生温かい湿気が纏わりつき
気分も沈みがちなこの季節
私は間近に控えた中間テストに向けて幼馴染と図書館に来ていた

律「しかし、じめじめとした日が続きますなぁ」

澪「梅雨なんだから当たり前だろ?」

律「こうも湿気が多くては勉強する気力が・・・」

澪「何言ってるんだよ、一緒に勉強しようって言ってきたのはおまえだぞ?」

律は机に肘をつきながら窓に目を向け、
しとしとと降り続ける雨をつまらなそうに眺めていた
私はふと律の白紙のノートに目をやり、呆れかえった
参考書にはなんだかよくわからないライオンのような落書きがされている

澪「まったく・・暇さえあれば落書きばっか・・昔から変わらないな」

律「ふふ・・この落書きがなんだか分かるかい、お嬢さん」

澪「・・さぁ」

律「これはね、はるか昔から田井中家に伝わる晴天の使いなのさ」

澪「へぇ、そうなんだ」

律「信じてないな?」

澪「信じてるよ」

律「嘘だ」

澪「ホントだよ」

律「・・・」

澪「・・・」カリカリ

こうでもしないと律は自分から勉強しないからな
少し冷たい様だけど、これが律の為になるんだ
テストの結果が悪いと軽音部の部活動にも色々と支障をきたすだろ?
律がいない部活動なんて寂しいじゃないか

私が相手をしてくれないと悟ると律は渋々とペンを握った
少ししてようやく私に分からない問題を尋ねてくるようになった
一問一問律と一緒に問題を解いていった

律の勉強に対する集中が途切れる夕方まで
私達は共に時間を過ごした

澪「田井中家に伝わる晴天の使いも大した事ないんだな」

律「くそ~どんだけ降るんだよ~・・」

澪「さぁ、帰るぞ・・あれ?」

律「どしたの?」

澪「傘・・ないし・・」

律「ん、ホントだ、私の傘ともう一つ・・」

澪「図書館を出る人が私達で最後だから・・」

律「誰かが間違えて澪の傘持って行っちゃったんだろうな」

澪「まいったな・・どうしよう・・」じっ

律「(なんで私を見る・・・)」

律「べ、別にその傘使ってもいいんじゃない?交換て事で!」

澪「それはダメだ!・・人の物を勝手に使うのは良くないだろ!」

律「・・ま、まぁそうだよな・・」

律「・・・」

澪「・・・」

律「・・・」ばさっ

澪「・・・」

律「ほら、澪・・早く」

澪「・・あ、ありがと・・」///

幼い頃から親友にずっと抱いている感情
それは友情なんかじゃなくて
もっと深い感情

私はね
律の事が好きなんだ

律「なんか澪と相合傘なんて久しぶりだな、小学生の頃以来か?」

澪「そ、そうだな・・あ、私が傘持つからいいよ」

律「いいって」

澪「いいから、私の方が背高いんだし・・」

律「ん、ありがと」

澪「・・・いいよ」

あえて自分の感情を伝えようとは思わないよ
女性が女性を好きになるなんて、おかしいと思うのが普通だ
私だってそのくらいは心得てる
それ以上に素直に自分の感情を律に打ち明けるなんて事は
臆病者の私には到底不可能な事だった

それでも私は入学して1年以上経った高校生活に充実感を覚えていた
ただ、律と一緒にいられれば満足だった

澪「もうすぐ律の家だな」

律「しっかし全然雨止まないなぁ」

澪「・・ありがとう律、ここからは走って帰るよ」

律「え、なんで?泊ってかないの?」

澪「えっ、そんなつもりはないけど・・」

律「濡れちゃうじゃん、今日はもう泊ってきなよ」

澪「・・え・・でも・・」

律「いいじゃんいいじゃん、明日も学校休みなんだしぃ」ぐい

澪「あっ、おい律!」

律と今晩ずっと一緒にいられる
本当はすごく嬉しい事なのに、
私は素直に自分の感情を表す事ができないんだ
いつもそうなんだ
どこか強がってしまう
もっと素直になれたらいいのに

