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とんでもないことになってしまった。

冬に行われる学校行事の演劇会。

今年のタイトルは白雪姫だったのだがまさかその白雪姫の役に選ばれてしまうなんて……




「それにしてもまさか本当に選ばれちゃうなんてなぁ。恥ずかしがり屋のみおちゃんには大仕事、だな」

選び方はそれぞれのクラスから一人姫候補を選出して、その中から投票で決めるというものだったんだけど……

圧倒的多数で私が選ばれてしまったのだ。

「うぅ……。そういうりつこそ王子様役大丈夫なのか?ヘアバンドした王子様なんて聞いたことないからな、当然はずしたまま全校生徒の前に立つんだと思うぞ」

「やっぱりそうなるのか……今更だけどちょっと後悔してるかも……」

「大丈夫よ!りっちゃん。王子役、なかなか様になってたと思うわ」


そう、驚いたことにりつが王子役になったのだ。

姫と違って希望者が一人だった王子役はほぼ立候補した人にそのまま配役となった。

こういうことはめんどくさがってなかなかやらないりつだけど、何故か今回、王子役に立候補したのだ。

私がお姫様で律が王子様……



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昔から私は可愛いものが好きだった。

可愛いものに包まれれば私まで可愛いくなったような気がするからだ。

女の子なら普通な趣味

だけど小学校高学年、中学生になっても変わらず、そんなファンシーな趣味を持ち続ける私は少し浮いた存在だった。

男子からは暗いと馬鹿にされ、女子からはぶりっこと嫌味を言われる。

そんな時、私を守ってくれた王子様が……律だった。

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「みお~、今日部活の後少し残ってもらえないか?」

「いいけど、何するの?」

「ちょっと劇のこととか」

「わかった。じゃあムギと……唯、また明日な!」

「じゃあお先に失礼するわね」

「……またね、澪ちゃん、りっちゃん」




……最近唯の調子がおかしい。

何をやっても上の空で部活も全く楽しめてないようだった。

私たちが聞いても「大丈夫だよ~」としかかえってこない

もう一歩踏み込んでみたほうがいいのか、それとも時間が解決してくれるのか。

おそらく憂ちゃんと喧嘩したのだろう、唯の口から最近ほとんどその名前を聞かなくなったのでなんとなく想像はつく

だとしたらやはり私たちにできることはないだろう。



誰もいなくなった部室でさっきのことを律に聞いてみる。

「ところで劇のことってどうしたんだ?そろそろ最終下校時刻だしあんま時間もないぞ」

「大丈夫、時間かからないから」

「白雪姫って最後キスシーンだろ?ちょっと緊張しちゃうかもしれないし、練習しとこーかな~なんて」

確かにキスシーンはある。けど実際にするわけじゃあない。

キスする直前に私たちの口の間に透明のセロハンを挟むから直接することにはならない段取りだ。

もちろん観客にはなるべく見えないように取りださなきゃいけないけどそれも大した手間じゃないだろう。

もしかしていつもみたいにからかってるのか?そう思っているとりつが近づいてきた

「ほら、お姫様。じっとして」

りつがトレードマークのカチューシャを外して近づいてくる。



……この顔だ。いつもはおちゃらけてるくせに時々見せるこの真剣な表情。

私はこのりつの顔をみると息が詰まってしまう。



「お、おい。冗談ならよせよ……」

「………」

何も言わずにずっとこっちを見つめて体を近づけてくる。

机に上半身を押し倒されてしまい、顔が近い

もうしゃべって律を制止することもできない。少しでも口を動かしたらりつの唇と触れてしまいそうだ。

心臓がバクバク止まらない。

あまりの恥ずかしさに目をギュっと閉じてしまう。

「……」

「……」

「……」

何もしてこない……?

