和「……」
静かな生徒会室。
今日は生徒会活動はないが、いくつかの簡単な仕事があったので私だけ一人で残っている。
和「ん……」
カチ、カチ、と一定のリズムを刻み続ける時計の音。
サラサラと紙の上を走るペンの音。
たまに窓から吹き込み、部屋の中をグルンと巡っていく風。
こんな静かな時間が最近の密かなお気に入りだ。
……別に人といるのが嫌いというわけではない。
むしろいつも騒がしいのといるから、静かな時間が恋しくなっているのだと思う。
和「……ふう」
疲れを感じ、書き込んでいた書類から顔を上げる。
首をグルンと回すと、コキッと小気味よい音が響いた。
最近忙しかったし、肩凝っちゃってるのかな……?
和「ん、美味しい」
少し前に用意したお茶を一口。
温くなっているけれど、十分体を潤してくれる。
和「……」
書きかけの書類にチラッと目をやり、残っている仕事がどれくらいか簡単に計算。
思ったより時間がかかりそうだ。
これはまた帰りは遅くなるかな……。
和「よ~し……」
私がどれくらい早く終わらせられるか見せてやろう。
想像の中の私と勝負だ!
和「わっ!?」
そう気合いを入れ直したところで、携帯がブルルっと振動。
集中するためにマナーモードにしておいたのだが、身につけていた分余計に集中を削がれちゃった気がする……。
誰よ、こんな時にメールしてくるなんて。
件名:和ちゃん!
本文:アイス食べに行こうよ~♪
差出人は……。
まあ確認するまでもなく、我が幼なじみだろう。
『生徒会の仕事があるから行けないわ』
『え~!?行こうよ~!』
『無理だって…』
『ヤダ、和ちゃんと一緒に行くんだもん!』
『む・り』
『今から30分後、校門の前で待ってるからね~♪』
……はあ。
仕事は明日に回すことになりそうね。
グイ、と。
残っていたお茶を一気に飲み干す。
和「……温い」
……
唯「あっ、和ちゃ~ん!こっちこっち~」
和「いきなり呼び出さないでよ、もう……」
唯「えへへ~、ごめんごめん。でも和ちゃんなら来てくれるって信じてたよ!」
和「はあ……」
唯「ギュ~♪」
和「暑いからあまりくっつかないで」
何だかんだ言っても、私は幼なじみである唯の誘いは断らない。
いや、断れない。
私の性分なのか、小さい時からずっと一緒にいたせいなのか。
私は唯を放っておけないのだ。
梓「あ、あの~」
和「あら」
ヒョコッと。
唯の陰から小さな女の子が出てきた。
黒髪を二つ縛りにして、唯と同じようにギターケースを背負っている。
この子は確か……
和「梓ちゃん?」
唯「あずにゃん、どうしたの~?」
梓「いえ、ずっとここにいてもしょうがないので早く行きませんか、と……って唯先輩!抱きつかないで下さい!」
唯「ひへへへ~、あずにゃん可愛いのう」ナデナデ
梓「や、やめてください!///」
じゃれつく唯と梓ちゃん。
唯は本当に人に抱きつく癖が直らないわね……。
梓ちゃんも口では嫌がってるけど、どことなく嬉しそうな顔だし。
和「ほら、行くわよ」
唯「ほ~い」パッ
梓「あっ……」
和「そういえば澪たちはどうしたの?」
唯「何か用事があるんだって~。そのまま帰ろうかと思ってたんだけど、久しぶりに和ちゃんと一緒にお茶したくなっちゃって……」
梓「ご迷惑かと思ったんですが、私もご一緒させてもらうことになりました」
和「ふふ、迷惑なんかじゃないわよ」
唯「そうだよ~!」
梓「あ、ありがとうございます」
和「それにどちらかと言うと私のほうが異分子よね、これって」クスクス
澪や律たちがいないのは残念だけど、この組み合わせもなかなか新鮮ね。
梓ちゃんとはあまり接点がなかったし、これを機会に仲良くさせてもらおうかな。
……
唯「美味しい!おいひいよお~!」モグモグ
和「……はあ」
梓「ゆ、唯先輩……」
駅の近くにある小さな喫茶店。
昔から唯とよくお茶をしていた店だ。
落ち着いた雰囲気と美味しい紅茶、心を和ませてくれるセンスのいいBGM……
唯「相変わらずここのアイスは最高だね!」
……がこの店の売りのはずなんだけど。
目の前の我が幼なじみは、専らケーキやアイスが目的だったりする。
まあ確かに美味しいんだけどね。
梓「唯先輩、あまり大きな声を出さないで下さいよお……」
唯「ふぇ?何で?」
梓「何でって……。さっきから周りの人たちに見られてますし、店員さんなんかクスクス笑ってますよ?」
梓ちゃんはどうやら注目されるのが恥ずかしいようだ。
唯といるならこれくらいは普通なので、私はあまり気にしなくなっていたけどこれが普通の反応だろう。
この店は小さいし静かだから余計に目立つし。
でも……
和「大丈夫よ、梓ちゃん。唯はここの名物みたいなものだから」
梓「へっ?」
唯「もむもむ……ここ昔から来てたから、顔見知りの人多いんだ~」
和「もちろん店員さんとも知り合いよ?」
梓「そ、そうなんですか……」
唯があんまりにも美味しそうに食べるものだから、唯が来ると他のお客さんも注文してくれるって感謝されたことがあるくらいだ。
本当得な性格よね、この子って。
和「でも梓ちゃんの言うことももっともよ。もう少し静かになさいね、唯」
唯「ふぁ~い」
和「ふふ……」
声を出さなくとも満面の笑みは崩さない唯。
そんな姿を見ていると、こちらも自然と笑顔になってしまう。
和「あ、唯……口元」
唯「ん?どうかしたの?」
口の端にアイスがべっとりとついてしまっている。
まったく、がっついてるから……
梓「もう、唯先輩は仕方な」
和「ほら唯、拭ってあげるからこっち向いて」
素早くハンカチを取り出し、唯の口元をそっと拭う。
これも昔からのことなので私にとっては慣れっこだ。
過保護すぎる気がしないわけでもないが、今さら気にしない。
梓「あっ……」
何故か梓ちゃんはこっちを見たまま固まっている。
手に何枚かのティッシュを持って。
……何か零しちゃったのかな?
