純「そう、シューティングスター澪様っていうんだけど、梓も入らない?」
憂「梓ちゃん、澪先輩に憧れてたから、どうかなって思ったんだけど」
梓「あー」
私は窓を見つめながら考えてみた。
澪先輩のファンクラブか。
ちょっといいかも。
梓「考えさせてくれない?」
純「おうさっ、SSSMはいつでも参加者募集中だよ!」
梓「SSSM? SSMSじゃなくて?」
純「リーダーがMSより、SMのほーがいいって言うんだよね」
梓「なんだかよくわからないね」
澪先輩にファンクラブがあるのは知っていたけど、
どんな活動があるのかまではあまり知らなかった。
ただ、純に聞くところによると、
放課後に集まってお茶を飲んだりお菓子を食べたりするらしい。
私たちとやってることと変わらないじゃないか、というと。
純「でも、私たちがやってるのは会合だから」
梓「……」
純「べ、別に馬鹿にしているわけじゃないよ?」
梓「やっぱり練習厳しくしたほうがいいのかなあ」
憂「梓ちゃん厳しいってお姉ちゃん言ってるよ?」
梓「本当に厳しかったら着いてこれないよ」
純「それはあるかもね」
憂「あんまり、お姉ちゃんいじめちゃやだよ?」
梓「部活動だってば……」
憂の心配性は相変わらず重症みたい。
二言目にはお姉ちゃん、お姉ちゃん。
憂はお姉ちゃん村の住人かなんかだと思う。
純「あんまり練習してない風でも、あんだけライブで弾けるんだからいいじゃん」
梓「そうやって純まで甘やかす」
純「いやあ、軽音部楽しそうだなあ、って傍から見てるとそう思うんだよ」
梓「楽しいだけが部活じゃないってば」
私が練習をして欲しいと訴えても、唯先輩と……もう一人。
部長である律先輩は、何かと言い訳付けて練習しようとしない。
それを諌める立場の澪先輩は、律先輩で精一杯。
ムギ先輩は……よく分からない。
憂「でも、お姉ちゃん、あずさちゃんが来てから本当に楽しそうになった」
梓「今までは楽しくなかったの?」
憂「楽しさ増量って感じかな」
梓「なんかよくわかる気がする」
たまに考える。
唯先輩はたとえ私以外の女の子が入部しても嬉しかったのだろうか。
私だからこそ嬉しかったのではないかと。
どちらかといえば、憂と一緒に唯先輩ファンクラブにでも入ったほうがいいのかも知れない。
純「憧れの人と一緒のことしてるってのは、けっこー楽しいよ?」
梓「憧れの人ねえ……」
純「え? 梓は澪先輩に憧れてたりしないの」
梓「今はどちらかっていうと、部活の先輩かな?」
純「格下げだね」
梓「あんまりそういう気はしないけど、そう見えるかな?」
憂「うーん、どうだろ?」
チャイムが鳴った。
食べ終わったお弁当箱を片付けながら、また物思いに耽る。
私がもしも、唯先輩のファンクラブに入ったとして、
自分自身が他の女の子を許せるだろうか、と。
純みたいに、他の女の子を仲間と認識出来るのかなと。
昼食のあとの数学の授業は相変わらず拷問だ。
私は一体何の罰を受けているのだろうと果てしないことを考える。
雪の降る札幌で普通に暮らしていたら、マレーシアのブンブンに拉致されるのとは違うけど。
この苦行はいつまで続くんだろう、なんて。
唯先輩はちゃんと授業を受けているかな。
唯先輩のことだからきっと、昼休みのちょっと前から寝てて授業もスルーしてるかな?
それとも面倒見のいい律先輩やムギ先輩がフォローしてるかな?
