「じゃあ、澪はこっち」

はい、と手渡された紙袋。
30センチあまりの小さなは箱が入ったその紙袋は、私にとって何よりの宝物になるはずだった。
律から受け取った、新しい携帯電話が入った紙袋。
誰に盗られてしまうわけではないと分かってはいるけど、それでも、ぎゅうと胸に抱いて、絶対に落とさないように両腕へ力を込めて抱きしめた。

「どっちかに彼氏が出来ても、携帯だけはお揃いでいような」

紺色の制服の向こう側に、律も同じ紙袋を抱いている。

「律に彼氏が出来れば、の話だけどな」
「なんだそれ!私だってモテるんだぞ」
「はいはい」
「澪!本気にしてないだろ!お前が知らないだけで、この前だって陸上部の先輩に……」

私の悪態に律は本気で食ってかかってくる。本当なのかどうなのか分からない話を必死で語りかけてくるんだ。
そんな律の話は、申し訳ないがどうでもいい。

律とお揃いの携帯を買えた。

ただ私は、そんなちっぽけな事実に胸を躍らせていたから。






「澪ちゃん、随分古い機種使ってるねぇ?」

いつもの部室。
ムギが淹れてくれたお茶を飲みながら弄っていた携帯を、唯は私の肩越しに覗きこんできた。

「古いか?」
「うん」

素直な唯は、何の躊躇いもなく小さい頭を縦に振る。

「もう少し新しい機種にしなよ」
「……」
「澪ちゃんテレビ電話出来ないんだもん~」
「……」

「おいーっす」

テレビ電話したいよ、と嘆く唯の後ろから聞き慣れた声が聞こえてきた。
律だ。


「りっちゃん、今日のお菓子はマカロンだよぉ」
「美味しいですよ、父の取引先の方から頂いたんです」
「おぉー!美味そう!」

机を挟んで目の前の、いつもの定位置で椅子を引いた律は、テーブルに並ぶ色とりどりの菓子に夢中のようだ。
唯から“古い”と指摘された律とお揃いの携帯を利き手で握り込んだ私は、律が手を伸ばしたピンク色の菓子をわざと先に奪った。
食べたかったらしいピンク色のマカロンを取られた律は、むすっとした顔で私を睨んでくる。故意的に、ふい、と顔を背ければ律は魚のふぐのように頬を膨らませた。

こういうやりとりが、何とも心に温かい。


「唯ぃ、澪がいじめる」
「澪ちゃん、りっちゃんをいじめちゃダメだよ」
「別にいじめてなんかない」
「まぁまぁ、相変わらず二人は仲良しですね」

「ふん、澪はこういういやがらせしてくるから嫌なんだよ」

ぷぅ、と膨れたままの頬で、律は制服のポケットから携帯を取り出す。
私とお揃いの携帯だ。
意識的に、私も左手で握っていた携帯を机の上へ置いた。

「あれぇ?りっちゃんもその携帯使ってるの??」

律の隣に座る唯が、律が弄る携帯を覗きこむ。律と、私が机へ置いた携帯と交互に視線を回した唯。
ほうほう、とひとしきり一人で納得したように頷いた唯は、律の左腕をしっかり握ってこう言った。



「りっちゃん携帯変えなよ!みんなでお揃いにしよ!」

「えぇ?」
「りっちゃんも古い機種使ってるしさぁ、テレビ電話出来る機種にしなよ!」
「テレビ電話ねぇ…」

唯を、無意識に睨みつけてしまった。当の本人は全然気にしていない…というか、全くこちらを見ていないけど。

「みんなでお揃いにしようよ」
「お揃いかぁ」
「いいでしょ、りっちゃん。軽音部でみんなお揃いでさぁ」
「おお、みんなでか」
「うんうん、そんでみんなで休みの日はテレビ電話しよう!」



