こんにちは、中野梓です。
ジメジメとした嫌な梅雨も明けて、連日晴天、夏真っ盛りで実にいい気分。

最近、私はある悩みを抱えてる。
そのお陰で勉強も練習も身が入らない状態が続いている。
これじゃあいけないって思ってはいるんだけど……やっぱりダメ。

でも一人で悩んでいても解決できそうになかったので、
今日は思い切って相談しようと決めたんだ。

こんなこと相談できる人は限られてるけど、
あの人ならきっと真面目に、真摯に聞いてもらえると信じてる。

律「よーし、今日はもうこれくらいでいいだろー」

唯「今日もあっついもんねー。もう帰ってアイス食べたいよ~」

律「そうと決まったら即帰ろう! おっさきー!」ダダッ

唯「おっさきー!」ダダッ

澪「うおおい、勝手に決めるな! ったくもう」

紬「ふふ、この暑さじゃ唯ちゃんじゃなくてもまいっちゃうもの。仕方ないわ」

澪「そうだな、一回合わせられただけでもよしとするか」

梓「……」

紬「梓ちゃん、今日も元気なかったけど大丈夫? 夏バテかしら」

澪「練習も心ここにあらず、って感じだったからな。無理はしないほうがいいぞ」

梓「えっ、あっ、すみません! その、夏バテとかじゃなくて……」アセアセ

澪「? まぁ、何でもないならいいんだ。じゃあ私も帰るよ、お疲れ様」

紬「お疲れ様。私はティーセットを片付けてから帰るわ。戸締りもしてくから、梓ちゃんもお先にどうぞ」

梓「あ、あのっ、ムギ先輩! ちょっとお話聞いてもらっていいですか?」

紬「あらあら、私なんかでいいの?」

梓「ムギ先輩がいいんです! 律先輩は真面目に聞いてくれなさそうだし、澪先輩はこういうことには疎そうなんで」

紬「唯ちゃんは?」

梓「……唯先輩のことで相談なんです……」

紬「(真剣な目……もしかして)じゃあお茶淹れるから、落ち着いてお話しましょう?」

梓「あ、はい、すみません!」

ムギ先輩が淹れてくれた、気持ちを落ち着かせる効能があるっていうハーブティーを一気に飲み干す。
ふと部屋の隅にある水槽に目を見やると、トンちゃんと目が合った。
トンちゃんにも後押しされている気持ちになった私は、意を決して口を開いた。