唯「あはは、和ちゃんくすぐったいよ~」
和「ととっ、まだ綺麗になってないから動かないで。……よし、いいわよ」
唯「ありがと~和ちゃん!」
和「まったく……自分のことなんだからもっと気にしなきゃダメじゃない」
唯「えへへへ~、和ちゃんが面倒見てくれるからいいもん!」
和「何よそれ……」
梓「……」ブー
相変わらずの唯の発言に呆れ果ててしまう。
でも、悪気はないことがはっきりしているので、何も言う気は起きない。
この笑顔は反則よね……
……そして梓ちゃんは何故不機嫌になってるの?
梓「お二人は……」
唯「ん?」
梓「……仲、いいんですね」
ぽつりと、梓ちゃんが口を開く。
表情は少し暗い。
和「まあ……私と唯は幼稚園からの付き合いだからねえ」
唯「小さい頃からラブラブだもんね、私と和ちゃんは!のどかちゃ~ん、ん~……」
梓「……っ!」
和「はいはい」
唯「流された!?」ガーン
口を尖らせてこちらに顔を近づけてきた唯を適当に押しのける。
気のせいか、梓ちゃんからの視線がキツくなった気が……
梓「そうですか、幼稚園の頃から……」
俯く梓ちゃん。
私は高校からしか……、とボソッと呟いたのを耳の良い私は聞き逃さなかった。
唯「そうそう、昔の和ちゃんはメガネもかけてなくて可愛かったんだ~♪」
和「あら、かけてる今の私は可愛くないってこと?」
唯「そ、そんなこと言ってないよ~!」
和「ふふっ、冗談よ」
梓「……」
ついに黙り込んでしまった。
薄々感じてたけど、この子もしかして……
唯「あ~ずにゃん!」
梓「にゃっ!?」
唯「いきなり黙っちゃってどうしたの~?」スリスリ
梓「ち、ちょっとお……///」
どうフォローするか考えようとしたところで、唯が梓ちゃんに抱きついた。
うわ、梓ちゃん顔真っ赤。
唯「寂しがらせちゃったのかな?ごめんね~」
梓「そ、そんなこと、ないです……」
唯「それならいいけど……。ん~、あずにゃん可愛い♪」ナデナデ
梓「あ……えへへ」
嬉しそうにほほ笑む梓ちゃん。
いちいち気を回さなくていいみたいね、この二人には。
……それにしても、唯は天然でこういうことをやってしまうから恐ろしい。
唯「あずにゃんにゃん♪」
梓「……♪」
すっかり手懐けられてる……
猫みたいな子ね、梓ちゃんって。
唯がつけたという『あずにゃん』というニックネームはなるほど、的を射ている。
和「……ふう」
じゃれ合う二人を眺めながら、そっと紅茶を一口。
……うん、美味しい。
……
梓「それでは唯先輩、和先輩。私はここで失礼しますね」
あれから数十分。
日もすっかり傾きかけた街の交差点で、梓ちゃんと別れることになった。
唯「うん、あずにゃんじゃ~ね~!また明日~!」
手をブンブン振り回す唯。
まったく、子供なんだから……
っと、私も梓ちゃんに言っておきたいことがあるんだった。
和「梓ちゃん……」コソコソ
梓「何ですか?」
和「……私と唯は幼なじみってだけだから、安心してね?」
梓「!?な、何ですか安心って!私は別に、」
和「ふふ……、小さい頃の唯が知りたいなら、写真つきで教えてあげるからいつでもいらっしゃいね?」
梓「えっ……?」ピクッ
唯「和ちゃ~ん、何してるの~?」
和「おっと、あんまり唯を待たせちゃいけないわね。それじゃあまたね、梓ちゃん」
梓「……はいっ!ありがとうございました、和先輩!」
ぺこっと頭を下げられる。
私は別に感謝されるようなことはしていないけどなあ。
それにしても仕草がいちいち可愛らしい子だ、唯が気に入るのもよく分かる。
唯「和ちゃん、あずにゃんと何話してたの?」
和「ん、別にたいしたことじゃないわよ」
唯「ふ~ん……」
和「どうしたの?」
唯「べっつに~……」
あらら、唯も少し不機嫌ね。
もしその原因が梓ちゃんと内緒の話をした私への嫉妬なら……
ふふ、お似合いの二人ね。
最終更新:2010年07月21日 22:21