「だいぶあったかくなってきたなぁ」

もうすぐ5月。思わず昼過ぎまで寝てしまいそうなぽかぽかした朝を迎える。
寝癖も直さずパジャマのまま習慣のように郵便受けを覗く。
今日は休日だしこの格好でも大丈夫だよね?
家のポストには自分宛の郵便が2通届いていることを知った。

家に入り、パンを食べながら1通目の封筒を開けてみた。


『 田井中 律 さん

  拝啓 春暖の候、ますます御健勝のこととお喜び申し上げます。
 このたびは弊社の選考に応募頂き、 誠にありがとうございました。
 慎重に審議を重ねました結果、誠に残念ながら採用を見送らせて頂くことになりました。
 ご希望のところ、誠に不本意な結論ではございますが、
 あしからずご了承くださいますようお願い申し上げます。
 末筆ながら今後の田井中 律さんの益々のご活躍をお祈り申し上げます。
                               敬具
 株式会社オニーキャニポン 人事 』



「あ~あ。また落ちたか…」
2秒で内容を把握して封筒ごと破ってゴミ箱に投げる。こういう時期だとわかっててもつらい。 これで何十社落ちたかな。あーもうっ!二次面接で落とされるからタチが悪いぜっ。
澪は最終面接までいったって聞いたけど、そういえば他のみんなはどうしてるかな。

そんなことを考えながら3個目のミニクロワッサンと2通目の封筒に手を付けた。

「え~っとなになに?桜ヶ丘高校移転終了のお知らせ…?」
そういえば、私達が卒業する頃にはもう話が進んでいると聞いたけどついに終わったのかぁ。

大人の事情で移転した後の”元桜高”はどうやら図書館が併設された市民向けの総合施設になったみたいで、封筒の中にはその内容が載せられていた。

「私達が青春を捧げた校舎かぁ… 懐かしいな」

「もう解放されてるみたいだし…」

「せっかくだから行ってみようかな」

気づいたら出かける準備は整っていた。

電車で数十分揺られた後、懐かしの看板を見ながら歩く。

白い校舎を目の前にすると、高校時代のいろいろな事を思い出す。
澪も連れてくればよかった。いや、今日は予定入ってるって言ってたけど。
少しざわつく施設内をキョロキョロと惜しみながら歩く。

懐かしい校舎の中をぶらぶら歩いていると足は自然に音楽室に向かっていた。

「思い出すなぁ。三年前の事を」


…3年と少し前。


私達軽音部こと放課後ティータイムは卒業前にライブを行った。
内容は結果から言えば大成功だった。

「みんなありがとおおお!!」
「桜高軽音部は永遠に永遠だよおおお!!」

その昔、桜高軽音部が少し有名だった時があったと聞いたけど、私達はそれに負けないぐらい地元では有名になっていたらしい。
澪のファンクラブをはじめ、どうやら極秘に他のメンバーのファンクラブが出来ているという噂も聞いたし、ライブの度にボーカルがどっちになるか賭ける事が校内で流行ったとか。
曲がすごく良いのに歌詞が恥ずかしいというギャップも話題を呼んだ。

大成功を収め部室で祝杯を上げたときは、嬉しくも同時に寂しくなった。

唯「今日は最高だったね!」
澪「唯はあそこで歌詞間違えなかったからな。ギターもうまく決まってたよ」
唯「ずっとこのまま続けてればプロになれるかな??」
律「おーう!この調子だと本物の武道館も夢じゃないぜ!!」

そんな会話も束の間、現実は厳しかった。
誰もがバンドを続けたいと願ったが、4人全員進路は別なのでまともに会うことすら難しかった。会うだけならともかく、バンドの練習などもってのほかだった。


澪「私達、これで解散だね。」

紬「………」

律「………」

唯「…嫌だよ」

律「唯…」

唯「もう少しだけでいいからバンド続けようよ!」

澪「でももう春休みしか無いし…」

唯「そうだ!あずにゃんの為にライブをしようよ! このままだとあずにゃん、一人で新歓ライブすることになっちゃうし」

梓「え、でも唯先輩。別に私は一人でも…」

律「…そうだな。せっかくだし、私達の本当の最後は来年度の新歓ライブにしよう!」

澪「でもその時大学がもう始まって大変じゃない?」

律「だから春休みのうちに練習して準備万端にしておくんだよ♪」

紬「んー、できなくはなさそうね」

梓「先輩…」

軽音部が終わってしまうことを寂しいと思う気持ちが皆強かったせいか、私達のライブは3年になった梓が部員を獲得する為の新歓ライブに特別参加という形で最後を迎えることになった。 学校の許可を取るのは難しくはなかった。


しかし、四月になってからの4人の予定はバラバラで、なかなか合わせることが出来なかった。ムギや澪は土曜日まで学校が入ってるし、私もアルバイトを始めていたからだ。

やっと集まることが出来た日曜日ではこんなことがあった。


ジャーン!