梓「あのあの、ムギ先輩、その、相談なんですけど……!」

紬「……唯ちゃんのこと、好きになっちゃった?」

梓「えっ、ええっ! どどどっ、どうして!」カーッ

時たまこの人はこうやって心を読んでくる。
私は自分でも分かる位に顔を真っ赤にさせて下を向いてしまった。

紬「あっ、ごめんね! そうじゃないかなぁ、って思っただけなの」アセアセ

梓「……もしかしてバレバレですか?」チラッ

紬「(上目遣い!)うーん、りっちゃん、澪ちゃんも薄々ってところかしら。多分だけど、唯ちゃんは気付いてないと思うわ」

梓「そうだといいんですけど……」モジモジ

紬「(可愛いわ~♪)あら、どうして? どう見ても唯ちゃんも梓ちゃんのこと気に入ってるし、悪いようにはならないんじゃないかしら」

梓「でも……やっぱりおかしいですよね? 女の子同士ですし」

紬「そうね……普通の恋愛、とは違うわね。色々障害もあると思う。それでも、好きって気持ちは簡単に諦めていいものじゃないはずよ」

梓「そう……そうですよね! 私、決心しました。やっぱりムギ先輩に相談して良かったです!」

さっきまで曇天のようだった心の中に光明が差した気がした。
これはもう早速明日にでも告白しちゃおう!
今日は準備で忙しくなりそうだ。

紬「あ、でもこうなると困ったことに……」

梓「えっ?」

紬「実は昨日ね――」

憂「紬さん……私っ、お姉ちゃんのことが大好きなんです!」カーッ

紬「えっ、うん? それは十分知ってるけど?」

憂「えっ、あっ、いやそうじゃなくてですね。えっと、何て言ったらいいんだろう」

紬「姉としてではなくて、ってこと……?」

憂「そ、そうっ、そういうことですっ! ……やっぱりおかしいですか?」

紬「(ああ、潤んだ瞳で見上げるのは反則よ~)そうね、普通ではないわね。それは姉妹愛とは違うの?」

憂「はい。私、ずっとお姉ちゃんを見てきました。お姉ちゃんも私をずっと見てくれていて、それだけで満足していました」

憂「でも最近お姉ちゃんは軽音部の事、特に梓ちゃんの事ばかり話していて、私を見てない気がするんです」

紬「それは考え過ぎよ。唯ちゃんはいつも憂ちゃんを一番大事に思ってるはずよ」

憂「ありがとうございます。でも、一度そう考えてしまったらもう元の感情に戻せなくって……これがただの姉妹間のものとは思えません!」フルフル

紬「憂ちゃん……そうね、そこまで思い詰めてるなら、一度思い切って唯ちゃんに思いの丈をぶつけてみればいいわ」

憂「大丈夫でしょうか? 私、嫌われちゃうんじゃ……」

紬「どういう結果になろうとも、唯ちゃんが憂ちゃんを嫌いになることなんて絶対ないわ。それは断言できる」

憂「は、はい! ありがとうございます、変なこと聞いちゃってすみませんでした」

紬「いえいえ、どういたしまして~」

紬「――ということがあったの」

梓「憂も……唯先輩のこと……」

紬「これは大分複雑な関係ね」

梓「私、憂に聞いてきます。今日は図書室で勉強してるはずだから、まだ校内に――」

憂「その必要はないよ、梓ちゃん」

梓「憂! どうしてここに?」

憂「なんとなく、かな? お姉ちゃんの話してるような気がしたから」

梓「恐るべし憂の姉センサー! じゃあ話が早いね、憂」

憂「うん……やっぱり梓ちゃんもお姉ちゃんの事好きなんだ」

梓「うん。こればっかりは憂でも譲れない」

紬「梓ちゃん、憂ちゃんにも聞いたことだけど、その感情は本物? 先輩を慕う感情とは違うって言い切れる?」

梓「……正直に言うと、分かりかねます。こんな気持ちになったの初めてなんで……だから、確かめるためにも告白します」

紬「梓ちゃん……」

憂「じゃあさ、梓ちゃん。土日、ウチにおいでよ。一緒にいたらはっきりするんじゃないかな」

梓「憂、いいの? 唯先輩を取っちゃうかもしれないんだよ」

憂「それは嫌だけど! でも、お姉ちゃんが梓ちゃんを選んだら、梓ちゃんだったら私も諦めがつくと思うの。だから、ね」

梓「憂……わかった。その勝負、受けて立つよ。絶対唯先輩を振り向かせるんだから」

憂「ふふっ、私も負けないよ、梓ちゃん」

紬「梓ちゃん、憂ちゃん……こういう三角関係もいいわ~」ポタポタ

梓「わっ、ムギ先輩鼻血出てます!」



……

憂「ただいま、お姉ちゃん」

梓「お邪魔します」

唯「お帰り~、ってあずにゃんどうしたの?」

梓「色々ありまして、二日間ご厄介になります」

唯「よくわかんないけど、あずにゃんならいつでも大歓迎だよ~!」ダキッ

梓「はわわ! ど、どうもです」カーッ

憂「むーっ、すぐ晩御飯の支度するから、お姉ちゃんは先にお風呂入っててね」

唯「うん。じゃあ、あずにゃんも一緒に入ろうよ」

