「はい!お待ちかね放課後ティータイム癒しと技術のカリスマ、中野梓の登場でぇえい!」

「こんにちは。律先輩、澪先輩、久しぶりです」

相変わらずのツインテール姿がそこに立っていた。


「梓!久しぶり!身長はあんまり伸びてないけどなんだか大人っぽくなったな」

「澪先輩こそ、一段とこう、貫禄がつきましたね。律先輩は相変わらずですけど」

「なんだとコンニャロ!」
ガジッ クリクリ

「あうあう」

「こーら律!」

「あう!」


中野梓。20歳。
高校卒業後、音楽系の学校に入った梓は、そこの学校でもバンドを組んでいた。
桜高軽音部とは違って本格的な活動がメインで、ライブハウスのステージにも立ったそうだ。
そこの先輩の卒業と共にバンドは解散して、しばらく経った所で私からの連絡で来たという。

『元桜高に集まって久しぶりに練習しよう』

最初は忙しくって断ろうと思ったけど、なぜか気になって今日来てくれたらしい。
しばらく私達3人で懐かしむように演奏を楽しでいた。
梓は相変わらずどころか、更に上手くなっていた気がする。
いったん休もうと言った私に対して「少しだけですよ」と言う表情はあの時のままだった。

そんな梓に、私は「今更だけどバンドを始めよう!」と澪に言った時の話をした。


「…というわけで、放課後ティータイムを復活させたいなということなんだけど」

「へぇー。復活するというのは、ライブをやるためだけ…ですよね?」

「え?そんなの決まってるじゃんかー」

「え、ライブはやるって聞いたけどまだ何か考えていたのか?」

「ええ?澪先輩も知らなかったんですか?」

「だって律のやろうとしてることに理由なんて無いもんな」

「なんだとぉ!ん?ここは否定するところか?」

「ということはまだ何か企んでいたのか?」

「もちろんだぞ!」

「律先輩…」
この時の梓の表情が微妙に笑っていた。それも呆れとかじゃなく、期待を思わせる表情。
このいじりたくなる可愛いところは変わっていない。
そんな梓を見てニコリと笑い、やっぱり呆れている澪を見てニヤリと笑う。


一息ついて、私は声を張り上げた。


「放課後ティータイムはプロデビューして、国民的アイドルに!なる!」

一瞬だけ息を呑む音が聞こえ、やがて2人の割れんばかりの拍手と歓声が乾いた音楽室に響き渡り、そのまま手を取り合ってがんばろう!と言い合う
…光景が脳裏に再生された。


私の宣言を聞いた2人は表情ひとつ変えずに、驚いてるわけでもなく哀れんでもいない妙な表情を浮かべた。今にも「ふーん」と言われそうな感じだ…。
やがて澪は肩をすくむ動作を見せた。

いつぞやの「目指すは武道館!」なんて言ったときのノリで聞いて欲しかったのに。
…やはりこの2人はソリが合うんだなとどうでもいいことが頭に浮かんだ。 


「あのなぁ律。自分が何言ってるかわかっているのか?」

澪は梓と一瞬顔を合わせてそう言った。
なにやら期待していた反応は見せてくれないようで、心の中で溜息をついた。

「…あ、いや本気にした?プロまで行こうってのは冗談だよ」

実は半分本気だったりするんだけどね。そりゃ今の状態じゃ厳しい以前にできないけど…。
でもそんなのやってみなきゃわからない。楽観的って言われても構わないからな!

「でも卒業までに皆集まって三回ぐらいはライブやろうよ!ここに人集めてさっ」

「…びっくりした。そうだな、せっかくだし何回かは集まってみたいな。」
「そうですね。でも今のままでできるんですか?」

梓の表情が気になった。
不安とはまた違う、落ち着かない表情だ。
軽音部に入って少し経った、実態を知ってもがんばろうとしていた表情だろうか。
もうかなり前のことだし良く思い出せないのかもしれない。
ひょっとしたら私の考えを見抜かれているかも、なんて思った。
ちなみに澪も似たような表情をしていた。が、ここは置いておこう。


「そりゃ、メンバーはじき集まると思うし…」

「いえ、違います。練習する場所ですよ。」

「場所?今のままここを使えばいいじゃんか」

「律先輩、いつまで使用料を払い続けるつもりなんですか?」

「ええ!?使用料!?そんな話聞いてないぞ律!」

「ぁゎ、梓どうしてそれを!!」

「調べればすぐわかりますよ。律先輩♪」

澪には内緒だったのに、ここの使用料をこっそり払っていることがまさか梓にばらされるとは思わなかった…。そして私はおかげさまで金欠を極めているのだけど、それは流石に内緒にしよう。いつものことだし。

