澪のほうが絶対可愛い。
そのせいで困ってるのも私。
言い返そうと思って、とりあえず目を開けたら澪の顔が近くてびびった。
てっきりいつもみたいに笑顔隠そうとしてニヤニヤな顔してるかと思ったけど違った。
すごい悲しそうな顔してたから何も言えなくなった。
何でそんな顔するの。私まで悲しくなる。
それでも、どんな澪の顔でも愛しくて、澪への想いが溢れてくる。
少し顔を近づけると鼻がぶつかった。
ただそれだけのことなのに、胸が跳ねた。
澪「ごめんな」
律「え?」
澪「学校行こう」
澪が背中向けた。
誰もいないからキスしてくれてもよかったのに。
澪の恥ずかしがり屋さんwwwwにくいねお嬢さんwww
私の手握って、少し前を歩く。
いつもより強く握られた左手が痛かった。
唯「澪ちゃんりっちゃんおはよー!」
唯が遠くで手振ってるのが見えた。
澪の手が離れて、その手で唯に手を振っていた。
突然離された手の行く場所がないから、頭をかく。
唯「澪ちゃん歌詞順調?」
澪「あんまり進んでないんだ…」
唯「そっかぁ」
学園祭に向けての曲作りだ。
最後の学園祭だから、いつも以上に練習しようってこの前話し合った。
唯「りっちゃんの愛が足りないんじゃないの?」
律「そんなぁ!誰よりも愛してるのに!」
唯「田井中君!君ならまだ上を目指せるぞ!」
律「はい!コーチ!」
唯「よし!夕日に向かって走ろう!」
律「コーチ!夕日がありません!あれは朝日です!」
唯「That is ASAHI」
律「おぉ…ネイティブ…」
澪が唯の頭にぽんと手を置く。
ぐしゃぐしゃと髪の毛いじった。
澪「唯。律のせいじゃないからね」
唯が髪の毛を手櫛で直して、澪がまたぐしゃぐしゃにして。
いつも見慣れたスキンシップに心がちくんとした。
本当に困ってるのは私のほうだ。
澪が好きすぎてどうしようもない。
部活の時間。今日もいつものティータイム。
澪「そろそろ練習するぞ」
律「あとちょっとだけ…」
梓「この前頑張るって言ったじゃないですか」
律「うぅ…」
澪「律の負けだな。ふふっ」
澪の笑顔につられてしぶしぶ立ちあがる。
寝たふりを決め込んだ唯を引っ張ってティーセットから離れた。
ドラムの前に座る。
律「じゃぁ最初からなー。1・2・3・4!」
唯「え?何の曲?」
律「今さらかよ!次の学園祭の新曲!」
唯「ごめんーえへへ」
律「じゃぁ最初から」
スティックを上に掲げる。
律「1・2・3・4…って言ったら始めるからな」
唯がジャンと音を鳴らして噴き出す。
唯「りっちゃんってばー」
梓「もっと真面目に練習してください!!!!」
梓が叫んだ。感情的ないつも聞きなれたセリフも、違って聞こえた。
しん、と音が聞こえるくらい静かになった。
梓「すみません…強く言いすぎました」
律「いや、悪いのうちらだし、ごめんな」
梓「…謝ら、ないで…」
後ろからだと梓がどんな顔してるか分からない。
だけど、震えた肩から、なんとなく伝わってきた。
律「ごめん。泣くなよ」
梓「泣いて…ふぇ…ないです…ひっく…」グス
唯「あずにゃんごめんね」
梓「だから…謝らないでください…」
梓はずっと泣いていて、今日の練習は終りになった。
梓は澪と二人で帰って、残された私たちは楽器の手入れをしていた。
梓が帰ってくれてよかった。
あれ以上梓の気持ちが伝わってくることに耐えれなかった。
帰ろうと澪が言ってくれなかったら、多分爆発してた。
紬「最後だもん」
5人での学園祭は最後だから頑張りたい。
悔いのない演奏をして、頑張ったねって言って笑いたい。
唯「いつもと同じだったのにね」
