学園祭

私達は今、ステージの裏にいる。
出場も危ぶまれたけど、先輩達も何とか立ち直ったので、私達はここにいる。


律「放課後ティータイムにとって最後のライブだ。絶対成功させようぜ!」

澪「ああ。皆、最高の演奏をしよう!」

紬「そうね。全力を出し切りましょう!」

梓「皆さん、最高のライブにしましょうね!」グッ

律澪紬「おーっ!」グッ

『次は、放課後ティータイムによるライブ演奏です』


―――

梓「最後の曲の前にお話があります…」

 「…皆さんご存知かと思いますが、私達放課後ティータイムは5人編成でした」

 「しかし、先日、ギター・ボーカルの平沢唯さんが亡くなられて、今の私達になります」

 「でも、私達はここに4人しかいない何て考えてません」

 「私達は強い、とても強い絆で繋がっています」

 「唯先輩がどこにいても、私達は繋がってる…」

 「だから私達は4人じゃない!ちゃんと5人揃った放課後ティータイムです!」

 「それでは放課後ティータイムの最後の曲…」

 「ふわふわ時間!」


~~~♪

唯先輩、見てますか?
私、唯先輩と同じギター・ボーカルになったんですよ。
いつか見た、私が憧れた唯先輩と同じパート…
まだまだ唯先輩に追い付いてないけど…
いつかは追い付けるように、追い越せるように…

私達の曲…
私の声…
…唯先輩に届けっ!


一年後

…私の日常は再び変わった。
お父さんとお母さんは、今も日本で暮らしている。
私を一人にしたくないそうだ。
それは有難いけど、お姉ちゃんがいた時も、もう少し家にいて欲しかった。

梓ちゃんは、お姉ちゃんが亡くなった日から毎日家に来てくれている。
お姉ちゃんに会うために。
お父さんとお母さんも梓ちゃんを歓迎していて、本当の娘のように可愛がっている。
ちなみに、梓ちゃんはお父さん達を『おとうさん』、『おかあさん』と呼ぶようになった。
省略して『お父さん、お母さん』なのか、それとも『お義父さん、お義母さん』なのか。
…後者なら嬉しいな。


…そして、一番の変化はお姉ちゃんがいないこと。
もう、アイスも強請られないしギターの音も聞こえない。
最初の頃はとても寂しかった。
でも、梓ちゃんや純ちゃん、軽音部の皆さん、お父さんお母さんが私を支えてくれた。
皆のおかげで私は今を生きていける。
皆には感謝してもしきれない。
…それに、嫌でも人間は新しい環境に適応してしまう。
良い事なのか悪い事なのか…
とにもかくにも、私の日常は再び崩れ、また再び構築された。
…私が最初に望んだ日常とは、大きくかけ離れた形で。

…ふと、時計に目を移す。
もうこんな時間だ。
梓ちゃんももうすぐ私の家に着くはず。
私は一つ、ヘアピンをつけた。




今日は特別な日だ。
そう、唯先輩が旅立った日。
私は様々な出来事を思い出す。
唯先輩との出会い。
唯先輩と付き合った日。
唯先輩と遊園地に行った日。
…唯先輩と最初で最後の口づけを交わした日でもある。
唯先輩が楽器屋で選んでくれたピック。
…楽器屋からの帰りに起こった悲劇。
…そして、去年の今日。唯先輩が亡くなった日。

私の中は唯先輩で埋め尽くされている。改めて実感した。

そういえば、憂とは結構衝突したな…
でも、衝突出来るからこそ、親友と呼べるのかもしれない。


…もうこんな時間だ。
もうそろそろ出ないと遅刻しちゃうかも。
一つ髪留めをつける。
私は、もう一つの私の家に向かった。




平沢家

ピンポーン

憂「梓ちゃん、あがって」ガチャッ

玄関から憂が私を出迎えてくれる。
憂の髪には私と同じ髪留め。
…やっぱり似合ってるな。
流石は姉妹といったところか。

唯母「あら、梓ちゃん」

唯父「こんにちは」

梓「こんにちは、お義母さん、お義父さん」ニコッ

唯父「はっはっ。パパでもいいんだよ?」

梓「丁重にお断りします」

唯父「…そう…か」シュン

憂「何で本気で落ち込んでるの…」

唯母「梓ちゃん、ゆっくりしていってね」ニッコリ

梓「はい、そうさせていただきます」ニコッ



結構な時間が経ち、私達は唯先輩のお墓へ向かった。
お墓には『平沢家』の文字。
まだ綺麗だ。
一年しか経っていないから当然か。
…私も、この中に入れるのかな。
平沢梓…ふふっ。
…何だか似合ってないや。
私達はお墓参りを終え、それぞれの家路に着いた。

中野家

私は机から一枚の手紙を取り出す。
…唯先輩の枕の下から出てきたらしい。
色々落ち着いてから、憂から手渡された物だ。
…その手紙は、酷く乱雑な文字で書かれていた。
慣れない左手で懸命に書いてくれたのだろう。
唯先輩の真剣な表情が目に浮かぶ。
…その不恰好な文字からは、唯先輩の温かさが滲み出ていた。

…私は一年に一回、今日だけこの手紙を読む事に決めた。