唯みたいにさ


澪「晩御飯ごちそうさまでした」

律「ごちそうさま!」

聡「いただきました!」

律母「いいのよ、澪ちゃんウチに来た時は遠慮しないでね」

澪「はい、ありがとうございます」

律母「あ、そうそう・・律達は今日お風呂入る?」

律「って当たり前だろいっ!」ビシッ

律母「やっぱり?今日壊れちゃったみたいでお風呂使えないんだけど・・」

律「えぇ~そうなの・・」

澪「そうなんですか・・」

律母「っていう訳だから今日は銭湯行ってきてね、ごめんね澪ちゃん」

澪「あ、いえいえ・・」

律母「はい、律」

律「?」

律母「お金」ぱさっ

律「お札ですか?!・・ってか多くない?・・いくら澪の前だからって・・」

律母「どうせ帰りにアイスとかジュースとかお菓子とか買ってくるんでしょ?」

律「あ、よくわかってらっしゃる・・」

澪「あ、ありがとうございます」ぺこり

律母「あんまり無駄使いしないようにね、澪ちゃんよろしくね」

澪「はい、まかせて下さい」

律「・・じゃあ、早速行ってくるか!久々の銭湯!」

律母「ちょっと・・ちゃんと聡も連れてくのよ?」

律「わかってるって・・おーい!聡」

聡「なにー?」

律「今から銭湯行くから準備しろー!」

聡「えっ、今日銭湯なんだ!」

律の家族は本当にみんな仲が良い
ここに来ると私もその一員になれた様な気がしてきて
本当に気持ちが良くなってくる
うまく言えないけど
私と律と律の家族はこんなに仲が良いんだよって
誰かは分からないんだけど、誰かに自慢したくなるんだ

澪「雨止んでるな」

律「ほらほら~すごいだろ?落書きのおかげだよ」

澪「そうかもなっ」

聡「・・・」じっ

澪「・・・?」

聡「・・・///」プイッ

律「・・・」ちらっ

律「良かったなー聡、愛しの澪ちゃんと銭湯に行けるなんて」テクテク

聡「はっ!?へ・・へんな事言うなよな!」///

澪「・・・」くすっ

澪「聡は今、中2だっけ?」

聡「はい・・」

澪「どう、学校は楽しい?」

聡「色々大変です・・部活とか・・勉強とか・・」

澪「そっか、勉強は律に教えてもらったらいいんじゃない?」

聡「ねえちゃんはダメです、教えるのてんで下手くそだから」

律「おいっ!」チョップ

聡「いって・・そうやってすぐ怒るのがいけないんだよっ!」

律「なにを~~~」ぐりぐり

聡「う~~離せっ!」

澪「聡、今度私が勉強教えてあげるよ」

聡「」

律「おっ」

聡「ほ、ホントですか?!」///

律「良かったな~聡、こんな美人さんに家庭教師してもらえるなんてなかなか無いぞ?」

澪「ちょっと、律!」///

聡「・・・うへへ」

私には兄弟がいない
だから律と聡の会話は私にしたらとても新鮮で
羨ましくもあった
だからこんなやりとりに憧れを持ってしまうのかもしれない
実際こんな弟や妹がいたら可愛いんだろうな
私はそんな事を考えながら歩みを進めていた

澪「ここの銭湯は久しぶりだな」

律「昔はよく来てたんだよなぁ」

澪「じゃあ聡、後でな」

聡「はい!」

律「覗くんじゃないぞ~?」

聡「覗くかっ!」

ガチャ パタン

律「ここ昔から温泉使ってるんだよなぁ」

澪「知ってる、けっこう有名だよな」

律「肌もぴちぴちにしてくれるぞ?多分」するする・・

澪「・・・!」

律「ん、どしたの?」

澪「・・えっ?・・なんでもない・・」///ぷいっ

澪「そ、そうだよな!肌もぴちぴちだっ!」

律「どうしたんだよ澪、突然顔赤くしちゃって」

律「のぼせるにはまだ早いぞ~?」ぬぎぬぎ・・

澪「う、うるさいなっ!」

律「で、なんで脱がないの?」

澪「い、いいからっ、先に入っててよ!」

律「相変わらず恥ずかしがり屋だな、澪は」

律「別に澪の着替えてるとこ見たりしないぞ?」

澪「・・・」

律「ま、いいや・・じゃ、先行ってるぞー?」がらがら・・

澪「・・・」

澪「・・・」ドキドキ・・

なんでだろう?
この緊張は前にも経験した事があるな・・
あ、一年前の合宿の時だ
あの時もみんなでお風呂に入ったっけ
みんなの前で着替えるのは恥ずかしかったなぁ

別に女性同士なんだから気負う必要はどこにも無い筈なのに・・
私がこんなに緊張してしまうのは、私が臆病だからかな?

