暗く心細い一人での帰り道
思いだすのは、
唯の無垢な笑顔と、澪の幸せそうな表情
二人の顔が頭から離れない
二人の顔が頭の中で切り替わる度
私の胸はズキッと何かを刺された様な痛みに襲われる
痛みの理由は勿論罪悪感だった
こんな事、二人が望む筈無いじゃないか
でもこうするしか・・
私は・・澪も唯も
軽音部も失いたくない
これで良かったんだ
私は大丈夫・・
きっと頑張れる・・
後悔はしないよ
後悔はしない・・・
大丈夫・・・
―
――
―――
澪ちゃんと唯ちゃんがね
喧嘩をしたんだ
でもりっちゃんが二人の家に話をしに行ってくれたみたいで
次の日に2人共仲直りしたの
何事もなかったかの様に2人は振舞っていたけど
なんでかな・・前と少し違うような・・
そんな違和感を感じたのは最近になってからだった
紬「・・・」スー・・
今はね・・自転車に乗っているの
何か物思いにふけりたくなって
私達の町にはね
町並みを一望できる丘があって
私はそこに一人でやってきているの
斎藤なんかはお供しますって言って聞かないんだけど
どうしても一人になりたくて・・
突き放してきてしまったの
紬「綺麗な夕日・・」
もう日が暮れようとしていた
その夕日を眺めようと
その丘に備え付けられたベンチに歩みを進めた
紬「(あらっ・・先客が・・)」
普段人通りが少ないこの丘に
わざわざ夕日を眺めに来る人なんているんだって
その人の後ろ姿を眺めながら近づいていった
なにか世間話でもできたらいいなとも思った
紬「(・・どうしたのかな?)」
そう思ったのはその人の背中が寂しそうに感じたから
ベンチに体育座りをしながらじっと夕日を眺めている
こんなに悲壮感を感じるのは太陽が沈んでしまうからなのかな?
その寂しくて小さな背中の持ち主がりっちゃんだって分かったのは
もう5歩くらい歩みを進めてからだった
紬「りっちゃん」
律「・・・ムギ!?」
紬「どうしたの?こんな所で」
律「ムギこそどうしたんだよ~こんな所でさっ」
紬「ちょっと考え事したくて」
律「・・・そうなんだ」
りっちゃんの横に腰かける
りっちゃんの表情は私を見て驚いた表情から
直ぐに哀しげな表情に移り変わった
私の考え事はね
りっちゃんの事に対してだったんだ
だからね
こうして二人っきりで話し合える機会がもらえた事に
何か運命的なものを感じちゃった
紬「りっちゃん・・聞きたい事があるんだけど・・」
律「ん~?お金なら貸せないけどっ」
紬「も~・・りっちゃん、真剣な話ぃ」プクー
律「あぁ、ごめんごめん・・ムギ」
紬「あ、あのね、りっちゃんて・・最近悩んでるでしょ?」
律「え、そんな事無いけど・・」
紬「だって・・元気ないじゃん・・」
律「え~・・そうかな~・・」
紬「そうだよ!今だって・・」
律「いやっ、ほら、私も徐々に大人の女性に成長しているっていうか~」
紬「りっちゃん・・悩みごと・・聞くよ?」
律「・・・・」
律「ありがと・・ムギ」
律「でも・・本当に大丈夫だから」
そう言ったりっちゃんの表情は本当に切なくて
見ていられなかった
思えばりっちゃんのこの表情は
最近よく見かける気がする
私はおそらく間違ってはいないだろう
りっちゃんに違和感の核心部分を伝えてみる事にした
紬「りっちゃん・・ひょっとしてなんだけど・・」
律「・・うん?」
紬「澪ちゃんと付き合ってるでしょ?」
律「!」
紬「そして唯ちゃんとも・・」
律「・・・」
紬「・・・違う・・?」
律「・・・」
律「・・・」
律「・・・うん、・・すごいねムギ」
紬「やっぱり・・」
律「・・・そうなんだ」
そう言って俯いたりっちゃんは
既に私の知ってるりっちゃんじゃなかった
元気いっぱいのりっちゃんを知っているだけに
切ない気持ちと、救ってあげたい気持ちと
私の中で二つの感情が交錯した
律「・・・なぁ・・ムギ・・」
紬「うん」
律「もしさぁ・・・・もしもだよ?」
紬「うん」
律「澪と唯にこの事がバレちゃったら・・・」
紬「うん」
律「あいつら・・・」
律「あいつら・・・それでも友達でいてくれるかなぁ・・」ぽろっ
紬「りっちゃん・・・」
律「・・ぐっす・・ひぐっ・・ずず・・」ぽろぽろ・・
りっちゃんの涙が全てを物語っていた
きっとりっちゃんは・・
ずっと我慢してきたんだ
二人に対する罪悪感とか・・
女性同士で恋愛関係を持ってしまっている事に関してとか・・
そして一番りっちゃんが恐れている事は・・
多分・・
二人から疎まれてしまう事なんだよね?
