姉(YUI)から名前(UI)を分け与えられた存在、それが私
平沢憂だった
アダムの肋骨から作られたイブのように
幼いころから私は姉に溺愛されていた。
私が欲しいと言えば姉は私のために全力を尽くしてくれたし、私が泣けば泣きやむまで私をあやしてくれた。
そんな姉を私は愛していたし、「この人のために一生尽くそう」と幼いころから考えていた。
小学校高学年あたりから私はなんでもできるようにと努力した。姉が私のために何かをしてくれるのはとてもうれしいことだったが、それと同時に姉の人生を私のために削らせることへの罪悪感もあった。
次第に私と姉は立場が逆転していき、どちらかというと私が姉の面倒をみるような形となっていった。
もちろん私はそれで幸せだったし、それのためにした努力も苦にはならなかった。
「憂はほんとうにガンバリ屋さんだね、私も鼻が高いよ」
「憂はなんでもできてすごいよ!」
「憂!この前の運動会すごかったね!私なんてびりだったよぉ。」
ことあるごとに姉は私を褒めてくれた、過剰とも言えるほどに。
もちろん私は姉に褒めてもらうことがこの上ない喜びだったし、そのたびに姉に甘えた
中学に入学してからは私の頭の中はより一層おねえちゃんで埋め尽くされていた。
学校では男子が女子を意識しだし、中には男女交際を行う者もいた。
私も男子に告白されたこともあったが、全て断った。
別に男子が嫌いというわけではない。が、やはり付き合うなんてことは考えられなかった。
どんなに可愛い猫がいたって、どんなに美しい鳥がいたって私は人間。彼らと愛し合うなんて考えることは到底無理だ。
この楽園に存在する人間は私とおねえちゃんだけなのだから。
おねえちゃんにとって私はイブなのかな…
私が中学3年の頃、ある日姉が友達の家に泊まりに行ったことがあった。
親は父母ともに仕事で出張、したがって家には私一人、こんなことは今までも何回か経験したがこの日の孤独感は今までのそれを遥かに上回っていた。
私はまだ日も落ちぬ時間からベッドに寝転んでいた、普段おねえちゃんと私が愛用しているベッドに。
おねえちゃんの私を魅了する要素の一つに体臭がある。家族の匂いだから安心するのか、
平沢唯の匂いだから私が好きなのか、とにかく姉の匂いは私を安心させた。そして興奮させた…
「おねえちゃん……」
口に出してみると余計体が熱くなるのがわかる
「おねえちゃん……おねえちゃん……」
おねえちゃんの枕、一番おねえちゃんの匂いを感じさせるそれを抱きしめながら一心不乱にベッドで身を悶えさせる。
「おねえちゃん……好き……」
おねえちゃんの匂いに包まれながら私は眠りに落ちた。
朝目が覚めた時の自己嫌悪といったらなかった。自分は初めての自慰行為を姉でしてしまった……
純真で汚れなんて無縁のおねえちゃん、その存在を汚してしまったようで後悔の波が次々に押し寄せる。
「もう二度とこんなことはしないようにしないと……」
そう決意した私は自分の意思がいかに弱いか思い知ることになる。
「ただいまーうい~」
「おかえりえねえちゃん!お風呂沸いてるよ~、ご飯の前に入る?」
「いや~先にご飯食べるよぉ」
しかしおねいちゃんはご飯を食べた後に泥のように眠りこんでしまった。
「おねえちゃん、お風呂いいの?」
「ん~……今日はもう動けないから……明日の朝入るよぉ……」
「おねえちゃん……?」
「ん~……うい~……おやす…み……」
私もおねえちゃんにならってそうそうに寝てしまった。夜中まで起きて疲れているおねえちゃんの眠りを邪魔してしまうわけにもいけない。
おねえちゃんの脇に滑り込むようにベッドに潜る。
「はぁ……」
ベッドに入り昨日の行為を思い出し自責の念に駆られる。
あんなことはもうしたら駄目、駄目なんだけど…
目の前の無防備なおねえちゃんを見てると自分の中で欲望がむくむくと膨らんでいく。
「おねえちゃんの匂い……すごい……」
昨日あんなことをしてしまった自分の心境の変化のせいか、就寝前に風呂に入らなかったおねえちゃんが理由なのか、今日のおねえちゃんの匂いは普段より一層私を興奮させた
むせかえるような甘いとろけるような匂い。
頭がクラクラしていまう程に私の鼻をくすぐるおねえちゃんの匂い。
甘い蜜に吸い寄せられる蝶のように自然におねえちゃんの体に引き寄せられてしまう。
「ちょっとだけならいいよね……?」
もう私の頭にはひとかけらの理性も残されていなかった。
後ろからおねいちゃんのうなじをチロチロと舌で味わう。
「これが……おねえちゃんの味……」
「ん……」
「おねえちゃん……」
おねえちゃんは起きる様子が無い。調子に乗った私は行為をやめなかった。
もっと……もっとおねえちゃんを感じたい!
