唯「え~、でも似てるよ?」

 「決めた!名前はあずにゃん3号!」

憂「確かに可愛いけど…」


唯「おいでおいで~♪」パチパチ

黒猫「フーッ!」ガバッ

憂「わっ!びっくりしたぁ~」ドキドキ

唯「怒らせちゃった…ごめんねあずにゃん3号…」シュン

憂「あずにゃん3号もびっくりしただけだよ」

 「あ!時間が!早く行こうお姉ちゃん!」

唯「じゃあね、あずにゃん3号!」フリフリ

黒猫「…」ジッ…

タタタッ

教室

梓「おはよう憂。遅刻ギリギリなんて珍しいね」

純「ほんとだよ。休みかと思っちゃった」

憂「おはよう二人共。実はお姉ちゃんが猫の相手しちゃって…」

純「憂の家って猫飼ってたっけ?」

憂「ううん、登校中にいた黒猫をね」

 「この猫あずにゃんに似てるね~、何て言っちゃって」

 「お姉ちゃんその子にあずにゃん3号なんて名前付けてたよ」フフッ

梓「ハァ…唯先輩…」

純「あぁ、うちの猫があずにゃん2号だっけ。命名梓!」

梓「ちょっと純うるさい!///」

純「でも黒猫って不吉って言うよね。…何もなければいいね」ニヤリ

憂「純ちゃん…そんな怖い事…」ビクッ

梓「…じゃあ純は毎日不吉な事が起こるね」

純「梓厳しい~…」ショボン



放課後

梓「唯先輩、今日部活終わったら楽器屋さんに行きませんか?新しいピックが欲しくて…」ギュッ

唯「うん、いいよ♪」ギュッ

テクテク

紬(…へぇ)ニコッ

音楽室

紬「ごめんね、遅れちゃった」ガチャッ

律「おうムギ。珍しいな」

紬「それと…悪いんだけど私これから用事があるの…」

澪「そうか…じゃあ仕方ないな。また明日な」フリフリ

梓「お疲れさまでした」ペコリ

唯「バイバイ、ムギちゃん」フリフリ

紬「ごめんね…」バタン


唯「…何か寂しいね」

梓「5人揃っての放課後ティータイムですからね」

ピロリーン

律「メールだ」

 「…」

 「悪い!私と澪用事があったんだ!」

梓「何のですか?」

律「いや、なんか町内会で何か私達呼ばれててさ。なあ澪?」

澪「え?何のはな…」

律「フンッ!」ゲシッ

澪「痛っ!」ジンジン

唯「いた…?」キョト

律「いやぁ、何かこいつ将来板前になりたいらしくてな。たまに口走っちゃうんだよ」

 「ということで帰るぞ澪!」グイッ

バタバタ


梓「皆さん帰っちゃいましたね…」

唯「皆忙しいんだね~」

 「そうだ、楽器屋さん行こっか!」ガタッ

梓「そうですね!」ガタッ

楽器屋

梓「ん~、どれがいいかな…」

唯「あずにゃん、これなんかどう?」サッ

梓「あ!それいいです!それにします!」キラキラ

唯「じゃあ私が買ってくるよ」トコトコ

梓「そんな、悪いですよ!」

唯「いいよいいよ~♪」

 「年上の好意はありがたく受け取るものだよ?」フンス

梓「…それじゃあお願いします」ペコリ

トコトコ


唯「はい、あずにゃん♪」サッ

梓「ありがとうございます」ペコリ

唯「そしてそして~、じゃーん!」パッ

 「あずにゃんとお揃い!」ニコッ

梓「あっ…///」

唯「これでもっとギター頑張れるよ~♪」

唯先輩の一つ一つの言動が嬉しい。
子供みたいな無垢な笑顔。
この笑顔を見るだけでとても癒される。
私にしか向けられていないと思うと、何て幸せ者なんだろうと思う。
このピックは宝物だ…



帰り道

唯「アイス食べたいよ~」

梓「今の時期にアイス食べたらお腹壊すかもしれませんよ?」

唯「あずにゃんわかってないね~。この時期に食べるアイスがオツなんだよ~♪」

梓「…全く分かんないです」

 「あ、黒猫だ」

唯「あれはあずにゃん3号!朝のリベンジ!」タタタッ

 「おいでおいで~♪」パチパチ

黒猫「…」タタタッ

唯「…あ、あずにゃんの方に行っちゃった」シュン…

黒猫「…」ジッ…

…黒猫がジッと私を見ている。
私が同じ猫にでも見えるのだろうか。
猫に似てるかもしれないけど、私は猫じゃないよ、
そんな事でも言おうかと思っていると、突然猫が飛び掛かってきた。

梓「きゃっ!」フラッ


あまりにも突然のことにびっくりして、私はふらついて倒れそうになった。

プァアアアアアアアア!

