唯「……澪ちゃん…?」

澪「!!!」

唯「おーい!良かった~、誰か見つかって。あれ?澪ちゃん一人?」

澪「……ゆ……」

唯「??」

澪「唯ぃぃっ……」

唯「ど、どうしたの!?」


唯は澪を見つけた途端、すぐに笑顔で駆け寄ってきた。
へたれこむ澪に合わせて唯も地面に座ったが、不安の絶頂の中でようやく人が見つかり安心した澪は安心し、脱力するように唯の両腕を掴んでいた。

澪「良かったぁ…」

唯「澪ちゃん大丈夫?」

へなへなと全身の力が抜け、唯の腕に寄りかかる澪を慌てて支え、不思議そうに声をかける。
しかし緊張の糸が切れたのか、頭を下げ俯いたまま、顔を上げようとしない。
よほど怖く、不安だったのだろう。澪は唯の服を、ぎゅっと掴んだまま離さなかった。

普段から大人っぽく落ち着いた澪がここまで寂しさを表すのは驚いたが、唯は何も言わずに背中を優しく撫で、ただただ澪の気持ちが落ち着くまで待った。

唯「澪ちゃん…大丈夫?落ち着いた?」

澪「…うん…」

唯「良かった…」

唯「澪ちゃん、どうして一人だったの?」

澪「…唯を…探しに…」

唯「私?もしかして…探しに来てくれたの?」

澪「………」

澪はコクンと小さく頷いた。唯は軽音部で一番怖がりの澪がまさか一人だけで探しに来るとは思っておらず、驚きを隠せなかった。
けれどそれ以上に嬉しかった。あんなに臆病で、怖い事が苦手な澪が、たった一人で自分を探しに来てくれたのだから。

きっと凄く不安だったに違いない。とても心細かった事だろう。
でも澪は、唯のために勇気を振り絞ってくれた。その事実が唯にとって、「嬉しい」という言葉だけでは表しきれないほどだった。



唯「澪ちゃん、私達の誰よりも怖がりさんなのに…来てくれたんだね」

澪「……」

唯「すごく、すごく頑張ってくれたんだね」

澪「……」

唯「本当に、ありがとう。澪ちゃん」

澪「べ…別に私は…。迷っただけで、結局何もできな…」

澪「!?」

唯「いいんだよ。澪ちゃんは頑張ってくれたんだから」

唯は澪の頭へ手を伸ばした。頑張ってくれた澪を褒めるように、何度も撫でる。
その手付きはとても優しく、普段の落ち着きがない唯からは考えられないほど穏やかで、安心できるものだった。

普段の澪なら絶対に恥ずかしがる事なのだが、今はとても心地よく、不安で冷えていた心が、ぽかぽかと温かくなっていった。


唯「もう怖くない?」

澪「う、うん」

唯「良かったぁ」

唯は撫でる手を止め、頭から離そうとした。顔を上げた澪は自分から離れていく手を見つめる。
その目は物足りないような、どこか寂しいような、複雑な感情が込められていた。

澪「あ…あのさ…」

唯「?」

澪「えっと…その…」

唯「…?」

澪「……手…」

唯「手?」

言葉より早く、唯の手を握った。澪は緊張する自分の手を叱咤するように握る力を強め、口をぱくぱくと小さく動かした。
言いたい言葉が上手く出ない。きょとんとする唯から目を逸らし、喉から無理矢理に声を押し出した。


澪「…もう少しだけ、撫でてほしい…」

まさか自分の口からこんな恥ずかしすぎる台詞が出るとは思いもせず、文字通り顔から火が出そうだ。
恥ずかしさから素直に甘える事が苦手な澪にとって、とても度胸がいる一言だろう。

その言葉を聞いた唯は、嬉しそうな笑顔で澪の頭を撫で続けた。
今度はさっきよりも長く。


澪(……もう少し、こうやっていたいなぁ……)

澪(!!)

澪(…なっ、何考えてるんだろ、私)

澪「唯……その、ありがとう。もう大丈夫」

唯「本当に?」

澪「うん」

唯「ふふ~、今日は澪ちゃんの可愛い姿が見れたなぁ」

澪「あ、あれはっ…!」

唯「うん、すっごく可愛かったよ!」

澪「……い、今の事は皆には内緒だからなっ!軽音部の皆にも言ったらダメだ!」

唯「え~?」

澪「いいか、絶対の絶対!特に律に知られるわけには…」

唯「じゃあ秘密!」

澪「へっ?」

唯「私と澪ちゃん、二人だけの秘密って事で。……ねっ!」

澪「…や、約束…だからなっ」

唯「うん。約束!」

唯「よーし、そろそろ戻らなきゃ心配かけちゃうね」

澪「もうとっくに心配されてるよ」

唯「あはは、でも大丈夫!澪ちゃんも居るし!」

澪「そ、そう?」

唯「うん!」

澪「……じゃあ戻れるよう頑張ろうか!」

澪「えっと…まずは道の確認だな。」

澪「こっちは今来た道だし……残るは二個か…」

澪「ただ闇雲に歩くのも危険だ。ちゃんと確認しながら行こう」

澪「そうだ!マッピングしたほうが良いかな」

澪「唯はどう思………え、唯?」

澪「いないっ…唯?唯!?」


唯「お~よしよし、可愛いわんちゃんだね~」

犬「くうん」

澪「だから話を聞け!!」

唯「えへへ~ごめんごめん」

澪「まったくもう…」

唯「澪ちゃんも触ればいいのにー」

澪「え、わ、私は良いよ」

唯「ほほー…怖い?」

澪「そういうわけじゃっ……というかニヤニヤするな!」

澪「大体、唯は危機感が足りないぞ。もう少し真剣に…」

唯「ごめんごめん~。でも焦っても、皆のところに戻れるってわけじゃないし…」

この家の飼い犬であろう、大きくて金色の毛並みが綺麗な――犬種はゴールデンレトリバーだろうか。その犬を触りながら、唯は笑顔のまま答えた。
こんな状況で、暗闇のなか知らない土地で迷子になったという状況で笑っていられるのが澪は不思議でならなかった。
こんなにも自分は危機感を抱いていると言うのに。