「どうして黙ってたんだ」「かっこいいじゃん!」「かっこつけんな!」
澪といつものやりとりをしていたら梓の頭の電球が光る音がした。


「私にひとつ、提案があるんですけど」

私と澪のなんだろうという状態を見ながら、梓は得意げに言った。

「ストリートをやりませんか。おすすめの場所を知っています。
 道行く人に聞かせるためではなく。あくまで練習が目的の、です」


「…ストリート?」
「ストリートってまさか駅前とかで見知らぬ人が通るそばで演奏するってこと…?」

確かに使用料には困らないし、練習もし放題だけど、これは1名の許可が下りないんじゃぁ…。

「無理無理!!多くの人が通る場所で演奏を…ましてや歌なんてできるわけないよ!」

ほらきた。それに私も恥ずかしくないわけではないからなー。
「梓、確かにいいけどちょっと厳しいんじゃないか?」

恥ずかしがりやの澪が、いきなりストリートで歌えるわけがない。
梓もそれをわかっているはずなのに、なにやら勝算がありそうな様子があるのはなぜだろう。
当の澪はなにやら無実の被告人を思わせる表情をしている。当たり前か。


「や、やっぱりきついですか?でもやる価値はあると思うんです」

「梓、どうしてよりによってストリートなんだ。場所はだから、私がどうにかできそうだし…」
「だめですよ律先輩。先輩、今一人暮らしですよね?お金出せるんですか」
「だから、何とかするって」
「本当に大丈夫ですか?」

梓と不毛なやりとりをしていると澪が制止の合図をしてきた。
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ顔が赤くなってるのがわかる。
その気がないわけではないということかな?

「梓。ストリートにこだわっているように見えるんだけど、理由はあるのか?」

「はい。…えっと実は、私少しだけやったんです。その時楽しかったので」

どうやら梓のバンドは結構本格的なところまで行っていたらしい。
ライブハウスを借りたこともあるのだとか。ちょっと悔しいのはなぜだろう。
しかしバンドは先輩の卒業と喧嘩の末に解散したというのはさっきも聞いた。
ひょっとしたら梓は、ギタリストとしての自分の居場所を私達に求めているのかもしれない。

それなら応えてあげたいのは当然だろ?

澪に目配せをしてみる。
「(1回だけでいいからやってみようぜ!)」

「えっ… でも…」

澪は悩んでいる。ならゴリ押しで進めるしかない。

「梓、今度場所だけ案内してもらえるか?」

「いいですよ。澪先輩、場所を見るだけならいいですよね!」

「う、…うーん。まぁ場所だけならいいか…」

梓が澪に気づかれないようにガッツポーズをした貴重な瞬間を私は見た。

そういうわけで、梓に「練習をするおすすめの場所」を教えてもらうことになった。
私と澪の定期圏内なので交通費は大丈夫ということらしい。


一緒に行こう、とムギと唯も誘ったが、結果は相変わらず惨敗だった。

ようやく来たムギからの返事は「当分忙しくて行けないの。ごめんなさい」
だった。ムギは相当忙しいらしいので仕方ないと思ったけど、唯は?
唯は返事が来ない。
ずっと前から音信不通の状態が続いている。
唯も試験やその勉強に忙しいのだろうか。


なので結局3人で出かけることになった。


「へー。こんな場所があったなんてなぁー!」

最寄り駅に着いて、駅前の繁華街を5分ほど歩いた所に公園があった。
駅前なのに人通りがほとんど無い。というか無い。ベンチだけが置かれた小さな公園。
梓の話によると少しだけ離れた所にある大通りに人が歩くからこの場所は狭くて遠回りになるんだとか。
得意げに話す梓を見たせいもあるけど、どう見ても練習にうってつけにしか思えなかった。

「澪!いいんじゃないか?周りはビルばっかりでまるで個室みたいな場所じゃん!」

「…うーん。悪くはないな。けど律。ドラムも無いのに出来るのか?」

「要はリズムが取れてればいいんだろ?適当に本でも叩けば大丈夫だって!」


そうして不安から渋っている澪を梓との連携プレイで20分ほど押して、ようやく澪を説得した。
梓がギターを弾くふりをしながら歌ってまで説得していたのには驚いた。
アンプが無いので言ってしまえば音はしょぼいし、ベースなんかほとんど聞こえないだろう。
それでも問題ないと思えてしまうのは何故だろう。

「早速、今度からここで練習ですね!」
「おう!」


時間の流れは早いもので、気づいたら週に2,3回駅前の公園に3人集まって練習する日が続いていた。
ムギと唯は『忙しい』と『音信不通』のWブロックで相変わらず顔を出せずじまい。
仕方ないと割り切っても、流石に1回ぐらいは出てきてもいいのにな。