「はぁ……はぁ…」
自然と息が荒くなってしまう。ただおねいちゃんを貪ることだけに頭が働く。
「ん……うい……」
「!!」
愛するおねいちゃんに自分の名を呼ばれて一気に現実に引き戻される。
体温がサッと下がり、一気に高揚していた気分が正反対の方向に向かう。
私は……とんでもないことを…
幸い今の行為で姉が起きたわけではないがそんなことは些細なことだった。
「おねえちゃん……」
涙が止まらなかった。自分の情けなさに、愚かさに。
「おねえちゃんごめんなさい……」
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「ふあぁぁ」
今日は珍しく自分で起きることができた。
昨日早めに寝たからだろうか。あ、そうだ!学校行く前にお風呂入らなきゃ!
「うい~あさだよぉ~……?あれ?」
ありゃ?憂がいない……
「うい……?」
ご飯でも作ってるのかな?でもこんな時間に?
しかしそんな私の予想は外れ、憂はリビングのソファーで寝ていた。
「!」
目の周りを真っ赤に腫らした憂に気が動転しまう
「うい?!大丈夫?どうしたの?」
「ん…あ、おねいちゃんおはよう~」
そう言った後、はっとしたしたようにして憂は顔をそらしてしまった。
「うい~目の周り真っ赤だよ?大丈夫?」
「……うん大丈夫。私ご飯作らなきゃいけないから……」
そういって憂はそそくさと台所に消えてしまった。
こんな憂の反応を見るのは初めてだった、どうしたんだろ…
それから食事、通学中までずっと私たちの間には気まずい雰囲気が立ちこめていた。
こんなことがあったからなのか、その日の学校の授業は全く身に入らなかった。
いやこれはいつも通りか
「どうしたの?唯ちゃん。今日はずっとぼーっとしてるけど……」
「え? あはははなんでもないよ、ムギちゃん。アイスの事考えてただけだよぉ」
「ほんとうに唯は食い物の事ばっかだなぁ」
「えへへ」
「ほんとうに大丈夫なの?唯ちゃん」
「うん大丈夫だよ」
「そう……?ならいいけど……」
大丈夫、それは嘘ではなかったけど、心の底では違ったのかもしれない。
(うい…どうかしたんだろう)
頭の中で一日中憂の事を考えていたのは紛れもない事実だった。
「そういえば冬にさ、文化祭とは別に学年ごとの演劇会があるんだよなぁ…1年は白雪姫らしいけど、役とかどうするんだろな」
「部活の量減ったらやだなぁ」
「それは大丈夫よ、澪ちゃん。役にならない大多数の生徒はほとんど観るだけの行事らしいから。仕事があってもちょっとした小道具作りくらいだと思うけど」
「それなら大丈夫そうだな」
「でも澪なんかはさぁ、お姫様の役に選ばれちゃったりしてな。ファンクラブの皆様から熱烈に支持されたりしてさ!」
「~~~~」
「~~~~~」
その後のりっちゃん達の会話はほとんど耳に入ってこなかった
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小さい頃から私について回るういは本当に愛くるしかった。
妹は私が大好きだったんだと思うし、そんな妹を私はこよなく愛していた。
親は仕事で帰りが遅かったり、家を空けることは多々あったので私は自分がういの母代りをしなきゃいけない、そう思っていたのかもしれない。
親のいない私が普段感じる不安や孤独感。そんなものをういには感じさせたくはなかったから、惜しみ無く私はういに愛を注いだ。
小さい頃はそれぞれ同い年の友達より、姉妹二人で過ごすことがほとんどだったし、二人ともそれが幸せだった。 と私は思う
けどそんなういも少しずつ自立していった。家事はできるだけ自分でやるようになったし学校でも友達をたくさん友達を作った。
ほんとうは家事は私もしなきゃいけないんだけど……私が気を回す前にういがほとんどやってしまうのだ。
「私がやりたくてやてるだけだから!」
こう言われてしまうとついつい甘えてしまうのだ。だけどういは本当にやりたくてやっているようだし、苦にも感じていなそうだった。
もちろんういは辛くても口に出さないと思うけど…でもういの本当に嫌なことや、やりたいことくらい理解できてるつもりだ。
仲のいい姉妹、そんな関係をこれからも続けていくはずだったのに……
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今日は寄り道もせずにまっすぐ家に帰ろう。
「うい……家に帰ったらいつも通りだよね……?」
いつもより玄関の扉が重い。
「ういーただいま~……あ!」
玄関に置かれた普段は見慣れない靴。そうだ忘れてた!今日はお母さんたちが帰ってくる日だ!!
