第2章
夏休みに入って、ダラダラしてはいけないと思い
朝は少し早く起きて、家の周りを散歩することを日課にした。
家の周りを散歩していると、マラソンをしている人や
ウォーキングをしている人とすれ違う。
大体、すれ違う人たちの顔ぶれは同じだ。
ある日、いつものように散歩をしていると
唯先輩らしき人が走っていた。
少し距離があったし、唯先輩であるという確信もなかったので
声はかけなかった。大きな声を出して人を呼ぶというのも恥ずかしい。
メールでもしようかと思ったけれど、そこまでのものでもなかったので、
携帯を取り出してはみたものの、結局メールはしなかった。
翌日、散歩に出ると彼女をまた見かけた。
昨日と同じ場所だった。その翌日もまた同じ場所で、彼女を見かけた。
3日連続で見かけたので、少し気になって、
唯先輩にメールをしてみた。
梓「唯先輩、毎朝、頑張っていますね」
しばらくすると、返信が来た。
唯「何を?」
どうやら彼女は唯先輩ではないらしい。私が勘違いしていたみたいだ。
たぶんいつも見かける人は、
唯先輩とは本当は似ても似つかない人なのだろう。
どれだけ勘違いしていたのか確かめたくて、
その人を近くで見てみることにした。
普段より若干早く家を出て、いつも見かける場所に向かった。
見かける場所はいつも一緒だったので、
いつもの散歩コースから少し外れて、
彼女が通る道を歩いていればすれ違うだろう。
着いて数分すると、いつもの彼女が走ってくるのが見えた。
それは唯先輩らしき人ではなく、唯先輩その人だった。
私は勘違いしていたわけではなかった。
唯先輩は私が声をかけているにもかかわらず、
私がそこにいないかのように走り続け、すれ違っていった。
私はショックを受けた。しかし、それは無視されたからではない。
唯先輩は全く足音を立てずに走り、
汗もかかず、呼吸もしていなかったからだ。
唯先輩の両手首はキラキラしていた。
唯先輩とすれ違った後、振り返ることも出来ずに
しばらく呆然としていると、また別の女性が走ってきた。
今度も、その女性が誰であるかはすぐに分かった。憂だ。
憂は額から汗を出し、苦しそうに呼吸をしながら
走っていたが、唯先輩と同じように私を無視している。
すれ違う瞬間、憂の両足首に透明の糸が巻かれているのが見えた。
そういえば唯先輩の両手首もキラキラしていた。
そう思って振り返って憂を見ると、
首、両手首にも同じ透明の糸が巻かれていた。
さらにそのずっと先には、体をくねくねと奇妙に曲げて
糸をたぐりよせる仕草をしている唯先輩が見えた。
多分、その糸は憂にまきつけられているものに違いない。
表情が分からないくらいの距離であるにもかかわらず、
唯先輩が私に視線を合わせたことだけは分かった。
私は慌てて家に戻った。
家に戻ると、すぐに携帯が鳴った。
唯先輩かと思っておそるおそる見てみると、純からだった。
誰かと話せるだけでも、ほっとした。
梓「もしもし…」
純「ああ、梓、ちょっと聞いてよ。私、いま田舎のおばあちゃんの家にいるんだけどさ」
純「朝、いとこと散歩してたら、変なものを見ちゃった」
純「田んぼのところで、白いものがくねくね動いてるの」
純「私は気持ち悪いと思って、すぐ目を逸らしたけどね」
純「いとこがもっとよく見るって言って、双眼鏡で白くてくねくねしたのを覗いてたの」
純「そうしたら、いとこが急に真っ青になって震えだしたの」
純「何を見たのって言っても、震えてるだけで一言もしゃべらなくて」
純「だから慌てて、おばあちゃんのところに連れて帰ったの」
純「連れて帰る途中、急にいとこが大きな声で笑い出して」
純「体をくねらせ出したので、びっくりして」
純「笑いながら体をくねくねさせているいとこを見て、みんな泣いちゃって」
純「私も怖くてしょうがなくて、誰かと話してないと落ち着かなくて」
純「…あれ、梓?…黙り込んでどうしたの?怖がらせちゃった?」
梓「…純、ごめん…電話切らせて」
純「梓…変な話してごめんね」
梓「ううん、じゃあね」
図ったようなタイミングでかかってきた電話。
思わず笑いがこみ上げてくる。
あははははははははははははははははははははは……
ハハハハハハハハハハハハ…
はひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ…
体も自然に動いてくる…
くねくねくねくねくねくねくねくねくねくねくねくねくねくね…
玄関のベルが鳴る…誰が来たかくらいわかるよ…はいっておいでよ…
くねくねくねくねくねくねくねくね…
はひゃひゃひゃヒャヒャヒャひゃひゃヒャ…
……悪い夢を見ていた。汗びっしょりだ。
寝る前にホラー映画なんか見るから
こんな夢を見たんだろう。
時計を見ると朝5時だった。起きるにはまだ早い。
もう少し寝て…今日は散歩はよそう。お母さんにあきれられてもいいや。
そう思って寝ようとした時、机の上の携帯が光っているのに気がついた。
メールが着信していたみたいだ。
…唯先輩からのメールだ。
唯「あずにゃ~ん、ちゃんと日課は守らなきゃダメだよ」
第2章 くねくね! おわり
最終更新:2010年08月02日 01:17