私と唯がふざけて、梓がプリプリ怒って。
いつもの練習風景だった。
私たちは文句を言いながらしぶしぶ楽器を触る。
謝ることなんて今まで無かったのに。
上手くなる度に思う。
上手くなるだけの練習をする時間がもう過ぎて行ってしまったこと。
もう、その時間に終わりが迫っていること。
練習したいのに、したくない。
部活に行きたいのに、行きたくない。
終わっちゃうから。
楽しいと一つ感じるごとに、楽しいが一つ終わっていく。
時間は待ってくれない。
分かってるけど。
律「分かってるよ」
明日もいつも通りの部活だろう。
容赦ない時の流れに、私は為す術を知らない。
あの後、3人で話し合った。
最後の学園祭頑張ろう。
今日でた結論は、この前5人で誓ったことと全く同じだった。
ほら、やっぱりね。
家に帰ると、玄関の前に澪が座っていた。
膝に顔を埋めて表情は見えない。
律「ただいま」
澪「…うん」
律「梓ありがとうな」
澪「…うん」
律「大丈夫そう?」
澪「多分…」
律「そっか…」
澪「…」
律「…」
澪が顔をあげた。
少し目が赤い。泣いてたのかな。
あえてそのことに触れはしないけど。
澪「梓さみしいんだと思う」
律「だろうな。でもこればっかしは本人が受け止めるしかないから」
澪「来年も残ってやりたいけど」
律「無理だよねーははっ」
澪「何笑ってるんだよ」
律「え?」
澪「お前部長だろ!真剣に考えろよ!」
律「考えてるよ」
澪「考えてない!」
律「何でそんな事澪に言われなきゃなんないの」
澪「もっと梓のこと想ってやれよ!!」
律「想ってるって!!」
澪「嘘だ!」
律「皆それぞれ考えてるのに、自分が一番だって思いこむの澪の悪い癖だ!」
澪「…」
律「皆悩んでるんだよ!ムギも唯も、梓だって!お前だけが悩んでるんじゃない!!」
ずっと高ぶってる澪に私もイライラしてくる。
想っててもどうしようも出来ないんだよ。
澪も分かってるはずなのに。分かってるからこそ。
声を荒げて睨んだとき、澪は泣いてた。
律「ごめん。言いすぎた。澪まで泣くなよ」
澪「泣いてない」
腕で目ごしごしこすって私の横を通り過ぎる。
とっさに腕つかんで引きとめた。涙で濡れてた。
ぶんって腕振り払われた。
拒絶された。
律「ごめん澪」
澪「律は悪くない。私こそごめん」
律「澪」
澪「帰る」
律「待てって」
澪「ごめん、1人にして」
走る澪の背中を追いかけることが出来なかった。
自分の気持ちも相手の気持ちも分かっているのに、何も出来ない。
悔しくて、苦しくて、拳をギュッと握った。
次の日になって、教室で澪と会う。
澪「おはよう」
律「…おはよ」
唯とムギが来て4人で楽しく話す。
いつのまにか、喧嘩しても普通に過ごせるようになった。
気まずい空気が嫌だから、嫌なことはなかったことにする。
いつから、こんなこと覚えてしまったのだろう。
そしてきっと、梓も同じだ。
予想通りいつものように楽しく部活して、帰り道の途中で初めて二人きりになった。
律「梓、我慢してたな」
澪「あぁ」
律「でも、いつも通りに過ごすしか出来ないんだよな」
澪「…うん」
律「だから、いつもみたいに楽しく過ごして、いっぱい想い出作ろうな」
澪「…嫌だ」
律「え?」
澪「想い出なんていらない」
歩きながら澪の髪が揺れているのを見た。その奥に見えた表情は何も映し出していない。
だから聞き間違いかと思ったんだけど、澪は次に言葉をつなげた。
澪「今がずっと続いてほしい」
律「…無理だろ」
澪「梓をひとりにしたくない」
律「さっきから嫌だ嫌だって文句ばっかり…澪に何が出来るの?」
澪「……」