そうなんだよね?
律「・・・ひっぐ・・」
紬「・・・」
りっちゃんは限界だ
そんな印象を私は受け取った
私はね
少し前とは違う放課後のティータイムに違和感を感じながらも
それで良しとしていたんだ
ううん、違うな
いつかりっちゃんが何とかしてくれるって
いつかりっちゃんが元の軽音部に戻してくれるって
勝手にりっちゃんに期待を持たせていたんだ
私もれっきとした軽音部の一員なのに
どこか他人のような目で勝手にりっちゃんに全てを背負わせていたんだ
私・・ばかだった
りっちゃんは・・私達とまったく同じだっていうのに
りっちゃんは・・もちろん傷つくし、涙ももちろん流すっていうのに
同じ女の子なのに・・
こんなにも弱いのに・・
律「・・う・・うぇぇん・・・」
紬「・・・りっちゃん」
なのに・・
なのにね・・
私は・・
何もできない
涙を流すりっちゃんに対して
どうすればいいのか・・わからない・・
こんな時どんな言葉を投げかけてあげれば良いのだろう?
心配しないでとか
元気だしてとか
そんな言葉を投げかけてあげれば
少しはりっちゃんも楽になるのだろうか?
「りっちゃんの気持ちが一番大事」
そんな事を言うだけで、良いアドバイスができたと気持ちよくなってる自分がいた
今思えば、自分からは何も行動を起こさない
冷たいただの傍観者に見られても仕方ないと思う
それなのにりっちゃんは梓ちゃんや私の気持ちを汲み取って
必死に今まで自分を犠牲にして、軽音部が元に戻る様に頑張ってくれてたんだ
誰にも相談する事もできずに・・
ずっと一人で・・
考え直してみれば、すべて簡単だった
りっちゃんの悩みも、
本当は私も一緒に悩まなきゃいけなかったんだ
私は今まで積極的に交友関係を持つ事がなかった
それを良い訳にしたくは無いけれど
こんな事も分からない自分が本当に嫌になった
親友がさ
泣いてるのに・・
何もできないの?
紬「りっちゃん・・・」ぎゅ・・
律「ムギ・・?・・グスッ」
紬「・・・」ぽろぽろ・・
紬「辛かったんだよね・・?・・ごめんね・・りっちゃん・・」
律「・・んぐ・・辛いよぉ・・ずず・・」
紬「・・・」ぽろぽろ・・
私には
荷が重すぎる問題かもしれない
けれど
りっちゃんを一人にする事はもうできない
もう目を背けることはしないよ
りっちゃんを救いたい
澪ちゃんも唯ちゃんも梓ちゃんも
みんな心から笑える様に・・
私に・・
何ができるだろうか
ブーブー
律「・・・」
パチッ
Title りっちゃん大丈夫??
From 唯
本文
まだ風邪治らないんだね・・
明日はクリスマスだから2人でごはんでも食べようって
思ってたんだけど・・
体調悪いなら無理しなくても良いからねっ☆
りっちゃんにはいつでも会えるんだから♪
りっちゃんの体調が一番心配だよぉ
早く治してね☆
あ、帰りにお見舞いの物何か買ってくね
何がいいかなぁ・・・??
律「・・・」
パチッ
ブーブー
パチッ
Title 風邪、酷そうだな・・
From 澪
本文
ちゃんと暖かくして寝てるか?
薬ちゃんと飲まないとダメだぞ?