唯の無邪気な笑顔は胸に痛い。
唯に悪気はない事くらい分かっているからだ。部活のみんなで同じ携帯を使いたいって、そんな無邪気な気持ちだけだから。

でも、私は嫌だ。
確かに4人みんなでお揃いの携帯を使っても、律とはお揃いでいられるけど。そうじゃない、そうじゃなくて。

「いいですねぇ、みんなでお揃いの携帯」
「えへへぇ、でしょ?」
「確かに、なんか仲間って感じがしていいな」


盛り上がる3人。律まで、実はこの新機種が欲しかったんだ、という話をしている。


くだらない事だと思う。
私だけ、律とお揃いの携帯を持っていて。二人だけのお揃いなんて、子供っぽい。

それは自覚してる、けど。


「澪ちゃんは?欲しい機種ないの??」

きらきら光りそうな瞳を向けてくる唯。
俯いていた顔を上げて、瞬間、律を見てしまった。


律は、視線が絡んだ私を不思議そうに見つめていた。


「……」
「澪ちゃん??」


「…いいんじゃないか、私は特に…機種に拘りはないから」


空っぽの心のまま発した言葉は、文字通り空っぽの音のまま世界へ出た。


「本当?じゃあ、この後携帯みんなで見にいこうよ!」
「…あぁ」
「うわぁ、楽しみですね」


無意識のまま、律とお揃いの携帯を右手で握り込んだ。
利き手である左手は、机の下に隠した。強く、利き手で拳を握りたかったからだ。


長い前髪で瞳を隠していると、隠れた瞳の向こうから律の視線を感じた。
黒い髪の向こうに見えた、律の顔。
じっと私を見つめて、頬杖をついたままの姿勢で変わらない視線を向けてくる。

「りっちゃん?」

唯の言葉を受けても律は視線をそらさない。

「…りっちゃん?」
「……」

唯とムギが、律と私を交互に見比べている。
唯の不安げな視線と、ムギの憂いを帯びるような視線に耐えきれず、首を一振りした。

「…ほら!携帯買いに行くんでしょ!!時間遅くなると嫌だから行くよ!」

決まり決まり!と机を両掌で叩いた拍子に大きな音が鳴る。唯だけがその音にびくりと肩を揺らした後、律に何やら耳打ちをしていた。
私は律の品定めをするような視線に耐えきれず背中を向けて、入学からまもないのにすでにくたくたいなってしまった補助バックを肩へ担いだ。




学校から程近い商店街。
どこにでもあるような大型電気店で、道端にはみ出しながら店員は安っぽいパンフレットを片手に売り込みをしていた。
有名携帯機種会社がこぞって売り込みをかけている。

店に来るまでの道のり、唯は不安げにおろおろしていたけど、色とりどりの携帯電話サンプルが並ぶ店頭に来てからはすっかり元気になったようだ。

「ほぉおおお!りっちゃん見て!この携帯ラメでキラキラ!!」

可愛いねぇ~、とうっとりサンプルを手にとって眺める唯の隣で、律は白い歯を覗かせて笑っている。

「可愛いけど、これ4万するぞ?」
「はう…」
「4万も払えんのか?」
「うぅ…無理だ…」


大きな瞳に涙をたっぷり溜めた唯が、ふるふる震えながら携帯サンプルを棚へ戻した。

「じゃあ、あっちは?」
「どれどれ?」

うるさいくらい黄色い声を出しながら店内を駆け回る二人を横目に、唯が気に入っていたらしい携帯サンプルを手に取った。
私が使っている携帯よりも、軽い。
はめ込まれている画像のサンプルは、あまりにも色鮮やかだ。

「……」

律は新しい物が好きだから、こういう携帯の方がいいのかもしれない。
示し合わせたように色も4色で展開しているし。

サンプルを握ったまま固まっていれば、携帯会社のロゴが入ったハッピを着た店員が近づいてきた。



「これ今一番お勧めの機種ですよ!」
「…あ」
「あ、定価はこの値段になってますが、2年契約で機種代金分割も出来るんで」
「……」
「今日の元手は実質0円でお持ち帰り可能ですよ」


