~現在~

澪「あ、唯」

律「よーっす」

唯「ごめ~ん皆、遅くなっちゃった」

澪「それはいいけど、ところで」

唯「あ~ずにゃ~ん!」

梓「きゃっ!や…やめて下さいよっ」

唯「だって~小さいから抱きつきやすくって」

律「ははは、言えてるな」

梓「ち…小さくないです!」

律「どう見ても小さいだろー」ケラケラ

梓「律先輩には言われたくないです!」

唯「見て見てっ、新しいネコミミ!」

紬「わぁ、可愛い!」

唯「あずにゃん、付けてみなよ~」

梓「嫌ですっ!どうして私が…」

律「だって似合うもんなぁ?」

唯「そうだよ~、えいっ!」

梓「!」

唯「わ~、可愛い~♪」

律「おお~っ、似合う」

紬「とっても似合うわよ、梓ちゃん」

梓「ムギ先輩までっ!見てないで助けて下さいー!」

澪「……………」

そうだ。梓が入部してから、皆は自然と…梓を特に構うようになっていった。
梓はとても可愛い後輩だし、皆が構いたくなる気持ちは十分わかる。部の仲が良いのは、良い事ではないか。なのに、どうしてまたモヤモヤするのか澪には不思議でならなかった。

みんな、梓が大好きなんだと思う。唯は梓を構い、律は梓をからかい、紬はそんな梓達を見守り―――


澪「……??」

この言い方だと、まるで……。


そこまで考えて、ふと、澪は我に返った。ここ最近モヤモヤしていた理由に、やっと気付くことが出来たからだ。
どうして気付けなかったんだろう。…いや、気付きたくなかったのかもしれない。


澪「そっか……私」


澪「……寂しかったんだ……」


澪は梓が嫌いな訳ではない。大事な軽音部の仲間で、可愛い後輩だ。
ただ、寂しかったのだ。梓が可愛がられ、皆が前ほど自分を見てくれなくなったような気がした。あまり話しかけてくれなくなった気がした。

前までは話を振られることも多かった。もちろん澪にとって恥ずかしい内容や、茶化される内容は多かったが、それでも澪は満足していた。
――自分が必要とされているようで、嬉しかった。

でも今は…梓が入部してきたから、もう私は必要ないと思われているんじゃないか、と馬鹿な考えをしてしまう。
そんな風に皆を疑ってしまう自分が何より腹立たしく、嫌だった。

澪(こんなふうに考えてしまうなんて…バカだな…私)

澪「……はぁ…」

唯「……澪ちゃん?」

澪「!!……唯?」

唯「やっぱり、澪ちゃんだ」

近くの布団から、声が聞こえてきた。顔は見えないが、声で唯だということはすぐに分かる。
澪は慌てて腕で目をゴシゴシと擦り、泣きそうになっていたことを悟られないよう懸命に平常心を持とうとした。

寂しがり屋ではあるが、泣くところを人に見られるのは、やっぱり恥ずかしいと思ってしまうのだろう。


澪「寝てたんじゃ…?」

唯「ううん。ちょっと寝つけなくて…」

澪「そっか…珍しいな」

唯「修学旅行、楽しかったから興奮が冷めなくて…」

澪「やっぱり唯らしいや」

唯「えへへ…」

唯「澪ちゃん…どうかしたの?」

澪「な、何でもない」

唯(………)

