もし文化祭を迎えることが出来てたら、私も一緒に演奏していたのだろうか。
あのとき憧れていたギター。実際会ったら、ちょっと変な先輩だったけどね。
今の私はもう技術だけで見れば、とっくに高校生というレベルでは無いが……。

聞かせる人もなく、比べる人もなく、ただ続けて。
気付けば自分の為でもなく。ただそれが出来るからやり続けて。
どうして私は音楽の世界に足を踏み入れていたのか。

楽しいから、という理由か。親の影響か。
覚えてないが今のような心境に陥ったことはない。

この懐かしいオープニングのフレーズ。
さぞや輝かしい高校生活を見せてくれたであろう軽音部。

何もない世界で私は


次の日。昨夜のカセットテープは私が入学前に聞かせて貰った音源だった。
父のウォークマンを持ってきて、私は音楽準備室にそれを流していた。

やっぱりギターの人上手だなぁ。
コーラスの人のハスキーボイスが何とも言えない。

「――っあ」

ビシリ、と頭蓋骨にヒビでも入りそうな衝撃。
いつもの頭痛と気付くには3秒ほどかかってしまった。
内側から叩かれるようなその痛みに、膝を折る。

私はギターが好きだ。
広い括りで音楽というジャンルが好きだ。
この中心にギターがあり、その中心から始まった。と思う。

たまに離れることもあったけど、切っても切れない関係だったのだ。
楽しくて楽しくて。
唯一の支えを無くしてどうして生きてく。

なんだか飽きてしまった。
主観的な時間で2年。この変な日常を過ごしてきた。
同じ日を繰り返していたのか、それとも似たような毎日を越してきたのか。
今じゃもう確かめる術もない。
いや、必要もない。

きっと私が死んでも、この世界はこのまま続く。

ずっと感じなかった風を肌に受けて――

かちゃり。
その音で私は飛び起きた。

「         」

体を起こして長椅子の向こうを見やる。
机が四つ。
向かい合わせで並べられ、昼休みの教室の一風景のよう。
どこでも見られる何にもない普通の形。

ぼーっとした頭で立ち上がり、テープを巻き戻す。

「ん……」

やっぱり眼が沁みる。目蓋の上から眼を揉む。
朱色。朱色? 時計を見た。

「4時半」

頭痛は消えていた。もう一度再生。
大好きなリフが流れてくる。


何もかも無くすならせめて。
せめて私の中のこの想いまで消していってくれてたなら。
私は生きたかも知れない。

狂っていたのは私か、世界か。
狂ったのは私か、世界か。
たぶん両方だな。うん。

何度目の私か。何人目の私か。あと何人何回。
きっと続いていくんだろうなぁ。
終わらないよ、ここは。終わらせたかったけどさぁ。

私が最初だったのかな。それとも最後だったのかな。
嗚呼、せめて私が最後じゃなければな。
誰かと一緒なら続けられたのにな。


いやしかし、ここ最近の私は抜けていた。
鞄を忘れたり。そしてギターを家に置きっぱなし。
なんの為に部室に行っていたのかわからなくなる……。

私は自分の席でお茶を飲んでいる。
左側に律先輩と唯先輩、右側に澪先輩とムギ先輩。

「はっ!?」

いつのまにか軽音部に順応している!?
まずいなぁ……。ちゃんと練習しないといけない……。
明日からはちゃんとしよう……。

「ん?」

律先輩の机から何か出ている。
……入部届。うわぁぁぁ、全員分見つけてしまった。
もう少しきちんと保管しておいてほしい……。

気付いたらいつの間にか整理を始めていた私。
人の机の中をいじくりまわすのはエチケットがなっちゃいないが、あとで謝れば良い。
律先輩なら気にしないだろう。
「おーそうかー、ありがとなー」なんて言ってる姿が目に浮かぶ。

溜め息一つ。
ああ、なんか色々詰まってる……。教室の机も汚そうだなぁ!

