憂はドアノブを回しながらゆっくりと斜めに力を入れ、押し開ける。

純「あらら、意外とあっさり開いたね。ほんとに鍵かかってたんですか姫子さん?」

姫子「私が間違うわけないでしょ? 純のくせに私に意見しないでよ」

純「はいはいすみませんでした~…」

憂「今回は簡単ですよ。ただこの溝にガムを詰めて閉まりを甘くしただけだから」

純「あっ! もしかしてあの検診の時噛んでたガム!?」

憂「ご名答~」

唯「私なんてただ美味しい~って噛んでただけなのにっ! 憂凄いねっ!」

憂「そんなことないよお姉ちゃん♪」

姫子「……」

純「……」

憂「早く行こっ。ゴールはすぐそこだよ!」

診察室に入り扉を閉める。

憂「ここの窓は唯一格子がついてないの。だからどうしてもここに行く必要があったんだけど…ここまでは上手くいってるね」

姫子「特に何もない普通の窓ね。これを開けて外に出てからどうするの?」

憂「作業をしてた小屋に行きます。そこから脱出します…! みんなもいい?」

姫子「ブレインであるあなたに指図するつもりないわ」

純「ここまで来たら憂と心中しちゃうもん私」

唯「ずっと一緒だよ、憂」

4人は手を重ね、ただ成功を祈った。

憂「ここからは無駄なお喋りはできないからね…!」

唯純姫「」コクリ

憂「ここの窓には振動センサーがあって切ってからじゃないと絶対鳴っちゃうの。けどセンサーを切りに行くリスクはこのまま逃げるより高い…。 だからみんな、鳴っても驚かないでね」