澪「明日も早いんだからさ、唯も早く寝なよ」

澪「…じ、じゃあ、おやす」

唯「ねぇ澪ちゃん」

澪「えっ?」

唯「修学旅行……もう終わっちゃうんだね」

唯「今から寝て、目が覚めたら…もう帰らなきゃいけない時間になって、修学旅行は終わっちゃう」

唯「だからかな。まだまだ寝たくないし、まだまだ起きていたい」

澪「……」

唯「学校や部活だって、毎日楽しいよ。でも…この二日間は、何ていうのかな…いつもとは違った楽しさがあったの」

澪「……うん」

唯「この四人だけで遊んだり、話したりするのも…すごく久々だなぁって」

澪「……うん」

唯「一年生の時を思い出して、何か懐かしくなっちゃった。皆とは毎日一緒に居るはずなのに。えへへ、変だよね」

澪「……うん…」

唯「私、この二日間、ほんとに…ほんとに楽しかったんだ」


唯「だからね。この時間が終わっちゃうのは、すごく寂しい」

唯「澪ちゃんは?……この二日間…。楽しかった?」



澪「………うんっ…!」

澪は、唯も自分と同じ事を考えていたなんて知らなかった。この二日間が懐かしく感じたなんて、過去を振り返っていたなんて、自分だけだと思っていたからだ。


深く深呼吸し、澪は決意を固めた。ずっと今までモヤモヤしていたこと。そしてその理由。
今言わなければ、もう二度と言えない気がした。


澪「……私」

唯「うん?」

澪「今まで、寂しかったんだ」

澪「梓が入部してから、みんなが梓を構うようになって、私は…前より話しかけられなくなって」

澪「分かってるんだ。みんな悪気なんて無いし、無意識だってことくらい」

澪「こんなの…私の考えすぎだってことも、分かる」

澪「でも、前より私の居場所がなくなってしまったような気がして」

澪「ちょっとだけ…寂しかったんだ」

澪「梓は何も悪くないのに。後輩に嫉妬するなんて……最低だな。私」

澪「先輩失格だ…」

澪は自分を強く責めていた。梓に合わす顔がない。これじゃあ先輩として最低だ。
頭の中がぐちゃぐちゃに絡まって、何が何だか分からない。無性に悔し涙が込み上げてくるだけだった。


唯「そんな事ないよ」

澪「唯…?」

唯「澪ちゃんは最低なんかじゃない」

澪「で、でも私が考えすぎてるだけで…。ごめん、変なこと言って」

唯「謝るのは私のほうだよ……ごめんね。澪ちゃん」

澪「な…なんで唯が謝るんだ!?」

唯「だって、三年間も一緒にいたのに……澪ちゃんがそんな風に思ってること、全然気付けなかった」

唯「この二年間、ずっと悩んでたんだよね?」

澪「それは…」

唯「私、みんなや澪ちゃんの事を分かったつもりでいたけど、ちゃんと分かってなかったんだ」

唯「いつも一緒に過ごしてたはずなのに……二年間も悩んでることに気付いてあげられなくて、ごめんね」


澪は信じられなかった。自分の勝手な思い違いを、こんなにも親身に答えてくれるなんて。
馬鹿だな、そんなのお前の勘違いだって笑い飛ばされると思ってた。笑われるのが怖くて、そうやって勘違いだと切り捨てられるのが怖くて今まで言い出せなかったから。