今日は澪が遅れてくるので最初は梓と2人きりになった。
適当に音を出しながら、鼻歌を歌っていると梓が話しかけてきた。

「律先輩。」

「んー?どうした梓」

「律先輩は、プロを目指したいって思いますか?」

「…うん。そうだね、何回かは考えたけど、今のままじゃ難しいかなって」

「そうですか」

「ということは梓は、プロを目指して練習してたのか?」

「…そうですね。例えバンドじゃなくても、音楽に関わる仕事をしたいと思っています


「へへー。私実は、梓が前にいたバンドの演奏を見たんだ。」

「ええ?」

「動画投稿サイトぐらい梓も知ってるだろ?アマチュアバンドのライブの一つや二つすぐに出てくるって。すごく上手かったよ」

「…ありがとうございます」

「梓はプロを目指してたんだろ?私達と一緒にいて大丈夫なのか?」

「全然大丈夫です。律先輩こそ、本気でプロを目指しているんじゃないんですか?就職も決まってないのにここにいるってことは、そうですよね」

「げっ!!どうしてそのことを…」

「律先輩のことは、澪先輩に聞けばわかります。」

「いや、でも澪にはまだ言ってないのに…」

「澪先輩は、律先輩のことを何でもお見通しですよ。とにかく、それを聞いて私、ちょっと嬉しくなりました」

「? 嬉しいってどういうことだよー」

「先輩方と一緒に練習できるようになって、です。しかもプロを目指せるこの場所で」

「場所ってこの場所のことか?」

「居場所って意味もありますが、それもあります。ふふっ。これは澪先輩には内緒ですよ」

「何が?」

「この場所、こちらからはわからないんですが、音だけは大通りに駄々漏れなんです。」

「ぅぉえ。そうなのか!?」

「毎週同じ曲を演奏していれば、ひょっとしたら気にかける人が増えるかもしれませんね!」

…確かにこれは澪には内緒にしておかねば。



「梓。ひょっとして梓は、放課後ティータイムを本気でプロにするつもりなのか?」

「もちろんですよ。律先輩もそうなんですよね」

「ははっ!さぁな。プロも何も、私の帰る場所はここって決まっているからな」

前々からずっと考えていたこと。
一流のバンドとして活躍するという夢。
それをこんなにも簡単に共有できる仲間がいるのは心強い。
できるかできないかなーんて、そんなことは考える必要は無し。



その後、澪も加わって3人で数時間練習をした。
音はしょぼいし、照明も明るくはないけど、やっぱり楽しい。
けど、いつまでも3人じゃだめだ。
ムギと唯を、なんとしてでも連れて来るぞ!


それから数日後のことだ。

「えー?その日も無理なのか?」

『ごめんなさい…。どうしても外せなくって』

「じゃあいつならいいんだ?」

『それは…』

「じゃあちょっと見るだけでもいいからさ、1回ぐらいは来てよーぉ!」

『行きたいのは山々だけど…』

私はムギと電話中。
携帯だと繋がらないことが多いから、家電にかけて会話中。
がんばって誘おうとしている努力家な私なんだけど、上手くいかない。
ムギは今相当忙しいみたいで、声色からも疲れが感じられた。
だったら尚更、会って飲むなりして、いろいろ発散すればいいのに。
そう思うのは私が庶民だからなのかな。
やっぱり放っておいた方がいいのかな。でも…。

『…ちゃん …りっちゃん?』

「あ!おおう!どうしたムギ」

ムギは少しの間受話器を押さえるような動作をしてボソボソと向こうでなにやら喋っった後、
『やっぱり、明後日ならなんとか行けそうなの。時間はさっき言ってた通りでいいの?』

「ええ!?ほ、本当か!もちろんだよ!」

『用事が終わり次第だから、行けるかもだけど…』

「十分だって!待ってるから、絶対来るんだぞ!!」

『わかったわ。それじゃあね』

「じゃなー!」


電話を切った後、思わずベッドに飛び込んだ。
「っしゃー!」
やっとムギとの約束を取り付けたぜ!会うだけだけどな。
っていってもかなり強引にだけど、ムギも会いたがってたみたいだし大丈夫だよね?
ふふっ。澪と梓には内緒にしておこう。

ムギとの約束を取り付けた日、いつもの小さな公園で、音質に乏しい音楽が鳴り響いていた。
各自で練習はしているし、先週は3人で場所を借りて合わせたので上達に不安は無い。
澪も大分慣れてきたみたいで、梓と一緒に歌う様子は楽しげだ。
梓は唯のパートをボーカル含めて勤めているのが凄いところだけど、本人は「唯先輩じゃないと駄目です」の一点張りだ。私もそれに賛同する。
梓のボーカルというのが案外良かったりするのだけど、それは別の話だ。

そんな”崩壊後デイタイム”だったが、今日はついにムギがやってくる。
それを考えると、嬉しくてドラムにも力が入ってしまうってものだ。

「こーら律! また走ってるぞ」
「悪い悪い!」


しばらくそうやって練習していたが、ムギはまだやってこない。
そろそろいつも終わらせている時間帯だ。連絡も来ていないし、ムギは約束を反故にする奴じゃない。


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最終更新:2010年01月22日 22:07