口の中を蹂躙されながら、梓は薄く目を開けた。
自分の上に乗り、目を閉じて夢中になっている唯を見た梓に去来したのは無諺の飢餓感だった。
唯先輩、まだ足りない。
もっともっと、私を求めて。
私の隙間を全部埋めて。
梓は唯の身体をきつく抱き、積極的に舌を絡めた。
三十八度の唾液は混ざり、二人の舌が溶け合う。
そうしていると、二人の存在の境界がぼやけていく気がした。
それでも二人の飢餓に終わりは見えない。
唯「あ……あずにゃ……むっ……うむっ……ん」
梓「はっ……あ、せんぱ……唯先輩っ……」
舌を絡め、身を捩りながら、唯は掻き毟るように梓の髪を撫で、梓は引っ掻くように唯の身体を触った。
少しでも身体がひっつくように、太股をこすりつけ、腕を絡めた。
梓はリモコンのスイッチを押し、コンポの電源を切った。
梓の右手からするりとリモコンは滑り落ち、理性の鎖から解き放たれたその手が、唯の身体に回される。
歌声はぷっつりと途切れ、二人が互いの名を囁く声と唇の触れ合う音だけが、セミの合唱の中、蒸した部屋に響く。
歌うための唯の声と、ギターを弾くための梓の指は、もはやその目的を失い、論理のない行為のためだけに存在していた。
あずにゃんに溶けたい。
唯先輩とひとつになりたい。
そう願ってもなお、二つの鼓動は交わらない。
聞こえる。
重なった身体から鼓動が聞こえる。
まだ聞こえる。
心臓が、身体が、私たちが二つである事がもどかしい。
私達は本当はひとつなのに、ずっと分けられて生きている。
だからこんなに惹かれ合う。
だからこんなに求め合う。
どれだけ唇を貪っても埋まらない隙間に耐えかね、唯は梓のノースリーブシャツの中に手を滑らせると、下腹部を撫でた。
梓「あっ……」
戸惑い混じりの嬌声を梓が漏らした。
唯はそれに気づいたが、意志の確認をする理性は残っていなかった。
梓が発する匂い。
シャンプーとか吐息とか、そういうものとは別の……梓自身から香る、甘くすえた匂いが、夏を照らす太陽のように唯を眩ませた。
唯 「はぁ……はぁっ……ん……ふ……」
めちゃくちゃに梓の舌を舐めまわしながら、唯は梓の胸を触った。
梓「あっ、あ……ん」
蕾の様に微かに膨らんだ乳房、その先端を摘むと、梓の身体が仰け反った。
梓「あっ、あ……」
濁り、遠のく梓の意識に反比例して、感覚は研ぎ澄まされていく。
梓「んっ……あっ……うあっ……んっ……んん」
唯の鼓膜を震わせる梓の声は、唯の脳髄に届き、針を突き刺すように響いた。
それは唯にほんの少しの恐怖と、際限のない喜びを与えた。
その声は、梓自身も刺激した。
唯の指先から伝わる体温が、未知の梓を引き出した。
梓は唯の太股をすっと撫で、唯の腰に巻かれたベルトに手をかけた。
唯「あずにゃん……」
唯は泣きそうになるのをやっとの思いで堪えた。
梓がここまで踏み込んでまで自分を求めている事が、この上なく嬉しかった。
唇を離し、互いの顔をじっと見詰めあう。
カチャカチャという金属の擦れる音がして、ベルトは外された。
梓「唯先輩……」
梓はデニムの中に手を滑らせると、唯の下着の上から恥部をなぞった。
唯「んっ!あ、あっ!ま、待って……」
構わず、梓は触り続ける。
唯 「やっ、だっ……め……!あっ、あっ、あ……ああ……ん……!」
弱々しく顔をしかめ、唯は喘いだ。
梓「はぁ……はぁ……唯先輩、可愛い……」
息を荒げながら、梓は唯の下着の中に指を入れた。
唯の湿りが、梓の指先に触れた。
そこから伝わる原始的な熱が、梓の情欲を更に加速させる。
子供のように柔らかく、母親のように温かい。
その感触は、唯の存在そのものを、弁舌な詩人のそれよりも遥かに正確に梓に伝えた。