でも唯は笑わずに、最後まで真剣に聞いてくれた。それだけで十分、救われた気がした。

澪「唯……ありがとう、話を聞いてくれて」

唯「ううん。私こそ、話してくれてありがとう」



感謝の気持ちから、澪は涙を堪えて精一杯の笑顔を作った。

その時――どこからか、鼻を啜る音が聞こえた、ような気がした。



律「……ったく。お前って奴はさぁ…」

紬「もう、澪ちゃんてば…」

澪「!??律、ムギっ!? い、いつから…!?」

律「ずっと前からだよ。あんだけ話してて、寝れるわけないだろ」

澪「ご、ごめん。うるさかったよな…」

律「そうじゃなくて!ほっといて寝れるわけないだろってことだ!」

澪「へ…?」

紬「水くさいわよ、澪ちゃん」

律「そうだぜ、澪。私らはお前にとって何だ?」

紬「ただのクラスメート?」

澪「ちがっ…!」

紬「私たちに言いにくいことも有るかもしれない。でも、それが私たちに関係することなら、なおさら言ってほしいの」

紬「だって私は、みんなや澪ちゃんの仲間なんだもの」

澪「ムギ……」

律「私らは全員、軽音部の仲間であり友達だ。誰かに嬉しい事があったら一緒に喜ぶし、悩み事があるなら一緒にとことん悩んでやる」

律「そんで悩み事なんか、すぐに一緒に解決してやる」

律「それが友達ってやつだ。いいか、忘れるなよ」

澪「律……」


唯「ほらね、澪ちゃん。みんな澪ちゃんのこと、すごく心配してるんだよ」

唯「だから、居場所がないなんて言わないで。ここは、軽音部は澪ちゃんが必要なんだから」

澪「唯……」

律「でもな……私たちも、ほんっとーに悪かった!澪が不安に思ってたの、気付けなかったし…ごめん!」

紬「私も。無意識のうちに傷付けてしまってたのよね……」

澪「…私…、ここが、居場所だと思って…いいんだよな…? 梓がいるから、もう必要ないわけじゃ…ないんだよな…?」

律「当たり前だろっ!澪は澪、梓は梓だ。梓がいるから必要ないとか、そもそも間違ってるんだよ」

紬「誰かの代わりになんて、なれないのよ」

唯「ねっ?みんな、澪ちゃんが大好きなんだから!」

澪「みんな…」


律「だから……澪の居場所は、ここにちゃんとある。私たち軽音部にな!」

澪「…………」

律「み…澪?どうした?」

澪「う……ううっ…」

紬「澪ちゃん?」

澪「ううっ……ひぐっ、うっ……えぐっ……う…うわぁぁあぁぁん!」

唯「みみ、澪ちゃんー!?どうしたのっ!?」

紬「お、落ち着いて!」

律「わわわ、私、なにか駄目なこと言ったか!?」

澪「違う……違うんだ…」

澪「本当に、馬鹿だ…私。こんなに心配してくれる友達がいるのに……なんにも気付けてないのは、私のほうだよ」

澪が二年間、ずっと一人で心に隠してきた悩みが、たった一日で消えた。
笑われることを恐れずに、きちんと逃げずに伝えていれば、もっと早くこうなっていたのだろうか。
きっかけは、一つの勇気をもらえたから。その勇気があったから、澪は逃げずに皆と向き合うことが出来た。

あんなに悩んでいた自分が嘘のように、今では心からの笑顔でみんなと笑い合うことが出来る。
その笑顔はとても輝いていて、幸せそうだった。

澪(……ありがとう……みんな)



~新幹線~

律「終わっちゃったなー、修学旅行」

唯「うん…楽しかったね!」

澪「長いようで短かった、よな」

紬「でも、充実した三日間だったわ」

唯「この三日間の思い出、絶対に忘れないよ!」

律「うん。私も忘れない」

澪「私……も…」ぐううーきゅるる…


紬「……」

律「……」

澪「え…えっと…」

律「…ぷっ!そうだよ、まだ修学旅行は終わってない。遠足は家に帰るまでが遠足っていうしな!
よーっし、最後の最後まで満喫しようぜ!」

唯「うんっ!そうだね!」

紬「何かやりたいわね♪」

律「じゃあ澪ちゅわんはお腹が空いてるみたいだし?みんなでお菓子を賭けてゲームだぁ!」

澪「えぇっ!?」

唯「お菓子!?やる気出てきたよ~っ!」

紬「私も頑張る!」

澪「お前たちは疲れってことを知らないのか!?これ本当に三日目のテンション!?」

律「なーに言ってんだ、私たち軽音部はいつでも元気!がモットーだぞ!」

紬「そうじゃなきゃ、軽音部らしくないわね♪」

唯「ほらっ、澪ちゃんも早く!最後まで楽しもっ!」

澪「そう…だな。最後まで楽しまなきゃな」

澪「……よしっ、絶対に負けないからなっ!」


帰りの新幹線、どこの座席もみんなが疲れ果てて眠っている。
けれど軽音部の席だけは、賑やかな声が途切れることなく、誰もが最高の笑顔で笑い合っていた。


おしまい!



最終更新:2010年08月07日 23:11