家───

憂「あ、お姉ちゃんお帰りっ」

唯「ただいま憂。良い子にしてた?」

憂「さっき帰って来たばっかりだし私そんな子供じゃないよぅお姉ちゃん///」フフフッ

楽しそうに台所に立つ憂。

唯「手伝うよ」

憂「ううん。お姉ちゃんはゆっくりしてて」

唯「だーめ。こっちは私が刻んどくから」

私はエプロンを掛けると憂の隣に立ち、一緒にキャベツを刻み始めた。

憂「お姉ちゃん大丈夫?」

唯「む、私だってキャベツを刻むぐらいできるんだよ憂?」

そう言うと葉を重ね、テンポよく包丁の上下運動を開始した。

トントントントン……

憂「上手いねお姉ちゃん!」

唯「でしょ?」

以前の私ならこんな器用に手が動かなかっただろう。
包丁を持つ私の手は驚く程滑らかに、キャベツを刻んで行く。

トントントントン……

憂「~♪」

憂は気分良さそうに刻んでいる。

私は、というと…

トントントントン……トントントントン……ザンザンザンザン……ザッザッザッザッ!

キャベツを刻む速度をどんどん上げる。

憂「お姉ちゃん…?」

唯「憂、鍋吹き零れそうだよ」

憂「う、うん…」

ザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッ

早く来い……


憂「じゃあいただきます!」
唯「いただきます」

テレビもつけないまま、二人しかいないリビングの机でご飯を食べる。

憂「お姉ちゃんの切ったキャベツ美味しいね♪」ニコニコッ

嬉しそうに私を見つめて来る憂。私もそれを一口食べ、「そうだね」と答えた。

憂「最近のお姉ちゃん……何だから大人っぽいね///」

唯「そうかな?」

みんなにも言われていたけどずっと一緒にいた妹にまで言われるのならそうなのだろう。

憂「うん…。だからちょっと甘えちゃったり…しちゃうんだぁ///」

恥ずかしそうに顔を俯ける憂。今までの私はよっぽど姉らしくなかったらしい。

唯「ふふ、嬉しい?」

憂「嬉しいけど、ちょっと寂しい…かな」

唯「やっぱり憂も…寂しいんだ」

憂「ちょっとだけ…ね。もう甘えてくれないのかな…とか考えちゃって…エヘヘ」

唯「私はお姉ちゃんだから…ね。憂はもっと人に甘えるべきだよ。私は甘えすぎたから、もう十分なんだ」

憂「もしかして私の為に…?」

唯「違う違う。も~またそうやって憂は~」

憂「ん// ごめんねお姉ちゃんっ」

唯「憂、あ~ん」

憂「え…、ん~/// あ~ん///」

私のお箸で掴んだ唐揚げが、憂の口の中に消えて行く。

唯「美味しい?」

憂「美味しいよぅ/// お姉ちゃんもあ~ん?」

唯「ふふ」

私達はそんな仲睦まじい夕食をとっていた。

その時─────

ガタッ

唯「ッ!?」

憂「な、なんだろさっきの音…」

唯「裏口から……。憂は隠れてて、私が行く」

私は台所から包丁を一つ手に取ると、裏口に向かって進軍する。

憂「お姉ちゃんそれ…」

唯「女の二人暮らし何だからこれぐらいしなきゃ。大丈夫、もし泥棒だとしても逃げてもらうだけだから……」

憂「警察に…」

唯「気のせいかもしれないし、警察はまだ早いよ憂。あいつらはこんなことじゃ動かないしね…。行ってくる」

後ろから気をつけてね、と言う声がする。
私はゆっくり、ゆっくりズリ足で進みながら、気分を高揚させていた。

来たのか…?
待ちきれず向こうから…

唯「ははは…おいでよ…私はここにいるから」


そろそろ物音がした裏口。
私は電気もつけず薄暗い廊下を歩いていく。
瞳が細くなる───

手に力が宿る───

裏口、洗濯物を干せるスペースになっている場所に出る裏戸だ。

天気が悪い日はこっちに干したりしている。
湿った雨の臭いが鼻につく。
外が近い証拠だ。

唯「ッ!」

私は一気に裏口を開け放つと包丁を突き出し辺りを警戒する。

いない…? 逃げたか?

ガサッ!

唯「なっ…」

下かっ、油断した。
さっきの音の持ち主がいきなり現れ、私は一気に飛びかかられた。

ガタンガタンッ!

