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澪ちゃんは椅子に腰掛け、私にも座るように促した。
私は内心びくつきながら正面の椅子に座り、伏せ目がちに澪ちゃんを見つめた。

暫しの沈黙。

それから澪ちゃんは、泣いている子供を諭すような声色で言った。

澪「つまりだ。唯は私の事が好き。それも恋愛の意味で。こういう事か?」

すでにきりきり舞いになっていた私とは対照的に、澪ちゃんはとても冷静に見えた。
怖がりと言えど、こういう時に自分を保てるのは流石だと思った。

唯「うん」

澪「いつから?」

少し記憶を辿ってから私は答えた。

唯「…わかんない」

澪「そうか」

何て気のない返事だろう。
もしかして怒っているのだろうか。

堤防を越えた津波は、災害でしかなかったのだろうか。

私は精一杯記憶を遡った。

私が澪ちゃんを好きになったのは…

唯「あ、多分、冬あたりからだと思う」

澪「冬?」

唯「うん。澪ちゃんがベースを太ももに当てた時…かな?」

澪「は?」

澪ちゃんは覚えていないようだ。

唯「ほら、ベースが冷えてて」

澪「…ああ、あの時か」

唯「多分」

澪ちゃんが不思議そうな顔をして尋ねた。

澪「それで好きになるっておかしくないか?」

もっともな意見だ。
でも…

唯「何がきっかけで人を好きになるなんてわかんないじゃん」

澪「そりゃそうだけど」

私はもう相当パニックになっていた。
ホラー映画だったら丁度逃げ惑っているあたりだ。
自分がどんな顔をして喋っているのかもわからなかった。

唯「大事なのは私が澪ちゃんを好きかどうかだよ。きっかけなんて関係ないよ」

澪ちゃんは何も答えない。

私は混乱したまま話し続ける。

唯「澪ちゃんは私の事どう思ってるの?」

澪「どうって…」

唯「好き?」

好きなわけがない。
我ながら素っ頓狂な事を聞いたもんだ。
私が一方的に好きになっただけで、澪ちゃんにそれらしい気配はまるでなかった。
メールだっていつも私から送っていたに過ぎない。

澪ちゃんは少し困ったような顔をして答えた。

澪「考えた事もないよ。だって私ら女の子だろ?」

唯「…うん」

正論だ。
明らかに私がおかしい。
こんなおかしい事に澪ちゃんを巻き込んだ自分が恥ずかしくなり、私は俯いた。

澪「いや、そういうのを否定するつもりはないけどさ、なんていうか…ちょっとびっくりしたかな」

私は俯いたまま答えた。

唯「私だっておかしいなって思うよ…。でもどうしようもないんだもん」

何て身勝手な言い分だろう。
他にいくらでも言いようがあったはずなのに。

澪「もしかして恋愛じゃなくてさ、なんかこう…別の感情なんじゃないか?」


違う。
それは絶対に違う。
確かに私は今まで恋愛なんてした事がない。
それでも澪ちゃんに対する気持ちには、これが恋だという妙に確信めいたものがあった。
しかし、それをこの場で証明する術はない。