それにさっきから頬にポタポタと何かが滴ってくる。

……またいつもの様にまんまとこいつにからかわれたわけだ。

そう思い目を開くとそこにあったのは

律の泣き顔だった。


「りつ?どうしたんだ?」

「……っ」

私の問いに答えず律は部室を飛び出して行ってしまった。

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次の日はいつも通りのりつに戻っていた。

本人はなんとなく避けてるような気がしたので私も昨日のことには触れないようにした。

だけど私の頭の中は昨日のりつの涙でいっぱいだった

私とキスするのがそんなに嫌だったのかな……



あれからというもの家に帰ってもどこにいっても頭の中はりつで埋め尽くされてしまった。

りつの顔を見れば変に意識してしまい顔が真っ赤になってしまう。






私、きっと、りつの事が……好きなんだ…

いや、私の心は小学生のころからあの王子様に奪われてしまったままなんだ。

女同士でおかしいかな?

でも私はきっと

女性だからりつを好きになったんじゃなくて、好きになったりつが女性だっただけなんだと思う
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演劇会前日、ついにりつを呼び出してしまった。

はっきりとりつへの気持を確認してしまった今、この友達という関係に私はもう耐えられない。

もし……今の関係が壊れてしまってもいい。けじめをつけなきゃいけないんだ。

一生りつに頼って生きてくことなんてできないんだから。




放課後二人だけの部室、呼び出したりつに何も言いだせないまま私は世間話をしていた。

そのままうだうだ話していたかったけどついにりつに咎められてしまう

「…今日はどうしたんだよ、みお?」

「え?」

「何か話があったんじゃないの?」

「……うん」

「りつってさ、私の王子様なんだよ」

「明日の劇のこと言ってるのか?台詞なら完璧だぜ」

「違う!ずっと、もっと昔からりつは私の……」

「………」

「ごめんりつ、その……気持ち悪いって思うかもしれないけど聞いてくれ」

「私りつのことが……」

そう言いかけた時りつに制止されてしまう。

「それ以上言わないでくれ」

「なんでっ」

あの日と同じ顔をしてるりつに拒絶されてしまう。

「ごめんもう今日は帰る」

そういったりつは部室を後にしてしまった。


「どうして……りつ……」


りつが部室を去って5分経った今でも体が動いてくれそうにない

いや、それどころか涙があふれ出して立っていることもできない。

言わなければよかった、友達でいればよかったんだ……

後悔が頭の中を駆け巡る

喉が熱い、胸が熱い

心が裂けそうになってしまう

「りつ……りつっ……」

告白する前の覚悟はどこかにいってしまった。りつがいなければ私は立つことさえできない……



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みおを背に部室を後にする。

はぁ……またやっちゃったよ


「りっちゃん」

急に廊下の隅から急に呼びかけられる。振り返るとそこには

「……ムギか…」





「りっちゃん、コーヒーでいい?」

「……ありがと」

この時期の夕方の公園は肌寒くムギの買ってきたコーヒーの熱さは心地よかった。

どうやらムギはさっき何があったか聞きだしたいようだ

「………」

「………」

沈黙が続く。

ムギはせかすでもなくなだめるでもなくただこっちを見つめ続けている。

こういうときのムギの距離の取り方はほんとうに絶妙だった。




少し落ち着いた私を見てゆっくりムギが話始める。

「りっちゃん、ごめんね?盗み聞きするつもりじゃなかったの。どうしても部室に取りに行きたいものがあってね……」

「……うん」

「それで……厚かましいかもしれないけど、もし何か困ってることがあったら私に相談してくれないかな?」

「力になれなくても、話すだけで楽になることってあるとおもうし……」

「………」

「部室で澪ちゃんに……告白されてたのよね?」

「……うん」

「なんで最後まで聞いてあげなかったの?澪ちゃんすごい勇気を振り絞って言ったんだと思う」

「………」

「りっちゃんも澪ちゃんと同じ感情を持ってる……私の勘違いかな?」

「……・勘違いじゃ……ない」

「じゃあなんであんなことをしたの……?」

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一目ぼれだった

人形のような美しい容姿、いじらしい性格

彼女を愛さない人間なんているのだろうか?

