律「何だって?」
梓「ですから、海に行きましょうって言ったんです!」
律「・・・あたし?」
梓「他に誰がいるっていうんですか」
律「ですわよねー」
ここは部活終了後の部室、梓に残るように言われたかと思えば旅行のお誘いだ。
なにかのネタかと思ったが、梓はそんなことをする性格ではないと思い直した。
梓「嫌、ですか?」
瞳を潤ませてこっちを窺う梓。ああもう、そんな顔するんじゃねえよ!
律「嫌なわけないだろ。何で突然、って思っただけだよ」
梓「そ、それは・・・」
俯く梓。何か言いにくいことでもあるのか?
律「・・・まあいっか。で、いつにするの?」
梓「いいんですか!?」
律「当たり前だろ、夏に海に行くのに理由はいらねえ!」
梓「理由、ちゃんとあるんですけどね・・・」ボソ
律「ん?なんか言った?」
梓「なんでもないです!」
ともあれ、梓と二人きりの小旅行が決定した。
ムギが協力してくれたらしく、場所は去年の合宿で使った別荘。
二人っていうのが気になるけど、とりあえず遊ぶぞー!
律「とうちゃーく!」
梓「律先輩元気ですね・・・こんな暑いのに」
律「なんてったって海だからな!そりゃテンションも上がるってもんよ」
梓「私は緊張しっぱなしですよ・・・」ボソ
律「なんか言った?」
梓「いえ、なんにも」
律「?まあいっか、とりあえず荷物置いて泳ぐぞ!」ダッシュ
梓「あ、ちょっと待って下さーい!」
せっかく海に来たんだから、遊べるだけ遊ばないとな!
律「さて、浜辺に着いたわけだが・・・」
梓「・・・なんですか?」
律「いや・・・何でも・・・」
日焼け止めを入念に肌に塗り込む姿が可愛らしい、なんてちょっと思ってしまったのは秘密だ。
律「梓ってけっこう日焼け気にするんだ?」
梓「それはそうですよ!日焼けはお肌の天敵です!むしろ何で律先輩がそんなに無関心なのかがわかりません」
律「これでも一応気にしとるわい。梓が極端すぎるんだよ」
梓「・・・じきにわかりますよ」
律「?」
この言葉の通り、一時間ほど遊んだだけで梓の肌は真っ赤に染まっていて、不謹慎ながら笑ってしまった。
梓「なにも笑うことないじゃないですか!」
律「悪い悪い!でもまさかここまで肌が弱いなんてな」
梓「これで分かったでしょう?日焼け止め塗らないと大変なことになるんです」
律「でもそれならなんで海に来ようなんて・・・」
梓「・・・」
まただ。俯いてなにかを言い淀むようなこの表情。これも聞かない方がいいんだろうか?
律「まあいいや。梓、ビーチボール持ってきたよな?」
梓「えっ・・・はい、ありますけど」
律「よし、次はビーチバレー的なことをして遊ぶぞ!」
梓「的・・・?」
律「ほら、あのトス上げ合うやつ」
二人でやっても空しいだけな気はしたが、あのままの空気でいるよりはよほどマシだ。
梓「ああ、あれは定番ですよね」
律「私、お友達とビーチボールで遊ぶのが夢だったの!」
梓「ぶっ!!」
律「似てた?」
梓「や、やめて下さいよ!本人かと思ったじゃないですか!」
二人で笑いあう。実は去年本人が言ってたんだが、それが参考になった。ありがとうムギ。
律「そーれ!」ポン
梓「ちょ、高い!高いです・・・って!」ポン
律「ごめんごめん、次から気をつける・・・よ!」ポン
梓「さっきもそう言ってたじゃないです・・・か!」ポン
律「あれ、そうだっけスパイク!」バン!
バシィィィン!