憂「ひっ…お姉ちゃん…!?」

物音に怯えながらも姉の安否の方が勝った憂は恐怖も忘れ裏口へと走る。

憂「お姉ちゃん!」

唯「来るなっ! 憂! 逃げ……」

必死な姉の声が聞こえ、心臓を鷲掴みにされる思いになる憂。
憂は手近にあったモップ、その柄だけを外し取り、恐怖を覚えながらも裏口に突撃。

憂「お姉ちゃんを放っ!」

にゃあ……

憂「あれ?」

唯「憂! 何で来たの!? 早く逃げて!」

憂「……お姉ちゃん?」

にゃあにゃあ

唯「くっ……、そんなにまとわりつくなっ……!」

憂「ふふっ」

憂は何が楽しいのかそれをしばらく眺めていた。


─────

憂「最近雨宿りによく来るんだぁ、この猫ちゃん」

唯「そ、そうなんだ…」

にゃあにゃあ

憂は猫にミルクをあげながら撫で、愛浸っている。

唯「憂は怖くないの?」

憂「怖い? 可愛いよ? お姉ちゃんも猫好きだったでしょ?」

唯「そうだったっけ…」

私は憂が可愛がる猫を眺めていた。
嬉しそうににゃあにゃあと喉を鳴らしている。
憂が幸せを猫にあげているのだ。
このままでは憂の幸せがなくなってしまう。そう思った私は空かさず憂の頭を撫でる。

憂「なぁにお姉ちゃん?///」
唯「憂、ゴロゴロ~」
憂「ゴ、ゴロゴロ~///」唯「幸せ?」
憂「凄く///」
唯「良かった…」

違ったけど、良かった。でも猫は苦手だ、悪魔の使い魔だから


その後いつも通りお風呂に入り、私はまた真っ暗な部屋で髪を拭いていた。

トントン、

憂「お姉ちゃん、一緒に寝よう」

唯「憂はすっかり甘えんぼさんだね」

憂「だってぇ…」

枕を持ったままもじもじする憂は正直可愛かった。

唯「いいよ、おいで」

優しく誘うと憂は餌を待たされていて、よし! と言われた子犬のようにベッドに入った。

憂「お姉ちゃん…あの仔猫、飼っちゃ駄目?」

唯「ん? ん~…」

憂「ちゃんと世話とかもするし…駄目?」

唯「憂がそこまで言うならいいよ」

憂「ほんと?! ありがとう、お姉ちゃん♪」

私はよしよしと憂を撫でると、憂はゆっくりと眠りへ旅立った。

私はまだそっちには行けない。ごめんね、憂。


今日は曇りだった。
う~んッ、と外で伸びをすると外灯に目をやる。

光に群がる蛾や羽虫を見て、「降らなくて良かったね、雨」なんて呟いてから昨日とは反対方向へ歩き出した。

にゃあ…

私の家の裏口から仔猫が現れる。

唯「ついて来ちゃ駄目」

そう言い付け歩き出すも、

にゃあ…

更に追随してくる仔猫。
私は仔猫を片手でムンスと持ち上げると、

唯「ついてきちゃ駄目、ね?」

余った手で頭を撫で伏せると再び地に起き歩き出す。

にゃあ~

今度は鳴くだけでついてこようとはしない。何となく行ってらっしゃい、と言ってる気がしたから

唯「いってきます」

そう呟いた。


昨日とは違いちらほらと人がいた。
夏休みを控え、悪ぶった学生なんかが夜遊びしている、という印象を受けた。

通り過ぎる度、「あの子可愛くね? 声かけようぜ」とか、「大人っぽいし…大学生とかじゃないのか? からかわれて終わりだろ」なんて声がした。

ちょっと服装を弄っただけでこれだ。人間と言うのは不思議なものだな、と思いつつ目的地の公園にたどり着く。

唯「いないか…」

やっぱり雨の日しかいないのかなと思いつつも少し待って見ることにする。
古びたブランコに腰を下ろし、キィーコーキィーコーなんて怖い音を響かせながら、それでも漕ぐのをやめない。

来なよ、早く…。


「ははっ、でさ~…」
「お前それマジかよ?」

「マジマジ…」

楽しそうな会話をしながら男三人が公園に入って来た。

私はそれを気にも止めずにブランコを漕ぎ続ける。

「あれ? こんな夜中に人がいるな」
「しかも女じゃん」
「俺の目(アイ)が可愛いって告げてるぜ!」
「誘うか?」
「いいねいいね! お姉さんっぽい感じだし俺ドストライク」