「あれ……」

唯先輩の机。使い古したノートが一冊だけ、無造作に入れられてる。
先輩にしては普通の大学ノート。
可愛いもの好きな唯先輩のことだからノートも可愛いものかと思ったけど……。

それにしても使い込まれいる。ノートの端がぺろぺろだ。



7月×日 1

今日から日記を付けることにした。
もう結構日々を過ごして今さらの気はしないでもないが。
私の見つけたルールが正しいことを証明する為にも、
自分の為にも続けたい。

何か標がないとどうにかなってしまいそうだ。



箇条書きのような文体で、とても簡素な日記。
どこまでも必要最低限で、その日の事だけをまとめてある。
それはどこまでも淡々と書き綴られたものだった。



7月×日 28
日記は無事につづられている。
今日も変わりなく。

7月×日 29
同上。



これはある意味では正しい日記の形かも知れない。
事実だけを記している。ただ、とても機械的な……。

人の所持品を勝手に持ち出し、なおかつ日記を読んでしまっている。
悪いと思いつつも、気になってしょうがない。
私はページを繰っていく。

ところでこの日記、日付が記入されておらず、全て「ばつ日」なっている。



7月×日 154
晴れのち晴れところにより晴れ。
だいたい掴めた。
明日まとめることにする。



日付の代わりに記入されているのが、横の数字。
一日一つ増えていき、留まることをしらない。
こんなめんどくさいことをするなら日付を記入すればいいのに……。



7月×日 155
なんだかちょっと解らなくなってきてしまった。
もう少し様子を見て、絞るようにしよう。
あー。なんだかここに来て初めて日記っぽくなってる気がする。



なんと。
155の日からしばらくの間ほとんど同じ内容しか書かれていない。
一日にして日記っぽさが吹っ飛んでしまった。
日付しか書いてない日もあったのである。

ちなみにその内容が
「晴れ。今日も健康に異常なし」



7月×日 245
外食、と言ってもコンビニしか利用する所がない。
せめておでんとかホットスナックみたいなのもあれば良かった。
ファミレスみたいな他のお店も使えたらいいのに。
ああ、誰かの手料理が恋しい。


7月×日
今日で最後にしようと思う。

とりあえず、これは残しておく。
願わくば、誰かの役に立つことを。

<法則>

この世界、は繰り返している。7月の同じ日を繰り返してる。
始まりは午後4時30分。終わりは午後4時29分で、一日24時間。

私以外誰もいない。
だけど痕跡のようなものは見られる。そっくりそのまま世界から人間だけを取り払ったみたいに。。
地球上に誰もいなくなったのか、確かめる術もない。
ただ私だけがいる。
ちなみに私が人類最後なのかどうかはわからない。

同じ一日を繰り返す。
前述の終了時刻を迎えると、基本的に全てリセットされる。
全て、とは全てであり、壊れたもの消費したものもその日を終えれば元通り。
私の体も記憶以外はリセットされる。

ただし例外があり、軽音部の部室の机(周辺?)はリセットがかからない。
しかし条件有り。いつもの形に机がくっついていること。
机の上、机の中、机の横。
席として見なされるのか、所謂「席に着く」という状態でも平気なようだ。

机は繋がる、そのおかげでこうして日記も残せていた。




日記の最後に書かれている法則とかいうのは端的に書かれていた。
軽音部のこと部室のこと……。これを書いたのは先輩達の誰か?
ノートのあった場所からして、唯先輩が残したものなんだろうか……。

繰り返しているっていうのは……?



故にリセットの時間に机の上にいるか、席に着いていれば成長する。

始まる場所は固定されている。
席に着いてなければ、どこにいたとしてもリセットと同時に部室に戻される。
これはどこにいようとも強制的に実行される。
私が現在できうる限りの移動手段で時間限度まで移動し続けてみても、部室に戻った。

リセットし続ければ死なず。
死ぬ場所を選べばそのまま朽ち果てることも可能なはず……。

他にも色々あるが、重要なのはこの辺りだろうか。
つまり、結論は。

同じ日を繰り返し続けている。
その日が終わるとリセットが実行されるが、部室の机は除外。
残しておきたいものは机にセットしておく。
前日の変化を次回に持ち越すのは、基本的に不可。
たぶん死ねない。




