唯(こんにちは、平沢唯です。ここ三日ほど、律っちゃんが風邪で学校をお休みしています。お見舞いにいこうかとみんなと相談したんだけど、
  絶対来ないで欲しいって、メールで律ちゃんに言われちゃいました。
  いったいどうしたんだろう……。大丈夫かな、律ちゃん……)

澪「まったく、律の奴どういうつもりなんだ……!」

梓「きっと風邪をうつしたら悪いと思っったんですよ」

紬「私もそう思う。律ちゃん優しいから……」

澪「それにしても、絶対来ないで欲しいだなんて……。私が……私たちがどんなに心配してるか知ってるのかアイツ!」

唯「大丈夫だよ澪ちゃん。律ちゃんはきっと元気になって戻ってくるよ。だって律ちゃんだもん」

紬「そうよ澪ちゃん。律ちゃんだもの」

梓「なんですかその理屈……」

澪「……そっか。そうだよな。よし! じゃあ気をとりなおして練習――」

ピロリロリン、ピロリロリン


澪「律からだ……!」

唯「なになに!? なんて!?」

澪「えっと、話したいことがあるからみんなで家に来て欲しい、だって……。これだけ!?」

梓「なんか真剣な感じですね。話したいこと……? はっ! まさか律先輩、軽音部辞める気じゃあ!」

唯・澪・紬「ええっ!?」

梓「……なーんて、そんなわけな――」

唯「ぶええーん! 律ちゃん辞めちゃやだよー!」

紬「律ちゃんのいない軽音部なんて……軽音部なんてぇぇぇ!」

梓「あの、冗談……」

澪「みんな、今すぐ律の家に行くぞ! 辞めるんじゃないぞ、律! 律ぅぅぅぅぅぅ!」

ドピューン! タッタッタッ……

梓「みんな行っちゃった……。ま、待ってくださーい!」




~田井中家~

ピンポーン、ピンポーン

澪「律! 来たぞ律!」

――ガチャリ

律「……いらっしゃい」

澪「……バカ律! 心配かけて……。連絡くらいしろよ!」

律「……ごめん」

唯「律ちゃん、軽音部辞めるなんて言わないよね!?」

律「なんの話だよ! 辞めるわけないだろ」

唯・澪・紬・梓(ほっ……。よかった)

律「なんだよみんな変だな。さ、上がって。私の部屋に来てよ」

トントントン……


梓「律先輩、風邪ひいてた割に元気そうですね。顔色もいいし……」

唯「でもいつもの律ちゃんとなんか雰囲気違くない? 声も低いし」

梓「たしかに……。ちょっと痩せた感じも……。やっぱり風邪だったんですかねぇ?」

唯「そうだよきっと」

律「なーにこそこそ話してるんだよ。ほら入った入った」

~律の部屋~

澪「で? なんなんだ話したいことって」

律「それはだな……」

唯「それは?」

律「……///」

紬「律ちゃん顔赤いよ? まだ風邪が治ってないんじゃ……」

律「……風邪なんてもとからひいてない」

紬「え?」

澪「おい、どういうことだよ!」

律「みんな騙しててごめん。これが学校を休んでた……本当の……理由なんだ」

ぷち……ぷち……

澪「お、おい! なんで急に脱ぎだすんだよ!?」

紬「///」

バサ……

唯・澪・紬・梓「ッ!!!!!!!!!!!!」

律「驚いただろ……?」

唯(律ちゃんの胸がぺったんこなのは昔から……)

澪(でもこれはぺったんこなんてレベルじゃない……)

紬(……無。全くの無。そこに女性らしさは存在しない……)

梓(この胸は女性のものじゃない。そしてそこから導き出される答えは一つ……)

律「わたし……男になっちゃった……」

唯・澪・紬・梓「ざqwsぇdcrfvtgybふにjmこlctfvyぐいお」

律「みんなしっかりしろぉぉぉー!」



~一時間後~

唯(律ちゃんの話をまとめるとこうです。三日前の朝、律ちゃんは朝起きたらなぜか男の子になっていたそうです。
  律ちゃんは最初混乱しましたが、とりあえず一日様子をみてみることにしました。でも元に戻りません。
  この姿で私たちに会えないと思った律ちゃんはあんなメールを私たちに送ってきたわけです。
  そして今日。律ちゃんは私たちに話そうと決心し、今に至ります。……マーベラスです)