胸の奥の奥に響くような音が鳴り響く。
これはトラックのクラクションかな、私死んじゃうのかな。
そんな事を考えていると、物凄い力で道に引っ張られた。
転げながら視界の端に捉えたのは、私の笑顔の最愛の人。
…しかしそれは一瞬で消える。
笑顔があった場所にはトラックがあった。
…フロントガラスまで赤い飛沫のあるトラックだった。

通行人1「キャアアアアアアアアア!」

通行人2「おいっ!誰か救急車を呼べっ!早く!」

通行人3「事故です!はい、女子高生がトラックに!場所は…」

唯「…」

黒猫「にゃあ…」ペロペロ


頭の中が真っ白になっていた私を、通行人の喧騒が現実に引き戻した。
騒がしい野次馬。
赤く染まったトラック。
その綺麗な赤は唯先輩の血。
私を庇って犠牲になった唯先輩の…
私が驚かなければ…
私が楽器屋に誘わなければ…
私のせいだ…
私の…

梓「いやああああああああああああああああああああああああああああああああ!」




病院

手術室のランプが赤く光っている。
その色が、唯先輩の事故現場を思い出させる。
吐き気を催したけど、ぐっと堪える。
唯先輩の方が辛いんだ…
私が負けるわけにはいかない。
そんな事を考えていると、慌ただしい足音が聞こえてきた。

憂「ハァハァ…」

梓「憂…」

憂「…」キッ

…憂から鋭い眼差しを受ける。
それもそうだろう。
絶対に守るなんて言いながら、守られたのは私だ。
…私は憂のどんな非難も受け入れる。

憂「…何で梓ちゃんがここにいるの?」


憂が口に出したのは予想外の言葉だった。
物凄い罵詈雑言が飛んでくるに違いないと思っていたのに。

梓「それは…唯先輩と一緒に楽器…」

憂「そうじゃないっ!」

私が答えようとすると、憂は凄い剣幕で私の声を遮った。
…それにしても…そうじゃない?
そうじゃないってどういう…

憂「…言い方が悪かったね」

 「何でそこに座ってるのがお姉ちゃんじゃなくて梓ちゃんなの?」

 「何で手術台の上にいるのが梓ちゃんじゃなくて…お姉ちゃん…なの…?」ポロッ


どんな言葉でも受け入れる覚悟はしていた。
でも、まさか憂からこんな言葉を浴びせられる訳なんてない、
どこか心の底でそう思っていたんだろう。
悲しくて、悔しくて、涙が溢れそうになる。
思いっきり泣き叫んでスッキリしてしまいたい。

――…それに、やっぱり泣いてるあずにゃんはあんまり見たくないや
これからは皆笑っていこう?約束だよ?

…約束。
そうだ、私はまだ約束を守らないといけない。
泣き腫らして赤くなってしまった目何かで唯先輩と対面したくない。
唯先輩に心配をかけたくない。


それから少し経って、憂も言いたい事は言い終わったのか、
私の向かいの椅子に座って唯先輩の手術の成功を祈っている。
暫くして、ランプが消えた。
少ししてから、主治医なのだろうか、男の人が手術室から出てきた。

憂「先生!お姉ちゃんは!?」

医者「…手術は成功したよ」

…成功したのに何で浮かない顔してるんだろう。

医者「ご両親は?」

憂「今海外に行ってて…これからこっちに向かうそうです」

医者「そう…そちらも妹さんかな?」

梓「あ…」

憂「あ、彼女はお姉ちゃんの後は…」

梓「…恋人です!」

医者「…そう」ニコッ


医者「…いずれ君たちの耳にも届くことになるだろうけど」

  「…これからの話は親御さんと一緒に聞いた方がいいかな」

憂「…私は大丈夫です」

梓「…私も覚悟はできてます」

医者「そう…じゃあこっちにおいで」スタスタ

私達は無機質な部屋に通された。
診察室だろう、ベッドやレントゲンがある。
私達が椅子に腰掛けて暫くすると、医者はとても重そうに口を開いた。
話の内容はこうだ。
手術は『一応』成功した。
恐らく数日後には目を覚ますだろう。
しかし、体の損傷が激しすぎる。

…私は、最後の言葉を告げる時の医者の表情を、今でもはっきり覚えてる。
苦痛に歪んだような顔。
自分の無力さを恨むかのような悲しい顔。
私の心境を映し出したような顔だったから。

医者「…もう以前のような生活は出来ない」

…半身麻痺らしい。
それも右半身。
…だから『一応』

…私と憂はこの日から疎遠になった。


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最終更新:2010年07月07日 23:45