朝、学校へ行くとき。憂は私に何も言って来なかった。
遠慮しているというか、まだ事態がよくわかってないらしい。
別れの際、昇降口で憂の頭を軽く撫でるとニコッと笑みを振り撒いた。
心配しなくていい、と言わんばかりに。
憂もそれを察したのか、笑みを返し、私達は別れた。
───────
他愛もない授業、人間的に言えばテストか。それを受けた後に部室に向かう。
唯「誰もいない…」
どういう事だろうか。まさか何らかの心情操作により彼女達にアクセス、部活と云う大切な活動を奪うことで私に精神的ダメージを与えに来たのだろうか?
梓「あれ? 唯先輩部室に忘れ物ですか?」
唯「あずにゃん…」
彼女だけは無事だったらしい。私と違うクラス、学年の為に見逃されたか…
唯「ごめんね…あずにゃん。みんなに迷惑かけて」
梓「? 何のことですか?」
気にもしてない、と言ったばかり梓は灯(トン)ちゃんに餌をあげている。
梓「帰って勉強しなくていい(ry」
唯「危ないっ!」
パリーンッ
水槽の近くの窓ガラスが割れる。庇うようにして私は飛び込んで梓を守る。
梓「ゆ、唯先輩大丈夫ですか?!」
唯「だ、大丈夫だよ…」
ちょっと何ヵ所かやられたかな…
唯「ヒーリング…」
梓には聞こえない様にそう呟き回復。しかしそれでも回復したのは傷の5割といった所だろうか。
唯「誰が…!」
梓「ソフトボール部ですかね~…大会が近いからテストの時でも練習してるんでしょう」
空気圧を変化させて放ったエアー弾だろうか、奴めそんな高等スキルを…。
「ごめ~ん大丈夫だった~?」
梓「はい、なんとか」
外にいるソフトボール部員一同が一斉に頭を下げてくる。
私はそんなもの気にも止めずに怪しい人影を探す。
唯「隠れたか…」
梓「?」
とうとう部室にまで攻撃を仕掛けて来るほど奴は気が立ってるらしい。
後輩を巻き込むわけにはいかない、か…と素早く帰り仕度を整える。
唯「あずにゃん、今日で全部終わらせるから。私のこと…忘れないでね」
無理なことを言う、と自分でも思ってしまうが言わずにはいられなかった。
梓「え? あ、はあ…」
とわかってなさそうに頷いた梓を部室に置いて、私は急いで走った。
梓「唯先輩…日に日におかしくなってるような」
…
澪「だから~ここはそうじゃなくて…」
律「え~わかんないぃー!」
紬「りっちゃんファイト♪」
教室を通るときそんな声が聞こえた。
唯「りっちゃん、澪ちゃん、ムギちゃん…」
操られているせいで部活も出来ずテスト勉強何かを代わりにさせられて…っ!
私は苦虫を噛み締める思いで踵を返し、家に向かう。
唯「全部終わらせるから…約束するから…!」
泣きながら懇願する私。こんなことをしても許してもらえるわけないのに…。
それでも私は、何度も何度も謝った。
律「あれ? さっき唯いなかったか?」
澪「さあ? さっきもテストだから勉強しよって言ってもそそくさとどっかに行っちゃうし」
紬「何か急な用事でもあるのかしら?」
家につき、私は部屋でひたすら夜を待った。
唯「体はもう長くないか…」
手や足を見て呟く。
唯「ははっ、ボロボロだ…」
力を使いすぎたんだ。
それにこれ以上人間の形は維持できない。
醜い姿の私を晒す前に、あいつを倒して終わらせる。
早く来い……早く来い……
私は少しだけ、眠ることにした。
唯「ん……」
憂「あ、お姉ちゃん…起きた?」
部屋の壁に座りながら凭れかかって寝ていた私の隣には、憂がいた。
唯「そんなところで何してるの? 憂」
憂「うんとねぇ、お姉ちゃんと一緒にいたの」
何が嬉しいのかニコニコしている憂。
唯「ベッドで寝なよ。こんなとこじゃなくてさ」
憂「ううん。お姉ちゃんと一緒がいいの」
唯「そ…」
しばらく二人は何も喋らずに、ただ暗闇の中に佇んでいた。
憂「お姉ちゃんご飯食べる?」
唯「いらない。もう……食べれないんだぁ」
憂「…そっかぁ」
昨日に言った、私が人間じゃない、と言うことを理解したのか無理やり押し付ける真似はしなかった。
そういうもんなのか、といった感じだ。
憂「お姉ちゃん…、昨日言ったよね? 私は人間じゃないから…、私のことなんて忘れるんだって」
唯「言ったね…」
憂「私ね、あれから考えたんだぁ。お姉ちゃんがもしほんとに人間じゃなかったら…お姉ちゃんじゃなくなるのかなって……」
唯「憂……」