梓「声が低いのも、痩せて感じたのも、男の人の体になったからだったんですね」

唯「でもあんまり外見変わってないねぇ?」

紬「律ちゃんはもともとかっこいいもの」

唯「おお~、確かになかなかイケメンだよ律ちゃん!」

律「うるせぇ! 人の気もしらないで~!」

澪「……でどうするんだよ律。これから」

律「……どうしよう。わたしずっとこのままなのかな。そしたら学校も行けないな……。女子高だもん。そしたら軽音部だって辞めなきゃ……」

澪「……」

律「……ごめん、唯……。軽音部辞めないってさっき言ったけど、やっぱり無理かも……」

唯「そんな……!」

澪「……」

律「……そしたらさ、部長は澪がやってくれよ。澪だったらしっかりしてるし、私よりずっと……」

澪「ふざけるな!」

律「!」

澪「男だろうが女だろうが律は律だ! 桜高軽音部の部長は……放課後ティータイムのリーダーは……田井中律なんだ! 律じゃないとだめなんだ!」

律「澪……」

唯「そうだよ! 律ちゃんがリーダーじゃないと絶対ダメだよ!」

紬「律ちゃんがいなくなったら、私……私……!」

梓「今まで散々好き勝手やってきたのに、ここで辞めるなんて……! そんなの許しません!」

律「みんな……!」

澪「な、律? みんなお前を待ってるんだよ。だからさ……辞めるなんて言うなよ」

唯・紬『律ちゃん!』

梓「律先輩!」

律「……ぐすっ。……いよぉぉぉぉぉぉし! 男になったからなんだ! 私は私だぁ! 澪、唯、ムギ、梓。私明日から学校行くよ。そんでドラム叩きまくりだぁ!」

唯(こうして律ちゃんは再び学校に通うようになりました。でもこの時私たちは知りませんでした。律ちゃんが男の子になった。そのことの重大さを……)


~翌日、軽音部~

律「いやー、案外ばれないもんだな。さわちゃんも気づいてないみたいだったし」

澪「外見はそんな変わってないしな。ま、もともと律は女らしさ0だからなー」

律「なんだとぉー!」

梓「ふふ、やっといつもの軽音部ですね」

唯「だねー。やっぱり律ちゃんがいないと」

律「あー、早くドラム叩きてー!」

唯「律ちゃんがやる気まんまんだ!」

澪「うう……やっと律も目覚めてくれたか」

梓「私大賛成です! さあ、早く始めましょう!」

律「よっしゃー! いっくぜー!」

シャンシャン、ズドドドド――

唯・澪・紬・梓(……!)

律「あれ? みんなどうした? 手止まってるぞ」

澪「律、お前そんなドラム上手かったっけ?」

唯「すごい! パワフルだよ!」

律「そうか? 男になったからかなー、なんか力がすげえ湧いてくるっていうか……」

澪(技術だけじゃない……。汗を飛び散らせながらドラム叩いてる律の姿……)

紬(すごくセクシーで……)

梓(不覚ですけど……)

澪・紬・梓(カッコイイ///)

律「んじゃ、もういっかいいくぞー。ワン、ツー!」

ズッダン、ダダン、ダダダダダ――

澪(まったくなに考えてんだ私は。律は律だろ。集中しなきゃ、集中――)

ピッ

澪「痛ッ!」

唯「大丈夫、澪ちゃん!?」

澪「う、うん。弦で少し指切っちゃっただけだから……」

紬「血が出てるわ。澪ちゃん、絆創膏――」

律「澪、指貸せ」

澪「え、ちょ、律――」

はむ。ちゅーちゅー――

澪「ひゃ!」

紬・梓(わっ!///)

律「絆創膏巻いて……っと。まったく、ぼーっとすんなよなー。ほんじゃちょっと休憩しようか」

澪「う、うん……///」



~別の日、軽音部~

律「男になってからなんか腕力アップしたみたいでさー、重いものも楽々だぜ!」

唯「え~、でもきっとムギちゃんのが力持ちだよ~」

律「なにぃ! ……よし。ムギ、そこに立て」

紬「こぉ?」

律「そうそう。……そぉりゃ!」

紬「きゃ!」

澪(お……!)

梓(お姫様抱っこ……!)

唯「律ちゃんすごおーい!」

律「へっへー、軽い軽い♪ ……っと、悪かったなムギ。今降ろすから」

紬「……ううん、もうちょっとこのままがいい///」

ギューッ!

律「あの、そんなに強く抱きつかれると苦しいんですけど……」



~また別の日、帰り道~

律「――んで澪がさー」

梓(律先輩の指、あんなにしっかりしてたっけ……)

唯「――それで憂がー」

梓(背も少し大きくなったかな……? それに……)

澪「――あはは、馬鹿だなー」

梓(ちょっと汗臭い。でも……嫌な匂いじゃない。むしろ……。これが男の人の――)

紬「――梓ちゃん! 危ない! 車が!」

ブオオオオオーン!

梓「えっ、あっ(だめ! 轢かれる!――)」


グイッ!

梓(……!?)