明日はクリスマスだけど・・
その・・明日も律がそんな調子なら仕方ないな
律の看病っていうクリスマスも嫌じゃないからな
とにかくちゃんと治すんだぞ?
帰りに様子見に行くからな
律「・・・」
もう5日も学校には行ってない
風邪っていうのは嘘だけど
体調が優れないのは本当の事だった
ここ2、3日まともな食事はとっていない
にも関わらず吐き気が酷い
医者には精神的なものだろうと言われた
・・・そんな事は自分でも分かってるって
律「・・・」
メールを返す元気も無かった
私は一日ベッドの中でうずくまるだけの日々を送っていた
最初はね・・
こんなつもりじゃ無かったんだけどな・・
2人とつきあってみて
やっぱり女同士の恋愛なんてできっこないって
2人だっていつかそれに気づくだろうって
そこで過去の笑い話として、ふとした時に思いだす程度になる
そんな事を期待していた
だけど2人の気持ちは本物で
私は2人から思いをぶつけられる度に
自分の心を傷つけていった
いつか2人にバレてしまうんじゃないかって
それに怯える毎日でもあった
もう・・欺けない
2人は今日・・
私の家にやってくる
もう・・私は
疲れてしまった・・
ここで・・すべて終わりにしてしまおうか
たとえどんな悲惨な結末であっても・・・
これが・・私の選んだ事・・
…
唯「りっちゃん返信無かったなぁ・・」
唯「お見舞い何にしようか・・」
唯「やっぱ果物だよね」
店員「まいどあり~」
唯「いざっ、りっちゃん宅へ!」
澪「律のやつ、大丈夫かな」
澪「休んでる分の授業、私が律に教えてあげないとな」
澪「ノート映させてって言われる前に持って行ってやるか」
唯・澪「あれっ・・」ばったり
澪「・・唯・・どうしたんだ?(なんで律の家に・・)」
唯「澪ちゃんこそ・・(うう・・なんか気まずいな・・)」
澪「律に用事なんだ?」
唯「うん、お見舞いだよっ」
澪「そっか、まだ治らないらしいからな~」
唯「そうみたいだね・・」
澪「りつー?」コンコン
唯「りっちゃーん?お見舞いに来たよー?」
澪「返事無いな・・」
唯「寝てるのかな?」
澪「入ろうか」
唯「うん」
ガチャ・・バタン
澪「え・・」
唯「りっちゃんが・・」
澪「いない・・」
唯「トイレ?」
澪「いや、誰もいなかったぞ」
唯「・・どこ・・行ったんだろっ」
…
重い体を無理に動かして例の丘のベンチに私は来ていた
最近ここに来る機会が増えた
丘の上という事で肌寒い風が私を容赦なく吹き付ける
それでも私は苦に感じていなかった
ここに来るとね
安らぐんだ
誰も知らない土地に来たような気がして
あの夕日を見ていると
色んなしがらみを忘れさせてくれるんだ
今、ちょうど2人が私の家に着く頃かな
ケータイの電源を切っておこう
もう、今日で全て終わりにしよう
家に帰ったら・・
2人に全てを伝えるんだ
それまでは
あの夕日を見て
頭の中を整理をしておこう
まずどんな事から話そうか
澪「律・・」
律「・・・み・・お・・?」
唯「りっちゃん・・風邪じゃなかったの?」
律「・・・ゆ・・い・・なんで・・?」
澪「律はさ・・昔から悩んでる事があるとここに来てたろ?」
律「・・・」
澪「ひょっとしたらと思ってさ・・」
律「・・・」
唯「・・・りっちゃん、暖かくしてなきゃダメだよ」ふぁさ
律「・・マフラー・・ありがと・・」
澪「・・・」
律「・・・」
唯「・・・」
澪「律・・もう聞いたよ・・」
唯「・・・」
律「・・・」
唯「りっちゃん・・」
律「・・・うん」
澪「・・・」
唯「・・・」
律「・・・ごめん」
澪「なぁ、律・・私達2人とつきあってた事は・・もういいんだ・・」
律「・・・」
唯「りっちゃん、りっちゃんは・・」
唯「女の子同士の恋愛って・・やっぱり嫌だ?」
律「・・・」
律「・・・ううん、そんな事ない・・よ?」
最終更新:2010年08月17日 23:59