憂「でもね、違ったの。お姉ちゃんは人間じゃなくたって私のお姉ちゃんなんだって…! だからねお姉ちゃん、私…絶対お姉ちゃんのこと忘れないから」
憂「今日…お姉ちゃんは行っちゃうんだよね、また」
唯「うん」
憂「二度と戻って来ないかもなんだよね…?」ヒッ…ク…
唯「…うん」
質問が進むにつれ泣き顔になって行く妹に、私はただただ「うん」と答えるしか出来ずにいた。
憂「私……お姉ちゃんの妹で良かった……」
寄り添ってくる憂。
唯「私もだよ、憂。いっぱい、いっぱい幸せをありがとう」
強く抱きしめる。
まだ私の存在がある内に。
憂「忘れたくないっ! 忘れたくないよ…お姉ちゃん…!」
唯「……憂。他人の幸せを喜べる優しい子。でも幸せをあげすぎて自分を蔑ろにしたら駄目だよ…」
憂「うんっ……うん…」
唯「憂、今までありがとう」
憂「やだぁ!お姉ちゃんと一緒がいいの!お姉ちゃ…ん…」
唯「少し眠ってて、憂。目覚めた時、それは全部夢だって思えるから」
私はスリープの魔法をかけたハンカチを投げ捨てると立ち上がる。
唯「行こう、全てを終わらせるんだ」
夜中、時刻は丑の刻。
あれだけ煽って来たんだ、今日出てこないなんてことはありえないだろう。
私は家からもって来た包丁を柄の方からなぞる。
するとスゥーッと、包丁が紫色に輝き始めた。
唯「これでやつにも通じる…」
周りを見回しながら走る。
どこ…?
逸る気持ちを抑え、辺りを伺う。
フワッ……
唯「ッ!」
私の瞳が空間の歪みを捉える。普通の人間にはまず見えないであろう゛それ ゛を見つけて微笑んだ。
唯「見つけた……!」
奴は驚いたのか逃げる────
唯「逃がすかっ!」
真夜中の鬼ごっこが始まった。
早く───
速く────
もっと疾く────
私は脳のリミットを一つ、また一つと解除していく。
今の速度は人間の゛それ ゛とはだいぶ異なる。オリンピック選手など今の私に比べれば赤子同然のスピードだろう。
追いすがる、が、奴も人間ではない。
人間の常識なんて私達には無意味だ。
いや、肉体が半分人間の私の方が分が悪い。
それでもただ走った。
奴は自分の得意な場所に私を追い込むつもりだろう。
唯「いいよ、行ってやる」
私はニヤリとしながら草木を避け、ベンチを乗り越え、自動販売機すら迂回し、奴を追った。
一般道に入り、奴は初めて攻撃をしかけてきた。
「……!」
昼間みせたエアー弾だろう。
空気の歪みがいくつも飛んで来るのがわかる。
唯「はぁっ!」
私はそれを包丁で切り裂きながら撃退。
「!?」
奴は驚いたのか攻撃する速度をあげる
唯「無駄だよっ!」
一つ、二つと切り裂いて、壁を蹴って空中で回転しながら三つ四つと切り裂く。
「!?」
唯「生憎ただの人間じゃないんだよっ!」
私は尚も追いすがる、逃げる奴。
奴は港の方へと逃げる気だ。
唯「海はまずいな…」
泳げないのを見抜かれたか…?
何としても先に仕留めないと…!
…
律「あ~難しい~! 徹夜してやるもんじゃないな~勉強って」
───やぁっ
───とぉっ
律「ん~?」
なんだか外がうるさいな…もう夜中の3時にもなるのに。
律「酔っ払いが暴れてんのか?」
部屋の窓を開けて覗き込む。
唯「───はあっ!」
唯「───無駄だよ! 生憎ただの人間じゃないんだ!」
律「……」
ピシャッ
律「勉強し過ぎたんだなきっと。いや~幻想見るぐらい勉強しちゃダメだぞ私ってば」
唯……何やってたんだろ
一人で
港────
やっと止まった。
唯「そろそろ降参したらどう? 私もマラソンはあんまり趣味じゃないんだよね!」
包丁の切っ先を奴に向け言い放つ。
「……」
奴は無言でこちらを見ている。
唯「……決着つけようか」
クルッと包丁を回して逆手に持つ。
奴も意図を読み取ったのか一気に襲いかかって来た。
エアー弾を二発、私はそれを左右に泳ぐ様に走り避け、奴に近づく
更に奴はエアー弾を打ち込みつつ私を牽制してくる。
唯「効かないよっ!」
直撃コースのエアー弾を切り裂き、距離をどんどん詰めて行く。
「……!」
奴はエアー弾が効かないことを察したのか、急に何やら唱え始めた。
ビュウウウウウウー……
風の鳴き声の様な音がした後、ブルンブルンッ!と排気ガスを捻り出すような鈍い音が聞こえてきた。
最終更新:2010年08月12日 00:16