規模はそれなりにある。
店が開く時間にはまだしばらくありそうだが、

「……」

不思議なことにシャッターのおりている店舗は一つもなかった。


適当に何処かに入ってみることにする。
ケーキ屋。誰もいない。
ショーケースの電気、空調。全部作動していた。

「すいませーん」

電灯の音。ショーケースの空調の微細な振動音。
やっぱり誰もいない。
だと言うのにショーケース内にはケーキがしっかり並べられていた。

「はちじ……」

店の時計はそう示している。
通常、こんな時間から営業しているお店じゃなかった。
魅力的だけどケーキ屋を後にし、私は他の店をいくつか覗いてみた。

「アイス……」

暑いわけではないが、夏の時期ということもあり。
アイスショップに心惹かれた。
ケーキ、アイス。魅力とは別に何か引っかかる物があった。

10GIA。桜高に通い出してから良く来る楽器店。

「たーんたん、たんたん」

自動ドアを抜けて。
他のお店と一緒だった。電気エアコン照明加湿器、全てが稼働。
あとは店員さえいれば営業可能という状態。

「……」

とりわけて新しいギターが欲しいわけではないが……。
気になってしまうのはしょうがない。
別に買う気は無し、他にやることも無し、しばらくここで時間を潰そうと思う。

BGM。
大抵どんな店でも掛けられているし、特に楽器屋ともなればなおさら。
だけどコンビニもアーケードのお店のどこも、そういう音は聞こえなかった。

「重っ」

きちんと許可は貰った、と思う。
他のお店みたいにきちんと声はかけてみた。
私は気になっていたギターを手に取り、試奏ブースに向かう。

見に来ることはあったけど、10GIAでは初めてだ。
行きつけのショップは電車で2駅ほど離れた所にある。

「これ……いいな」

ちゃっかりエフェクターとアンプまで選んでセッティング。
どういうわけかショーケースは鍵が付いているものの掛かっていなかった。
チューニングを完了させ、いざ。

少し頑張ってロングスケールに手を出してみたけれど。
左手の疲労度が凄かった。
結局いつものムスタングで落ち着いてしまった。

時計が正午を報せる頃。私は、空腹で手を止めた。
時間を見てさすがに驚いた。
久しぶりに長時間ギターを弾いた。

「……」

ふと。借りたギターを片付けていて目に入ったのがレフティ。
それほど出数が多くない代物である。

「レフティフェア?」

ギター、ベース。左利き用が店の一角を専有していた。
中でも一際目を引いたのが、

「フェンダー」

レフティ、という事以外は珍しくもない一本だ。
3トーンサンバースト。これぞベースというカラーリング。
手に取ってみる。

「ぶっ!?」

相変わらず重い。そして大きい。
私のムスタングと比べると、30センチくらい長いということになるのか。
フレット間が広く、押さえるのが大変だった。

「これを弾くなんて、やっぱりすご――」

――頭痛再発。
とりあえず楽器をどうにかすると、私はその場にへたり込んだ。
いつもの頭痛。後頭部と首の辺りに掛けて痛みが走る。

「――っは」

昨日の夜ほどひどくは無いが、それでも痛い。
とうとう床に倒れ込んでしまった。
ぎちぎちと音まで聞こえて来そうなその痛みは、例のごとく。

私の意識を飛ばしてくれた。

「う……」

ここ数日、体が痛くなる眠り方しかしていない。
最初、自分が何処にいるかわからなかった。
はっきりしていく意識の中、空気の匂いと風景に教えられた。

「……ぅじ、あ」

レフティフェアをやっていたらしい。
なぜか私はそのスペースの前で倒れていた。
頭痛を思い出すと気が滅入る。

毎度毎度。頭痛の度に気を失ってたんじゃ大変だ。
かといって自分で治められるものでもないし困ったものだ。

「えっと……」

試奏していて、昼食にでも行こうと思っていた。