「お母さ……」
リビングに飛び込もうとした私の耳に話声が飛び込んでくる。
「だから……うん……」
「…けど……」
「……なら……あるけど……」
何を話してるんだろ?ドアに近寄って耳をそばだてる
「だからいいでしょ?」
「もう憂もそんな年か」
「寂しくはないの?」
「うん大丈夫」
「よし、じゃあ明日の休日使って移動すませるか!」
「ふふ、それにしても唯にべったりだった憂が一人部屋が欲しいだなんてねぇ」
「……」
(え……?一人部屋……?)
思わずドアを開けてなかに駆け込んでしまった
「うい!どういうこと?!」
「おねいちゃん……」
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久しぶりに家族で囲む楽しい食事。だったはずなのにご飯の味もほとんどわかなかった。
(憂に嫌われちゃった……?)
(どうして?)
(なんで?)
頭の中に次々と疑問が浮かび上がる。
食欲がないからと先に食卓を抜けた私は部屋で一人嗚咽を漏らし続けた。
涙があふれてくる、胸に熱いものがつっかえているようだった。
あまりのストレスに胃のものを戻してしまいそうになる。
「うい……うい……」
泣き疲れてしまい、妹と夜を過ごす最後の一日、それなのに私は憂を待たず一人で眠りに落ちてしまった。
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それからというもの私の日々は色あせてしまった。
何を見ても灰色にしか見えない…楽しかった部活さえそれは同じだった。
私が駄目なおねいちゃんだったから…ういに嫌われちゃったんだ…
「うい……今までごめんね……」
今更許してもらおうなんて思わない、でも…このままじゃ……
せめてこれ以上ういに迷惑をかけないように家事は私がやろう。
そうだ……こんなことが無ければこれから受験が控えてる妹に私は家事を負担をさせようとしていたのだ。
なんてことを……
<ういの本当に嫌なことや、やりたいことくらい理解できてるつもり>
自嘲気味に唇がひきつってしまう。私はういのことは少しも理解できていなかったんだ……
今日は部活を休んで早く帰って食事の用意をしよう。クラスの演劇の練習もみんなに今日は休ませてもらう。
家に帰るとまだ憂は帰宅していないようだった。
「食事くらい姉の私が作ってういの負担減らさないと!」
「そしたらういも少しは見直してくれるかな…」
着替えをすませた私がそんなことを考えながらリビングに向かうと、廊下に何か紙が落ちてるのが目に入った。
「なんだろ……。ういの学校のだ、進路調査……?」
そこに書かれていた見慣れない高校を見て絶句した。
(桜が丘高校に行くんじゃないの?!)
見慣れない学校名を調べてみるとそれは県外の高校だった。もしかしてういは一人暮らしするつもりなの…?
ういとの亀裂が既に取り返しのつかない深さになっていたことを知った私は、立ち上がることすらできなかった。
ういと別々に暮らすことになるかもしれない、いやかもしれないじゃなくてそうなるんだ。ういにやろうとして出来ないことなんてないんだから。
(ういと一緒に暮らせなくなる……?)
「あ…ああ…うっ……うぁあ……」
考えただけで頭がおかしくなりそうだった。ういのいない日常、そんなこと考えたこともなかった、いや考えることができない。
「おねえちゃん」 「おはようおねえちゃん」 「おねえちゃーん」 「起きて!おねえちゃん」 「おねえちゃん?」 「お帰りおねえちゃん」
「大好き!おねえちゃん」 「ごはんできたよおねえちゃん」 「おねえちゃん!?」 「おねえちゃん一緒にねよっ」 「おねえちゃん」
「おねえ……ちゃん」 「待ってよおねえちゃん」 「おねえちゃん可愛い!」 「おねえちゃんありがとう!」
今までのういとの思い出が頭を流れていく。
「うい……また昔みたいに………」
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最終更新:2011年01月16日 02:42