澪は大学を卒業後、そこそこ大きい会社の正社員事務として採用されバリバリ働いていた。
派遣事務が多いご時勢、正社員として採用されるのは簡単ではない。
それゆえ澪は、他の派遣事務から疎まれていた。
給湯室
女1「それで課長がさー」
女2「アハハハハ」
澪「おい」
女共「・・・」
澪「お客様にお茶も出さず何サボってるんだ」
女共「ハア・・・」
澪「喋ってないで仕事しろよまったく」
女1「何なのアレ」
女2「自分だけ正社員だからって調子に乗りすぎでしょ」
女3「大して仕事できないくせにね」
その通りだった。
澪は仕事ができないくせに正社員という権利を振りかざし、
派遣を馬鹿にしている風なところがあった。
そういうところにも原因があるのだろう。
澪は日常的に派遣女共から嫌がらせを受けていた。
課長「秋山!」
澪「は、はい」
課長「お前こんな仕事もできんのか!?一体何年この仕事をしている!」
澪「すみません・・・」
課長「今までその言葉を何万回聞いたことか」
澪「・・・」
課長「これならお前が派遣で女の誰かを正社員で採用したほうが良かったよ」
澪「・・・」
女共「ざまあwwwww」
帰路
澪(ハア、いつもいつも怒られてばかり)
澪(会社には私の友達も味方も一人もいないし)
澪(会社、辞めたいな・・・)
考え事をしながら歩いていた澪は、いつの間にか人影のない通りに出ていた。
澪「こ、怖い・・・」ブルブル
あまりの恐怖に通りをダッシュしていた澪だったが、やがて前方に一軒の屋台を見つけた。
どうやらおでん屋らしい。
澪「た、助かった・・・」
何と戦っていたのかは定かではないが、澪は助かったようだ。
澪(こういうところで食事ってしたことないな。せっかくだから軽く食べていくか)
澪は暖簾を広げた。
「ヘイ、らっしゃい」
澪「えーっと、とりあえず玉子ひとつ」
「はいよ」
おでん屋の店主はタバコをふかしながらスポーツ新聞を読んでいる。
屋台特有の店主と面と向かって、しかも至近距離での食事は慣れない人にとっては苦痛であろう。
澪もまた例外ではなかったが、
なぜか澪はこの屋台に言い知れぬ安心感のようなものを感じていた。
澪(お互い寡黙だからかな)
そんなことを考えながら、玉子をほお張った。
澪「う、うまい!」
「そうか」
澪「これすごくうまいよ!ズズッ、ダシもよく出てる!」
「そりゃあ良かったな」
店主は短く返答する。
それでも澪は、店主がそっけないと感じることはなかった。
澪「白滝!あとがんももくれ!」
「あいよ」
店主は面倒臭そうに白滝とがんもを皿に乗せた。
澪はおでんを食べながら今日一日を振り返る。
簡単な仕事でミスをし、怒られたこと。
給湯室で陰口を言われていたこと。
いやなことばかりだ。
澪(屋台で食事するサラリーマンをよく見るけど、きっと私と同じことを考えながら食べてるんだろうな)
澪は大人の階段を上ったような気がした。
澪(大人って大変なんだな)
澪はあらためて実感した。
澪「うまかった。また来るよ」
「あいよ」
澪は腰を上げた。
このとき初めて店主の顔を見た。
澪「へ?り、律・・・?」
律「は?ああ、そうだけど」
澪「え?私今おでん食べてて、え?あれ?」
律「もしかして今気付いたのか・・・」
おでん屋の店主は律だった。
澪「声かけろよ!」
律「澪なりのギャグなのかと思ってな」
澪「というか律、何かキャラ変わってないか?」
律「おいおい、私らももう30手前だぞ。久しぶりの再開に馬鹿騒ぎする年齢でもないだろう」
澪「それにしたって・・・」
おでんを食べていたときの、言い知れぬ安心感。
その原因は幼馴染特有の優しい空気にあったのだろう。
澪はそう思った。
その後、二人は昔話に花を咲かせた。
と、言っても一方的に澪が喋り、
律は「そうか」とか「ああ」と言って頷くだけだったが。
澪「それじゃあ律。また来るよ」
律「ああ、待ってる」
澪が席を立つと、中年サラリーマンが入ってきた。
リー「よっ、まだやってる?」
律「やってるよ」
リー「じゃあとりあえず大根ね。それより聞いてくれよ。今日取引先で」
きっとこのリーマンの今日の愚痴を律に吐き出すのだろう。
澪は、同じような人間がいることに安心しながら帰路についた。
ある日、澪は派遣女にお茶を浴びせられた。
澪(あいつら派遣のくせに正社員の私に歯向かいやがって)
澪(あーイライラする)
澪(今日も律のところで愚痴を聞いてもらうか)
澪は仕事などで嫌なことがあると、律の屋台に顔を出す。
最近は週3回ペースである。
律は嫌な顔ひとつせず、澪の愚痴を聞くのだ。
澪(持つべきものは親友ってやつだな)
澪「律ー聞いてくれよー」
律「ああ、聞いてるよ」
律は仕込みをしながら返答をした。
澪「クソ、あいつら派遣のくせに・・・」ブツブツ
澪「熱燗くれ」
律「飲みすぎじゃないか?まあ私は儲かるからいいけどさ、ほら」
澪はブツブツ言いながらお猪口に口をつけた。
澪「そういえば、他の奴らは今何をしてるんだ?」
律「他の奴らって?」
澪「唯とかムギだよ。梓は知ってるけど・・・」
梓は大学時代に組んだバンドでプロデビューしていた。
しかも、オリコンにランクインするほどである。
澪「私らの中でまだ音楽を続けてるのは梓だけだもんなぁ。あいつはすごいよ」
律「梓なら時々ここに来るぞ」
澪「え?」
律「あいつも色々あるんだろうさ。だいぶストレスも溜まってるみたいだな」
澪「芸能界は華やかなだけじゃないってことか」
律「ああ」
澪「なんだ律、高校時代とは違って頼られてるじゃないか」
律「知らないよ」
律は一瞬照れたような顔をした。
澪はその顔を見て、なんだかんだ言っても律は昔のままなんだと感じ、安心した。
澪「唯は?あいつとは会ってないのか?」
律「唯も時々ここにくるぞ」
澪「なんだよ・・・私だけ仲間はずれかよ・・・」
律「そんなわけないだろ。みんなお前みたいにたまたまここを見つけて立ち寄ったんだよ」
澪「すごい偶然だ」
律「だな」
なんだか可笑しくなって、二人で笑いあった。
梓「どうもです」
律「ん?おう」
梓「お久しぶりです律先輩」
澪「梓!?」
梓「澪先輩!?」
律「おい澪席詰めてくれ」
澪「ああ」
律「今日は休みか?」
最終更新:2009年11月20日 02:43