澪「そ…それはそうだけど、もう少し今置かれている状況を」

唯「大丈夫!きっと何とかなるよ。だからそんなに不安にならないで、一緒に頑張ろ!」

澪「唯……」

唯「今は焦っても仕方ないよ。絶対に和ちゃん達は、私達を見付けてくれるから」

澪「……」

唯「絶対、大丈夫だよ」

澪「……そうだな」

澪は焦っていた気持ちが、少しずつ落ち着いていくのを感じた。
何でだろう?今まで焦っていたのに。こんな状況でも全く変わらず、いつも通りで、マイペースな唯を見ていたら、固まる心がほぐれていくように自然と落ち着いていた。

このマイペースな笑顔を見ていると、不思議にも「大丈夫だろう」と思えてくるのだ。


澪「私…ちょっと焦ってた。ごめん」

唯「ううん、謝らないで」

澪「頑張って皆の所に戻ろう!」

唯「うん!」


和「……あ!居た!唯~澪~っ」

唯「あ!和ちゃん!」

澪「和!!」

二人を見つけた和が、遠くから走って来ていた。よほど心配していたのだろう。

澪「まさか本当に見つけてくれるなんて…」

唯「……ねっ、言った通りでしょ!」

澪「…まったく、たまたま運が良かったんだよ」

唯「ぶー」

澪「行こう、みんな待ってるよ」

無事に合流できた唯と澪は、軽口を叩きながらも和のもとへ走り出していた。



~お風呂~

律「まーったく、二人とも迷子になるなんて思わなかったよ」

唯「ご心配おかけしてスミマセン…」

澪「わ、私は迷子じゃ…」

律「唯を探しに行ったは良いものの、迷ったんだろ?澪も」

澪「うう……ごめん」

紬「まぁまぁ。りっちゃん、あんなに二人を心配してたじゃない」

唯「えっ」

律「こ、こらムギ!」アセアセ

紬「こうは言ってるけど、とても心配していたのよ。すごく必死に探し回っていたし」

澪「律…」

唯「そうだったんだ…」

律「…あー、もう!とにかく!あまり心配かけさせないでくれよなっ」

唯「うんっ!」

紬「うふふ」

紬「澪ちゃんの髪、綺麗ねぇ」

澪「えっ?そ、そう…かな…」

紬「うん!大和撫子みたいで綺麗だと思うな」

澪「そ、そんな大袈裟な。言い過ぎだよ」

澪「ムギだって綺麗じゃないか。良い色だし…」

唯「なになに、何の話~?」

澪「ムギの髪は綺麗だよな、って」

紬「そ、そうかしら?私は天然パーマだから、ストレートも羨ましいな」

唯「えー、ふわふわしてて可愛いのに!羨ましいよ」

紬「天然パーマには天然パーマにしか分からない悩みがあるのよ…」

澪「な、なんか達観してるな、ムギ」

紬「色々あるのよ色々…」


律「………」

律「……髪伸ばそうかな」



~寝る前~

律「ふぁー……今日は疲れたなぁ…」

澪「ものすごく迷ったもんな…」

唯「歩き疲れたねぇ…」

紬「うん…それに昨日あまり寝てなかったから、余計に…」

唯「寝る時間遅かったもんねぇ…」

律「今日は早めに寝るかぁ…」

澪「……寝ちゃうの?」

律「ん?何か言ったか?澪」

澪「ううん!な、なんでもない」

唯「修学旅行、楽しかったね」

律「あぁ!本当に楽しかった」

紬「一生の思い出になったわ」

唯律紬「それじゃあ……おやすみ!」

澪「おやすみ…」


澪「ふう…」

澪(色々なことがあったな。この二日間)


部屋の電気は暗くされ、静かな部屋中を薄暗いオレンジ色が照らしている。
布団に入った澪は修学旅行の出来事を思い返す。この二日間、色々な事があった。
唯が失敗をした時に手助けをしたり、律の悪ふざけを止めたり、紬と和やかな話をしたり。

すごく、楽しかった。そして、懐かしかった。……どうしてだろう?軽音部の皆とは、毎日一緒に居るはずなのに。
いつも一緒に居るのに、どうして「懐かしい」だなんて思ったのだろうか。



~一年生の頃~

唯「みーおちゃんっ!」

澪「うわわっ!ゆ、唯!?」

唯「えへへ~♪」

澪「ひ、引っ付くなっ恥ずかしい///」

唯「だって澪ちゃん、可愛いんだもん~ついつい…」

澪「か、可愛くないって!」

律「あれあれぇ?秋山さん照れてるんですか?」

澪「違うっ!」

律「え~?ムギはどう思う?」

紬「私も照れてると思うなぁ、うふふ」

澪「む、ムギまで…!なぁムギ、二人に何とか言ってやってよ」

唯「照れてる澪ちゃんも可愛い~」

澪「だから、からかうなっ///」

唯「ごめんごめん!澪ちゃんって、からかいたくなっちゃうんだよねぇ」

律「だよなぁ~分かる!」

紬「うふふ」

澪「…むう…」

律「怒った顔も可愛いぜ(キリッ」

澪「バカ律!」ゴスン

律「いったぁあぁー!?」

唯「あはははっ」


澪(皆して、いつもからかって……)


澪(でも………嫌いじゃない)


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最終更新:2010年08月06日 23:01