律「どこ見て運転してんだバッキャロー! ……大丈夫か梓!?」

梓「は、はい。(律先輩……私を抱き寄せてくれて///)」

唯「あずにゃ~ん、心配したよ~! それにしてもさすが律ちゃん隊員。頼もしいですなぁ」

律「ハッハッハッ! 男ですから!」

梓(律先輩の匂い……こんな近くで。はうう……///)

澪・紬(いいなぁ……)



~数日後、部室~

唯「わー! 今日のケーキも美味しそうだね!」

紬「今切り分けるわね。……はい、律ちゃん!」

律「おおー! 美味そう……ってなんか私のだけでかくね?」

唯「ああーほんとだー! 律ちゃんずるーい!」

澪・梓「……」

紬「ほっ、ほら! 律ちゃん今男の子だし、いっぱい食べるかなー、って……」

律「サンキュー、ムギ! そうだぞ唯。今の私は男なんだからいっぱい食べなきゃだ!」

唯「ぶー!」

紬(ほっ……)




~練習後~

律「うひー、疲れたー」

梓「律先輩、はい。お水とタオルです」

律「おっ、気がきくじゃん。……ぷっはー! うめー! サンキュー梓。タオルもありがとな」

梓「どういたしまして///(ああ……律先輩の汗が染みたタオル……///)」

唯「あずにゃ~ん、わたしにも~」

梓「唯先輩の分はありません」

唯「しどい! しどいよあずにゃん!」

澪・紬「……」




~その日の帰り道~

律「――しかし梓があんなことしてくれるなんてなー♪」

澪「……」

律「やっと私の偉大さに梓も気づいたか! なーんつって……。澪?」

澪「……(違う。多分梓は律のことを……。いや、梓だけじゃない、ムギも……)」

律「……澪ちゅわーん?」

澪「……(私は――私はどうなんだろう。律のことはもちろん好きだ。昔から。そして今も。でも今の律に対する<好き>は? いったいどっちの<好き>? 私は――)」

律「……うりゃ!」

むにゅむにゅ

澪「ひゃあああああ!? な、なにすんだ馬鹿律ぅぅぅぅぅぅ!」

ゴツン!


律「痛い! ……なんだよー、ほっぺ触っただけだろー」

澪「急に触られたらびっくりするだろ!」

律「だって澪なんも反応してくれないからさー、不安になるじゃん。……嫌われたんじゃないかとかさ」

澪「え?」

律「ほら、私が男になったから……」

澪「そんなわけない! 律は律だって!」

律「……くすっ。あんがとな、澪。スゲー心強いよ。……私もさー、男になって楽しんでるように見えるかもしんないけど、けっこー不安なんだぜー?」

澪「律……」

律「だから嬉しいんだ。みんなが今までと変わらず、私に接してくれて。澪もこーやって殴ってくれたし」

澪「……!」

律「なあ、澪。その……これからも私の友達でいてくれよな」

澪「……あたりまえだ!」

律「へへ……澪ちゅわん大好き!」

澪「こら、ひっつくな!」

澪(友達……そうだ、友達だ。私と律はかけがえのない友達同士。そしてそれが律の望む関係でもある)

澪(だから――)

澪(好きだなんて言っちゃだめなんだ)

澪(この胸の痛みを止めなきゃだめなんだ)

澪(泣いたら――だめなんだ)

律「おーい、澪? どした?」

澪「……なんでもない。あー、お腹へった!」

律「唯かよ! よーし、コンビニ行くか」

澪「うん!」にこっ!



唯(こんにちは平沢唯です。律ちゃんが男の子になって早二週間。軽音部は相変わらずです。けど一つだけ異変が。それは……)

紬「律ちゃぁーん❤ お茶よー///」

梓「律せんぱーい❤ はい、タオルです///」

律「お、おう……」

唯(律ちゃんがムギちゃんとあずにゃんにもてもてなことです。そしてそれに比例するかのように律ちゃんはどんどんイケメンに……)

澪「二人とも、律が困ってるだろ!」

紬「そういう澪ちゃんだって、ちゃっかり澪ちゃんの手握ってるじゃない!」

澪「え///」

梓「そうです! 澪先輩ばっかりいつも律先輩にべったりで……ずるいです!」

澪「ぐっ……!」

澪(私は……私は……二人みたく律に露骨な態度を見せるわけにはいかない。だからせめて……手だけでもと思ったのに!)

澪(そんな私の気も知らないでこの二人は……!)

澪「私だって――!」

律「もういい!」

澪・紬・梓「!!!!!」


律「あ……。ごめん……。……あはは、なんか今日は疲れちゃったな。今日はもう帰ろうかな。それじゃあ、また明日な……」

ガラガラ。タッタッタ……

唯「律ちゃん! 待ってよ律ちゃん!」

タッタッタッタ……

澪「……最低だ私は!」

紬「ううん、澪ちゃんのせいじゃない……私が……」

梓「違います! 二人のせいじゃありません! 私が、私が全部悪いんです」

……。……。……。

澪「つまるところ……みんな律のことが<好き>なんだな……」


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最終更新:2010年07月19日 21:54