夏休みのある日、私は部室で一人で練習していた。

家だと気を使って音を出さなければならないが
部室だったら、遠慮なしにアンプにつないで音が出せるからだ。

新曲もだいぶマスターでき、なかなか充実した練習だった。
みんなといる時も、このくらい出来たらいいのに。

それにしても、先輩たちが引退したら
毎日こんな感じになってしまうのかな…


家に帰る途中、忘れ物をしたことに気がついた。

どうしても取りに帰らねばならないものでもなかったが、
学校まで引き返す距離は大したものではなかったので、
取りに帰ることにした。

もしかしたら、先生も帰ってしまったかもしれない。
警備員さんに鍵を借りよう。


学校の敷地に入り、何気なく音楽室の方を見ると
誰かの人影があった。

先生か警備員さんかな?

そう思っていたら、その人影が窓に近寄ってきた。
それは律先輩だった。

こんな時間に律先輩は何をしているんだろう?

律先輩は窓を開けると、私の方を見て手を振ったが
表情は全くなかった。

私は律先輩に向かって、手を振り返そうとした時
校舎の窓が一斉に開いて、窓という窓から手が出てきた。

それらは、律先輩に合わせて
一緒に私に向かって手を振ってきた。

私は恐怖のあまり、声を出すこともできず
その場にへたり込んでしまった。

相変わらず、無数の手は私に向かって手を振っている。


やっとの思いで立ち上がると、
私は走って学校から逃げ出した。

だが、通り沿いの建物のにある全ての窓という窓が開き
そこから手が出てきて、私に向かって手を振ってくる。
私はそれらを見ないようにして、必死に走った。

息が上がってきたので、すこし立ち止り後ろを振り返ると、
律先輩が歩いていた。

相変わらず無表情で私に向かって手を振っている。

私は恐怖のあまり錯乱して、
悲鳴をあげてその場にうずくまってしまった。

そして、そのまま意識が遠のいていくのを感じた。


……悪い夢を見ていた。汗びっしょりだ。

寝る前に怖い話をネットで読んでいたりしたから
こんな夢を見たんだろう。

時計を見ると朝5時だった。起きるにはまだ早い。
もう少し寝て、起きたら部室で新曲の練習をしよう。
部室だったら、気兼ねなくアンプにつないでギターが弾けるから。

そう思って寝ようとした時、机の上の携帯が光っているのに気がついた。
メールが着信していたみたいだ。

…律先輩からのメールだ。

律「梓、さっきは何で逃げたの?今度は逃げるなよ」

第1章 窓の手 おわり



最終更新:2010年08月02日 01:16