~~~

あずにゃんへ

あずにゃんがこの手紙を読んでるって事は、私がこの世にいない時だと思う。
私ね、分かってたんだ。
いきなり体調が悪くなっちゃって、もう助からないなって。
でね、これから書くことはあずにゃんに直接お話しようと思ったんだけど、
最期はあずにゃんに抱きしめてて貰いたいから、今手紙を書いてる。

私ね、あずにゃんが軽音部に入ってくれた時、とっても嬉しかった。
私の初めての後輩だったから。
可愛い可愛い私の後輩。
初めて先輩になれて、すごく嬉しかった。
でもね、それよりも嬉しかった事があるよ。
それは、あずにゃんと付き合えた事。
私、すっごく幸せだったよ。
きっと、あずにゃんも同じ…だよね。


私達、遊園地でデートしたよね。
男の人に話し掛けられた時、怖くて泣き出したかった。
あの時、あずにゃんが来てくれて凄く安心した。
あずにゃんが守ってくれた。
あの時の言葉は嘘じゃないんだって。
あの時のあずにゃんの顔、今でも思い出す。
真面目なあずにゃんでも、甘えるあずにゃんの顔でもない。
初めて見た、すごくかっこいいあずにゃんだったから。
…あの時、あずにゃんに一生ついていこうって改めて思った。
観覧車での事、今でもはっきり覚えてる。
私とあずにゃんの距離がぐっと縮まったよね。
夢じゃないかってぐらい嬉しかった。
あずにゃんを感じれて。
私とあずにゃんは、本当に恋人同士なんだって思えて。


私が入院して、目を覚ました時、あずにゃんは憂とケンカしちゃってたよね。
あれ、実は全部聞こえてたんだ。
もしあずにゃんが帰っちゃったらどうしようって凄く不安だった。
私はこんな姿になっちゃったし、私よりも憂を信じたらどうしようって。
でも、あずにゃんは私を信じてくれたね。
こんな姿の私でも変わらずに愛してくれた。
本当に嬉しかった。

私、今までの事思い返してみたんだ。
そしたらね、あずにゃんでいっぱいだった。
楽しい時も悲しい時も、どんな時にでもあずにゃんがいた。
平沢唯って人間はね、あずにゃん抜きじゃ語れないぐらい、
それぐらいあずにゃんは私にとって大きな大きな存在なんだ。

だからあずにゃん、自分で自分を傷つけちゃ駄目だよ?
それはね、同時に私も傷つけちゃう事になるんだ。
…あずにゃんはそんな事望んでないよね?


それと、あずにゃんに謝らなくちゃいけない事がある。
約束してた水族館、行けなくってごめんね…
それに、学園祭にも行けなくてごめんなさい…
もっとあずにゃんと過ごしたかったけど、
あずにゃんの晴れ姿を見たかったけど、どれも私には出来なくなっちゃった…

あずにゃん、私は、遠い、とっても遠い所にお出かけしなくちゃいけない。
寂しくて、悲しくて、泣いちゃうかもしれない。
…最初はそう思った。
でもね、私大丈夫だよ。
あずにゃんがいるから大丈夫だって。


私達は繋がってる。
いつでも私の傍にあずにゃんがいる。
だからあずにゃん、私の事は心配しないでいいよ。
あずにゃんはあずにゃんの人生を精一杯生きて。
大丈夫、私が傍にいる。
嬉しい時も、楽しい時も、悲しい時も、寂しい時も。
私は、ずっとあずにゃんの傍で見守ってるから。

私はこれからもずっと、ずーーっと、あずにゃんを愛し続けるよ。

ありがとう、あずにゃん。

愛してます。

唯より

~~~


私は手紙を読み終え、机の中にしまう。
その中には、あの時唯先輩から貰ったピックも一緒にしまってある。
唯先輩から貰った大切な大切な宝物。使えるはずがない。
だから私は、同じ種類のピックを買って使っている。


そういえば、憂とお揃いのヘアピンの話だけど、
クラスの皆は『可愛いね』、『仲良くて羨ましいや』なんて言ってくれている。
だけど、純は気づいてるみたい。
これが唯先輩の物だって。
でも、私達が一つずつ付けている理由までは気づいてるかな?

純「梓、どうしたの?」キョト

梓「ううん、なんでも」ニコッ

憂「次は移動教室だね。行こっか」ニコッ

私は色んな人に支えられて、色んな人に守られて精一杯生きている。
…日常と化した、非日常を。

終わり



最終更新:2010年07月07日 23:50