澪「うん、悪くは無いな。皆空いてる時間に練習してるのか?」

律「まぁね!」

唯「ねぇねぇみんな、ちょっと相談があるんだけど」

澪「どうした唯?」

唯「実は、私密かに歌詞作ったんだ。ムギちゃんに頼んで曲も作ってもらったよ♪」

「「えええ!?」」

唯「すごくいい曲なんだよ!高校生活を思い浮かべながら書いたんだけどどうかな?」


『曲名: キラキラ☆な高校生活』

タイトルはともかく、曲の内容は唯らしい歌詞とポップな曲調だった。


澪「これは…」

律「澪の歌詞とはまた違うけどなんというか…」

澪「いやでもかわいいんじゃないかこれは?」

紬「うふふ、ポワポワしてていいと思って思わず唯ちゃんに協力しちゃった♪」

唯「ね?ね?なかなかでしょ?やろうよやろうよ!」

律「確かにせっかくだからやりたいなー」

澪「でもやるとしたら、この曲結構練習が必要なんじゃないか?難しい部分が多い気がする」

律「うん。その上練習時間がもうほとんど無い。」

唯「え?だってあと2週間もあるじゃん。」

澪「いや、次に皆で会うときは本番だぞ?」

唯「うっそーーー!?」

律「梓もいきなり新曲やろうと言われても困るだろうから、今回は無理かもな~。 でもこれいい曲だからさ、新歓終わってまた集まった時にでもやろうよ」

唯「ん~そうだね~しょうがないかな~」

この時私は、唯がこのタイミングで新曲を提案した事で何を考えているか察しがついた。
バンドが解散する事を寂しいと思っているのは皆そうだし、部長であり発端となったこの私が一番惜しんでいるのだと勝手に思い込んでいた。

違ったんだ。誰よりも放課後ティータイムの解散を寂しいと思っていたのは唯だった。
だから無理して作詞までして続けようと唯なりに考えていたんだ。
でも、楽器を皆で演奏するのは今の状況じゃ厳しすぎる。
唯もそれがわかっているはずだろう?
いやわかっているからこそ、最後の悪あがきだったのかもしれない。


紆余曲折を経て、新曲は御蔵入りとなった。
新歓は無難に終わり、バンドは事実上の解散となって皆バラバラになった。
皆泣いていた。泣き虫の澪よりも唯が号泣していたのを今でもよく覚えている。