唯純姫「うん…」

憂「1.2.3で行くから…!」

四人に緊張が走り、汗が額の上を走るのがわかる。

憂「1.2の…」


憂 「さんっ!」

ジリリリリリリリリ

四人の本当の大脱走が始まった。

─────

律「来たっ! 合図だ!」

澪「いよいよか…」

律「さ~て警察さんは何分で到着するかな~」

ガガッ

梓『こちら警察署前の梓です! 今装備を整えた警察官達が出ていきます! そっちには5分ぐらいでつくんじゃないかと思います! オーバー!』

澪「了解、オーバー。」

澪「ムギ、聞いたか? 今からそっちに警察が行くから」

紬『了解よ澪ちゃん♪』

澪「時間稼ぎよろしくな」

紬『任せて!』

律「優秀だね~日本警察。時間稼ぎ込みで7.8分か…それまでが勝負」

澪「律、そろそろ配置についとけよ。指示は私が出すから」

律「はいは~い。澪ちゃんったらすっかりやる気になっちゃって!」

澪「もう唯に罪はない。誤認逮捕って認めさせるまで監獄暮らしなんてさせられないだろ」

律「まあな…でも憂ちゃんは…」

澪「…憂ちゃんだって無実さ。唯を助けるために仕方なくやったんだ…。これが無実じゃなかったら世の中嘘だよ」

律「だ、な。じゃあちょっくら行ってくるよ。さわちゃん、囮よろしくね」

さわ子「仕方ないわね…あの子達を助けるためだもの」

律「必ず二人で出てこいよ…唯、憂ちゃん…!」

─────

警察官「桜ヶ丘刑務所にて脱獄事件発生の模様。パトロール中の車両も速やかに桜ヶ丘刑務所に急…」

警察官「なんだぁ!?」

警察官の目に映ったのはデカい立て札。
通行禁止

警察官「おい! 工事をしてるなんて情報入ってないぞ!」

紬「ほんとでっか? それはえらいすいませんどすえ」


警察官「あんたが責任者か? 時間がないんだ! 今すぐここを通してくれ!」

紬「なごと言われでも今水道管の修理中でして道具退けるのにも時間がかかるんどすえ」

警察官「何分ぐらいかかる!?」

紬「えぇ~と……斎藤さ~ん斎藤さん」

斎藤「どうしたと~?」

紬「警察さんがものどけろて~」

斎藤「そりゃ難儀なこって」

紬「で何分ぐらいかかるんと?」

斎藤「はぃ~?」

紬「何分ぐらいかかるんと?」

斎藤「……はぃ?」

警察官「」イライラ

斎藤「ああ道具のけろって~?」

紬「そうそう~」

警察官「」イライラ

斎藤「え~ど…あ~! 高橋さん~道具のけるのに何分ぐらいかかりますかねぇ?」

警察官「もういい! 各車両迂回して桜ヶ丘刑務所に向かえ!」


ファンファンファン……

紬「こちら紬、作戦は成功、思ったより時間稼げたみたい」

澪『上出来だよムギ。じゃあまた合流ポイントで会おう』

紬「澪ちゃんに誉められちゃった」

斎藤「良かったですねお嬢様。しかし何故あんな喋り方を?」

紬「そっちの方が面白いじゃない♪」

斎藤「はあ…左様で」



5分経過───

澪「遅いな…予定なら3分にはここに来てるはずなのに」

さわ子「中で何かあったのかしら…」

澪「……」

さわ子「澪ちゃん、そろそろ私達も危ないわ、そろそろここを離れないと…」

澪「わかってます…でも私達がここを離れたら唯達は…」

その時だった

カンッ…カンカン…

あっち側から投げ困れた小石がさわ子の車にぶつかって弾けた。

澪「唯達だ! 律! 頼む!」

律『待ってました!』

─────

律「派手に行くぜ~!」

律はゴム手袋し、ニッパーを取り出すと、配電盤の様なものから線を引っ張って、それを切った

ブツンッ……

さっきまで闇を照らしていたサーチライトは黙り込み、辺りは闇に支配される。
人間の怒号しか聞こえない闇の中で、澪は黙々と作業を進める。

手頃な石に縄をくくりつけあちら側へ渡すのだが…このままでは届かない。
普通の石を投げれば軽く越えられるだろうが縄つき、しかも人一人吊り上げられるともなればそうはいかないだろう。
だが対策は既に出来ていた。わざわざこの為にさわ子は車体の高い車をレンタルしてきて、澪はその上に乗って投げる。するとギリギリあちら側へ縄を投げ込めた。縄の数は2つ、キッチリ唯と憂の分だ。
鉄線は後数分はただの針金。
縄にテープを巻いて切れないように強化もしているがあまり刺々しい鉄線ではないため摩擦で切れることはないだろう。
そのロープをさわ子の車にくくりつけ、準備完了。

ロープの張りを確認し、さわ子の車がゆっくりロープを引き上げて行く。

澪「そろそろかな…」

澪はロープの先を眺めると、5mの壁の頂きに、二つの影があった。

澪「唯、憂ちゃん…!」

込み上げる気持ちを押さえつつ、次の作業に移る澪。
さわ子の車からロープを外し、遠くの木にしっかりと結びつけた。
これによりロープと地面との斜形が緩やかになり、スロープ状にして降りられるのだ。