梓「いったー・・・もう、何するんですか!」
律「いやー、ごまかせるかと思って?」テヘッ
梓「相変わらずわけわかんない行動原理ですね・・・」
律「いや~」テレテレ
梓「今度は唯先輩ですか!」
「褒めてないです!」で済まされるかとも思ったが、杞憂だったらしい。
私は何だかんだ言ってちゃんとネタを拾ってくれるこの後輩が、実はかなり好きなのかも知れない。
グ~
律「・・・・・」
私のお腹ではない。つまり消去法的に・・・
梓「/////」
律「そ、そろそろお昼にしよう!」
梓「そ、そうですね・・・」ションボリ
どれだけ恥ずかしがってんだ・・・いや、唯や私がおかしいだけで、この反応が普通なのか?
律「とりあえず焼きそばでも作るか」
梓「律先輩に聞かれちゃった・・・」ズーン
律「・・・梓?」
梓「ひゃい!」
これはまだ駄目かもわからんね。
律「焼きそば作ろうと思うんだけど」
梓「は、はい!私に任せて先輩は待ってて下さい!」
律「そんな・・・私の得意料理を梓に味わってもらおうと思ったのに・・・」ガクリ
梓「え?得意料理・・・なんですか?」
律「そう、昔から弟に作ってやってたからな!味は保証するぞ!」
梓「・・・」ゴクリ
律「あー作りたいなー焼きそば!駄目っていうなら仕方ないけど」
梓「だ、駄目なわけないです!一緒に作りましょう!」
危ない危ない・・・今の梓一人に任せたら台所が血か火の海になっちゃうとこだったな。
律「とりあえず私が肉切ったり炒めたりするから梓は野菜を洗ったり千切ったりしてくれ」
梓「了解です」
梓に単純作業を任せつつ調理にかかる。
一人だと出来合いのものでいいかって思っちゃうけど、誰かが一緒だと俄然やる気が出るのは何でだろうな?
律「ひぃっ!血いいいいいいい!」
梓「今度は澪s・・・って本当に指切った時くらいネタ仕込むのやめましょうよ!」
律「てへっ」
梓「かわいこぶっても駄目です!」
律「さて、完成だ」
梓「調理よりツッコミに疲れました」
律「まあまあ。それより早く食べよう、な」
梓「・・・そうですね」
二人「いただきまーす!」
梓「!?」
梓「おいしい!おいしいですよこれ!」
律「だろ~?なにしろ年季が違うからな」
よかった・・・
万が一「まずい」と言われたら――梓ならうまいと言いつつ顔をしかめる、くらいの反応だろうが――立ち直れないところだった。
梓「実は先輩のことだからまた冗談なんじゃないかと思ってました」
律「言ったなこのやろー!?」
梓「キャー!」
二人しかいなくても、何とも騒がしい食卓になった。
律「午後だー!」
梓「先輩・・・」ウトウト
律「ん?」
梓「zzz…」
律「こら梓、こんなエアコン効いたとこで寝ると風邪ひくぞ」
梓「りつ・・・せんp・・・」
律「なんか言ったかー?」
梓「zzz…」
律「ったく・・しょうがねえな」
梓を起こさないように静かに寝室に運ぶ。人間やればできるもんだ。
律「ふふ、はしゃぎっぱなしで疲れてたんだろうな。朝も早かったし」
梓「zzz…」
律「まあかくいう私も・・・ふあぁ~あ」
律「・・・」
律「おやすみ、梓・・・」
ベッドに横たわる梓に寄り添うようにして、私も瞳を閉じた。
せ・・・p・・・
ん?
りt・・・せんp・・・
なんだ?誰か呼んでるのか?
梓「律先輩、起きて下さい・・」ユサユサ
律「あ、梓・・・おはよう」
梓「おはようございます・・・じゃないです!」
律「ふあ~あ・・そっか、そういや寝ちゃったんだっけ」
梓「そう、寝ちゃったんですよ!何で起こしてくれなかったんですか」
律「だって私も眠かったんだもん」
梓「もう、せっかく律先輩との・・・」ゴニョゴニョ
律「なんだって?」
梓「だから何でもないです!」
律「しかし寝てる間にもう夕方か・・・これからどうしようか」
梓「BBQの準備をしないといけません」
律「夕飯は決定済みだったのか・・・」
梓「ムギ先輩の一押しでした」
律「さもありなん」
旅行でBBQ・・・確かに鉄板だが。
あのお嬢様は相変わらず愉快な感性をしているようだ。
最終更新:2010年07月29日 21:44