唯「やっほー!」

澪「お、やっと来たか」

律「おお澪ちゅわーん。会いたかったぞー!」

澪「はいはい」

律「扱いひどっ。唯ちゃま癒して……」

唯「おいでりっちゃん! 私の胸はいつでもりっちゃんが飛び込んで来ていいようになってるよ!」

律「おお。ありがたやーありがたやー」バッ

梓「――ムギ先輩も、お疲れ様です」

紬「うん。梓ちゃんこんにちわ」

律「よーし早速だけどムギ! お茶の用用意だ!」

紬「あ、えっと。うん、任せてりっちゃん」

紬「今日はバームクーヘンよ。今朝空輸で届いたの」

澪「空輸って……。やっぱり海外製、なのか?」

紬「ええ。本場ドイツの私の家の行きつけのお店からなんだけど」

梓「バームクーヘンってドイツのお菓子だったんですね。てっきり日本生まれかと思ってました」

律「あらあら梓ちゃんったら。意外と世間を知らないんでございますわね」

梓「む。た、たまたまです!」

律「どーだか」

紬「一応紅茶もシッキム産に変えてみたんだけど。お口にあうかしら」

唯「それっていつものと違うの?」

紬「産地が違ってね、こっちのはちょっと香りが強くてコクがあるの」

澪「私には違いがわからないな……。ダージリンみたいな味だと思うけど」

梓「なんかちょっと甘味があるような」

律「梓はほんとに違いがわかってるのか?」

梓「わかりますよ! もう、さっきからなんなんですか!」

唯「怒ってるあずにゃんもかわいー」

梓「ああもう! 早く食べ終わって練習しますよ、れんしゅう!」

澪「……そうだな。今年で私たちも3年生だし、今のうちから気合入れとかないと」

唯「早いもんですなぁ……」

律「そうですなぁ……」

紬「――あ、あの!」

唯「ムギちゃんどうしたの?」

紬「あの、あのね」

律「なんだなんだムギ。そんなにキョドるなんて、らしくないぞ?」

紬「ごめんなさい。でもその、ちょっと言いづらいことなの」

澪「……でも言ってくれないと私たちにわからないぞ? ゆっくりでいいから、な?」

紬「うん。……えっとね、私ね、転校することになったの」

唯「え。え?」

律「……マジ?」

紬「ごめんない……。実はもうほとんど決まったことなの」

梓「そ、それはいつの話なんですか?!」

紬「今年度いっぱい。3月の終業式で、ね」

澪「なんとか、なんとかならないのか? あと1年くらいさ。卒業しちゃえば、進路だって……」

紬「お父様が勝手に決めてから、水面下で手続きが進んでたみたいで。私は転入のテストを受けるどころか、転校先に行ったことすらないんだけど……」

律「ムギ自身は、それでいいのか? 親父の作ったレールに乗せられるだけなんて」

澪「お、おい律。そんな言い方ってないだろ。親父さんのことも考えてやれよ」

律「だってそうだろ! ムギの意志が存在してなんだからさ!」

梓「律先輩ちょっと落ち着いてください! ヒステリックになったって状況は好転しません!」

律「こちとらムギとはもう2年の付き合いなんだよ! 梓はちょっと黙ってろ!」

梓「なっ! 最低です……。幻滅しました!」

澪「律やめろって! 梓に謝れよ!」

律「澪だって悔しくないのかよ?! 最後の、最後の1年になるんだぞ」

唯「……みんなケンカはやめてよ。ムギちゃん、泣いてるよ?」

紬「ひっぐ……ごめんね。ごめんねわたし……」

梓「あ……」

律「――ムギ、ごめん。その」

唯「まずはさ、ムギちゃんの気持ちをちゃんと聞こうよ。私たちが行動したりするのはそれからでいいはずでしょ?」

澪「そうだな……。で、どうなんだ? ムギ的にはさ」

紬「ゆいちゃんありがとう。――私は、転校してもいいって思ってるんだけど」

律「え、と。それは、2年が終わったときって事だよな?」

紬「……うん」

澪「どういう事だ? ちゃんと説明してくれ、ムギ」

紬「うん。うん、ちゃんと説明します」

唯「ゆっくりでいいからね?」

紬「うん。――私がね、この高校を選んだ理由。それはただの我儘だったの」

梓「わがまま?」

紬「そうなの。それまで、自分から何かを決めようだとか、そんなことは思わなかったし、できなかったから」

律「……それで?」

紬「気づいたら中学生になってた。私がいたのはとある私立の学校でね、エスカレーター式に大学まで決まってたの」

律「ふむ」

澪「ムギは、それが嫌になったのか?」

紬「嫌……。そうね、嫌だったのかもしれない。お父様には、飽きてしまったとだけ伝えたわ。毎日同じ景色を見ながら登校して、勉強してまた帰るだけなんて、ね」

紬「そしたらお父様は、私と二人だけで話す時間を取ってくださったの」

唯「普段そういう時間は無いの?」

紬「たまに夕食を一緒に食べていたけど、喋るのなんて一言二言がざらだったの。その時はおかしいなんて思わなかったけど、今思えばちょっと異質よね」

紬「続けるね。それで私は、丁度そのとき思いついたことを話したの」

唯「『私に高校を選ばせて欲しい』?」

紬「そう。そうしたらお父様、ずいぶん驚いた顔をしてたわ」

律「初めてムギがモノ申したんだもんな」

紬「もちろん、初めは反対されたわ。エスカレーター式で上がるのが一番楽だって何度も言われた」

紬「その頃の私はなんだかおかしくて、高校の話なんて本当にただの思いつきだったのに、ムキになっちゃって」

澪「子どもっぽいムギか……」

唯「今がオトナっぽいから、ちょっと想像できないよね」

紬「そうかしら。――それで、この高校を選んだの。偏差値もそこそこ、第一、女子高っていうのが興味をそそったわ」

律(そういやムギってそういう趣味だっけ)

