○月×日

 こんにちは
 放課後ティータイム、ギター担当の平沢唯です

 桜が丘高校での学生生活が終わり、3ヶ月が経ちました

憂「お姉ちゃーん、ご飯たべよー」

 おっとと、憂が呼んでるので少々お待ちを
 憂っていうのは私の妹で
 可愛くって私思いで、とーっても良い子なんです

唯「はーい!今いくよぉー」

 うんうん、今はご飯が最優先事項だもんねっ

 私は書きかけのノートにペンを置き部屋を出た

憂「お姉ちゃんおそいよっ」

 “めっ”と親指を立てながら私にそう言いました
 本心からなのか、単にコミュニケーションの一環なのか

 私は少しはにかみ、暖かそうな味噌汁に口をつけます

唯「はぁ、今日もおいしいよぉ~、うーいっ♪」

憂「もう調子いいんだから、それと『頂きます』が先でしょ~?」

唯「頂いておりまするぅ~」

憂「こーらーっ」

唯「むむっ!この玉子焼きも素晴らしい出来ですなぁ」 

 “こーらーっ”なんて言っても隠れてない笑顔
 私は高校を卒業し、憂も高校3年生になってもこんな日常は変わらないです

憂「じゃあそろそろ学校行くね?」

唯「ははぁ~、お気をつけて行っておくんなましぃ」

憂「はぁーい、お姉ちゃんも」

 憂はそう言うと支度を済ませ、手を振りながら家を出て行きました
 私は食事の済んだ2人分の食器を洗いに席を立ちます

唯「わたしだってこのくらい出来ちゃいますっ」

 なんて独り言
 ほんの少しは姉らしくなれたかな?

唯「当然だろ!ってみんなに突っ込まれちゃいそうだよぅ」

 食器を洗い終わった私は自室に戻りました


唯「えーっと、そだ!続きだね」

 鼻歌を交えながらノートの上におかれたペンを持ちます

 些細な出来事を忘れないよう書き始めた日記帳、とはお世辞にも言えないこのノート
 毎日書くぞと当初は意気込んでいたけど、今は2~3日に1回書けばいいほうになりました

唯「ん~、なんかないかなぁ~」

 朝食を食べに下りたところから踊りをやめて倒れたペン
 それはそうだ、今日は始まったばかりで書くことはこれから起こることなのに
 先に書いてしまおう、なんて小学生のアサガオの観察日記に対する思考と同じですもんね

