私の名前は田井仲律、都内にある大学の2年だ。

今私は大学からの帰り道で、都内の駅の構内にいる。

おばあさん「あ、あの、お伺いしたいんですが…日ノ出台に行くのはここでいいんですか?」

律「あー…そうそう」

たぶん違うと思ったが、説明するのが面倒だったので私は適当に答えた。

おばあさん「え?違いますよね。あなた今適当に答えましたよね?最低ですね、あなた」

律「…」

私はそっぽを向いた。

おばあさん「ったく…これだから最近の若者は…」

律「…」

おばあさん「…チッ」

私がずっと無視していると、おばあさんはどこかへと歩いていった。

律「…」

律「…あれ?」

唯「…」


…あれは唯じゃないか。

私は電車を待って駅のホームに立っていたのだが、すぐ隣にかつての部活仲間、平沢唯を見つけた。

唯「…」

唯は私には気づいていないようだった。

唯とは高校時代に同じ軽音楽部に所属していたのだが、それぞれ別の大学に入ってからは一度も会っていなかった。
唯は当時から私達の中で一人図抜けた才能を持っていて、今では大学に通うかたわらで若手のギタリストとして音楽業界から注目され始めているらしい。
これは半年ほど前に澪に聞いた情報だ。

今やただの学生の私とは月とスッポンほどの違いの唯。
私がそんな唯に話しかよいのかどうか迷っていると、

おっさん「う゛~ん…」フラフラ

駅の構内に変なおっさんが現れた。フラフラしている。どうやら酔っ払いのようだ。


おっさんはかなり酔っているようで、右へ左へフラフラと揺れていた。

律「あ…あぶな

おっさん「」ドサッ

唯「!」


私が危ないですよ、と言おうとしたところでおっさんが線路に落ちた。

おっさん「う゛~~~~~…いてぇなあ………」

ザワザワ

男A「なんだなんだ?あのオッサン、どうしたんだ?」

男B「フラフラ~って、勝手に自分で落ちたんだよ…」

男A「おいおい、もうすぐ電車来るぞ?」

あ~あ、オッサンやべーぞ…ありゃ相当酔っ払ってる…。

おっさん「う゛~…」

男A「おいおい、やばくね?駅員来ねーのかよ…」

男B「…お前、助けてやれば?」

男A「…やだよ」

…だよな、もうそろそろ電車来るから危ないし、わざわざ線路に降りて助けるヤツなんかいるわけないって…。

唯「…」ブルブル

あ、唯のやつ震えてる…

だよな。
やっぱ目の前で人が死ぬのは怖いよな…

唯「…よし、決めた」テクテク

律「え…?」

ザワザワ

男A「お、おい、女の子が線路に降りたぞ…」

男B「ほんとだ。結構かわいいじゃん」

おい唯…!危ないって!なにしてんだよ!そんな酔っ払いのオッサンほっとけよ!

律「…」

心の中でそう叫んだだけで、私は何もできずただオッサンの元に向かう唯を見て固まっていた。

唯「おじさん!起きて!もうすぐ電車来るからここは危ないよ!」

おっさん「…う゛~ん?」
唯「おじさん!」

ザワザワ

男A「おい何やってんだ!早く上がれ!君まで死んじまうぞ!!」

男B「…駅員なにやってんだよ~…」

唯「おじさん!」

唯「うんしょ…うんしょ…。…ダメだ。私ひとりじゃ持ち上がらない…」

唯「ねえ!誰か!!ここまで降りて一緒に手伝ってくださいッ!」

男A「!!……え、駅員まだかよ~…」

男B「な~、仕事しろっつーの…」

唯「そ、そんな…誰か…」

律「…」

……誰も動かない…いや、動けなかったんだ。私もだ。自分の命惜しさに足がすくんでしまっている。

唯「そんな…」

律「…」

唯「…」

唯「…あれ?」

…唯がこっちを見てる…かつての仲間の私を…?
いや、有名になり華やかな生活を送ってるであろう今となっては、私のことなんか忘れてるに違いない…

律「…」

唯「…!!」

唯「りっちゃん!!?りっちゃんだよね!!!」

律「あ…」

唯「りっちゃん!!助けて!!」

…気づいたら勝手に足が動いて線路に降りていた。さっきまでビビってシカトしてたのに…。
なんで!?なんで降りてるんだ私?
覚えてもらってて、また「りっちゃん」と呼んでもらえて嬉しかったのか?

そんだけ!?
死ぬかもしれねーんだぞ?