唯「ううん。私だって小学校や中学校の時に気になる男の子はいたよ」

私は嘘をついた。

唯「その時の気持ちと、今の澪ちゃんに対する気持ち…同じだもん」

澪「私は男かい…」

慌てて私は訂正した。

唯「あっ!違う違う!澪ちゃんはとっても素敵な女の子だと思うよ!本当だよ!」

それを聞いた澪ちゃんは俯いてしまった。
何か言い方がまずかったのだろうか。
私は言い訳をするように言葉を続けた。

唯「私も最初はびっくりしたよ。まさか女の子を好きになるなんて」

澪「そりゃそうだ」

唯「ちょっと悩んだりもした」

澪「うん」

唯「でも澪ちゃんと話すと恥ずかしくて、嬉しくて…ああ、私、澪ちゃんの事好きなんだなって」

オーバーヒートした私の頭には、次々と言葉が降って湧いてきて、自分でも驚く程私の口は正直になった。

しかし、澪ちゃんは何も答えず、黙り込んでしまった。
私は途端に申し訳なくなってしまい、

唯「ごめんなさい澪ちゃん…やっぱりイヤだよね…」

と歯切れ悪く謝った。

澪ちゃんは怪訝そうな顔をして尋ねた。

澪「う、うーん…ていうか何で今のタイミングで言ったの?全然そういう空気じゃなかったのに」

改めてそれを聞かれると困る。
私が今告白したのは、殆どエンジンの暴走によるものだった。

唯「勢いといいますか…二人っきりだし、こう…溢れ出したといいますか…」

澪「…ありがとう。嬉しいよ」

その言葉を聞いて、私はお菓子を与えられた子供のように嬉しくなった。
17歳の今でもお菓子を貰うのは嬉しいが。

唯「え?じゃあ…」

私は期待に胸を膨らませた。

澪「あ、いや…付き合うとかは別の話。今まで唯の事そーゆー目で見た事なかったから」

唯「…」

私は落胆した。
それはそうだ。
普通、女の子は女の子を好きにならない。好きになられるとも思わない。

澪「考える時間をくれない?」

唯「…」

澪「だってそうだろ?いきなり言われたわけだし」

澪「私、ロクに恋愛した事ないから段取りとかわかんないし」

澪「告白されたのだって今が初めてだよ」

澪ちゃんは急に饒舌になった気がした。

唯「ウソだぁ。澪ちゃんモテるでしょ」

澪「そんな事ないって。だからさ、とりあえず時間をくれよ」

唯「…そっか。それもそうだよね!うん、わかった。私待つよ」

少なくとも希望は残った。
どうやら大洪水はそれほど悲惨な被害を生んだわけではなさそうだ。



一応話が纏まり、私と澪ちゃんはほっと胸を撫で下ろした。

律「おいーす!二人とも、仲良くやってたか!?」

紬「遅くなってごめんなさい」

りっちゃんとムギちゃんが元気良く音楽室に入って来た。

澪「うわ、り…律…」

澪ちゃんは露骨に驚いたような顔をした。
私はそれに気づかないフリをした。
澪ちゃんに言いたい事を全部言った私は、喉の痞えがとれた様にすっきりしていたので、この時はまだ瑣末な事だと思っていた。

唯「あ、りっちゃん!」

律「おーす唯!澪と二人っきりでなーにしてたのかなぁ?」

澪「な、何言ってんだバカ!!」

先程まであんなに冷静だった澪ちゃんは、急に取り乱し始めた。

律「おーおー、照れちゃって!」

りっちゃんの大きな声で、ソフトボール部の声は掻き消され、もう聞こえなくなっていた。

その日から、私は今まで照れていたのが嘘のように、澪ちゃんに接する事ができた。
ただの開き直りだったかも知れないが、少なくとも停滞ではなく前進だった。

唯「澪ちゃん、コレ食べる?」

澪「え…?いいよ、私ダイエット中だし」

唯「えー…」

律「唯、梓じゃないんだから澪に餌付けは難しいと思うぞ…」

梓「それ、私が餌付けされてるって事ですか…?」

澪「いや…うん。されてるだろ梓は」

梓「な…///」

唯「はい、澪ちゃん、あーん」

澪「だから私はいいってば…」

紬「最近、唯ちゃんは澪ちゃんがお気に入りみたいね?」

唯「えへへ~まぁね」

澪「…」

梓「…」

律「お?梓~、唯に構ってもらえなくなって寂しいのか?」

梓「ち、違います!」

唯「ね~澪ちゃ~ん」

澪「わ、わかったよ!食べればいいんだろ…」

紬「うふふ」

私は必死に澪ちゃんに好かれようとした。
人の心を動かすなんて今までした事のない私には、駆け引きのイロハなどまるでわからず、とにかく出来る事、思いついた事は何でもやった。
しかし、私が頑張れば頑張る程、澪ちゃんは以前の私がそうだったように、私と目を合わせなくなり、会話も拒んでいる気がした。

