『strawberry fields forever』
ある夏の日の中野家。
梓「そろそろ休憩しましょうか」
唯「ふひー……疲れた~……あづ~い……」
梓「でも次のライブは大丈夫そうですね」
唯「うん!あずにゃんお師匠サマのおかげだよ!ありがとう!」
唯「ところでこのリビング……レコードとCDがいっぱいだね~」
梓「両親の職業柄、溜まっちゃうんですよ」
唯「なんか聴こうよ」
梓「うーん、唯先輩でも知ってそうなのってビートルズくらいしかないですよ?」
唯「それでいいよ」
梓はmagical mystery tourと書かれたCDを手に取ると、それをデッキに入れた。
右手に持ったリモコンの再生ボタンを押すと、スピーカーから流れる軽快なバンドサウンドが部屋に響いた。
唯「あ、私このCD知ってるよ。なんで知ってるんだっけ……」
梓「この前まで憂に貸してましたから」
唯「ああ、そっかぁ。……あれ?あずにゃんそこ……」
唯は梓の首を指差した。
梓「あ……。皮が剥けてるみたいですね」
唯「脱皮?あずにゃんって爬虫類だったんだね」
梓「んな……違います!日焼けした皮が剥けてきただけですよ!」
梓「はぁ……。これ見た目汚くなるから嫌なんですよね」ペリペリ
梓「あ、すいません。お見苦しいものを見せちゃって……」
唯「それちょーだい!」
梓「え」
唯「ほしい!」
梓「えっと……この皮の事ですか?」
唯「うん!」
梓「こんなの貰ってどうするんですか……」
唯「食べたい!」
梓「……」
唯「ちょーだい!」
梓「……」
唯「あずにゃんの皮ちょーだい!」
梓「……い、嫌です!」
唯「なんで~!?いいじゃんいいじゃん!」
梓「食べるなんてなんか気持ち悪いから嫌です!」
唯「気持ち悪くないよ。あずにゃんの皮なんだから」
梓「私が気持ち悪いんですってば」
唯「むぅ。じゃあいいもん。勝手に食べるから」
梓「へっ?……あっ、ちょ……何す……」
唯は梓を抱き寄せると、梓の首筋に舌を這わせた。
唯「ん~……」
梓「なっ……何してるんですか!?」
唾液と汗で湿った梓の皮膚がふやけ始めると、唯は唇の先で首筋を優しく挟んだ。
梓「や、 やだ……やめてくださいよ!」
唯「……あずにゃん、お日様の匂いがするね」
梓「っ……!」
唯が梓の耳元で小声混じりに囁いた。
その声は、梓の身体を貫いた。
梓「あっ、や、やめて……」
唯は音を立てて、梓の首を吸った。
そうすると、日焼けした梓の首の薄皮がめくれた。
唯は吸い付きながら、それを舌で舐めとった。
梓「お、お願いっ……唯先輩やめて……っ。こんな……」
「こんな所で」と言いかけて、 梓は言葉を飲み込んだ。
今この家にいるのは、唯と梓の二人だけ。
誰に見られているわけでもなく、何をしようと気兼ねする事もない。
今、この部屋には、倫理も規範も存在しない。
梓はその事に気づいた梓の中に、今までひた隠しにしてきた欲望の火種が燻り始めた。
梓の肌にぷつぷつと汗が滲む。
梓の脚は震え始め、その身を唯に預けてしまっていた。
唯は構わず、抗う事のできない梓の首を舐め続けた。
梓は左手で唯の腕をつかみ、引き離そうとする。
梓「ほ……本当にやめて……やめてください……」
無駄と理解しながら、上擦った声で梓は言った。
筋肉は弛緩していたが、梓は右手に持ったリモコンを落とさないように、なけなしの力をこめた。
何の助けにもならないが、このリモコンだけが梓の理性の拠り所になっていた。
唯「もうちょっとだけだから……ね?」
唯の声は呪文の様に、強烈に梓の頭に響いた。
梓は頭蓋を内側から叩き割られるような衝撃を覚えた。
梓「あ……あ、唯せんぱ……」
梓は、唯の腕を掴んでいた左手を唯の背中に回すと、肩のあたりをぎゅっと掴んだ。
唯「んー…………」
唯は梓の首筋をさらに強く吸った。
梓「やっ……」
梓は唯の身体にしがみついたまま、なんとか崩れ落ちそうになるのを堪えた。
二人の素脚が触れ合うと、その柔らかさと滑らかさに、いよいよ梓の身体は力を失い、もつれた足が後ずさった。
すぐ後ろの壁に梓は押し付けられ、唯は梓の身体と壁の間に手を入れて、梓を支えた。
重心を唯に委ねた事で、心も明け渡してしまったような感覚に梓は襲われた。
梓の頬を汗が伝い、首筋に流れていく。
梓「せっ……先輩、汗……汗、きたな……いですからっ……もうやめて……」
息も絶え絶えに梓がそう言うと、唯は鼻を小さく鳴らして笑い、梓の皮ごと汗を舐めとった。
汚れすら欲する唯のその行為が、首の皮と一緒に梓の理性を剥がし始めた。
唯の歯が梓の首筋に当たった。
梓の身体が、空気が抜けたように崩れる。