後になって梓から連絡が入った。
『新入生が数人入ってきました。ありがとうございます』だってさ。
これで私達の苦労の甲斐もあったってことかな。

私達4人はたまに集まって遊んだりしていたが、そういえばここ最近は遊んでいない。
皆進路関係で忙しいから仕方ないことだと割り切っているけど、寂しいものは寂しい。

今皆何をしているんだろうな。


「…だからこうして思い出の場所に足を運びたくなったのかな」


3年前のことを思い出しながらティーセットが置いてあった棚を無造作に触る。
そうやって音楽準備室を俳諧しているうちに、予想外の事が起きた。



「あれ、律?」

「えっ…?澪!?」

澪が音楽準備室の入り口に立っていた。



「えっ…澪は今日予定があるんじゃなかったのか?」

「そのはずだったんだけど、キャンセルになったんだ。それで丁度元桜高のお知らせを見て、せっかくだから行ってみようかな、って」

「ええ?どうして誘ってくれなかったんだよー!」

「だって律、まだ就活中でしょ?」

グサッ
「あ、いやそうだけど…。澪はどうなんだよ?」

「私もう決まったから。だから今日の説明会はキャンセルしたんだよ」



「そうなのか!?お、おめでとうござわしゅう…。そそそれより澪は何が目的でここに来たんだ?」

「うん。あの知らせを見て桜高にいた頃のこと思い出してね、自分なりに区切りをつけに来たのかも」

「ふーん…」
こういうところは澪と似ているのかな。

「…」

「…ねぇ澪」

「なに?」

「どうしてベースなんか担いでるんだ?」

「わからない。ここに来る時はいつも担いでたから今日も担いでたってところかな」

「実は私もドラムスティック持ってるんだ」

「ドラムは持って来れなかったんだな」

「そうだ澪、ちょっと久しぶりに演奏してみない?」

「え?どうやって?」

「私は床でも適当に叩いてるから澪はベース弾きながら歌うとか」

「マジで言ってるのか?」

「いいからいいから♪ほら準備して」

音楽室の扉を閉めて、適当な位置について準備をする。
澪は渋々ながらもベースを取り出して弦を指でいじっている。
満更でもなさそうな顔にちょっと安心した。

澪と二人。客は零人のライブ。



「じゃあいくよー。1・2・3・4・1・2・3!」






「…ふわふわターイム!」

ダダッ ダダッ ジャーン!


「へへっ…。結構いけるもんだな」

「何度も練習してたとはいえ、未だに覚えててちょっと驚いたね」

「澪が素直に歌うとは思わなかったな~♪」

「なっ…!律だってボーカルじゃないのにコーラスと合いの手しっかり入れてた癖に」


「まぁまぁ。ところで澪。」

「どうした?」

「さっき演奏してる時に思ったんだけどさ」

「なんだその笑顔は。あんまりいい予感がしないんだけど…」

「……ふふっ♪」

「……律?」

ガシッ

「バンドやろうよバンド!」

「ぇえ!?」

「ほら私達、卒業するまでの時間があるじゃん!もう一回バンド組もうよ!」


「そんな無茶な!他のメンバーはどうやって集めるつもりだ?」

「そんなのどうにだってなるし最悪2人だけでもバンドになるって!ね?いいじゃんね!」

「何考えてるんだよ律?大体お前忙しいんじゃないのか?」

「大丈夫だって!早速今週から練習しよ練習!」

「練習ってどこでやるつもりだ?」

「ここだよここ!音楽室借りて高校ん時みたいにさ」

「…まぁ律がやろうって言うなら止めないが、本当に借りられるのか?」

「許可貰えば大丈夫だって♪」


その後、あっさりと許可を貰ってしまったのには澪も驚くほどだった。

そうして澪と2人で練習するようになって少し経った。
文化祭で発表した曲を沢山練習していくうちに、私は当時の勘のようなものを思い出していていた。多分澪もそうだ。



「ところで律。こうして練習するのはいいんだけどさ、他のメンバーはどうなの?」

「それなんだけどさ~。電話しても皆出ないしメールも返事が来ないんだ。」

「やっぱり皆忙しいんだよ。バンドはやっぱり無理あるんじゃないか」

「いーや絶対に返事があるはずだ!その時を待つ!」

「待つの…?」

「んん待つ!」

澪がクスリと笑う。懐かしさからくるものかな?私も笑って返す。


「放課後ティータイムは、絶対に復活させるからな!」

「こんな状態でよく言うよ」

「これからお目覚めするに違いない」

「じゃあ今の私達は?」

「ん?」

「一度解散したくせにこうやって昼間からセッションしてる私達のバンド名は?」

「なるほど、5人揃わなきゃ放課後ティータイムとは言えないもんね」

「律ならそう思うかなって」

「元桜高軽音部ってのもちょっとなー」

「桜高の軽音部だった人は他にもいるもんね」

「そうだなぁ。バンドが解散した後もこうして日中集まって懲りずに演奏する…」

「あ、そんな真面目に考えなくても…」

「……崩壊後デイタイム?」

「……」

「……」

「……」

うわ、澪の呆れ顔が痛い。
語呂合わせで悪かったよ。澪の歌詞を笑う権利なんかあたしには無いですよーだ!

その微妙な沈黙を破ったのは、私の携帯電話だった。


『♪ああカミサマ~お願い~♪2人だけ~の♪』


「あ、電話だ」

「なんでわたしの歌声が着信音になってるんだ!!」
無視。

「あ、もしもし?…おお噂をすれば!え?ほんとに!そうそう丁度今やってるとこ!」

「ひょっとして…!?」

ピッ
「澪!喜べ!元桜高軽音部の"彼女"がついにここにやってくるぞぉ!」

「やっぱりさっきの電話はそうだったのか。誰からだったんだ?」

「それはお楽しみ!もうすぐ来るから期待して待ってなぁ~」


そう、電話の彼女は私達が今もここで練習しているという連絡を受けてここに来ることになった。 やがて階段を上ってくる音が聞こえてきて、私は思わず入り口まで走って扉を開けて迎えた。


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最終更新:2010年01月22日 22:03