澪「いいぞーっ! 二人とも降りてきてー!」

声が聞こえたのか二人はロープを鉄線にしっかり結びつけ、囚人服か何かの上着をロープに絡ませパラグライダーの滑降の様に降りてくる。

シュルシュルと音を立てながらゆっくり下ってくる二人。

ブゥゥン

律「二人は来たのか!?」

サイドカー付きのバイクに股がった律がフルフェイスヘルメットの黒いバーを上げながら澪に問う。

澪「あぁ! ちょうど降りてきてる! もうすぐ警察が来るから二人を連れて早く逃げてくれ!」

律「わかった!」

少し離れた木の根元にいるだろう二人の顔を見ることなく澪は急いでさわ子の車に乗り込んだ。

澪「気をつけてな、律」ニコッ

律「お前こそ。」ニコッ

それだけ言い合って別れた。警察のサイレンはもう間近に迫っていた。

ブゥゥン───

律「唯! 憂! 早く乗れ!」

ちゃんをつける時間も惜しいぐらい状況は切羽詰まっていた。

唯「りっちゃん…バイク乗れたんだ」

律「そんな話はいいから!」

唯達も自体の深刻さをわかっていたのか手早く乗り込む。
後ろには唯が律に捕まる形で、そしてサイドカーには…。

律「よ~し憂も乗った…えっ…」

そこには誰よりも唯に優しく、
誰よりも唯を思い、
誰よりも唯を大好きだった彼女…ではなく。

純「うぇ…なん…で…よぉ! ういいっ!」

ただ泣きじゃくる少女が座っていた。

律「唯…憂ちゃんは…?」

唯「……行って、りっちゃん」

律「でも憂ちゃんが!」

唯「行ってよぉ!!! 憂の覚悟を無駄にしないで……!」

涙と鼻水を同時に出しながらもはっきりとした声で律に訴えかける唯。
そんな唯を見たのは初めてだった。

そうだ、あの唯が憂ちゃんを簡単においてくるわけがない。何かものすごい理由があったのだろう。
私なんかが間に入れるわけがないのだ。
誰よりも深い絆を持ったこの姉妹の…。

私は言われるままに夢中でアクセルを握り込み、バイクの速度をあげて行った。
パトカーのサイレンが、まるで他人事の様に遠ざかって行った─────

────

唯「…ただいま」

誰もいない家にただいまを言ってみた。
でも当然「おかえり」と云う返しはなく、玄関にただ虚しく響いた。

私は真っ先に冷蔵庫の前に立つと、上の冷凍庫を開け、中から冷たい物体を掴み出してはゴミ箱に入れる。

唯「こんなものが憂を……! 憂を!!!」

私がこんなものを好きにならなければ憂はあんな思いをせずにすんだ!

私は夢中になって昔と大好きだったものを捨てていく。

パサリ…

唯「何…?」

メモ用紙の様なものが床に落ちる。唯はそれを拾いあげ、眺めると…すぐに大声で泣き始めた。

唯「うあっ…あああっ…ああああううっ…」

喉を鳴らしながら、息をするのも忘れるぐらい嗚咽する。

『帰ったら一緒に食べようね、お姉ちゃん』

ファイルブレイク─────



─────

四人は夢中で走った。警報が鳴った瞬間サーチライトが闇夜に踊る。
どこかの大怪盗さながらにライトを掻い潜りながら小屋を目指す。
幸いまだ看守などは対応出来ていなく外には出ていない。
まずは誰が脱獄したのかをチェックするため独房の点呼だろうか。
そんなことを考えてる間に四人は無事小屋についた。

素早く中に入ると鍵を閉め、5秒だけ息を整えた。

姫子「ぜぇ…ぜぇ…久しぶりに全力疾走したわ…」

純「私も…はあ…はあ…」

憂「休んでる場合じゃないよ! 早くつるはし持って!」

憂はみんなに倉庫にあるつるはしを渡すと歩数を数え、ピタッと止まった下を夢中に叩き始めた。

唯「憂…間に合うの…これ?」

憂「大丈夫、お姉ちゃん。タイルを剥がしたら後は…」

タイルを剥がし、何回か土を叩き掘り返すと。

姫子「わあぉ」

そこに空洞が現れた。

憂「ここの下は防空壕を兼ねた非常出口になってるんです。ここが建てられた当初もまだ戦時間もなかったから完璧に埋め立てなかったんです」

純「憂あんたマジ天才!」

その穴を広げ、人が一人入れる大きさになるとつるはしを置き、皆一様に穴を見た後周りを見た。

純「誰から行く…?」

憂「危ないから私から…」

姫子「待って」

唯「どうしたの姫ちゃん?」

姫子「悪いけど私が一番最初」

純「姫子さん何を…ひっ!」

姫子「うるさいのよ…純」

姫子は手にキラリと光るものを持っている、メスだ。

憂「どういうつもりですか…姫子さん?」

姫子「ふふ、簡単よ。このまま普通に四人で逃げたらここを発見されて追っ手が来るでしょ? だからあなた達には出来るだけ囮になってこの小屋から注意を反らしてもらいたいの」