 そうそう、お話してませんでしたね、高校を卒業した私たちはというと
 澪ちゃんはこの辺りで有名な国立大学に入りました、さすがは澪ちゃんです

 りっちゃんもとっても頑張って澪ちゃんと同じ大学に入りました
 人前ではおちゃらけて見せても、影では努力家のりっちゃん

 ムギちゃんはお父さんの勧めで超お嬢様大学に入ったようです

唯「私は…」

 私も澪ちゃんとりっちゃんの大学を受けました、もちろん結果は惨敗
 合格者一覧の前でボロボロ泣きながら

唯「来年まで待ってて、絶対…絶対に追いかけるからっ」

澪「ああ、わかった待ってるよ!」

律「そしたら唯は後輩になるのかー、うんうん悪くないねー」

 と、2人は私の肩を叩いた
 りっちゃんのうっすら浮べた涙が印象に残っています 

 なんてやり取りをして私はその大学に入るべく日夜勉強

唯「のハズなんだどぉ~」

 既にペンを置き、ギー太を手にとっている
 思い出の曲達を口ずさみながら私はギー太を優しく撫でました

 皆が大学に進んでから軽音部は会わなくなりました
 卒業式が終わり、音楽室で

澪「唯が大学に受かるまで軽音部の活動はなしだな」

紬「それじゃあ梓ちゃん、可愛そうじゃないかしら?」

律「梓は特別にあたしがかまってやるから平気だよなぁ~」

 と言ってりっちゃんは泣いていたあずにゃんを抱きしめていました

律「と、言うわけで唯はしっかりやるんだぞー?」

唯「わかった、りっちゃんわたし頑張るよっ!」

 そして皆で演奏し、写真を撮って帰りました
 その日の写真は壁のコルクボードに飾られ、私を見守ってくれています

 軽音部の活動停止は皆が私を思っての辛い決断
 皆の気持ちを無駄にはできないよね

唯「ギー太ごめんね、図書館で勉強してくるよ」

 ギー太をスタンドに立て、支度をした


 “会わなくなった”と言っても皆は私を気に掛け連絡をくれます
 この間電話で、大学生になった皆に浮いた話のひとつやふたつあるんじゃないかと尋ねたら

律『あー?ダメダメだよ、特に澪なんかは人見知りだから尚更ー』

 皆、嬉しいくらい変わってない

唯「澪ちゃんはりっちゃんが彼氏さんだもんねぇ~?」

律『そ、そんなんじゃねーしー、ったく!またな勉強しろよ』

 ちょっとからかったらそそくさと電話を切られてしまいました
 こんなやり取りでも私にはありがたいのです

唯「ふんふふーん♪」

 図書館へ行くまでは音楽を聴きながら歩いて行きます
 時代遅れのカセットテープウォークマン
 放課後ティータイムの曲を聞きながら

 そうすると図書館までの距離も苦にならず
 あっという間に

唯「とーちゃくですっ!」

 図書館の扉が開き、古書特有の香りが私の鼻へ入ってきます

唯「今日も頑張らないとねっ」

 小声で呟き勉強机の並べられるスペースへ向かいます

 日差しの差し込む暖かくてお気に入りの席があるのですが、今日は先客がいるようです
 その席に座ると眠たくなるし、暑くなり始めたので良しとします

唯「さてさて、大嫌いな数学さんからはじめますよっ」

 大嫌いな数学とは言ったけど、昔に比べ少しは苦手意識も薄らぎました
 基本的な式を覚えれば大したことはない
 それと数学は、高校1年の追試で澪ちゃんが教えてくれたのを思い出すから 

唯「うぅ~ん、ヨシっ!答もあってる」

 なんてうっかり言葉に出して隣の人に睨まれます
 ここら辺は私の変わらないところ

唯「好きのかくーりつー、割りーだすー、けいーさーんーしーきー♪」

 今日は勉強に身が入りました

唯「あーれーばー、いいーのーにー♪」

 図書館は夜まで開いてますが、基本的には夕方には引き上げます
 憂が学校から帰り夕食の支度を始めるます、その手伝いをするのも私の日課です
 ウォークマンを聞き、思い出の曲達を口ずさみながら家に向かいます