先生「中野ー、ここの問題を解いてみろ」
梓「にゃ!?」
先生「おいおい、ここは軽音部じゃないぞー、猫耳なんて付けてないだろうー」
からかわれてしまった。
というか、私の猫耳はそんなに有名なんだろうか。
もうちょっと軽音部での活動内容を頭を捻って考えるべきじゃないかと、
ちょっと思った。
放課後がやってきた。
私はギターケースを肩にかけて立ち上がる
純「梓、さっきみたいに、ニャっていってよ」
梓「アレは不意を付かれただけ、別に故意で言ったわけじゃないもん」
純「またまたぁ、普段から言ってなきゃあんなに出ないって」
梓「私はどんな人間なのよ……」
憂「でも、可愛かったと思うよ」
梓「憂まで……からかわないでよ」
私は恥ずかしくなってクラスから抜けだした。
じゃーねー、という純の声と、
また明日っていう憂の声が後ろから追いかけてきて、
私をサッと抜かしていったのだった。
放課後の部室。
私がついたのは二番目だった。
梓「ムギ先輩だけですか?」
紬「ええ、いま、お茶入れるわね」
梓「ありがとうございます」
先輩にお茶を入れてもらうなんて、と最初の頃に思って、
一度、ムギ先輩に代わり勝手にお茶を入れたところ、
大石内蔵助のコスプレをしてスタジオに乗り込んだら結局騙されたのは自分だったみたいな心境になったと、
ムギ先輩に言われてしまって以来、されるがままになってしまっている。
紬「りっちゃんと、唯ちゃんは掃除当番なの」
どことなく落ち着かない気分になり、音楽室を見回している。
それにしても、音楽室には関係ないものばかりだな、なんて、
我に帰ったように思うことがある。
紬「澪ちゃんはきっと、HRね」
梓「なんで分かるんですか?」
紬「なんとなく、ね」
そういえばこんな話があったと、
私が口にしようとしたときにドアが開いて澪先輩が顔を出した。
澪「あれ、律と唯は?」
私がいないときに、梓は? って聞いてくれるかなと考えた。
紬「掃除当番よー、いま、お茶入れるね」
澪「ありがとう」
梓「あの、澪先輩?」
ムギ先輩の方を見ていた澪先輩が振り返る。
長い黒髪がさらっと揺れる。
なんだか、不思議といい匂いがした気がした。
これならファンクラブがあるのも頷ける。
梓「澪先輩にファンクラブがあるのはご存じですか?」
澪「……ファン、クラブ? 私に?」
梓「そうです、シューティングスター澪さまっていうんですけど」
澪「知らないなあ」
澪「でも、別に大した人数がいるわけ無いだろ?」
紬「はい、お茶よー」
学校の生徒の大半が、と言おうとしたところでムギ先輩が唇に中指を寄せた。
その件はいっちゃだめ、ってことかな?
私は頷いた。
澪「私にファンクラブなんて、恥ずかしいしおこがましいよ」
梓「そんな事ないです、澪先輩はベースも上手ですし、歌だって」
澪「スポットライトを浴びるのは唯に任せるよ、私は後ろでいいよ」
そもそも後ろには律先輩がドデンと座っているから、どこにも行き様がないのでは?
と、口に出すほど愚かではないのでした。
梓「私は、軽音部のこともっと、知られて欲しいですねー」
澪「梓は有名になりたいのか?」
梓「自分の奏でる音楽を知ってもらいたい、ですかね……ちょっと台詞にすると恥ずかしいんですが」
本当に恥ずかしい。
自分がまず、聴いて頂けるほどの腕前を持っているかどうかも分からないのに。
でもいいよね、夢はおっきく目標がでっかくっていうし。
澪「梓なら、できるんじゃないか?」
梓「へ?」
澪「私はこの通りこんな性格だし、ムギは……ムギは、どうなんだ?」
紬「そうねえ……自分一人で奏でるよりも、軽音部にいたほうが良いかな?」
梓「あ、私もです!」
澪「そっか、じゃあ、私も同じ気持ちということで」
ここで一旦話題が停止した。
しばらくして、どたどたという忙しない足音が聞こえてきて。
ずだんというドアを開ける音と一緒に律先輩が文字通り転がってきた。
律「ふぉぉぉぉぉ!」
澪「な、なんだ!?」
律「へへ、受身の練習だよ、澪に突っ込まれた時のためにな」
澪「私はどんだけ馬鹿力なんだよ!」
べしっと、とてもいい音がした。
唯先輩の姿が見当たらない。
てっきり律先輩と一緒に来るものだと思っていたから、少し落ち着かない。
どうしよう、何か事故にでもあったのかな?