純「あんたって人は…!」

唯「姫ちゃん酷いよ…! 友達じゃなかったの!?」

姫子「友達よ~私の欲望を満たすだけの都合のいい友達」

姫子「動かないで!」

憂「くっ…」

姫子「私は本気だから、今から10数える間にこの小屋から出なさい。じゃないと殺すわよ」

純「やっぱりあの噂は本当だったんだ…。姫子さんは本当の殺人で捕まってるって…!」

姫子「9ー」

純「うっ…」

唯「憂…どうしよう」

憂「……わかりました。私はここから脱獄しません。他の場所を今から探します。それでいいですよね?」

姫子「あははっ! わかってるじゃない。じゃあお先に逃げさせてもらうわね。もし振り返ってあなた達を見つけたらすぐさま殺すから」

純「佐々木さんもやっぱり…」ギリッ

姫子「ごめんね~純。人間誰しも自分が可愛いのよ」

メスを手に握りしめたまま非常出口へと降りていく姫子。

姫子「じゃあね~みんな」
そのまま姫子は凄い勢いでその場を離れていった。

純「憂…どうしよう? ゆっくり後をつけてく?」

憂「…ううん。その必要はないよ」

純「でも他に脱出ルートなんて…」

憂「ふふ、実はね、こっちは一か八かだったの。本命は別にあるの。人数が多かったからこっちに賭けてたけど今なら…!」

純「な~んだ良かった! 姫子のやつそのまま生き埋めになっちゃえばいいのに!」

唯「姫ちゃん…」

仮にも同じ部屋で少し過ごし、友達と呼べる人の裏切りに唯は心を痛めていた。

憂「みんな行こう。ここも時期調べられちゃう、その前に…。」

唯「うん…」

憂「(安心して…お姉ちゃんだけは何があっても助けるから!)」

小屋を出て、壁沿いに走り出す。

さすがに看守も出てきており、中庭などを獰猛なチワワを連れて走り回っている。

幸い目的地は北東側の壁沿いなのでその上手く辿り着けた。

憂「え~…と…」

純「憂何してるの?」

憂「これぐらいならいいかな。純ちゃん! これをあっち側に投げられる?」

親指サイズの石ころを純に渡す。

純「ジャンプ筋トレで鍛えた私の二等筋なら余裕よ! そりゃえぃっ!」

純は振りかぶると石ころを勢いよく上空に投げた。石ころは見事に5mの壁を越えてあちら側へ。

純「見たかぁ!」
憂「凄い純ちゃん!」
唯「……」

憂「お姉ちゃんどうしたの…? まだ姫子さんのこと…」

唯「違うの…姫ちゃんのことはもういいの。憂…もしかして、もしかしてだけどね? ここに残る気なの…?」

純「えぇっ!? 何いってんの!? そんなことないよね憂!?」

憂「…お姉ちゃんには敵わないや(こういう時は本当に鋭いんだよね…お姉ちゃん)」

純「えっなんでよ! 憂が残る理由なんてないじゃん! みんなで一緒に…」

憂「駄目なの…。本当は私とお姉ちゃんだけが脱獄する為に用意してきたから…二人分しかロープは来ない…」

純「そんな…でもっ!」

唯「私が残るよ…。元々私が起こしたことだもん、憂にこれ以上迷惑かけれないよ…」

純「何いってるんですか! 残るべきなのは私ですよ! 二人は逃げて! 元々私は来る予定の人間じゃなかったんだから…」

憂「二人とも聞いて。今は言い争ってる場合じゃないの。お姉ちゃん、私はお姉ちゃんの為にここまでしたんだよ? ここでお姉ちゃんが残ったら…私は何のためにここにいるの?」

唯「でも…っ!」

憂「純ちゃん。純ちゃんを誘ったのは私だよ? あの時から私は残るって決めてたの、いや…あの時よりもっと前…お姉ちゃんを助け出すってアイス強奪をした時から! こうしようって決めてたの」

唯「そんなの勝手過ぎるよ! 私の気持ちは…どうしたらいいの? 憂…!」


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最終更新:2010年08月14日 20:58