――


唯「・・ん・・うぅん・・」ぱちっ

不快な気分で目を覚ます
嫌な汗が私の体に纏わりついている
時間は午前2時を指していた

唯「・・ん・・」ぼー

もう一度寝ようと試みる
まぶたを閉じて朝日が昇るのを待とうとした
しかしまぶたを閉じるとそこには
私の安眠を妨げている光景が私の脳裏に写し出される
嫌な汗の原因もそれだ

唯「・・・」スクッ・・

もう一度眠れそうもない
仕方なく上体を起こし、
暑くなった私のおでこを自身の手で押さえたまま、
自身の布団を見つめる格好で俯く

唯「(・・嫌な光景・・・)」

夢から覚めてもなお私の気分を沈めさせるその光景は
頭からいっこうに離れようとしない

その光景はね
りっちゃんが私の前に現れるんだけど・・
その横には必ず・・澪ちゃんがいるんだ
二人は笑みを浮かべて私の方を見てる
二人並んだその立ち姿は、きっと大半の人が魅了されちゃうと思う
二人とも美人さんで、かっこよくて・・
お似合い・・なんだ
ものすごく・・

その光景にはまだ続きがあって
りっちゃんを残して澪ちゃんが途中でいなくなっちゃうんだ
でね、今度は私がりっちゃんの横に並ぶんだけど・・
澪ちゃんに比べると
私はなんて不格好なんだろうって・・

私からみても、りっちゃんには澪ちゃんがお似合いだなって思って・・
でも・・
それを認めたくない気持ちは私にはあるんだ・・
りっちゃんの横にいて、ふさわしい人になれたらって・・

唯「いこう・・」スクッ

頭がぼーっとしてうまく働かない
どこに歩みを進めているのか・・
私はまだ・・そんな年じゃ・・
自分でも自分のとってる行動がよく分からない
でも・・私にはこれしか思いつかなかったんだ
今の気持ちを抑えられる方法はこれしか・・

カチャ・・パタン・・

唯「・・・」ストン

不在の両親の部屋に入り、
お母さんが使っている化粧台の前に立つ
化粧台の鏡が私の全身を映しだす
幼い顔・・もっと美人さんだったら・・
私はおそらくお母さん以外がかけた事がないであろう椅子に腰を落ち着かせた

唯「・・・」じー・・

化粧台の引き出しを開ける
口紅、ファンデーション、マスカラ、これは・・何に使うんだろう?
見なれない物も中には混じっている
私はその中から一つの化粧品を取り出し
鏡に顔を近づけた

唯「・・んっ」スー・・

唇に赤い紅を塗る
私の唇が赤く染まっていく
慣れない手つきで唇を塗り終えた
残念ながら暗闇のせいで自身の顔がどう変わったのかよく分からない
確認する為に私が部屋の照明を点けようと椅子を立った瞬間
誰かの手によって部屋の照明が点けられた