律「じゃぁ聞き方変えるけど、澪はどうしたいんだよ」
澪「…このままがいい」
律「卒業しないつもりか?」
澪「しなくてもいい」
溜息をついた。澪にも聞こえるくらい。
律「そんなこと出来るわけないだろ」
澪「分かってるよ」
律「澪!いい加減にしろよ!」
堂々巡り。いつから澪はこんなに子供みたいになったんだろう。
大人としての責任を押し付けられてる気分になって、無性にイライラした。
止まって澪の身体こっち向けて、澪と顔を合わせる。
すぐに澪は横を向いた。それがまた感情を高ぶらせた。
また嫌な空気。こんな風に話したいわけじゃないんだよ。
律「進むしかないんだよ。留まって居られないんだよ」
澪「律は私と離れてもいいの?」
律「…極端だな」
澪「卒業したら離れ離れになっちゃう。皆とも、律と」
律「そんなことない。毎日会えるよ」
澪「無理だよ」
律「無理じゃない。大学終わったら毎日デートだ。一緒にバンド組んだりとか」
澪「私…出来ない」
律「まぁ大学忙しかったらバンドは無理かー」
澪が梓に極端に入れ込んでいたのは、自分も同じ気持ちだから?
卒業して離れるのが嫌なのは私だって一緒だよ。
今が楽しくて、楽しくて、終わってほしくない。
思い出なんかにしたくない。
澪「違う。そうじゃない」
律「何なの?」
澪「…京都に行く」
律「え?」
澪「京都の大学に行くから」
律「……」
澪「もう、律と一緒に居られない」
律「……」
澪「離れて寂しくて、律と一緒にいたこと思い出すだけの毎日なんて嫌だ」
澪「だから」
律「…嘘だ…」
澪「ばいばい」
澪の唇がゆっくりと言葉を発する。
いつもみたいにグジャグジャに泣きじゃくってるかと思ったけど。
それは他の誰でも無い私のことだった。
正面を向いた澪は、綺麗に笑ってた。
恋愛は二人でするものだと改めて分かった。
私1人がどんなに澪のこと好きで大事で一緒に居たいと思って、
離れてもいいからずっと澪の一番でありたいと思っても、
澪が嫌だと言えば一瞬で崩れ去る。
誰が悪いとかそういうことじゃなくて、ただ私たちが合わなかっただけのこと。
いつか澪よりも大好きな人が出来て、親友の澪に紹介するかもしれない。
結婚式で二人して号泣して、旦那さんを困らせるだろう。
それでも、今は、今だけは、そんな日が来ない事を願ってしまう。
私は、まだ澪が好きだった。
……
体育の時間。
今の時期はプールなんだけど、澪は見学だった。
私は入れたけど、澪が見学だから嘘ついて、プール休んだ。
男子共には分からないと思うが、女の子はこういうとき便利。
ただ、体調不良じゃないんだからってことで、プール休む人はランニングさせられる。
他校の友達に聞いたらそんなこと無いって言ってた。
女子高だからか?このやろう。
律「澪いこうぜ」
唯「いいなー見学」
澪「いいなって、走るんだぞ?」
唯「今日、耐久クロールするんだって」
澪「授業中、ずっとクロールで泳ぎ続けるってやつだな…」
律「シャレにならん…」
紬「さぁ行きましょ唯ちゃん」
唯「ああああああ」
澪「唯ドンマイ!」
唯が引っ張られていく。
ムギは水泳得意だからこの時期の体育はやたらと輝いている。
唯は体育苦手だし、嫌がってるけどwww
澪の応援に、がんばるよぉ、と頼りない声で答えながら消えていった。
律「ムギはりきってるな」
澪「そうだな」
くすくすと澪が笑う。笑った後に目があって、逸らされた。
少しの沈黙。さっきまで笑いあってたのに。
話をつなげなくちゃ。何話せばいいんだ?
澪「…行こうか」
律「うん」
最終更新:2010年09月10日 20:16