なんだか殺伐としてきている。
ページの締めくくりがこんな物騒だなんて……。
おかげでますます現実味が薄れてる。

……そうやって、受け入れないようにしている自分が何処かにいた。



最後に。

どうか、ここが終わりますように。これが最後でありますように。
もしこれを誰かが読んでいるなら、どうか諦めないで。
きっとこの不毛な繰り返しを止める手段がある。

浅はかかも知れないけれど、リセットが掛からないものこそ手がかりだと思う。
私の記憶が持ち越されることには意味がある。
繋がっているもの、繋がるもの、それを見つければきっと。




ひどい目眩を覚えて、私は一度、日記から目を上げた。
混乱してるのがわかる。
自分を落ち着かせる為に呼吸を整え、心を静める。

緊張とは違うこの圧迫感は気持ち悪い。
私はその場にへたり込んでいた。

どこかほっとしている自分がいて、やっぱりと思っている自分がいて。
理由がわからないけど声を上げて泣いていた。

悲しみに似ている感情が私を駆り立てる。

字の形、癖。



それじゃあ、私はこれで。
                          7月×日  中野梓




今より少し綺麗に整ってたけれど、紛れもなく私の字だったのだ。

日記を書いている“彼女”の姿が浮かんでくる。
既視感なんかじゃなくて、おぼろげな記憶として漂うそれは。
途切れ途切れになった出来事を思い出させる。

なんで、忘れていたのか。
なんで、気付かなかったのか。

抱いた希望は強く。絶望は深く。
私を衝いて涙を流させた。

涙を拭いて立ち上がる。
まだ止まっていない涙で視界は歪み、嗚咽は続く。

部室の反対側、校舎の向こう側に位置する階段を目指す。
あちら側にしかない屋上へ続く階段。
駆け上がって屋上への扉を跳ね開ける。

「……」

部室と違う陽射しの中。
既視感をまとって、フェンスの側に立つ。
安全対策の為フェンスと高さ4メートルくらいの金網で二重の壁が設けてあった。

屋上でもやはり風は吹いてない。
まだ街の景色は少し遠い。

金網との間は1メートルほど。
フェンスを乗り越えて、金網越しにのぞく景色は紅く。

目をつむると一瞬だけ風を感じたような気がして、その冷たさに背筋が凍った。
金網から離れる。

この風景も、この場所も、このフェンスも。全部今日初めてのものだった。
なのに全部見たことがあると思う。
きっと“今日”……。

最後に。
代わりになんてなれないけれど、せめて“彼女”の分まで泣けたら。



     「生きてる人、いますか?」



あれから十数日、日記の通りに世界は廻っていた。
一日は繰り返し、変わらない毎日が続く。
今はアーケードから少し離れた洋食屋で過ごしている。

「ここは何もないんだ……」

他のお店ならいつもカウンターに食事が用意してあったりするんだけど……。
この店はアーケードの反対側にある。
わざわざあっちまで戻るのも面倒だったので、近くのコンビニで買い物をした。

メニューも無いからどんなものがあるかもわからない。
コンビニの品揃えはばっちりだったのに……。

「お邪魔しました」

ゴミをコンビニ袋に詰めると私は店外へ。
学校に戻ろう。

しばらくの間の私の日課は、ギター中心ではなく日記中心になった。
生活のリズムはそのまま。朝起きて学校に行って、放課後は部室。
日記に目を通して、検証……。

もちろん俄には信じられない。
自分を納得させる為にも“リセット”を認識してみた。

手の平にマジックで目印を書いてみたり、適当な教室の机をグチャグチャにしておいたり。
記してあったとおり件の時間を過ぎると元通りになっていた。
手の印は跡形もなく消え、教室は整然とした佇まいを取り戻す。

切り替わった直後は長椅子にいた。
わざと校舎の外にいたりしてみたけど、部室に戻されるのは確かだった。

ちなみに、一日が終わるときはリセット如何に関わらず体の感覚が飛ぶ。
気付いてみると絶叫マシーンのあの浮遊感に似ていた。

「ほん……」

なんか変な溜め息が出てしまった。

紅茶を飲みながら日記を読み、私は一日を終えた。
“私”がどんな生活を繰り返していたのか正直これではさっぱり……。

「行動も書くべき。ほぼ感想だけじゃない……」

まあそもそも日記は人に読ませるようなものじゃないからなぁ。
断片的な情報から推測しかできない。


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最終更新:2010年01月25日 14:45