時計を見る。

三時半。なんだか寒気がして私は走りだす。
慌てて10GIAから飛び出した。

「まだ、明るい」

今回はそれほど長く眠っていたわけでは無かった様だ。
……微妙な時間だけど、軽く食事をしておこう。


近くのファミレスに入る。他の店舗と同じ、誰もいないだけ。
来店を報せるチャイムが鳴り響いても、店員さんは案内に来ない。
ドリンクバーの機械が低い音をたてていた。

「……?」

精算カウンターに、豆腐サラダが一つ置かれていた。
ディスプレイ用の作り物だろうか。つやとかやけにリアルだった。
この瑞々しさ本物なのか。

「ふお」

野菜をつついても判別は難しい。豆腐をつついたら本物の質感だった。
食べて良いのだろうか……。
小鉢が3つ。液体が入っているが3種類のドレッシングだった。

結局サラダはいただいてしまった。ドリンクバーも使わせて貰っている。
店に入る前に確かに考えていたけれど。
誰がサラダを用意したのか。

「そろそろ帰ろう」

伝票はない。メニューを見て値段を調べた。
精算カウンターに代金を置いて店を出た。

「どうしよう」

特にすることがあるわけではない。
学校に戻るのも良いと思うが、だだっ広い校舎の隅っこで一人。
そう考えるとさすがに心細かった。

「あれ?」

おかしな話だ。どうして帰る第一候補に学校が挙がるのだか。
ましてや茶道部が使ってそうな、あの準備室に戻る理由がない。
家に帰ろう。

七月。夏の陽射しは強く。
眼が痛い。

「……?」

四つの机。いつの間にか準備室に戻ってきていた。
ファミレスから出て家に向かっていたはずなのに。
長椅子でなぜか横になっていた。

ここ数日で見慣れた朱色に染められた準備室。
また、気を失ってしまったのか。

「でも痛くない……」

頭痛のあとに来る違和感も沸いていない。


いや、そうじゃない。
いつの間に私は、どうやって、ここに来たのか。
座り直して準備室を見回した。

窓からの陽射し。
昨日と同じ。
時計、四時三十分。

「また夕方……?」

窓を開けて眺める風景は、静か。
西に傾いた太陽でオレンジ色に染められている。
あるのは建物の影と樹木の影。
動くモノはない。

なんだか懐かしい気分が生まれた。
律先輩の席を借りてしばらく外を眺めた。

そういえばさっきまで何をしてたのか。
久々にギターを弾いた。10GIAだ。

「豆腐サラダおいしかった」

ファミレスに入ったら用意してあったやつ。
ずっと置きっぱなしのだと思ったけど、そんなことはなかった。
食べたばっかりの気がするけど、お腹は空いていた。

さすがにサラダだけじゃ保たないか。
また街に繰り出すことにした。

校庭を横切ると、気分はさながら下校。
部活の喧噪も校門前の車道も静かなものだ。
コンビニを過ぎ、公園を越えてアーケードへ。

「…………」

西側入り口。
誰も彼もいないというのに、相変わらず店舗は営業している。

「来たけどどうしようかな」

時間的に夕飯にはまだ早い。お腹もそれほど空いてるわけじゃないから。
ケーキ屋に目がいく。
おやつも良いかもしれない。

チーズケーキを一つ、店内のテーブルで食べた。ラズベリーソースが素晴らしかった。
ごちそうさまでしたと言い残して、私は再びアーケードを行く。

「……」

なぜか10GIAが気になった。
午前中、これでもかと言うくらいに弾いたのだが。

「いいよね」

弾きすぎて困ることはない。練習時間が増えるのだから喜ばしい。
どうやらレフティフェアを実施中らしい。
店の一角を専用のスペースに設けられていた。

「あ、澪先輩のと同じベースだ」

フェンダー、3トーンサンバースト。これぞベースというカラーリング。
ギターも少し見たが弾けないことは経験済みだ。
レフティフェアをあとにし、私はめぼしいギターを選ぶと試奏ベースに向かった。