騒がしいな、と思いながらも私は全く動じていなかった。
所詮相手は人間だ、ああやって群れて…可愛いものだ。

「お姉さん今暇? ブランコより面白いことしようぜ!」
「おいこの子めっちゃ可愛いじゃん! 服装に騙されたわ~」
「可愛い系もまたよし…」

唯「今は気分じゃないから、遠慮しとくよ」フフッ

傷笑、どこか嘲笑うかの様に

「待ち合わせとかッスか?」
「こんだけ可愛いからな~彼氏とかいるんだろうなぁ~はあ~」
「まてまて、まだ決まってない! 決まってなあああい!」

愉快な三人だな、と思いながらもとりあえず言葉を返す。

唯「まあ待ち合わせ、と言えばそうなるかな? 一方的に私が待ってるだけだけど…ね」

「えっなにそれフラれた感じ?」
「こんな可愛い子フるとかないわ…」
「来ない人待つより自分らと遊びましょうよ! お金とか全部出すんで!」

強引に連れていかない辺りいい人達ではあるらしい。彼らもまた夜に魅入られ、気持ち高ぶってるのだろう。

唯「ごめんね、また今度にしてよ。今は気分じゃないの」

そうやんわり断ることにした。いい人そうだから、出来れば殺したくない

「どうする?」
「俺らそこら辺の悪い男達とは違うからな! 無理やりはよくないだろ!」
「良くないよな~でも~」

なかなか引き下がらないことに私は少しイライラしたのか、

唯「」キッ

目で殺気を送る───

「ッ! か、帰るか。何かお腹減ったし…俺」
「そ、そだな」
「ああ……」

私の殺気に恐れをなしたか、三人はまた今度会ったらご飯行きましょう、とだけ言って去っていった。

唯「少し脅し過ぎたかな…」

反省反省、と思いつつブランコから立ち上がり、再び徘徊を開始する。
あいつを見つけるその日まで────

憂「ん……あれ? お姉ちゃん…いない」

ベッドを見渡すもそこには自分だけ。
憂はゆっくりと体を起こした後、一階に降り唯を探す。

憂「お姉ちゃん…?」

シーン……

静まり返った部屋は、まだ真っ暗で、

憂「お姉ちゃん…」

憂は心配になり、電気をつけて回り、玄関に唯の靴がないことがわかった瞬間

何も考えずに自分も姉を探す為に外に出ていった。

仔猫「……にゃあ」

誰もいない部屋に、仔猫の鳴き声だけが響いた。



唯「ただいま…」

誰に告げることなく静かに呟く。
靴を脱いで上がり、時刻を確認すると4時近くになっていた。

唯「今日はちょっと探しすぎたかな…これじゃ寝不足でクマが出来ちゃう」

早く寝よう、そう思い階段を上り、部屋に入った時だった。

唯「憂……?」

部屋に人の気配がない。
開いた窓から風が吹き、カーテンが揺れている。

唯「まさか……ッ!」

さらわれた?
まさか、あいつが間接的な手を使うわけが……
憂『お姉ちゃん♪』
唯「くっ…」

優しくしすぎた、近づけ過ぎたっ!
私はこんなにも汚れてて、幸せになる資格なんてないのに……!
憂に求めていた…知らず知らずに
それをあいつは見逃さなかったんだ…!
勢いよく階段を下り、玄関から飛び出すと、左右に振り向いた後本能的に左の道へと走った。

唯「間に合って…」

憂「お姉ちゃん…どこ行ったんだろう…」

まだ真っ暗な道をうろうろと危なげに進む憂。

憂「もしかしてお姉ちゃんが変わった原因が…」

そんなことを考えながらも進む。
夜中に家を出てうろうろするなんて生まれて初めてな憂には新鮮で、でもどこかやっぱり怖くて。

憂「やっぱり帰ろうかな…」

でもお姉ちゃんが…
そんな時だった。

「憂っ!!!」

来た方から唯が走ってくる。

憂「お姉ちゃん!」

唯「バカっ! こんな時間に一人でうろうろするなんて危ないでしょっ!」
憂「ごめんなさい…でもお姉ちゃんが心配だったの…」

強く憂を抱きしめると、話すか話さまいか葛藤する。

憂「お姉ちゃん…私ね…どんなお姉ちゃんでも…大好きだから」
泣きながらそう言う憂に、私はもう我慢出来なかった。

唯「憂、私はね……人間じゃないんだ」

憂「えっ…」

唯「驚いた? でも事実なの…ある日突然そうじゃないんだって…わかったの」

憂「でもお姉ちゃん…暖かいよ?」

唯「それは偽りの熱。私が私を演じる為の」

憂「でも…お姉ちゃん可愛いもんっ! 宇宙人さんとかはもっと…」

唯「そういうのじゃないんだ。人間と云う枠が違う…とでもいうのかな。私には普通の人にはわからないことがわかるし、聞こえたり見えたりもするんだ」

憂「…わかんないよぉお姉ちゃん…」

唯「わからなくてもいいんだ、憂。憂は幸せになって、私はなれないけど…その為になら命だって賭けるから」

憂「やだよっ……お姉ちゃん…も一緒にぃ…幸せになろ?」

唯「泣かないで、憂。大丈夫…私のことなんてきっと忘れるから…」

全てを終わらせたら…きっと、みんな私を忘れるだろう。
けど、それでいいんだ。
それで……

泣き疲れ、眠ってしまった憂をおぶり、ベッドまで運ぶ。
脳のリミットを自由に外せる私にとっては憂の持ち運びなど造作もなかった。

唯「はあ…はあ…よいしょっと」

憂「ん……お姉ちゃん…」

唯「憂…」

ごめんね、心配かけて。
私が憂を心配するように、憂も私を心配してくれてるんだね。

唯「弱くて脆いものほど…いとおしいのかな」

憂を優しく撫でると、私も眠ることにした。

おそらく明日の夜中には奴と決着をつけることになるだろう。

唯「終わらせる……何もかも」

私は、憂を抱きしめる様に眠りについた。


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最終更新:2010年08月12日 00:15