なんとなく、唯先輩抜けてるから、校内とは言え油断はできない。
梓「あ、あの、唯……先輩は?」
唯「なになにー、あずにゃん呼んだー?」
その言葉と共に、颯爽なんて言葉がまるで似合わないゆっくりとした足取りで、
音楽室に顔を出したのは正しく唯先輩その人だった。
梓「なんでもないです、どっかですっ転んで泣いてたらおかしいなって思っただけです」
唯「私は転んでも泣かないよー」
梓「どうだか」
唯「あ、あずにゃんが果てしなく冷たいよ!? どうしよりっちゃん!」
律「ここで私に振るのかよ」
澪「さて、全員そろったし練習するか」
唯「へー、まだお菓子食べてないー」
梓「私たちも食べてません! さ、準備しますよ!」
私の勢いに圧倒されたのか、
今日は珍しくお菓子を食べる前に練習が開始された。
相変わらず律先輩のドラムは走り気味だし、
唯先輩のギターはたまに間違ってるし、
澪先輩はそんな二人をフォローしようとして一際苦労をして、
ムギ先輩は相変わらず顔に沢庵をくっつけている。
紬「……」
すっと、目を細めたムギ先輩と目があってしまった。
考えていることを見通されたかのようだった。
なんておっかない。
練習が終わり、こんどこそティータイム。
私も甘いモノは好きだし、何かをしたあとの気分転換は最高だ。
唯「練習したあとのムギちゃんのお菓子は美味しいね!」
律「まったくだなー」
澪「これで二人も練習に身が入るといいんだけどな」
唯「明日は明日の風が吹くのでそれは分かりません!」
まったく、唯先輩らしい。
私みたいに毎日同じように過ごさないと何となく不安になる人間にはよく分からない理論だ。
下校時間だ。
家の用事があるムギ先輩はものすごく長い車でさっそうと帰宅し、
弟さんの土産を買うという律先輩と別れ、
学校に作詞メモを忘れたという澪先輩を見送り、
夕日の中二人きりでの帰り道の途中で、公園のブランコが揺れてるのが目に入った。
唯「ぶらんこ乗りたいの?」
梓「まさか、唯先輩じゃあるまいし」
唯「えへへー、バレちゃったねー」
そういって、とてとてとブランコに向かって走り、
スカートだというのに立ちこぎを始める先輩を眺めて
おぱんちゅは白なんだな、ということを知った。
唯「あずにゃんも乗ろうよー」
梓「私はそんな恥ずかしい真似はできません」
そうです、公然におぱんちゅ晒しちゃうような痴女は唯先輩だけで十分です。
そして、それを見るのは私だけで十分です。
もしも誰か通りかかろうものなら、目を潰します。
唯「あ、人だ」
梓「クンッ!」
???「ギャアアアア! 目がァ! 目がぁ!」
見知らぬサングラスのおじさんはふらふらと何処かに去って行きました。
あれならきっと、唯先輩の純白を目に入れたとしても忘れるに違いありません。
唯「……あずにゃん、あんまりヒドイことしちゃだめだよ?」
梓「何がですか?」
唯「何がって、あのサングラスのおじさんに何か投げてたでしょ? 見えなかったけど」
梓「そんなことしてません、きっと、どこかの少年少女がバルスって言ったんですよ」
唯「そうかなあ?」
唯先輩はちょっと気にしているふうだったけど、
次にブランコを漕ぐときにはもう頭から抜け落ちているみたいだった。
それにしても、綺麗なおぱんちゅですね。
真っ白で、どこか盛り上がっていて、もう少し漕いでくれると梓とても嬉しいです。
唯「とう!」
ここでジャンプ!?
唯「新月面が描く放物線は! 栄光への架け橋だー!」
くるくるくる……とん!
唯「うおぅ、テレビで見ただけだったけどできたね!」
梓「唯先輩、オリンピック目指しませんか?」
そんな危ないことをしたらダメだと一通り注意したあと、
唯先輩は新しい遊具を目につけたようです。
梓「そんなのより、ジャングルジムに登りませんか?」
唯「えー、ホワイトベース……じゃなくて、木馬がいいよぉ」
最終更新:2010年07月24日 22:34