愛想の良い店員は、携帯のサンプルとパンフレットを片手に微笑みかけてくる。
店員の手に握られた白い色の携帯を、頭の中で律に握らせてみた。

最新機種なんだ、とクラスメイトに自慢する律。
夜遅くまで唯とテレビ電話をして、寝不足で登校する律。

想像しただけで、少しだけ可愛い。



「…唯!」


ほとんど無意識で呼んだ声。
私の声で振り返った唯は、口を丸く開けたままこちらへ歩いてきた。


「この機種、機種代金分割も出来るらしいぞ」
「え!?」
「ね、店員さん」
「えぇ、月々数千円から分割可能です」
「い、いくらくらですか?」
「そうですね、2年契約なら2000円以下から可能ですよ」
「…2000円」

ぶつぶつ言いながら唯は右手の指を折り曲げて何やら計算を始める。
やがて計算が済んだのか、うっとりした表情でピンク色の携帯サンプルに頬ずりし始めた。
どうやら、唯の計算ではお小遣い以内で買える物だったらしい。


「これ、いいなぁあああ」

きらきら光りだした唯の瞳。
こうなった唯は、たとえ他に手ごろな値段の機種を目の前に差し出しても納得しないだろう。
あのギターを買った時のように。

「買えるんならこれにする?」
「うんうん!これがいい!!」
「ムギ!これ唯が気に入ったらしいんだけど、これでいいか?」
「え?…あら、確かに可愛いわね」
「私も可愛いと思う」
「だよね!ムギちゃんもそう思う!?」
「えぇ」
「ほわぁ、それならこれがいいなぁ!」


幸せそうにサンプルを抱きかかえる唯を見ていると和む。
ふと笑みが浮かんだ口元。
笑顔を浮かべた私を、ムギがほっとした表情で見つめている事なんか気付かず、律を流し見た。

律は、嬉しそうにしている唯の頭を撫でまわして、「良かったな」と笑っている。


結局、4台契約した携帯。
色も展開されている4色で別々にしよう、となって。
唯はピンク。ムギは青。私は黒で、律はシルバーをそれぞれ契約した。

契約している最中、ポケットの中の…律とお揃いの携帯をぎゅうと握りしめたままでいた。



*



「あれ?どうなってんだ?これ」

帰宅してから新しい携帯電話と格闘が始まる。
何せ、随分長い間同じ機種を使っていたものだから、ボタン操作から何から何まで、一から覚え直さなくてはいけないんだ。

「あ、間違えた」
「…句読点のボタンがズレてるのがイタイなぁ」

携帯のボタン操作なんて、目ではなく指の感覚で覚えているから、無意識に指が慣れた位置へと飛んでしまう。
まぁきっと、またすぐに新しい機種でボタン操作も慣れてしまうんだろうけど。
その内、今度は逆に前の機種の使い方が分からなくなる時がくるんだ。

角に擦り傷が付いてしまっている、律とお揃い“だった”携帯電話を見た。
こいつの使い方が分からなくなってしまう時がくるなんて、それは嫌だと思った。


別に今だってお揃いなんだ。4人みんな一緒にお揃い。

それなのに、“律と私だけがお揃い”。
そんな事に拘っている私は、どこまで子供なんだろうと思う。


慣れない操作で、受信メールを開いた。
ムギと唯からはメールが来ているけど、律からはメールが来ていない。

「昔に比べて、メールも減ったなぁ…」

学校から帰ってからも飽きるくらいメールをして、それでも足らないからと電話をして。
それでも足らない、と律は自転車で私の家まで来る。

『カップルみたい』

仲の良い別の友達からよくそう茶化された事もあったし。
…そう言われて、悪い気もしなかったし。



気付かない内にどんどん減っていったメールと電話の数。
それでもいいと思ってたけど、部活で唯が律からきたメールの話をする度に、胸が苦しくなった事も事実だ。

(私にはメールをくれなかったのに、唯には送るんだ…)


「あぁ!もう、嫌だ」

一人になると、律の事ばかり考えてしまう。
考える度に卑屈な思いになってきて、自分が嫌になった。


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最終更新:2010年07月11日 22:48