憂「お母さん?帰ってきてたの?」

唯「・・わわっ」びくっ

眠っていた所を無理して起きてきたんだろうな
憂が目を擦りながら部屋の照明を点けた

憂「お・・お姉ちゃん・・何やってるの?」

唯「・・うい・・・私きれいになりたい・・澪ちゃんみたいに・・」

憂「・・・澪さんみたいに?」

唯「・・・うん・・」

憂「・・・」

唯「・・・」

憂「お姉ちゃん・・口紅ずれてるよ」

唯「えっ・・あ、本当だ・・」

憂「拭いてあげるからこっち来て」

唯「・・うん、ありがと憂」

憂「・・・勝手にこんな事したらお母さんに叱られちゃうよ?」フキフキ

唯「ごめんね・・うい」

憂「それに・・お姉ちゃんは十分可愛いよ、お化粧なんてまだ早いよ」

唯「でもっ、きれいになりたくて・・」

憂「・・・(元気が無かったのってこういう事なのかな?)」

憂「はい、口紅落ちたよ」

唯「ありがと、憂」

唯「うい・・私今よりきれいになりたいの・・お化粧の仕方分かる?」

憂「私も・・よくわからないからなぁ・・」

唯「・・・そうだよね」シュン・・

憂「・・・」

憂「やっぱりスタイリストさんにやってもらった方が良いんじゃないかな?」

唯「・・すたいりすと?」

憂「うん、ほら美容院とかでやってくれる人だよ」

唯「きれいにしてくれるのっ?」

憂「うん、多分・・」

唯「ありがとっ憂!」だきっ

憂「(お姉ちゃんも・・そういう年頃なんだ・・)」


――
―――

天気も良く晴れた日曜日の朝
今日は私が待ちに待っていた日だった
りっちゃんと遊園地に遊びに行く日
りっちゃんはみんなで行こうと行っていたんだけど
私がわがままを言って二人きりで行く事になった
前日の夜はあまり眠れなかったけど
勿論今日を最高の日にする為下準備は怠らなかった

唯「おはよう、うい」

憂「あ、お姉ちゃん!自分で起きれたん・・・だ・・」

唯「あれっ、どうしたの憂?」

憂「・・・」ぽー

唯「ういー??」

憂「え、いや、お姉ちゃん変わっちゃったから・・」

唯「も~憂、昨日も見たのに慣れないの?」

唯「どう憂?・・・おかしく・・ないかな?」

憂「うんっ!とってもきれいだよっ!」

唯「良かったぁ、朝ごはんもらうね?」

憂「うんっ食べよう」ドキドキ・・


憂「(なんかお姉ちゃんがお姉ちゃんらしくなっちゃったな・・)」

唯「・・おいしい~」モグモグ

憂「(あっ、でもやっぱり性格はお姉ちゃんのままだ)」じー

唯「憂・・?食べないの・・?」

憂「・・えっ、あ、うん、今から食べようと思ってたとこ」ドキドキ・・

TV「今日の占いです、今日一番の運勢は射手座のアナタ☆」

唯「あ、憂!やった、今日一番の運勢だって!」

憂「ホントだ、良かったね、お姉ちゃん」

TV「特に恋愛運絶好調☆愛しのあの人に急接近かも??」

唯「やったぁ、きっと今日は最高の日になるよお!」

憂「えっ」

唯「・・え?」

憂「だって今日は律さんと遊園地だよね?・・・今なんて・・?」

唯「・・・」

憂「・・・」

唯「あー!もうこんな時間!早くしないとっっ、ごちそう様!」

憂「えっ、あ、・・お姉ちゃん?」

唯「行ってきま~す!おみやげ買ってくるからねっ!」

憂「ちょ、お姉ちゃん、待って・・」

バタンッ!

憂「・・・」

憂「・・・」

憂「・・・」

TV「今日一番悪い運勢は魚座のアナタ、身近な人に裏切られちゃうかも・・気をつけてね☆」

憂「えっ・・」

憂「お姉ちゃんに・・」

憂「・・彼氏・・?」うるっ


……

唯「りっちゃーん!」

律「えっ、あ、人違いです」

唯「ひどっ!・・私だよお」

律「・・・え、唯?・・なのか?」

唯「唯ですっ!」びしっ

律「うっそだろ?・・全然気付かなかった!」

唯「えへへ・・ちょっとおめかししてみました」

律「なんだよー、いいなー、髪の毛超サラサラじゃん!」

唯「変・・かな・・?」///

律「そんな事ないぞー、めっちゃ可愛いと思う!」

唯「ありがと、りっちゃん!」だきっ

りっちゃんに可愛いって言われた
努力が報われた気がしてとても嬉しかった
貴重なお小遣いを使って、すたいりんぐ?・・をしてもらった甲斐があった
少し私の願望に近づけた気がして良い気持ちになれた
そんなこんなで私達は時間通り遊園地行きのバスに乗り込んだ

律「しっかしホントにきれいになったなー・・」じー

唯「そ、そうかなぁー」テレッ

律「な、なんかさぁ・・これだけ綺麗になっちゃうと・・」

唯「?」

律「一緒にいる私が存在感無いっていうか・・」

唯「そ、そんな事ないよお!」

律「唯の横にいてしまって恐縮というか・・」

唯「!」

律「ま、そんな事思ってないけどなっ!」

唯「も~りっちゃん」

律「へへっ」

りっちゃん
それを思ってたのは私の方なんだよ?
私がずっと悩んでた事・・
私の方こそ・・横にいても良いのかな?