唯「しゃがんで!」

律「え?あ、ああ…」ヒョイ

おっさん「う゛~ん…?」

唯「いくよ!?いッせーのーで、よい…しょ!!」グイッ

二人でおっさんを持ち上げた。早くしないと…


プルルルルルルル


「間もなく二番線に電車がまいります。白線の内側までおさがり下さい」


ザワザワ

男B「お、おい…マジでやべーぞ、おい!」

男A「…君たち!俺が引き上げるから持ち上げてッ!!」

唯「はい!りっちゃん!」

律「わかってる!」

唯・律「…せーのお!!」グイッ…グイッ

男A「う、うおおお!!!」ズリズリ

今更だが、男が一人協力してくれたお陰でおっさんをホームに戻すことができた。でも今度は私達が線路に取り残されてしまった。


プアアアアアアアアン


やばい、電車が来る…


男B「おい!お前らも早く上がれ!!死ぬぞッ!?」

律「…ッ!」スカスカ


そんなことはわかってるけれど、わかってるからこそ余計に力が入らず上がれない。

…なんでこんなことになった?
あたし、死ぬかもしんない…ダメだ吐き気がしてきた。

ゴオオオオオオオオオ

男A「おい、急げ!!早くッ!!」

律「あ…あッあッ」スカスカ

ダメだ、やっぱり力が入らない。

唯「りっちゃん!走ろう!!」

律「え!?」

こいつ何言ってんだ?

唯「早く!!」ダダッ

律「なッんッでッ!!?」ダッ

男B「おいッ!!」


ゴオオオオオオオオオ


律「だ、だめッだッ!走ッてどーすんだよ!!」

唯「停車の時は速度を落とすでしょッ!!」

律「!!?」

唯「最前列の車両より前まで走ッたら…助かるはずッ!!」

律「そうか!」

そうか…気づかなかった
唯のヤツ…ちょっと知らない間に賢くなったなあ…

まだ助かる!助かるぞ!!

男B「おい!!」

ゴオオオオオオオオオ


男B「通過列車だぞ!バカ野郎ッ!!!」


男A「もうダメだぁッ!!」

ゴオオオオオオオオオ

そ、そんな…
そんな!!

律「うわああああああ!!!!」

唯「す、隙間!どッか隙間探して!!」

律「んなもんあるわけねーよ!!」


ゴオオオオオオオオオ


唯・律「わ、わああああああああ!!!!!!!」


バキャッ



なんだ…?

あ、唯………首だけだ…はは…気持ちわり~…
あんなことすっからだぞ~…?

ったく…
私は死ぬのか?
…でも
まあ
いいか
久しぶりに唯とも会えたし…

女「いやーッ!!!!」

男A「うわあああああ!!!!」

男B「おえ゛え゛え゛」

うるさいな…

オッサンも助かったし別にいいだろ…?
ああ
なに騒

プツンッ


………

ダンッ

律「…はぁ・・・ぜぇ…はぁ……」

唯「…はぁ…はあ…あ…れ……?」キョロキョロ

律「ああ!?…はぁ。…な、なんだ、ここ…?」

…そこはどこかのマンションの一室のようだった。窓からは東京タワーが見えている。
5、6人の人達がジッとこちらを見ていた。
その中央には黒い玉が一つ。なんだこれ?
…私はまだ死んでいないのか?


部屋にいたのは背広姿で眼鏡をかけた三十代とおぼしき男、病院の患者のような白い服を来た壮年のおじさん、
金髪の若い男、そして部屋の奥で固まっている二人組らしい中年で強面の男。
…あと、舌をだした犬が一匹いた。

…なんだこれ?

金髪の男「今度は女か…」

いきなり、金髪頭の若そうな男がニヤニヤしながら言った。

背広の男「…君たちも、死にかけたのかい?」

律「はぁ?」

わ、訳が分からない。
何が起こっているんだ?
唯「…あ、あの、ここは…?」

背広「…さぁ、わからないよ」


唯「…」

律「唯、あたし達って、電車に、ひ、ひかれたよなあ…?」

唯「うん…」

律「これ、何なんだ?」

唯「…なんかよくわかんないんだけど…もしかして助かったのかなあ…現に今生きてこうして会話してるしさ」


そうだろうか…?
もしそうなら私達はなんでこんな部屋にいるんだ?
そしてこの人達はなんなんだ?