唯「あっあっ……やだっ、は……あ……うぁっ……ああっ!」
梓の上に乗る唯の身体が、大きく脈打った。
唯の喘ぎが、天使と悪魔の紙一重、その丁度真ん中で揺れる。
聞いた事のない声。
見た事のない顔。
私の知らない唯先輩。
可愛い。
唯先輩、もっと可愛くなって。
私の指で、もっともっと可愛くなって。
唯「あっあっああっ!うあ…………あっ……!ひっ……いい…っ」
汗ばんだ唯の頬に、栗色の髪が張りつく。
唯は梓の唇に、自分の唇をあてがった。
そこにかつての迷いはもうなかった。
なおも唯は喘ぎ続け、唇から直接伝わる嬌声は、梓の本能をさらに刺激した。
未発達な身体からフェロモンは搾り出され、四方に広がる。
蒸した部屋は、汗と欲にまみれた二人の熱でいっそう温度を増し、蝉の合唱も打ち消すような嬌声が響き渡った。
梓の指に弄ばれる唯の恥部からは、卵を混ぜるような卑猥な音が鳴り続ける。
身体を貫く、閃光のような快感で霞む意識の中、唯は梓を求めた。
唯は梓のショートパンツの中に手を入れ、優しさを余す事なく伝えた。
梓「んっ……ん……あ……はあぁっ……」
それから唯と梓は、愛情を存在ごとぶつけあうように、激しく手を動かし、お互いを確かめ合った。
世界を吹き飛ばす快楽の中、衝突し合う二人の存在は潰れ、溶け合い、人の容を捨ててひとつになっていく。
より強く舌を絡め、嵐のように手を動かし続ける唯と梓は、二人の鼓動の鳴るリズムが重なった事に気づいた。
行為を通して、唯と梓はついにひとつの心臓を共有したのだ。
梓「あ、ああっ……唯先輩…… 唯先輩……っ!」
唯「あっ、うあ……ふあぁ……あ、あ……もっ……もっとぉ……!」
至上の幸福に包まれた二人は、より高次へと昇っていく。
最後の快感が、二人を真っ白に塗りつぶた。
唯「は…ぁ……はぁ……」
梓「はっ……はっぁ……」
力の抜けた二つの身体が不規則に震えた。
部屋は、撒き散らされた女の匂いで充満していた。
唯「えへへ……」
唯は梓の下着から手を抜き、指先についた粘液を舐めた。
しょっぱい。
苦い。
でも、とっても甘い。
これがあずにゃんの味……。
梓の味は、摘んだばかりの青い苺のように瑞々しく、唯の口の中に広がった。
梓「はぁ……はぁ……唯、せん……ぱい……」
のしかかる唯の身体の重みを感じながら、梓は無意識に唯の名を呼んだ。
梓は少しずつ言葉を取り戻していったが、不埒に揺れる焦点は合わない。
それでも梓は唯の顔を見つめる。
唯も慈愛に満ちた眼差しを梓に送る。
呼吸が整い、身体の熱が逃げると、鼓動はまた二つに分かれた。
別々の身体に宿りなおした二人の意識。
それでもなお、共通の時間が彷徨う。
梓は唯の鼓動に耳を澄ませながら、床に転がるリモコンに手を伸ばした。
私達は、これからも別々なまま。
だから、これからも求め合い、今の行為を繰り返す。
飽きる事なく貪り、心と身体を開拓していく。
唯は向日葵の綿にそうするように、静かに梓の首に唇を当て、剥けた皮を舐めとった。
唯「気持ち悪い?」
梓は目を閉じ、リモコンのボタンを押した。
梓「気持ち悪くないです……」
唯は満足気な笑みを見せるとスピーカーから流れる音楽に耳を傾けた。
唯は梓から唇を離し、呟いた。
唯「あ……私、この歌知ってるよ……」
梓は目を開けて、唯の顔を見上げた。
唯「ストロベリーフィールズ……」
唯が囁き、あやすように歌う。
今の心持ちのまま、梓が緩慢な眠りにつけるように、唯は優しく歌う。
唯「ストロベリーフィールズフォーエバー……」
しかし、梓が唯の下着の中に入れたままの手を動かすと、歌声はまた嬌声に変わった。
唯梓編」完
最終更新:2010年07月19日 22:51