唯と壁に挟まれたまま、梓はぺたんと地面に腰を落とした。
唯もその動きに合わせて自身もしゃがみ、梓の首筋の皮を舐めとり続けた。
梓「それ……いい……」
絞り出された梓の言葉に気を良くした唯は、舌先でちろちろと梓の首筋を刺激し、軽く歯を立て、優しく噛んだ。
梓「あっ、んっ……あ……唯先輩……唯先輩!ああっ!」
一際大きく鳴いた梓の甘ったるい声が、部屋に響いた。
スピーカーからは相変わらずビートルズの曲が流れている。
初めて耳にした梓の嬌声に唯は驚き、唇を梓の首から離した。
唯は両手を梓の頬に当て、その声を出したのが梓である事を確認するように、輪郭を包んだ。
梓「は……ぁ……唯…せ……んぱい……」
溶けたアイスのような梓の顔を、唯は具に見る。
瞳は物乞いのように唯をじっと見据え、いじらしく涙を溜めている。
陽で焦げた頬は赤く染まり、小鼻がひくひくと震えている。
薄く開いた口からは蠱惑的な吐息が漏れ、言葉が出口を見失ったようだった。
唯「あずにゃん……?」
唯にとってはいつものスキンシップの延長だったが、梓にとっては違った。
踏み込んではいけない領域に不用心に足を突っ込んだ事に気づいた唯は、困惑した。
そしてそれに気づいた事で、唯自身にとってもただのスキンシップではなくなっていた。
二人の本能が呼応し始める。
梓「やめ……ないで……もっ……と……」
言葉に加えて眼差しでそう懇願する梓の目は、唯の知るどんな梓よりも従順だった。
なんで私は唯先輩にこんな事を言っているんだろう。暑さでおかしくなっちゃったのかな。
梓は自問するが、陽炎のように揺らめく理性では、その答えを見つけられなかった。
唯は梓の頬を手で覆ったまま、おでこをくっつけた。
唯「私の視界、あずにゃんでいっぱいだよ……」
梓「はい……」
唯「あずにゃんの息、いい匂いがするよ……」
梓「はい……」
唯「あずにゃん……」
これ以上、どんな言葉を添えればいいのか、唯にはわからなかった。
ただ、梓の唇が、強力な磁力を持って唯の心を引きつけていた。
唯は、自分の裡に生まれた卑しさに戸惑い、恐怖していた。
唯は、自分の細胞のひとつひとつから発せられる遺伝子の命令に従うべきかどうか迷っていた。
私がしようとしている事は……あずにゃんが今私にして欲しいと思っている事は、いつものじゃれ合いとは違う。
私の知らないあずにゃんを知ると同時に、私の知らない私を知る作業。
行き過ぎた好奇心は時として不安を生む。それが唯を迷わせた。
梓の唇はすぐ目の前にある。
しかし、唯にはその数センチが途方に暮れるほど遠く思えた。
唯「あず……にゃん……」
梓は、自分の名前を呼ぶ唯の声にこもるものが変わった事に気づいた。
唯の声は、梓に最後の意志の確認をするように、真実味を帯びていた。
ずるい。
唯先輩はずるい。
こんなの嫌なのに、嫌じゃない。
嫌じゃなくしてしまう唯先輩はずるい。
梓は、唯がその最後の一歩を踏み出すのを待ち、目を閉じた。
唯「あずにゃん、睫毛きれい……」
梓は何も答えなかった。
唯は自分を詰った。
私はまだ言葉に頼っている。
もうそんな段階は過ぎてるのに。
あずにゃんは覚悟を決めたのに。
唯は梓の頬に添えた手の親指で、その形を確かめるように梓の唇をなぞった。
梓は目を閉じたまま、小さく身体を震わせた。
鼓動は鳴る。
お互いを欲しくて欲しくてたまらないから、それを伝えあうように脈打つ。
スピーカーから流れる音楽の様にはっきりと聞こえるわけではなかったが、互いの耳にそれは届いていた。
ポール・マッカートニーの歌声の中、二人の吐息が舞った。
聞こえる。
あずにゃんの鼓動が。
唯先輩の鼓動が。
唯「……」
もう言葉に用はない。
あとは互いが発する引力に身を委ね、熱と優しさを分け合うだけだ。
唯は目を閉じると、ついに数センチの距離を埋めた。
唯はすぐに顔を離した。
梓「先輩……」
目を開けた梓の頬に伝うのが、汗なのか涙なのか、唯にはわからない。
唯はまた唇を重ねた。
そしてまたすぐに離す。
それを繰り返していると、二人の身体に宿る熱はがむしゃらな衝動を生んでいった。
唯の肩を掴む梓の手に少しずつ力がこもる。
最初は優しく触れ合うだけだった二人の唇は、徐々に無遠慮に、暴力的になっていった。
唯「ん、ん……っ」
梓「ふっ……ん……む……」
唯は舌で梓の唇をこじ開けた。
唯に侵入された梓の身体に、未曽有の快感が走った。
唾液は無味でありながら、樹液のように甘く広がる。
唯はゆっくりと手に力を込め、梓の身体を倒し、梓に乗る格好になった。
最終更新:2010年07月19日 22:50