唯「あっ!うーいー」

憂「あっ!お姉ちゃーん」

 今日は家の前で憂に会いました
 私は駆け寄り、憂の手に下がっている袋の片側をもちます

憂「ありがとー、お姉ちゃん!」

 憂が喜んでくれました

憂「でね?梓ちゃんがー」

唯「あずにゃん元気そうだねっ!」

 2人で作った夕食を、今日1日の話をお互いにしながら食べました

唯「ごちそうさまっ!じゃあそろそろ勉強するねぇー」

憂「はーい、頑張ってね!お風呂沸いたら声掛けるよ」

唯「ではいって参ります!うい隊員」

 おちゃらけながら階段を上り部屋に入りました
 昔までの私ならリビングでだらーっとしてたのですが

唯「ふっふっふ、昔のわたしとはひと味もふた味も違うのだよっ!」

 英語の問題集を開きながらギー太に呟きました

 ギー太が微笑んでくれた気がします

 コンコンとノックと共に憂が部屋に入ってきました

憂「おねーちゃーん、お風呂わいたよー?」

唯「んー、今いいところだからういちゃんお先どーぞぉー」

憂「うん、そうしたいんだけど今日は熱っぽいからやめとくよー」

唯「平気なのぉ?うい」

憂「大丈夫だよっ、明日の朝良くなってたらシャワー浴びるね」

唯「うん、じゃーもうちょっとしたら入るよぉ、ういもお体大事にねぇ?」

憂「はーい、お姉ちゃんも無理しないでね」

 憂が部屋を出てから20分後にお風呂に入りました

唯「ふぃ~、極楽じゃあぁ~~」

唯「今日はまあーまあー頑張れたのではないでしょうかぁー」

 1日の疲れがお湯の中に溶け出してる感じです
 ちょっと勉強したからってこんなこと言ったら、世の中のお父さん方に怒られちゃいそうですね

唯「うーいー?入るよー?」

憂「う、うん」

唯「はいっ!こ゛お゛り゛ま゛く゛ら゛~」

唯「それと、あ゛い゛す゛~」

憂「あははっ、お姉ちゃんへんなのー」

唯「いっしょにアイスちゃんを懲らしめてやりましょう、ういさんやっ」

憂「うん、ありが」

唯「ダーメっ、はい!あぁーーん」

憂「お、お姉ちゃん、恥ずかしいよ…」

唯「んっん~、よいではないかぁ~」

憂「あ、あーん」

唯「お、ういはいい子だねぇ!」

憂「ひんやりしてて気持ちいいよ」

唯「よかった!ささっもう1口」

憂「うんっ!あーん」


 それから私は自室に戻り勉強、1時には眠たくなり寝ちゃいました
 翌日、それはいつもと違う目覚めでした

唯「ふぁ~、今7時ちょい過ぎですかそうですかぁ」

唯「ねむねむ」

 私は飛び起きました

唯「7時といったらいっつもご飯で呼ばれるハズだよね?」

 駆け下りた1階のリビング、憂の姿はありません
 再び2階に戻り憂の部屋を覗きます

唯「うーいー?」

憂「お、お姉ちゃん」

 憂の顔は赤く弱々しく私の名前を呼びました

憂「ごめんね、今ご飯つくるから」

 起き上がろうとする憂を私は必死に寝かしつけました
 額に当てた手が凄く熱いです

唯「無理しちゃダメだよっ!今日は寝てて!」

憂「でも」

唯「だーめっ!辛いのにムリするうい見るの、わたし嫌だよぅ」

憂「う、うん」

唯「じゃあ、薬とか持ってくるね?学校にも連絡するよ!」

憂「うん」

 急いで風邪薬をもって水を汲み憂に持っていきました

唯「氷枕代えるよ?」

憂「ごめんね、でも大したことないと思う」

唯「いいのいいのっ!今お粥作ってるからね」

憂「ありがとう、お姉ちゃん」


 今12時半です
 お粥を食べ薬が効いたのか、憂は朝よりかは顔色が良くなりました
 私は憂が心配なので、憂の部屋で勉強中です

唯「うーいー?」

 返事がありません
 振り返ると静かに寝息を立てている憂の姿がありました

唯「ふぅ~、よかったよぉ!後は熱が引いてくれれば」

唯「あっ!!」

 とっさに自分の口を塞ぎました 

 学校に電話するのを忘れていました
 朝に数回自宅の電話が鳴っていたのですが、それどころではありませんでした

唯「とほほ、こんなおねえちゃんでごめんよぉ~」

 ガクリと膝をついた私
 が、ここで天才的な閃きを生み出すのです

唯「むむっ!?」



 『憂へ、少し出かけます
  もし具合が悪くなったらすぐにでんわしてね!』

 そう書置きを済ませ、枕元にお水やお薬と一緒に置いておきます

唯「さぁ!準備だよっ!」

 私は自分の部屋に飛び込みクローゼットをがらりとあけました

唯「よいしょっ、おぉ!コレなら大丈夫だね!」

唯「あーとはー、ふふーん、コレをこうしてーっとぉ♪」

 鏡の前に立つ私
 良かった、上手に出来たみたいです

唯「うい、いってくるねっ」

 小声でそう言って家を出ました
 私は走り出しました、桜が丘高校に



 “平沢 憂”の格好をして…


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最終更新:2010年08月08日 21:36