梓「ふぇっ!? ふ、ふつつかものでふけど、よ、宜ひくお願いひまふ!」グルグル

唯「あはは~、何か今日のあずにゃん面白~い」

憂「だっ、だめだよお姉ちゃん! あ、梓ちゃんは……その、私と入るのっ!」

梓「えぇっ!?」

唯「えー、そうなんだぁ。ならいいよ、一人で入っちゃうから」ガチャ バタン

憂「……」

梓「……」

憂「……ぷっ」

梓「……ははっ」

梓憂『あははははっ!』

唯「じゃあ今日はもう寝るね、お休み~」バタンッ

梓「お休みなさいです」

憂「お休み、お姉ちゃん」

梓「さて、憂さん」バッ

憂「何でしょう、梓さん」バッ

梓「協定を結ぼうよ」

憂「協定?」

梓「そう。唯先輩に軽いアプローチを仕掛けるのは勝手。でも、こっ、告白とかそういう抜け駆けは禁止!」

憂「うんうん」

梓「あくまでも唯先輩に振り向いてもらうことを第一に! 私達はまだ自分の気持ちも整理仕切れてないんだからさ」

憂「そうだね。それじゃあ、お互いをフォローし合うって感じでいいのかな?」

梓「そうしようよ。憂は恋敵だけど、私、憂と喧嘩なんかしたくないもん」

憂「それは私も同じだよ。私、お姉ちゃんと何があったか、毎日梓ちゃんに報告するね」

梓「私も! 隠しっこは無しだからね」

憂「うん! それじゃあ私たちももう寝よっか?」

梓「えぇ、もうちょっとお話しようよ」

憂「うん、いいよ。じゃあ明日どうしよう?」

梓「天気いいみたいだから、唯先輩と三人でどこか行こうよ――」



翌日は市民プールに遊びに行ってきた。
今まではそこまで意識してなかったけど、改めて唯先輩を意識しだすと水着姿が眩し過ぎて、私はろくに目を合わせられなかったっけ。。

唯先輩は恥ずかしくて俯いてる私を見て、具合が悪いのかなって下から覗き込んでくるんで、
私の心臓はまるでフルマラソンを全力疾走したみたいに激しく脈動しちゃった。
かなり危ない状況だったけど、憂がフォローしてくれたんで何とかやり過ごせた。

この日の夜に唯先輩は、暑いからってアイス食べ過ぎてお腹壊しちゃったそうで。
憂が相当絞ったみたいで、怒られて小さくなってる唯先輩の写メが送られてきた。

梓「ふふっ。【あんまり私の唯先輩をいじめないでね】っと、送信完了」ピッピッ

ブルルルルッ

梓「早っ、もう返信きた。えーっと、【私のお姉ちゃんですっ!】か。あはは、憂ったら」


これが平沢唯協定を結んだ初日。
この週はこれから毎日こんな風にメールを交換し合ってた。
私は部活での唯先輩、憂は家での唯先輩。

そしてこの頃から憂は私達の下校時間に合わせて一緒に帰宅するようになっていた。
私もあつかましくも、平沢家にお邪魔して晩御飯をご馳走になることも多くなっていた。

教室では常に唯先輩の事で盛り上がってた。
あ、純は空気でした。

そんな生活が1ヶ月ほど続いた。
週末には必ず平沢家にお泊りするようにまでなっていて、この土曜の夜もいつもと同じ流れで夜を迎えていた。


唯「ごちそーさまぁ。う~い~、アイス~」

憂「お姉ちゃん、お風呂入ってからにしたら?」

唯「憂のけちー! あずにゃ~ん、憂ったらひどいよ~」

梓「御飯食べてすぐアイスとか……またいつぞやみたいにお腹痛くなっても知りませんよ?」

唯「うぅ、二人とも厳しいよ~」

唯「お風呂あがったよ~」

憂「それじゃあ梓ちゃん一緒に入ろうか? お姉ちゃん、アイス食べすぎないようにね」

唯「あ~、また二人でお風呂入るんだぁ。最近いつも一緒にいて凄く仲いいね。妬けちゃうな~」

梓「そ、そうですか!? 普通ですよ、普通!」

憂「そうだよ! お姉ちゃん、変なこと言わないでよ!」バタバタバタ

唯「変な二人。それよりもアイス、アイス~♪」



お風呂場!

梓「ふ~、危なかった~」チャポン

憂「お姉ちゃん、時々鋭いところあるもんね~」

梓「でもさ、唯先輩に言われて確かに、って思っちゃった」

憂「え? 何が?」

梓「えっと、よく考えたら最近は唯先輩といる時間より憂といる時間の方が長いな、って」

憂「そうだね。一緒にお風呂はあんまり普通じゃないかも。でもそれは抜け駆け禁止と、お互いの報告もあるから……」

梓「…………うん。あ、あのね、憂!」

憂「は、はいっ!?」

梓「う……や、やっぱりやめとく!」

憂「え……くすっ、変な梓ちゃん」

梓「あ、あはは……」

憂「……」

梓「……」

唯「三人で私の部屋で寝るなんて初めてかも」

梓「そうかもしれませんね」

憂「じゃあ電気消すよ?」

唯「は~い」


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最終更新:2010年08月13日 21:14