この流れを変えるため、私はすぐに行動に出た。

6月上旬。
中間テストを目前に控えた私達は、帰りのホームルームが終わると、音楽室には向かわず真っ直ぐ家に帰る。
その日私は、澪ちゃんを下校に誘った。

唯「ねえ澪ちゃん、一緒にかえろ?」

澪「え?いや…今日は…」

唯「私、今度の試験で教えてほしいところがあるんだけど」

澪「あー…和は?和に頼めば?」

唯「…澪ちゃんに教えて貰いたいんだけどなー」

ここで引いちゃダメだ。
私にはテクニックなんてない。最後まで押し切らないと。

律「おーい、何やってんのー?帰ろうよ」

澪「あ、今行くよ。悪いな唯。じゃ、また明日」

そう言うと澪ちゃんは、足早にりっちゃんのほうへ駆けていった。
一人取り残された私を見たりっちゃんが、

律「おーい、唯も早くー」

と誘ってくれたが、その横でばつが悪そうにしている澪ちゃんの顔見たら、のこのことついていくのも気が引けた。

唯「あ…私はいいや。和ちゃんと帰るから…」

律「そう?んじゃ、また明日なー」

そう言ってりっちゃんと澪ちゃんは先に帰って行った。

私が望んでやまない澪ちゃんの隣は、いつもりっちゃんの特等席だった。
それを羨む自分が酷く小さく思えた。

結局、それから私は澪ちゃんに断られるのが怖くて、メールはおろか、話しかけるのも躊躇うようになった。
一度顔を出した臆病は、中々引っ込む事がなく、澪ちゃんも私を避け始めた今となっては、以前より関係が悪化しているのは明らかだった。

澪ちゃんは授業が終わるとさっさとりっちゃんと帰ってしまい、私が澪ちゃんの隣にいられるのは授業中だけになった。

中間試験が終わり、部活が始まっても、もう澪ちゃんはやはり目も合わせてくれなくないままだった。

私は来るはずのない澪ちゃんからのメールを待ちながら、毎晩ベッドの上で澪ちゃんの書いた歌詞を読んだ。


何も進展はないまま、私と澪ちゃんは友達ですらなくなり、期末試験も過ぎ、夏休みを迎えた。

今年は合宿ではなく、さわちゃんのチケットでロックフェスへ行く事になった。

8月上旬、私は以前のりっちゃんとの心配とは裏腹に、もう澪ちゃんとはほとんど言葉を交わす事がなかった。

かと言って、私は澪ちゃんの事が好きじゃなくなるわけでもなく、鬱屈とした時間を過ごしていた。

ロックフェス初日、澪ちゃんはりっちゃんと一緒に回る事になり、私はあずにゃんと二人で色んなバンド見て回った。
夜はテントを張り、翌日に備える。
もちろん澪ちゃんは私とは別のテント。

就寝前に、私があずにゃんに虫除けスプレーをかけてあげていた時、りっちゃんが話しかけてきた。

律「ゆいー!ちょっといい?」

唯「え?」

私はちらっとあずにゃんへ目をやる。

梓「私はいいですよ。ていうかスプレーくらい一人で出来ますよ…」

りっちゃんに呼ばれてついていった先には、澪ちゃんがいた。
あたりには他の客のテントが張ってあり、りっちゃんは澪ちゃんに何か耳打ちするとすぐに立ち去り、澪ちゃんは私を手招きした。

唯「あ…な、何?」

澪「え、えーっと…ちょ、ちょっとこっち来て!」

そう言うと澪ちゃんは、私の手とり、人気のない林の中へ誘導していった。

澪「あ、あのさ…今までその…無視じゃないけど…冷たくしてごめん…」

夏虫の声が聞こえる。
遠くのほうではフェスの興奮冷めやらぬ客が大声で合唱しているのが聞こえてきた。

唯「え、えーっと…」

こうして澪ちゃんと話すのは、音楽室で私が告白した時以来だ。
身が引き締まる思い…と言うより、引きちぎられるような思いで私は澪ちゃんの前に立っていた。


なんやかんやで付き合う

9月頃、梓「私も澪先輩好きですから」

10月、唯澪セクロス

キャッキャウフフ期

12月に澪、いきなり唯を振る

唯号泣で冒頭に戻る

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最終更新:2010年01月25日 15:23