りっちゃん、今日はいっぱい楽しもうね






律「ゆーいー!こっち来てみろよー!」

唯「どうしたのりっちゃん?」

律「まずはアイツからだっ!」

唯「おおっ、メリーゴーランド!」キラキラ


――

唯「りっちゃーん、このスイカの馬車一緒に乗れるみたいだよっ!」

律「それスイカじゃなくて、かぼちゃだからっ」

唯「え~スイカにしか見えないよ?」

律「かぼちゃだからっ!100%」

唯「え~・・・」


――

唯「りっちゃん回しすぎだよ~」

律「まだまだぁ!」

唯「りっちゃん~~もう無理ぃ~」

唯「・・・」

律「ご、ごめんな唯・・そういえば唯乗り物酔いしやすかったもんな・・」

唯「まだ目が回ってます・・」ふらふら

律「コーヒーカップは辛かったか・・よしっ、気を取り直してアイツだな」びしっ

唯「観覧車?」


――

唯「わあ~、高いねりっちゃん」

律「もうすぐ頂上だな!」

唯「向こうに私達の町が見えるよっ!」

律「良い眺めだな~」

唯「見えた!りっちゃんの家見えたよっ!」

律「ホントか?!」

唯「ほらっ、あのちっちゃい家!」

律「どうせ私の家はちっちゃいですよー!」じたばた

唯「りっちゃん暴れちゃ危ないよ!観覧車揺れてる!」

律「おぉ、ここで落ちたら死んじゃうな・・」

唯「りっちゃん・・死ぬ時は・・一緒だよ?」

律「唯・・」がしっ

唯「りっちゃん・・」がしっ


――

唯「遊園地って食べるものがいっぱいあって何にしようか迷っちゃうね」

律「そうだなー、おっ?」

唯「どうしたの、りっちゃん?」

律「見ろよ唯、ジャンボ6段アイスだって」

唯「えぇ~!!」キラキラ

律「買っちゃったよ・・」

唯「・・えへへ」

律「しかし・・でかいな」

唯「私一人じゃ食べきれないよ~りっちゃんも一緒に食べて?」

律「まかせろいっ!」

唯「おいしいねーりっちゃん」


――

唯「りっちゃん、次はお化け屋敷行きたい!」

律「よしきた、えーと地図によると・・あっちだな」

唯「いこう、いこう!」

唯「り、りっちゃんから先行ってよ・・」

律「えー・・唯から先行けよお・・」

唯「こんな暗い所・・歩けないよぉ・・」

律「仕方ないな・・唯、つかまってろよ?」

唯「うんっ」がしっ

律「・・・」トコトコ・・

唯「・・・」トコトコ・・

律「・・・出るなよー・・出るなよ・・」

お化け「うおおおおおおお!!!!」

律・唯「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

唯「りっちゃん、無理だよ無理―!」がしっ

律「唯、それお化けだから!抱きついてるのお化けだぞ!」

お化け「///」ちらっ

唯「わあああぁぁぁ!!」

律「逃げろ唯隊員!走るんだっ!」

唯「りっちゃん~怖いよ~~!」

お化け「うおおおおおおお!!!」

律・唯「ぎゃあああぁぁぁぁ!!」


――

汗を流しながら私達は日が沈むまで遊園地を駆け回った
りっちゃんはすごく笑っていた
私との二人っきりの遊園地、楽しんでくれたみたいだよ

ここに来る前はね、
実はちょっと不安だったんだ

りっちゃんは私と二人っきりでもあの眩しい笑顔を見せてくれるのかなって
でもそんな私の不安は時間が過ぎるにつれて、薄れていって
今日という日を最高の一日にする事ができた

律「・・・」くー・・

唯「・・・」

帰りのバスの中
りっちゃんははしゃぎ疲れちゃったのかな?
私の肩に、顔を預けて眠ってしまっている

辺りはすっかり暗闇に覆われ、
バスの窓から入ってくる街のネオンライトがりっちゃんの寝顔を映しだしている

律「・・・」すー

唯「・・・」にぎっ

りっちゃん
寝息まで立てちゃって・・
かわいいな・・

りっちゃん・・今日はありがとう


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最終更新:2010年08月17日 23:52