私は髪を繕い、ゆっくりと衣服を脱いでいった
こんなこと人前で堂々と行えるような事ではない
堂々と行える律の強心臓振りに感心しながらも
私は律の家から借りた大きめのバスタオルをはおり、浴場への扉を開けた

澪「・・・」がらがら・・

律「みおー遅いぞ~?」

澪「ご、ごめん」

律「体流して澪も浸かりなよ、今日なんかしんないけど誰も人いないぞ!」ぽかぽか

澪「う、うん」ザザー

澪「・・・」

澪「・・・ちゃぽん」

澪「お客さん私達だけなのか?珍しいな・・」

律「まぁ、いいんじゃない?貸し切り貸し切り♪」

澪「・・・」ドキドキ・・

律「・・・」

澪「・・・」ドッキンドッキン

律「・・・」

カポーン・・

なぜか気まずい
無駄に広く感じるこの浴場で、お互いの声がこれでもかと響き渡る
律と二人きりになれる事は普段ならむしろ嬉しい事の筈なのに・・
なぜなんだろう?

わかった
この状況が良くない
お互い裸で会話せざるを得ないこの状況が私に緊迫感を与えているんだ
第一私の胸のドキドキは脱衣室から高まるばかりじゃないか・・
律への目のやり場もなんか困るし・・
まともに顔を見て話せない

それでも何か会話をしないと・・

澪「わ、私がこの前行った銭湯は人一杯いたんだけどな」

律「澪もけっこう銭湯行ったりするんだな」

澪「言う程行ってないけど・・たまにはね」

律「・・にしては慣れてない感じだぞ?」

澪「そ、そうかな?」

そうじゃないか
私はやっと自分の矛盾点に気がついた
何度も銭湯を経験している筈なのに
なぜ今日に限ってこんなにも緊張しなくてはいけないのか?
いくら小心者の私でも今までは銭湯でこんなに緊張する事はなかった
こんなに私が心を惑わされているのは、さっきも言った通り1年前の合宿以来・・

共通点は・・

律「澪、お湯ほっぺにもかけとけっ」ぴちょ

澪「わっ!ちょっと律!」///

律「あははっ、澪のほっぺ柔らかいなぁ、もっとぴちぴちになるぞ?」

澪「わ、わかったから律!手離してくれっ」かぁ

律がいる事だった
律が私の心を惑わしているんだ
考えてみれば簡単な事じゃないか
私は律に恋愛感情を抱いているんだ
自分が恋愛感情を抱いている人と二人きりで一緒にお風呂に入り、
冷静でいられる人間は果たしてどれだけいるんだろうか?
そう考えると例え女性同士であるとはいえ、
私の今の心情は極々自然の事であるような気がした

律「悪かったよ、みおー、そんな怒るなよっ」

澪「ま、まったく・・銭湯で騒いだら周りの人に迷惑だろ!」

律「周りの人いないけどな」

澪「いなくてもマナーはちゃんと守らないとダメだろっ!」

律「はいっ!すみませんでした!髪洗ってきますっ」ザァ

澪「(立ち上がると目のやり場に困るってば・・)」///

律「澪も一緒に洗うかー?」スタスタ

澪「わ、私は後でいいや、もうちょっと浸かってる」

律「そっかぁ・・うわっと」はらり

澪「ドキン!」かぁぁ///

律「みおー、バスタオルはだけちゃった・・」

澪「い、い、いいから、は、早くまとえって!」///ぷいっ

律「あははっ、なーに赤くなってるんだよっ澪」

澪「う、うるさいっ!のぼせてるだけだっ!」///

心臓に悪い銭湯だった
本来ならば心落ち着く筈のバスタイムは
私にしてみたら終始緊張の連続だった
律との銭湯は今後控えよう

でもなんだかんだで楽しかったな


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最終更新:2010年08月17日 23:48