掌に澪の冷たい手が乗っていてひんやりと気持ちがいい。
脈拍が上がったのばれていないかな?
「私、怖いんだ。また独りぼっちになるんじゃないかって。私のせいでみんながバラバラになっちゃうんじゃないかって」
「…うん」
「夢を見るんだ。私が誰かに首を絞められる夢。周りには梓、ムギ、和とかがこっちを見ているのに誰も助けてくれない。
誰が首を絞めているのかって顔を下げると夢が泣きながら私を締めあげてる。苦しいけど引き剥がせなかった。
そんな夢からいつも助けてくれるのは律、お前なんだ」
澪がこちらを見る。涙をめいいっぱい蓄めた目で。
トクン、と胸が高鳴る。
「律……」
握っていた手を離され、ゆっくりと澪がこちらに近づいてきた。
私は彼女から目線を外すことが出来ない。
彼女の手が、指が私を求めるように。
「律、抱きしめたい」
「……澪」
「寂しいんだ、怖いんだよ」
背中に腕を回され強引に引き寄せられる。
ちょっと澪の胸がクッションのように私の頭を、顔を覆った形のようになった。
「心臓、なんかすごく早く動いてる」
トク、トク、トクと早いテンポでリズムを刻む心臓。それに合わせるかのように私の鼓動も早くなっていく。
「あったかい」
「澪はなんだかひんやりしてるな」
「……これ、邪魔だ」
カチューシャを取られる。これで私はトレードマークを失った訳だ。さてここにいるのは
田井中律ではない誰なのでしょうか。
「こっち向けよ、律」
「なんだよそんなまじまじと見て」
「やっぱりなんか違和感あるなって」
「……おかしくねーし」
長くなりはじめた私の前髪を澪の長くて細い指で弄ばれる。
なんだか慰めに来たのに主導権を握られてる気がするな。悔しいのだか、嬉しいのだか。
「本当は律の方が甘えん坊さんなんだよな」
「ん……」
私は澪の輪郭を確かめるように手を這わせた。目、鼻、頬、口。
本当、すべてが芸術品のように整っている。
すべて私のものにしたい欲求が自分を支配しそうで怖い。
「澪、私キスしたい」
顔が近づく。
澪の吐息が間近に感じられて、何か渇いた感覚が私を支配して
私達は唇を重ねた。
んっ、と澪の声が漏れる。
もう一度唇を重ねる。次は長く、もっと澪を感じられるように。
クチュ、と粘液の音がまた私を欲求を駆り立たせる。
「んっ、……あっ、……り、つ……」
何度も何度もキスをして、私と澪の口まわりは唾液に塗れていた。
「澪、口あけて」
トロン、とした彼女の目を見つめる。
ん、と小さく開けた口に私は舌を無理矢理捻り込む。
「あふっ……し、ひぃた……いれ……」
いやらしい澪の声。
力が抜ける彼女の身体を押し倒し、私は澪の口を犯し続けた。
澪の舌が動く。
くちゃ、くちゅ、と
舌と舌が絡み、粘液音が部屋に響いた。
「んっ、ふっ……あっ……」
唇を離す。
お互いの唾液が交ざり合う感覚に私は快感を覚えていた。
「澪の味がする」
「……律の味がした」
押し倒した形になっている。髪の毛は乱れ、顔は紅く染まり、呼吸ですら私の欲求を刺激していた。
「……いいよ、律なら」
小さな声で澪がつぶやく。
私の中で何かが切れる音がする。
澪の胸に手を伸ばし、彼女の身体は快感に身を痙攣させた。
……………。
携帯が鳴っている。
まどろみの中、私の意識はそこにあった。
手を伸ばす。スカートの中だったかな?と脳髄をめいいっぱい働かせ、私はベッドの中を探った。
澪の下着、私の下着……違うな。
私はとりあえずパンツだけは確保し、ベッドの下に落ちているだろうスカートを探した。
リボンにワイシャツ……あっ、コレか。
私は静かにベッドから降り、バイブレーションが震える携帯を取り出すと先ほどの行為を思い出し、身体が疼いた。
まさかあんなものが澪の部屋にあるなんてねぇ。
墓場まで持っていく話だな、と思いつつ私は携帯のディスプレイを見た。
うおっ、眩し。
目を細めディスプレイを眺めるとそこには
と唯の家に向かったはずの彼女の名が記されていた。
「……もしもし」
『あっ、律先輩!なんで携帯出てくれないんですか!……あっ、そうか。昨日はお楽しみでしたね』
「お前なんだか古いネタ知ってるなぁ」
『別にそんなことはどうでもいいです!で、澪先輩はどうでした』
どうと言われると、と私は澪の乱れた姿を思い出した。
「あー、凄かったよ。いろんな意味で」
『そーいう事じゃないですって!まだ惚けてるんですか!?何で唯先輩と喧嘩したか聞きましたか??』
「あっ、忘れてた」
『……律先輩のスケベ』
あっ、そのセリフはぐさりとくるなぁ。なんか私自身が思い描いてたイメージに傷がついた気がする。
「梓の方はどうなんだよ」
『はい、結局唯先輩とは話せませんでした。憂も今回の唯先輩のことについては知らないそうです』
「そうかー。憂ちゃんが何か知っているかなって思ったんだけどな」
『ということであとは律先輩が頼りですよ!あんまり惚けてないでちゃんとお願いしますね』
「ああ、分かったよ。ありがとうな、梓」