患者服の男「…助かッてないよ…」

律「え?」

患者服「助かってないッ!」

金髪「チッ…うッぜえ…」

患者服「私はさッきまで、都内の病院でひどい病に侵され苦しんでいた。そして次第に意識が遠のき、気が付いたらここにいたんだ。
今は痛みもなく元気そのもの。君達も何かあッてここに来たんだろう?ここは天国だよ…。そう考えるのが自然だッ!」

患者服のおじさんが自信満々にそう言いきッたとき、強面の二人が顔を見合わせて笑ッたのを私は見た。

唯「て、天国…?」

金髪「勝手にテメーだけ死んでろよッ…」

背広「…まあ、それも仮説の一つですよね。私も帰宅途中に交通事故に遭ッたのが最後の記憶ですから」

律「は…はは…」

唯「…」

律「で、でもあそこに東京タワーがありますよ?」

唯「あ!ほんとだ…!」

唯が立ち上がッて窓を覗く。

そうだ
東京タワーが見えてるじゃないか…
ここが東京ならこの部屋もマンションの一室に過ぎない。
でも、なら何故コイツらはこの部屋に留まッてるんだ?

唯「り、りっちゃん…窓が…」

律「?どうした?」

唯「さ、触れない…」

律「はあ?ちょッとやらしてみろ…ッて、あれ?」

窓のが開かない。
というかツルツル滑ッて触ることができない。窓の手前になにか見えない壁でもあるみたいだ。

律「な、なんだよ、これ…」

患者服「な?出れないだろ?玄関も同じだよ。やッぱりここは天国さ…ふ、ふふ…」

律「…」

患者服のおじさんが変に笑いながら言ッた。


律「…コレはなんなんだよッ…一体…!」

唯「…」

唯「ごめんね…りっちゃん…」

律「え?」

唯「…あたしがりっちゃんを巻き添えにしたようなもんだよ…」

律「…」

唯「ごめんね…」

律「別にいいよ…久しぶりに唯に会えたからさ!」

唯「り、りっちゃん…」

律「そういえば卒業以来会ってなかったよなあ。元気だッたか?」

唯「うん…」

律「風の噂で聞いたぜ?プロになれるかもしれないんだろ?めちゃくちゃ凄いじゃん」

唯「はは…。でも…高校でみんなで軽音やッてた時が一番楽しかったよ…」

律「ホントかよ…」

唯「うん!」

律「…ほとんどお茶飲んで喋ってただけだけどな」ニヤリ

唯「…」クスッ

律「まあ、私もそうだよ。大学も楽しくないッてわけじゃないんだけどさ…」

唯「…みんな元気なのかなあ…」

律「さあ…。澪は偏差値高い所に行ッて忙しいみたいで最近連絡とってないし、…ムギは大学どこだッけ?」

唯「関西の大学だよ。そこもとッても偏差値高いところ…」

律「ああそうだそうだ。親元から離れたいとか言ッてからなあ…」

律「唯は誰かと連絡とッてるのか?」

唯「いや、私もいろいろ忙しくって…」

律「そうか…。ん?」


久しぶりに会った唯との会話からふと顔を上げると、強面の内の一人がこちらを見ていた。
とりあえずコイツを強面Aとしよう。
強面Aは私達二人を品定めするように見、私に目を向けると胸の辺りをジッと見てきた…が、五秒ほどで視線を唯に移した。
今度は長かったが、二十秒ほど見ると腰を上げ、こちらに歩いてくる。唯が声を出さずに怯えているのがすぐにわかった。
私はとっさに唯の前に立ちはだかり、強面を退けようとした。

律「…おい!それ以上唯に近づく・・・な?


ジジジジジジジジジジジジ


…目の前に変なものが出てきた。


強面A「………」

律「…?」

強面Aも私も目の前の光景に呆気にとられていた。
いや…正確に言うと、呆気にとられていたのは私だけだった。
強面Aの方は驚いてはいないが、気味悪がっているみたいで、目の前のモノに近づかないようにもといた場所へジリジリと後退していっていた。

律「…な、なんだコレ」
部屋の奥にある例の黒い玉からレーザーのようなものが照射されていた。

これは………スニーカー…か?…もしかして、人なのか!?

その光の先からスニーカーのようなものが、それを履いている足の肉の断面を見せながら少しずつ出てきている。


背広「…またか」

律「うわッわッ、…なにか出てくるぞ!!」

唯「なに…これ…」

私は気持ち悪くて視線を逸らした。
すると背広姿の男が言った。

背広「…君達も、そうやッて部屋に現れたんだよ…」

患者服「また死者が来たのか…?」

律「…」

唯「気持ち悪い…」

恐る恐るまた見ると、黒い靴のようなモノを履いた足は既に形成されいて、今は腰のあたりだった。
これはもしかして…?


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最終更新:2010年08月05日 23:58