「ギターひいてばっかりだなぁ」

楽しいから問題無いけどね。

しばらく弾いて。
満足した私はお礼を残して10GIAをあとにした。
お店の時計は6時を示す。

「まだ明るいけどどうしようかな……」

何をしていいのかわからないおかげで、迷う。
今なら何でも出来そうな気がする。

「はぁ……」

だから何をしようか迷うんだ。
家に帰ろう。きっと誰もいないけど。

疲れない程度にゆっくり歩いていたら日が暮れてしまった。
不思議と周りは暗くない、と思ったらどうしてか。
街灯はしっかりと道を照らす。

到着する頃には暗くなっていた。

「……」

家の前に立ち尽くす。
灯りは無かった。周辺の民家住宅のどれも、灯りは点っていない。
何となくそうだとは思っていた。

「鍵開いてる……」

一応用意したが簡単にドアは開いてしまった。
自分に聞かせる為に、帰宅の挨拶を投げるとまずはリビングに向かう。
照明のスイッチ。
雑音を残して蛍光灯は部屋を照らした。

何かあるだろうか。

台所に行き、冷蔵庫の中身を確認する。
冷蔵庫はきちんと動いていた。氷もちゃんと作られている。
冷凍物は固い。

「なに食べようかな」

午後十時。
よくよく考えたらこの時期に二日間お風呂に入っていなかった。
誰もいなくても身だしなみだけは気をつけよう。

「あ、携帯……」

自室に戻り、勉強机の上にあったそれをみて今初めて気がついた。
着信無し。メール一件。

「にじゅうさん・・・?」

23、と。それだけだった。件名も無し。
知らないアドレスだ。メモリには入ってない。
記憶を探ってもピンと来るものはない。

「何の数字かな」

わからない。何かの暗証番号にしては短すぎる。
とりあえず。考えても仕方ない。
知らないアドレスから来たメールは無視して。

私はオーディオルームに向かう。

リビングに廊下。家中の電気を落として自室へ。
両親の音楽好きも困ったものだ。オーディオルームまで作るとは恐れ入る。

窓の外を眺める。地上の光は見事なほど無い。
住宅街だというのにぽつぽつと街灯の小さな光があるだけだ。

「……」

不思議と寂しさをがわかないのはなんでだろう。

午前一時。部屋の電気を消してベッドへ。
久しぶりに布団に寝た気がした。

虫の声もせず。
全開の窓からは風も入ってこない。
耳が冴えて、という言葉はあるのだろうか。
つんざく様な静寂の中、私はゆっくり眠りについた。

「……」

いつも通りに鳴った目覚まし。
まだ眠い。枕に顔を埋めてうなる。これで頑張ると少しだけ眠気が飛ぶ。
やはりちょっと遅めの就寝時間が効いた。

もうちょっと寝ていたいが、さすがに遅刻してしまう。
のろのろ起き上がってリビングに向かった。

「っく――!?」

ベッドの足に右足の小指を引っかけてしまった。

自分で用意しないといけないのに忘れていた。
おかずは冷凍物でどうにかなるけれど、主食になりそうなものが無かった。
ご飯も炊けばあるのだが、実は時間がギリギリだった。

途中のコンビニで調達してから学校へ向かう。
登校中の学生。通勤途中のサラリーマン。車に自転車に。
学校に着くまでにどれにもすれ違わなかった。

「……」

昇降口を抜けて教室に向かう。
律先輩や澪先輩はどうしているだろうか。
ホームルームの時間になっても、教室には私だけだった。

「あ。手ぶらだったよ……」

一限開始のチャイム。準備をしようとしてハッとした。
学校来るのに教科書類を忘れるとは何事か。
予習復習でもやろうと考えていたが別のことをしよう。

「はぁ」

自分の間抜けさに呆れた。


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最終更新:2010年01月25日 14:40