『はい、また明日。あっ、最後に一つ』
ん、と私は聞き返す。
『やっぱり律先輩は一途じゃなくて澪先輩に〔ぞっこん〕だったんですね』
「……うるせーやい切るぞ梓」
『冗談です。そういえば今日、純に言われたんですよ。澪先輩がジャズ研に入るって本当?って』
「ジャズ研?なんでまた」
『澪先輩がけいおん部に見切りをつけたって聞きましたけど』
「根も葉もない噂があったってことか」
『そういう事みたいです。じゃあ切りますね』
……澪がけいおん部を止める、か。
こればかりは本人に聞かないと分からないな、と私はベッドの方を振り向く。
「……梓か」
ベッドにはシーツで胸を押さえる澪がこちらを見ていた。
「ああ。私ったらつい目的を忘れちゃったみたいで怒られちった」
「律、こっちこいよ。話したいことがあるんだ」
うん、と私はまたベッドに潜り込み、澪を私の薄い胸に顔を埋める形に抱き締めた。
薄い胸と自分で思うと涙が出るが割愛。
「で、なんで唯と喧嘩したんだ」
「……噂を聞いたんだ。唯がジャズ研に入るって。へたっぴなど私たちを見限ってあっちに移るんだって」
「唯が?まさか」
「私だってはじめは信じられなかった。けどその話を聞いたのは和でさ。なんだかさ」
和が?んー、確かにそうなると信憑性があるよな。
「で、それを部室で唯と話し合った、って感じか」
そう、と澪は私の腕の中でもぞもぞと動いた。
なんかくすぐったくで胸に当たって少し気持ちいい……私、変態になってきたみたいだ。
「口論になってさ。私が止めたら、唯にそんな私をやめさせる為にみたいになって……気が付いたら唯をぶってた。最低だよな、私」
ん、私は何かまた矛盾みたいなものを感じた。唯が止めさせられる?誰に?あれ、なんか訳わからなくなってきたなぁ。
「和はいったい誰からその噂を聞いたんだろうなぁ」
「憂ちゃんから相談されたって和は言ってたから多分、憂ちゃんじゃないか?」
あの子、お姉ちゃん大好きっ子だし、と澪は呟く。
……和が嘘を吐いているのか?それとも澪、梓?
情報がうまく噛み合わない。
梓は憂ちゃんは何も知らないと言っているのに和は憂ちゃんから聞いたといっている。
これは矛盾だ。
誰かが嘘を吐いている。
先ほどから梓の言葉が頭の中をぐるんぐるんと回っていた。
『澪と唯が喧嘩して誰が得をするか』
誰もいないと思いたかったんだけどなぁ。
「………頭痛くなってきた」
「どうした、律。裸で寝たからか」
「それはないよ。澪があったかかったし」
考えすぎかな、とも思ったが違う。
多分、私はこの事件の結末を知ったから頭が痛くなったのだ。
あー、これからどうしよう。
「…澪、私これから唯の家に行って来る」
「これからって、もう7時過ぎだぞ」
「こういった面倒なことは今日中にけりをつけて終わらせたいからさ」
私は澪を離し、散らばった制服を掻き集めた。
あら、靴下の片方はどこにいったかな?
「……なんかごめん。本当は私が謝れば済む話なのに」
「そうだったらよかったんだけど実際はもっと面倒だったみたいだよ」
だけど、約束してくれ。
私はスカートを履きながら澪に言う。
「あしたは学校に来て唯と仲直りしろよ。約束」
「……うん、分かった。約束」
「よし、いい子だな澪」
優しく澪の頭を撫でる。
ん、と頷く澪も可愛いなぁ。私には絶対似合わない。
「あっ、そういえば貸してもらいたいものが二つあるんだけど」
唾液まみれのこの身体を洗い流したいし。
もう一つは……一応、念には念を入れなくちゃね。
…………。
「もしもし、和?私、律。実は聞きたいことがあるんだけどいいか?あの噂のことなんだが」
夜の住宅街を歩きながら私は今回の重要参考人である和に電話を掛けていた。
「あっ、そうそうそれ。あれって本当に……ああ、やっぱり気が付いたか?さすが生徒会長だな」
……私の疑問が決定打って訳だったのか。
サヨナラホームラン?
「……今から憂ちゃんに聞いてくる。ああ、大丈夫だよ」
唯ん家まであと2、3分。
私は和との電話を切り、大きく深呼吸を繰り返した。
神様、もしいるなら何も起こりませんように。
ピンポーン
玄関のベルを鳴らす。
駐車場には車はなく、親はいないみたいだ。
私はスカートのポケットには携帯と『お守り』が入っているのを確認する。
『……どちら様ですか』
インターホンから聞こえてきた憂ちゃんの声を聞き、少し安心する。
「私だよ、田井中律。少し話があるんだけど」
『…いま開けますね』
と私はごめんね、と一言謝り、玄関が開くのを待った。
「こんばんは、律さん。どうぞ」
「こんばんは、憂ちゃん」
おじゃまします、と私は玄関に靴を脱ぎ捨て……ちゃんと整えてリビングへと向かった。
「今、お茶用意しますね」
「あー、大丈夫だよ、憂ちゃん。すぐに終わるから」
まぁ、座ってよ、とまるで家主のように私はテーブルの近くに座る。
憂ちゃんは何も言わないで向かいに座り、私を見た。
いや、睨まれた。
最終更新:2010年07月20日 00:14