小さい頃の私はそんな彼女のナイト気取りだった。

だけど私がどんなに望んだって、たとえ両者が望んだって、決して叶うことは無い恋だった。

あたりまえだ、私たちは女の子同士。

私じゃせいぜい守ってやれるのは悪ガキからくらい、世間という大きな壁に対してできることなんてほとんど無い。

だけど、そんな身の程を知るような年になっても私はみおから離れることができなかった。

長く付き合えば付き合うほど別れは辛くなるのに……

私の悪い癖だ……辛い事は後回しで思いつきで行動してしまう

今回の演劇だってそう。白雪姫の役にみおがなると分かった瞬間王子役に立候補していた。

当然だ、この話にはキスする場面がある。

もし私以外の人間がみおと…考えただけでも狂いそうになる

たとえそれがキスするフリだとしても、だ


みおの親はきっと娘が同姓で付き合うと知ったら悲しむだろう。

世間からも認められない。奇異の目で見られるだろう。

こそこそと日陰で生きていくしかないだろう。



いや、みおにそんなことさせるわけないはいかない

し私のせいで彼女が不幸になるんだとしたらそれは耐えられないことだ

だから親友のままいればそれでいい


……でももし彼女に求められてしまったら……私は……

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「私はみおが好き。みおも私が好き。だからって終わる話じゃあない。私たち女同士なんだぞ?」

「周りからは軽視されるかもしれないし、女の私じゃみおを色んなものから守っていけないんだ……」

「そうかもしれない。だけど、りっちゃん。こんな終わり方しちゃったら永遠に後悔するんじゃない?」

「それに……これは私の意見だけど。どんなに環境が良くて、恵まれても、本当に好きなものひとつ手に入らなければその人は一生満たされないと思うわ。」

「りっちゃんは違う?」

「………」

「みおちゃん、きっとりっちゃんのこと待ってると思う」
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やっぱり私は馬鹿だ。

ムギには感謝してもしきれない

とにかく謝って、謝ってそれで話を聞いてもらおう



みおの家の前までついたがチャイムを押しても何も反応が無い。

でもみおの部屋には人の影が見える

……顔も合わせたくもないよな

でも、今日しか無いんだ。躊躇なんてしたら絶対後悔するし。馬鹿な私は馬鹿なりにどこまでも突っ走るしかないんだ

一応ノックをして玄関を開ける。鍵は開いていたのでそのまま家には入れた。やはりみお以外は誰もいないみたいだ

そのままみおの部屋に向かう。



「みお、入るよ」

「入ってこないでっ!」

みおの言葉を無視してそのまま部屋に入る


「なんの用だよ」

言葉を投げてはくれるが体をこっちには向けてくれない

「ごめん、みお」

後ろから思いっきり体を抱きしめた。

「今更なんだよ!もう私にやさしくしないでよっ」

声が泣き声にかわる。

私の腕の中で暴れるみおを抱きしめ続けながら謝罪の言葉を繰り返した。

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疲れたのか、少し落ち着いたみおに後ろから話かける

「みお、今更私にこんなこと言う資格ないかもしれないけどさ」

「好きだよ」

「………」


「だからこっち向いてくれないか?」

「……っ」

こっちを振り返ったみおに何も言わずに口付けをした

「一体どういう…つもりだよっ!」

「こういうつもり」

そういって再びみおにキスをする

「…はぁっ……なんだよ、今更。私の事なんか嫌いじゃないのk……んっ」

言葉じゃなくてひたすらキスでみおに返事を繰り返した。


「みお、私と付き合ってくれないか?一緒に幸せになろう」

「それで一緒に不幸になろう……」

「……一体どれだけ待たせるんだよ、ばかりつ……」

「ごめん」

「小さい頃からずっと待ってたんだからな」

頬を染めながらそう呟くみおがあまりに愛らしくて思いっきり抱きしめてやる

耳元でまたみおが囁く

「それに、女同士だからって不幸になるってりつは考えてるかもしれないけど、違うよ」

「………」

「りつの隣、そこが私の幸せなんだからさ」

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無事演劇会も終わらせた私たち。

今までとは似たようで違うりつとの関係、ずっとこの関係が続いたら……

もう少しで私の高校生活も3分の1が終わってしまう

窓から感じる心地よい風は春の訪れを感じさせた



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最終更新:2011年01月16日 02:44