紬「それでここに入って。合唱部に入部しようとしたら――って感じね、簡単に説明するとだけど」

梓「それで、それと転校の何の関係が? お父さんだってムギ先輩がこの学校に通うことを承諾してくれたはずなのに……」

紬「やっぱり受験のためだって言ってたわ。最後の一年だけでも、進学校へ行くべきだって」

澪「でもそれって、約束違いじゃないのか? ここに行かせるっていう」

紬「お父様も不条理だってわかってて言ってる顔をしてた。それは、伝わってきたの」

唯「それでムギちゃんは? なんでそれを受け入れようと思うの?」

紬「仕方ないかなって。ほら、高校選びで我儘言ったの私じゃない? その分お父様の、我儘って言ったらおかしいけど――言うことも聞かなきゃだめかなって」

律「……そうかよ。ムギは友達よりお父様だもんな」

澪「おい律やめろって。いい加減大人になれよ」

紬「りっちゃんが怒るのもわかるよ。でもどうしようもないって、気づいたら意外と簡単に受け入れられたの」

梓「……私は正直受け入れられませんけどね。ムギ先輩みたいには」

紬「梓ちゃんはまだ少し幼いだけよ。きっといつか分かってくれるわ」

梓「嫌です。そんなの分かりたくありません!」

律「あたしもだよ。それがオトナになるってことなら、あたしはずっと子供でいい。友達のことが一番大好きな、子供のままでいい」

澪「だから部内でケンカみたいになるなよ! お互いが妥協しなきゃ話がまとまらないだろ」

律「澪、さっきからなんだよ。ムギの味方に付くってんならあたしもう知らないぞ」

澪「律、お前な……。私がせっかく止めてやろうと思って――」

唯「ムギちゃんさ、無理してるでしょ」

紬「え? ど、どういうこと?」

梓「そりゃ少し位、無理して飲み込んでるんじゃないんですか?」

唯「違うよ。いつものムギちゃんじゃないって感じだもん。まるでドラマに出てる人みたいな振舞い方してるじゃん」

律「唯何いってんだ? 私もいつものムギじゃないって思いたいけど、ムギはムギだろ」

唯「ムギちゃん違うよね? ホントは3年の終わりまでここに居たいんだよね?」

紬「違うわ! もう割り切れたもの! お父様の言う事を聞こうって思ってるもの!」

澪「ムギ……?」

紬「――ごめんね、もう斉藤が迎えに来るみたいだから……。帰るね」

律「……明日は、斉藤さんに遅くなるって伝えとけよ」

紬「……わかったわ」

バタン

律「どうすんだよぉ」

梓「あ、今日も練習無しですか?」

律「いやそういう問題じゃないから。今日の梓ちょっとおかしいぞ」

梓「おかしいのは律先輩の方ですから。そういうことなら、私も帰りますね」

律「おい梓! 自分勝手なことすんな! 今からムギのこと話しあうんだから残れよ!」

澪「梓、私からも頼む。これ以上輪を壊したくないんだ」

梓「すいません澪先輩。でもなにより輪を壊してるのは、そこの部長さんだと思いますけど。……失礼します」

澪「で。どうすんだよ律」

律「なんであたしに聞くんだよ」

澪「部長だろ? 責任持てよ」

律「私が悪いってのかよ!」

澪「そうは言ってないだろ……。その直ぐ感情的になる癖、どうにかしろよな」

律「うるさいなー。澪は私の小姑かっての!」

澪「なんで、そんなに、邪険に扱うんだよぉ……。りつの、ばかぁ……」

律「ふ、ふんっ。澪の方こそ何時になったらすぐにメソメソする癖直すんだよ。ガキじゃないんだから」

澪「うう、ふえーん……」

唯「澪ちゃん大丈夫? りっちゃん、言い過ぎだよ」

唯「第一さ、二人ともムギちゃんがおかしいことに気づこうよ」

律「だからいつものムギだったじゃないか。なにがおかしいんだよ」

唯「ムギちゃん、普段あんなひどいこと言わないよ?」

律「そういうのは水掛け論になるだけだろ。主観でモノを話すもんじゃないぜ」

唯「はあ。――学祭前にさ、りっちゃんと澪ちゃんがケンカしたこと合ったでしょ?」

律「……まあ、そんなこともあったな」

唯「帰っちゃったりっちゃんは知らないだろうけどさ。あの時さわちゃん先生が来て、代わりのドラマー探そう、なんて私たちに助言してたんだよ」

律「え」

唯「それに反論したのがムギちゃんだったの。りっちゃんはきっと来るからって、涙目になりながら、下むいて唇噛みながら、私たちを説得したんだよ?」

唯「りっちゃんはムギちゃんのこと薄情者だとか思ってるかもしれないけどさ」

唯「事情を知ってる私から見れば、りっちゃんの方こそ薄情者に見えるよ?」

律「うそ。あ、ああっ……」

澪「ゆ、唯。それくらいにしてあげて」

唯「……そうだね。でも軽音部内でこんなに確執があったらつまらないじゃん。仲良くやろうよ」

律「でもムギが……ムギがいなくなっちゃう……謝らなきゃいけないのに……」

唯「まだ大丈夫だよりっちゃん。明日、ちゃんと言えればね」

律「そう、だよな……。梓にも悪いこと言っちゃったし」

唯「あれはあずにゃんも、ちょっと空気よめてなかったけどね~」

律「あ、あと澪にも謝らなきゃ」

澪「わわ! だ、抱きつくなぁ!」


6
最終更新:2010年07月29日 21:06